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夏 - 44

 試合はその後九回まで進んでいた。

 水美野球部は八回に青山が四球で出塁し、盗塁と犠打で三塁まで進むと、稲田が三振の後沼山のタイムリーで一点を追加、三対一とリードを広げていた。

 ちなみに雄一は七回の攻撃が終わった時点で交代となっていた。

「ストライクバッターアウトッ!」

 一番甲田が三振に倒れ、水美野球部の勝利まで後ワンアウトとなる。

「良いぞ臣川!」

「ツーダンツーダン!」

 ナインの声援をマウンド上で受けるのは、この回から二番手として登板した臣川。

 石中の緩い球と正反対の威力のある真っ直ぐに安喜第一の選手達は押し切られ、圧倒したピッチング内容となっていた。

「後一つ……」

 雄一はベンチからその様子をただ見守る。

 彼の出番はもうない、出来るのは仲間に声援を送る事だけだ。

 バッターは三番三吉、仮にランナーが出ると四番の入井に回る、緊張感が高まる場面だったが、その時間はすぐに終わりを告げた。

「ライトー!」

 初球を叩いた三吉だったがボールは力なく外野へ飛び、稲田がなんなくキャッチして試合は終わりを告げた。

「おっしゃー勝ったー!」

 一斉に水美野球部の選手がベンチから飛び出し、抱き合ったり騒いだりしながら整列するためにホームベースの方へと向かう。

「礼!」

 アンパイアの声に続いて、試合終了を告げるサイレンと観客の拍手を背に、互いの選手達が挨拶し、歩み寄る。

「うっす、うっす……」

 雄一は軽い会釈だけで済まそうと前方の安喜第一部員数人に握手して離れようとするが、

「あれ」

 何者かが雄一の手を取り、強引に強く握手をしてきて、顔を上げた彼の目に映ったのは、九回を一人で投げきりながらも敗戦投手となった安喜第一のエース、前山であった。

「お疲れさん、良いタイムリーだったぜ」

「あ、おぅ、ども」

「次も頑張ってくれ、俺は余所の勝敗なんて気にしないけど、お前には打って欲しいんだわ」

「ん、なんで?」

「対戦相手の顔は覚えてない性質だけど、お前の事は忘れないと思うから」

 控え目に笑い、しかし敗北の悔しさを滲ませた表情でそう健闘を称えた前山の言葉は胸にのし掛かるような重みがあり、雄一は小さい声で「ああ」と返事するので精一杯だった。

(忘れない、か)

 負けたチームはその時点で解散、当然だが試合に勝つと相手は負ける、プレーの一つ一つが互いの部活人生に大きな影響を与えるのだ。

 そして水美は勝った、今はそれを実感し、誇りに思わなければ。

 その後校歌を歌い終え、スタンド前へと駆け寄っていくと、勝利を称える応援団の声が濁流のように押し寄せ、雄一は体が痺れるような錯覚を感じた。

「良い景色だよな~」

 その背後から稲田が肩を組んできながらそう声を漏らす。

「お前が打ってくれたお陰で、またこういう空気を経験出来た、感謝するぜ~」

「そんな事は……」

 ないですと言いかけた時、雄一のこめかみを何者かがやや強めに小突いてきた。

 視線を向けると拳を握ったまま、いつも通りのムスッとした顔つきの麦根が立っていて、強い目力でこちらを見つめてきている。

「あの……何ですか」

「よくやった」

「あ、はい」

「……チャンス以外でも、頼むぞ」

 そう口にしにた麦根は、口を尖らせてなぜか怒っているようにも見えたが、一緒にその様子を眺めていた稲田がすぐに本心を看破する。

「決勝打を打たせてもらって嬉しいんだよな~?」

「っ、適当な事言ってんじゃねえよ!」

 反応からして図星だったのか、麦根は血が昇ったように顔を赤くさせながらそっぽを向いてしまう。「勝ったら麦根のああいう顔も見れる、またさせてやろうぜ」

「はい、そうですね」

 小さく答えて、雄一は改めてスタンドの方に視線を動かした。勝利に喜ぶ応援団、その中にいるかもしれない一人の女子を探して、すぐに諦める。

 大勢の顔を眺めて探すのが億劫なのが半分、もう半分は見つけてしまうと自分がどんな表情をするのか想像がつかなかったからだ。

(見て損はしなかったよな?)

 いるかもしれない彼女に対し、雄一は心の中で小さく呟く。

 自分のプレー、自分達のプレーを見て、彼女は心境に何か影響を及ぼしただろうか。

 試合に勝った喜びに興奮する中で、雄一は静かに気にしているのだった。

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