秋 - 17
「うわ~島が近いね~」
隣に座るエリナの言葉を、早希は窓に頭を預けながら聞き流す。
土曜日、水美陸上部は強化遠征と銘打って海沿いの観光地丘道にバスに乗って訪れていた。
「え~マサシュンって結婚するの!? 誰と!?」
「安藤優理花、ほら、モデルの」
「いや~絶対別れるって! チャラチャラじゃん!」
エリナや女子勢の会話はいつも通り騒がしいが、それも目的地に近づくにつれて収まってきた。
丘道南、決して名門という訳ではないが、毎年インターハイや全国大会に選手を輩出している陸上強豪校で、そんな中に飛び込んでいくのだから気が引き締まらない訳がない。
既に他の学校の陸上部も到着しており、飯川と部長の二年女子相田が丘南の陸上部顧問や部長に挨拶して回った後、グラウンドに整列させられる。
「あ~今日は遠路遥々お越し頂きありがとうございます、私は丘道南高校陸上部顧問の佐伯です。県内のライバルでもある我々が切磋琢磨する事によるレベルアップを図るべく企画したこの合同練習に参加を受け入れてくれた皆々様方には初めに深く感謝いたします」
丘道南の顧問の男が挨拶する中、列の中央に立つ早希は、話には殆ど耳を貸さず、ある人物の姿を探していた。
(どっかにいる筈……)
招待された学校の生徒達と向かい合うように整列する丘南の陸上部員達、見覚えのない顔ばかりだったが、どこかにいるに違いない彼女の顔を、視線を激しく動かしながら探し続ける。
「では担当の競技ごとに別れてください、まず短距離は……」
やがて解散となり、短距離や長距離、幅跳びに槍投げなどそれぞれ担当の種目に生徒達が別れていく。「じゃあ昼休みにね~早希」
「うん」
エリナと別れ、早希も短距離メンバーを呼び掛ける丘南の部員の元へ歩みを進んでいく。
「っらぁ!」
と、背後から突然声がしたかと思うと、背中に何者かが抱きついてきた。
「わっ、何!?」
柄にもなく高い声を上げてしまった早希は、授業で習った柔道の真似をして投げ飛ばしてやろうと思ったが、
「久しぶりやーん、スズっち!」
聞き覚えのある声と話し方、そして自分の呼び方にピタリと動きを止め、顔だけを振り返らせる。「あ……赤根屋?」
「嫌やな~、サエっちって呼んでーやー」
振り向いた先には、もじゃもじゃな短髪と暑苦しい笑顔が眩しい、丘道南陸上部の一年生エース、赤根屋冴恵がいた。




