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春 - 12

 午後、早希を初めとする短距離走専門の生徒は、今日はスタートからの加速力強化の練習を中心に取り組んでいた。

 60メートルほどの距離をクラウチングの状態からスタートし全速力で駆け抜ける、それを繰り返す事で最高速度に到達するコンマ数秒の長さを少しでも縮めるのが狙いだ。

「っ! ……ふ~っ」

 十本目を終えたところで、早希は歩いて息を深く吐き、呼吸を整える。

「鈴浪、やっぱ速いな-お前」

 やや離れた場所から誉め言葉をかけてきたのは、陸上部顧問の飯川いいかわだ。

「……どーも」

「来月の記録会、期待してるぞ? 水美のニューヒロインになれるかもな!」

 飯川は真面目で明るく、若くてイケメンというのもあって女子に人気が高いが、いちいち言うことが大袈裟で聞いてる方が恥ずかしくなるような言葉を平気で口にするのが数少ない欠点だと学校の女子は密かに嘆いているらしい。

 他の生徒が走るのを横目にスタート位置に激しく鼓動する心臓を落ち着かせながらゆっくり歩いて戻っていく。

「すごいじゃない、鈴浪さん」

「ん……あ、先輩、どうも」

 すると背後から一緒に並んで走ったきたのは、先輩の町谷だった。

 早希と同じ短距離走の選手で、一年の時から二年続けて県大会に出場し

ており、最近の陸上部女子部員の中では一番の好成績を残しているエースである。

「たまたまですよ。タイムもバラついていますし」

「入って1ヶ月でこれなら十分過ぎるって」

 トレードマークのうねうねしたウェーブのかかった茶髪を指でいじって朗らかな笑顔で賞賛され、早希は改めて礼をする。

「男子連中にも見習って欲しいもんだねぇ、鈴浪の真面目さと速さに」

「男子、ですか?」

 うん、と頷いて町谷は短距離走のメンバーに目をやる。

「なーんか緩いのよね~雰囲気が。タイムを上げるつもりが感じらんないって感じ?」

 町谷の言葉は、早希も陸上部に入ってから密かに思っていた。別に死ぬ気でやれとは言わないが、練習中も所々で無駄話したりふざけたりしていて、緊張感がない。

「特に茶野さの。あいつ実力あるんだから本当勿体無いよ」

 話題に上がったその人物はちょうどクラウチングスタートして早希達のすぐ横を走り抜けていく。

 茶野は陸上部男子の中では頭一つ抜けた実力の持ち主で、2年ながらエースと目されているものの、ちょくちょく練習をサボったり早退したり、それを悪びれないなど色々素行に問題があるクセ者である。

 走りを見ても只者ではないのは分かるが、それだけにちゃんと部活に本腰を入れないのが悔やまれる。

(あの人もいつもあんな感じで練習してるのかな)

 先日、ひょんな事で言い争いになった男子生徒の事が脳裏を駆けた。

(って、なんであんな人を思い出してるのよ私は)

 理解出来ない自分の思考回路をおかしく思った早希は、首を左右に数度振り、町谷に軽く会釈してからその場を早足で立ち去り、順番を待つ他の部員達の列の後ろへと向かっていった。

 一度だけ、野球部が練習試合をしているグラウンドに視線を傾けながら。


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