春 - 11
「打てなくて残念そうやなあ中光」
そこへ顎髭をいじりながら、監督の野間笠が目を合わせないままそう声をかけてきた。
「……そりゃあそうでしょう」
「いんや、お前はあんまそんな顔せんじゃろう」
「……そうすか?」
適当に返して、雄一は監督から遠いベンチの端に腰を下ろす。
「ドンマイだね、雄一君」
と、背後から男子にしてはキーが高めの声がして、雄一は数秒かけてゆっくりと後ろに首を回した。
「石中さんのキャッチボールの相手しなくていいのか? 今日既に一安打の乃村君」
乃村明人、雄一と同じ二年生ながら、昨年秋から公式戦で度々キャッチャーとしてスタメン出場し、捕手としても野手としても結果をきちんと残してきた水美野球部のホープだ。
小柄な体と女子に好評な甘いマスクとは裏腹に、ブロックなど体を張ったタフなプレーに定評があり、先輩達にも一目置かれている。
「僕に打順が回る時はそっちに集中していいって、石中さんが言ってくれたからね。ていうか、嫌味な言い方しないでよね」
と言いつつまんざらでもなさそうに控えめに笑いながら、プロテクターを装備する乃村。
「誉めてんだよ。よく追い込まれてからミート出来たなって」
球速差30キロはある二宮の投球、ただでさえタイミングが取りづらいというのに、乃村はツーストライクの状態から、アウトコースギリギリに落ちていくカーブを上手く捉えてセンター前へと打ち返したのだ。
「ヤマを張ってただけだよ」
「カーブにか?」
「殆ど直球を連続で投げてないし、さっきの打席の時は直球の球威が落ちてたから、多分曲げてくると思ってね」
「…よく見てんだな」
涼しい顔で言ってのけるあたり、さすがレギュラー組だと雄一は溜め息をつく。
その回後続も凡退し、あっという間に攻守交代となった。
(もう一回球筋を見れれば…)
そこでもう一度、あの女子の言葉が頭に浮かぶ。(…一回目で結果出さなきゃ、あいつはすごいと思わないんだろうな)次打てばいいだろうという考え自体彼女には通用しないんだろうなと思った雄一は、いちいち彼女を気にする自分に腹が立ち、誰にも聞こえないように舌打ちしながら、守備のために外野へと走っていった。




