春 - 13
雄一の二打席目、ワンボールワンストライクから二宮の三球目の直球を打ち返したが、タイミングが遅くあえなくセカンドフライに倒れた。
「あ~っ、っくそ」
小さな舌打ちで不満を吐き出し、ベンチへ帰る。
「中光、態度きをつけて」
それを見た3年生マネージャーの植野がすぐに注意を出してきて、雄一は「へい」と軽く返事してからベンチに座る。
「目、慣れてきた?」
乃村がまた後ろから身を乗り出して尋ねてくる。
「真っ直ぐ狙いで、狙い通りに打ったんだけどなあ」
結果的には振り遅れてしまっていた。
予測した状況で予測と同じように動けなかったのは、単純に自分の体の反応が遅いだけた。
「打つ前にもうちょっと安心して見られる守備しろ」
隣のベンチから雄一のプレーに注文をつけてきたのは、1年秋からショートを不動の定位置にしてきたスタメンの常連、3年生の宮谷だ。
「ま、まだエラーしてないじゃないですか」
「右中間のフライの目測を見誤ってたぞ。走り出しが遅い」
淡々と痛いところを疲れ、ぐうの音も出ない雄一。実力者揃いの先輩勢の中でも特にプレーの質や選手の態度に厳しい事で有名なのが彼であり、基本ゆったりとした言動の監督よりも監督っぽいと陰で囁かれている。
「相変わらず手厳しいね、宮谷先輩は」
聞かれないよう耳元で乃村が囁くが、
「振るのが遅かった。見極めは悪くない、見てからのスイングを早くしねぇと……」
ぶつぶつと自分の打席を頭の中で反芻させていて、乃村の言葉は耳に入っていなかった。
「雄一?」
「ん? あぁ、ぼーっとしてたわ」
二回目でも打てなかった。益々あの女子に呆れられそうだと、微かな危機感を覚え、凡退した自分の打席を思い起こしていると、
「青山の打つとこ見とけ、自己反省するより全然マシだと思うで」
宮谷はそう言い残し、バットを片手にベンチを出てネクストバッターズサークルへと向かっていく。
言われるがまま、視線をグラウンドの方へ動かすと、ツーアウトランナーなしで打順の回ってきた1番の青山が、ちょうど打席に入ろうとしているところだった。参考にしよう、と思った訳ではないが、バッターとして関心を持たない訳にはいかない。青山は水美のリードオフマンで、チーム一の選球眼と快足、さらには広角に打ち分けられる打撃技術を兼ね備えた万能な選手で、プロのスカウトも何度か彼目当てに学校を訪ねてきた事がある程だ。
左打席に入った青山は相手ピッチャー二宮の初球、二球目それぞれ外角への直球とカーブを見逃し早くも追い込まれる。
しかし、青山の実力が発揮されたのはその直後からであった。ぎりぎりボールの際どいコースへの球を見極めて手を出さず、ストライクの球は軽く当ててファールにする。
「振り遅れてるって感じじゃないな」
雄一が目を見張ったのは、青山のスイングだ。
腰を低くしバットを持つ腕をぐっと体より後ろに引く特徴的な構え方で、ファールになりながらも球を捉えるタイミングはピッタリにバットが振られている。 緩急に翻弄されスイング自体まともに出来なかった雄一と違って。そうして6球粘った末、
(あ、甘……)
真ん中へ抜け球がいったと思った時には青山はバットを振り、完璧に球を捉え右中間へと引っ張った。
打球処理の間に青山は二塁を陥れ、あっという間にチャンスになる。
そして右打席には、先程雄一をダメ出しした2番の宮谷が足を踏み入れた。宮谷は青山と対照的にオーソドックスな構えだ。
長打を打たれ焦り気味の二宮の投じた初球は真っ直ぐ、ストライクを取りに来た球威のないもので、宮谷は迷わずコンパクトにライト前へ打ち返す。
「当たり前のように、綺麗なヒットだよね」
プロテクターを着け終えて立ち上がった乃村が、苦笑いしながら短く賞賛
する。
「羨ましいもんだ」
雄一があまり面白くなさそうに呟くが、その言葉を金属バットの高らかな音が掻き消した。
3番の畑川の初球打ちによるものだった。彼は秋の大会からクリーンナップを務めている、右左どちらにも打てる左のアベレージヒッターで、練習試合での打率がレギュラーで唯一の4割超えを誇る。打球はライトの頭を越え、ランナー二人がホームへ戻ってきた。
今まで玲芯のエース二宮に今まで抑えられていた水美打線だが、2アウトからの3連打であっという間に2点を奪い取ってしまった。
「何が違うんだ?」
自分は二宮の投球にきりきり舞いだった、点を上げた三人の先輩も第一、二打席は凡退だった。
なのに完璧に二宮を捕まえられた。ベンチの自分が比べるのはおこがましいが、彼等との間には確実に何か違いがある。
先制点に盛り上がるベンチの端で、一人考えふける雄一。
「先輩のスイングてどこが違うか、悩んでるって顔だね」
横合いから乃村の鋭い言葉が耳に入った事で雄一はようやく水美の攻撃が終わり、チームメイトが守備につき始めている事に気が付いた。
「図星?」
「うるせぇぞ」
悪態をつきながら、雄一もグラブをはめ
てライトへ向かうも、頭の片隅では先輩のスイングを何度も思い返しながら。




