秋 - 9
「うわあすいません!」
練習を終えベンチに戻ってきた雄一にぶつかってきたのは、スコアブックを眺めてうろうろとしていたマネージャー円山だった。
「うお、相変わらずだなお前」
「えへへ、今日は大事な試合なので、ちゃんとやろうって思ってたらつい……」
植野が引退し、新たにマネージャーとなった円山だが、ドジッぷりは治っておらずむしろ役割が増した分悪化していた。
「ちゃんと分析してるか? 相手チームについて」
「してますよ! 植野先輩に夏の間何回も付き添いで教えて貰って、少しは進歩したんですから!」
「へぇ、じゃあ相手のピッチャーについて教えてくれよ」
いいですよ、と円山はなぜか胸を張って得意げに答えてくる。
「相手の県工のピッチャー三瀬は右投げの軟投派、百三十キロの真っ直ぐと沈むシンカーで抑えてくるタイプです」
「動く球は初見だと打ちづらいよな」
「打たせて取るピッチングで勝ち上がってきたチームですから、早打ちせずに甘い球を待つ攻め方をしたいですね!」
円山の割りにはまともな事を言う、と雄一は素直に感心する。
今日の試合、雄一は秋の大会で初めてスタメンを外れた。
相手が右投手だからというのもあるが、成績の低迷が主な理由だろう。
『代打で必ず出すけん、ちゃんと準備しとけや』
監督にスタメン発表後にそう声をかけられたが、雄一の気持ちは腐ってなどいない。
「……だけじゃないだろ?」
「はい?」
「相手のピッチャー、まだいるだろ。教えてくれ」
「あぁ、えぇっと……わっ!」
データブックを捲ろうとして、手を滑らせ取り落としてしまう。
「あわっ! もう~!」
「試合中にやるなよ? お前の慌てる声でビビってエラーするかもしれないからな」
「そんな意地悪言わないでくださいよ~」
平常運転の円山を横目に、雄一はグラウンドを見つめる。
今日、自分の代わりにスタメンの一年生葵田、彼のプレーが自分の起用に今後に大きく影響するだろう。
「……どこかで、逆転しないとな」
焦りではなく、決意の意思。
自分はこの試合で、あの一年生を超えなければならない。
その糸口を見つけなければならないと、雄一は試合に向けて意識を研ぎ澄ますのであった。




