秋 - 1
九月半ば、水美高校は文化祭の日を迎えていた。
クラスや部活の出し物に溢れ、訪れた来場者の賑やかさが普段と違う浮かれた雰囲気を作り出し、生徒達は思い思いに自由な時間を過ごしていた。
「暗くて落ち着かないなあ、出ようぜ?」
「もうちょい待てっての! 次が知り合いのユニットの番だから!」
スポットライトに照らされたステージ上、軽音楽部の演奏が続く暗闇の体育館の後ろで先程から慶野が盛り上がるのを、雄一は冷めた目で眺めていた。
慶野は元々音楽を聞くのが好きなため、生徒の拙い演奏でも満足していたようだが、騒がしいのが苦手な雄一には今の体育館は居心地が悪い。
「外出ようか?」
「ん~、そうするかあ」
慶野の知り合いがやっているというユニットの演奏が終わる間際、乃村に尋ねられなんとなく頷く雄一。
「あ! いたいた~!」
その横合いからとある女子生徒の明るい声が聞こえてきて、振り返った先に見えた人物の姿に雄一は小さく息を吐く。
「なんだ、芹崎かよ」
「なんだとはなによ~、失礼ね」
カチューシャをつけた同学年の女子・芹崎は、複数の友人を連れて雄一の近くへやってくる。
「演奏見た?」
「見たよ、ほらあれ、なんとかがかりの……」
「なんとかって……曲名ぐらいちゃんと覚えてよね~」
先程のステージ上では、髪型を変えテカテカの黒を基調としたロック風の衣装をメンバー全員で着ていた芹崎、急いで着替え終えたのか制服はやけにしわくちゃで、客相手に大声を張り上げていた彼女とは若干イメージが違って見えた。
「で、どうだった?」
「あ、あぁ、上手かったと思うぜ。歌詞聞き取れたし」
「なんかトゲのある言い方ね~、もう」
やや不機嫌そうにしながらも、彼女はすぐに笑顔を取り戻す。
芹崎とは体育祭の学年ごとの応援合戦の練習で出会って、試合の応援をしていたという縁で何度か言葉を交わした事がある。
彼女は以前一度会っているというが、雄一は覚えていなかった。
やけに馴れ馴れしいが、野球部と応援団の関係というのもあり、無下には出来ない相手であった。
「まあいいや、私達は売店回るから、じゃあね~」
芹崎はそう言うと、手を振りながらバンド仲間達と共にさっさと立ち去っていった。
「なんだよ、素っ気ない」
「なあに、女子がわざわざ感想聞きに来てくれたんだぜ? 嬉しく思えよ」
慶野に茶化されるのを鬱陶しがりながら、雄一は乃村達と共に体育祭を後にする。
「腹減ったな~、なんか買ってきてくれよ」
「なんで他人任せなんだ?」
「並ぶの嫌だからに決まってんだろぉ」
慶野は口を尖らせながらそう言って、来場者で賑わう屋台エリアを眺める。
「じゃあ、じゃんけんしようよ。負けた人が三人分何か買うってね」
乃村の提案に慶野も乗り、雄一も巻き込まれる形で参加する。
「で、俺になるのかよ」
あいこも挟まず一発勝負で負けた雄一は乃村達から離れ、安くて腹の膨れそうな食べ物がないか探して歩く。
「あれでいいだろ」
特に理由もなく、フランクフルトに決めた雄一は、縁もゆかりもないクラスが開く屋台の売り場に足を進め、順番を待つ。
「ん?あれ」
と、不意に横の列に目をやると、一人の少女が立っている事に気がついた。
背丈は小さいが華奢ではない運動部らしい引き締まった体とポニーテールが目を引く、見覚えのある女子。
「鈴浪?」
「え、あっ」
約一ヶ月ぶりに出会った後輩の女子に、雄一は思わず声をかけてしまっていた。




