夏 - 30
「次次!切り替えていくぞ!」
未だ点を奪えない水美野球部の六回裏の攻撃が終わり、激励の声がベンチ内に飛び交う。
「……疲れてるなぁ、相手ピッチャー」
そんな中、試合を見つめていた雄一は、無意識に頭に浮かんだ感謝を口から漏らしていた。
すると近くにいた数人の部員が雄一の方を凝視してきて、何かまずい事を言ったかと不安になっていると、
「馬鹿、それを狙ってきてんだろうが」
麦根がすかさずそうツッコみながら、雄一の肩を小突いてきた。
「球数食わせて疲れさせるつもりで打席に立ってきたんだよ、何見てたんだ」
「いや、打者が粘ってたのは最初から知ってましたよ。感想です感想」
「チッ、調子狂うんだよ」
麦根はいつも通りの口の悪さで吐き捨てながら、外野へと走っていった。
「なんで怒ってんだ?」
「麦根先輩、あまり球数稼げてないみたいだったからね」
乃村に言われてなるほどと納得した後、雄一は改めてスコアボードに目をやる。
(次の回はクリーンナップから、追いつくならそこ、だよな)
試合の流れの動く場面が来るとすれば、この後だ。
直感した雄一はそわそわしながら視線を自らのバットがある方へ向ける。
「……振っておく?」
意図を読んだように乃村に尋ねられ、雄一は少し思案してから、重い腰を上げる。
「監督、バット振ってきていいすか」
「あん、どしたんや急に」
「そろそろかなって思ったんで。ベンチ横で、させてください。向こうの攻撃が始まる、ギリギリまで」
自分は代打要因、試合の転機で起用される。そして試合はこの後動くだろう、水美が勝つ展開になるとすれば。
だからそれに備える、雄一はそのつもりで監督に進言していた。
「別にええが、プレイがかかる前にはやめとけよぉ?」
「はいっ」
許可を得て、すぐさま自分のバットを持ってベンチを出る雄一。
「その前に守備固めで出るかもしれないよ?」
「馬鹿にしてるだろ、お前」
にこりとして乃村がポジションに向かっていくのを見送ってから、雄一も素振りをするべくベンチを離れ、ちょうど安喜第一のベンチが正面に見えるように立ち、バットを構えた。
(少しは隙、見せてくれよな)
相手ベンチの傍では前山がキャッチボールをしていて、自然と彼を凝視してしまう。
ふと顔を上げた前山と視線が交錯したが、互いに目を反らす事なく、無言のまま牽制しあった。
「ふっ」
前山の投げていた球を思いだし、イメージトレーニングしながら一心不乱に素振りをする雄一。
そしてプレイがかかる直前、審判が注意しようとする素振りを見せたところで早足で雄一はベンチに駆け戻り、座りながら汗を拭う。
たった数分、だがするとしないとでは、何かが違ってくるかもしれない。
そんな些細な事に頼ってでも、試合で活躍したい、彼の心中では勝利への意欲が一層増幅していた。
「セーフセーフ!」
その時だった、審判の声に続いて相手側ベンチと客席が一際大きな歓声に包まれたのは。




