秋 - 13
「あ~やべ! 全然入らねェわ」
六回表、二人の打者に四球を与えた三瀬は、守備のタイムで吹っ切れたように溜め息をつく。
「落ち着けって、てか大声でそういう事言うなよ!」
「「事実だから仕方ねェだろ、指疲れたわァ」
ロジンを手に取りながら、悪態を止めない三瀬。
「っ、ちゃっちゃと終わらせるんだろ? なら抑えろよ」
「わあってるての!」
「次、気をつけろな? 今日二本打ってる奴だぞ」
バッターボックスの傍に立つのは、三瀬から二安打の八番バッター葵田。正直今一番迎えたくないバッターである。
「あァ~面倒だなァ、って、ん?」
「なんだよ?」
「いやァ、向こう見ろよ」
キャッチャー田黒が指差した先は相手のネクストバッターズサークル、そこには一人の選手がバットを持って出番を待ちながら、素振りをしていた。
「あァ、9番~?」
しかし彼のつけている背番号は葵田のものとは違う一桁のもので、今日はずっとベンチに控えていた奴だ。
「なんだァ、右打ちかよ。左じゃなくなるならまだ良いかもなァ」
「……いや」
三瀬に反して、キャッチャー田黒は眉を潜めてその選手を眺める。
このチームで一番データに詳しいのはキャッチャーである田黒、そのため彼はなぜあの選手がこの場面で出てくるのか、意味をよく理解していた。
「あいつには、気をつけるぞ」
「あァ~?」
「一番、嫌な場面だ」




