秋 - 19
長い時間バスに揺られて辿り着いたのは、隣の県にある市民球場であった。
緑色を基調としたカラーリングと臨場感のある低いフェンスで囲まれたこの球場は、毎年プロの試合も開催される有名なスタジアムで、高校野球のグラウンドとしてはかなり立派な部類に入る。
水美野球部が今年この球場を訪れたのは今日が初めてではない。
理由は単純だ、秋季地区大会の試合を勝ち上がってきたためだ。
「んじゃ旗川、気合い入れさせい」
「おっす!」
監督に指示され、キャプテン旗川は既に円陣を組んだチームメイト達を見回した後、大きく息を吸い込んで、
「え~、今日はベストフォーをかけた試合になります。相手は言うまでもなく強豪ですが……あぁ自分達も今日まで一生懸命練習してきました。培ってきたもの全てを出し切れば絶対に勝てますので、その……」
「なげえよ!」
「グダッてるから!」
「キャプテンもっとハキハキ頼むよ!」
旗川のだらだらした喋りに痺れを切らし、同級生でもある上和と慶野、それから乃村がツッコミを入れ、場にどっと笑いが起きる。
「うるさいな、真面目にやってんだから!」
旗川は笑う部員達に恥ずかしさを堪えるように顔をしかめながら一喝すると、一度咳払いをしてから言い改める。
「え~じゃあシンプルに……勝つ勝つ勝ーつっ! の気持ちでいきましょう!」
「おおおぉーっす!」
力強い雄叫びの後、部員達はベンチへ一度引き返していく。
「さ、今日も頼むよ雄一」
整列まで素振りをしようとした雄一に、乃村がプロテクターをつけた姿で話しかけてきた。
「そっちがな、俺はベンチ暖めてるさ」
「本当にその気ならわざわざバット振ったりしないでしょ」
フンと顔を背けながら、雄一は相手ピッチャーに目を向けて素振りを続ける。
「……今日はロースコアになりそうだな、相手が相手だし」
今日対戦するのは、去年の夏に甲子園出場を果たした他県の強豪・稲美高北。
今大会注目の左腕・二年生の万戸は甲子園出場の原動力になった速球派のピッチャーだ。
左で百四十キロ後半のストレートを繰り出す彼からは、そうそう連打出来るとは考えにくい。
「パワー負けしないのが大事だよね、鉄山みたいに振り切らないと」
「持ち上げないでくださいよ」
会話を聞いていたのか、一番セカンドでスタメン出場の鉄山が近づいてくる。
「先陣切ってくれよって期待してたんだよ」
「振り負けないようにはします、それだけが取り柄なんで」
謙遜はしているが、鉄山は今年の夏は雄一と共に代打要員として活躍した。
一年生ながら今大会レギュラーとして選ばれるだけに、打撃センスは非凡である。
「振り切る、ね」
「はい、振れば何か起きるって、僕は思ってますから」
そして試合時間がやってくる。
勝てば春の選抜への出場に王手となる、準々決勝の開始が。




