春 - 9
土曜日、午前中の授業を終えた早希は、友人と共に教室で部活前の昼食をしながら談話にふけっていた。
「昨日のエムフェス見た~?」
「見た見た、ストリームズ出てた奴でしょ!?」
「そ~ジュンほんとカッコ良すぎだよね~~」
部活仲間のエリナと、クラスメイトでテニス部の華耶の二人のゆるい会話を軽く聞き流しながら、早希は静かに弁当に手をつける。
「あっ、てか早希~? うち見たんだよ~?」
そこへエリナが何やらいやらしい笑みを浮かべながら、少し椅子から腰を浮かせて身を乗り出してきた。
「? 何?」
「この前野球部の人と二人で何か話してたでしょ? も~早希ってそういうの縁がないと思ってたのに~~」
一瞬何の事を言っているのか分からなかったが、思い当たる節が脳裏に浮かび、早希は顔をしかめる。
「あぁ、違うから」
「またまた~、早希が男子と話してるところなんて始めて見たんだから、で? どういう関係なのよ~~」
こういう色恋沙汰の話がエリナは大好きだ、一度情報を掴むと興味が冷めるまでずっと気にして会話のネタにする、彼女の悪い癖である。
「何にもないから。たまたま目が合ったから挨拶しただけ」
「先生にもあまり挨拶しない無愛想な早希が~?」
「っ、してるから。してないと思ってたの?」
あくまで冷静にあしらおうとする早希だが、エリナは食べかけのパンを持ったままぐいぐい迫ってくる。
「何何、その話気になるんだけど!?」
コンビニ弁当を頬張っていた華那も関心を抱いたようで、目を輝かせて早希の方を見てきた。
(うわ、面倒な事になったわね…)
まともに取り合わないようにあしらいながら、早希は頭の中で改めて先日言葉を交わした野球部の先輩の事を思い出す。
(なんか、ムカつく)
喋り方や態度に好感を持てなかったのは事実だ。だがそれ以上にあの男子に何らかの関心を抱いていたのかもしれないと思えてならなかった。
(野球なんて知らないのに)
理由は分からない、だが自分は彼にからんでしまった。自身の言動に不可解さを覚えもやもやしながら、早希は昼食後気分を紛らわすように部活へ早足で向かう事となった。
エリナのからかいを相手にせずに聞き流しながら。




