夏 - 42
「やったー中光すごいすごいー!」
応援団の先輩女子の高い声と共にスタンドが地響きが起きるように大歓声に包まれ、お祭り状態に包まれる。
「うっわ~ヤバ、鼓膜破れちゃうよ早希~」
「うん」
耳を押さえるエリナの声は、その時の早希には届いていなかった。
あの先輩が打って、試合が振り出しに戻ったのは分かる。
だが一点を挙げただけで、こんなにも人は沸き立つものなのだろうか。
喉が潰れるほど叫ぶ者、手にしたメガホンを割らんばかりに叩きつける者、執拗なまでに抱きあう者逹、熱狂ともとれる異様な光景と空気に早希は気圧されながらも、この雰囲気がどこかで感じた事のあるものだと気づいてもいた。
バットを一振りしただけでその場にいる者を虜にするプレー、高校に上がる前の年、どこかのグラウンドの前を通りかかった時、早希は思いがけず遭遇したのだ。
その雰囲気を作り出したのは、あの先輩だ、この試合を観るように誘ってくれた、事ある毎に言葉を交わしてきた、あの先輩だ。
(あの人、こんな事も出来るんだ)
あんまりやる気がないように見えて、試合ではやるべき事をきっちりとこなしている。
負ければ三年生が引退する大一番、彼は求められたパフォーマンスをやってのけた。
(……これが、あの人のプレー)
競技は違えど、夏の大会を続けられる彼に嫉妬のような気持ちが早希の胸に沸き上がってきた。
興奮、羨望、色んな感情に胸を弾ませる早希は、ルールもよく知らないにも関わらず、すっかり目の前の熱戦の虜になっているのであった。




