夏 - 41
「んぐぅうおお!」
ストレートを狙って打ちに行った、その刹那に気がついた、このボールはスライダーだと。
本来なら既に勝負あり、空振り三振に終わっていた筈だ。
だが寸前、雄一はほんの僅かに違和感を覚えていた。
それはベンチから見ていた時にも感じた、言葉で表現出来ない不明瞭だが存在する何か。
分からない変化だが、変化があるという事だけは分かった。
だからだろう、完全に読みが外れたにも関わらず、外へ逃げていく変化球に雄一はバットを伸ばして当てる事が出来たのは。
(当たった……!)
打球は一度グラウンドで跳ね、ピッチャーめがけて飛んでいき、前山は咄嗟にグラブを出してボールを掴もうとする。
「抜けっ……!」
抜けてくれ、そんな言葉が出るよりも先に、結果は雄一の目に現れた。
「抜けたぁー!」
チームメイトや客席がどっと沸く中、打球は前山のグラブの先を掠めながらも勢いを落とさず二塁ベースの横をもう一度バウンドしてセンターへと転がっていく。
「おっし……おっしゃあ!」
打球の行方を追いながら雄一は一塁に到達するのを待たずにガッツポーズする。
二塁ランナー乃村は快足飛ばしてホームに滑り込み、一塁ランナー広岡もセンターが守備にもたついている間に三塁を陥れた。
「いよぉぉしゃあ!」
「追い付いたあ!」
部員逹の歓喜の叫びがグラウンドに響き、スタンドの水美応援団も興奮状態になっていて、一塁を駆け抜けた雄一は苦笑いする。
「雄一ー! さすがだよ―!」
ホームへのスライディングでユニフォームを土まみれにしながら乃村が腕を掲げて叫び、雄一も片腕を上げて応える。
「よく当てれたなぁ、あのスライダーを」
一塁コーチの慶野が雄一の肩に手を起きながらそう話しかけてくる。
「……最後の球だけ、今までと違ったんだ」
「違う?」
「ムキになってたっていうか、迫力あったけど、感情的に見えたというか」
前山は今までは淡々と、バッターが誰であろうと気にせず打ち取っているようだった。
だが雄一に投じた球のうち、最後の球の時だけ顔つきが違って見え、腕の振りも鋭くなっていたように感じたのだ。
気合い、意地、そういったものがプレーに滲み出ていたのかもしれない。
(分からない時点で、勝負には負けてるよな)
結果的にヒットになっただけで、攻略したなんて勘違いなどする訳がない。
ただ、それでも追い付いた、試合が振り出しに戻った、その事実だけで雄一は喜びに浸るには十分だった。
「振り返ってやれよ、盛り上がってんぞ」
「いや……やめとく」
スタンドの応援団を見ると、興奮を抑えきれずに情けなく顔を崩してしまう気がして、意地でも首を動かしはしなかった。
見れば、自分が呼んだある人物の反応を探してしまいそうだったから。




