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破片  作者: 天音澪
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1章 旅/日々

一つの国で平和な日々を送る姫。

大好きな母親と教育係の秋。遊び仲間の大牙。

しかし少女はある出来事から、姫と言う立場の重さを実感させられる。

   

その一面の氷から成る世界は、国の最北にあった。

そこに住むのは“氷の民”だけ。

彼らはこの国の先住民で、他国から来て国を圧制する新王に反抗する『逆賊』。

それを束ねる者は名を至蓬(しほう)と言い、彼の妻は廉香(れんか)と言った。

彼女こそこの民の要、“氷の姫”である。

この国において、姫とは特別な立場であった。

5人の姫がいて、それらは自分の属する自然の力を操った。

雷の姫なら雷を、土の姫なら土を、氷の姫なら氷を・・。

姫と呼ばれるのは王に従う側近だったからで、性別は関係ない。

その中で火の姫だけは特別だった・・・・。



氷に包まれた土地。氷の民のすみか。そこに一人の少女がいた。

キラキラと輝く氷が、それに劣らぬ美しい光を放った夕日を映している。

水夢(すいむ)はその光景が好きだった。

その場に腰を下ろし、氷に移った太陽の円を指でなぞる。ひんやりとした冷気が指に伝わって、くすぐったかった。            

水夢様、と、背中をなでるような優しい声が背後からした。

振り返らずに少し笑って、なぁに?と答える。

「もうお勉強の時間ですよ?何をなさっているんですか?」

今度は振り返って、顔をほころばせた。

「夕陽が氷に映って、すごく綺麗なんだよ、(しゅう)。」

秋と呼ばれた男はすらっとした長身で、銀色の髪を腰のあたりまでおろしていた。

秋は水夢のあどけない笑顔を見て困ったように笑う。

彼は水夢より5歳年上なだけだったが、水夢よりずいぶん落ち着いているように見えた。

優しく微笑んだ顔は、孫を見る老人を思わせる。

秋は水夢の横に腰をかがめた。

「水夢様。今日も大牙(たいが)や村の子と遊んだのでしょう?」

「うん!すっごい楽しかったぁ。」

「水夢様はもう14歳になるのですよ?そろそろ自分の立場を理解してください。」

「立場?あの姫の話?」

秋はそっと水夢の頭をなでる。

「ええ。あなたのお母様、廉香様は我々氷の民の要。そして水夢様。」

一息ついてもう一度、重々しく口を開いた。

「その姫の力を継ぐ者こそあなたなのです。」

「でもそんなの、母様が亡くなってからの話でしょ?母様はまだ若いし、元気だよ?今言われても実感わかないなぁ。」

水夢はうんざりしたようにため息をつく。

「『死』は、いつ臨むか分かりません。だからこそ今、準備しておくのです。」

「はいはい」

そう言って水夢は立ち上がり、少し離れた自分の家−屋敷に入っていく。

秋は腰を下ろしたままその後ろ姿を見つめていた。

『ああ』

秋は心のなかで悲嘆の声を漏らす。

『あの子の呪われた運命が、あの、あどけない小さな少女を連れて行ってしまう。・・・耐えられるだろうか?彼女はその重荷を背負うことができるだろうか?』


夜。この氷の土地の夜は、あきれるほどに寒い。

水夢は小さな体を何枚も重なった毛布にくるんで、ベッドからただ上を見つめていた。

高い高い天井。

うっすらと花の模様になったそれは遠すぎて、目で追っていくとちかちかする。

水夢はふと、今日秋に教わった、もう何度も聞いた姫の話を思いめぐらしていた。

幼いときから毎日のように聞かされた、『姫君の国』の物語・・・


・・・

この世はすべて不平等。

王を守護する姫君の力だってそう。

魔女と呼ばれる火の姫は、凄い力で世界を乱す。

その力は強大で、彼女は王に仕えない。

雷、氷、土に野の姫。これら4人は平等で、王に仕える選ばれし者。

力は遺伝に従って、後の世代に続いて行くよ。

遺伝を次ぐ者がいないのならば、その力、与える者を選んでおくれ。

・・・



「あなた。」

氷の姫−廉香が夫に声をかける。

「なに?」

「私はもう長くないわ。」

何気なくそう言った彼女の顔を、その目を、彼はじっと見た。

困惑することもない。

彼らには分かっていた。

いつかこういう日が来ること。

姫の能力である予知夢で、彼女が自分の未来を悟る時。

−戦いの時。

「未来はどうなる?」

「私の未来以外は話さないことにしてるわ。あなたも知っているでしょう?」

「知ってるよ。聞いてみただけだ。」

少しの間重い沈黙が流れる。

それを打ち破るように、至蓬は笑って言った。

「水夢はちゃんとやっていけるのかねぇ。あんまり危機感無いからなあ、あの子は。」

「大丈夫よ。あの子は強いわ。」

笑い返す廉香を見て、至蓬はそうだな、と呟いた。



「では魔女とは?」

「火の姫。」

「では、火の姫とは?」

「えっと、王様に従わなくって、強くって・・・。えーっとそれからー・・・」

昼。

水夢はいつものように秋に世の中のことを教えてもらう。

町のこと。王のこと。姫のこと。

しどろもどろに答える水夢を見て、秋は微笑む。

「戦いの時のみ現れて、好きなように戦って人々を混乱させていく。」

「あ、それそれ!確か何かの一揆の時は農民に味方して、この前の革命では王様に味方したんだよね。」

「ええ、そうです。では今の王が前の真のこの国の王を打ち倒した戦いでは?」

「今の偽物の王様の味方だった。」

「そうです。廉香様も含め他の4人の姫は前王軍に味方したにも関わらず、今の偽王軍は戦いに勝利した。なぜだか分かりますね?」

「魔女が偽王軍に味方したから。でもそれだと、4人の姫の力じゃ魔女に敵わないって事だよね?」

「ええ。」

「じゃあ氷の民が将来偽王軍と戦う時、魔女が偽王軍に味方したら確実に負けちゃわない?」

「そうでしょうね。ですから我々は魔女を味方につけるか倒すかしなければなりません。」

「どうやって?」

「さあ。」

「『さあ』って・・。」

「それはあなたの役目ですよ?水夢様。」

「わたし!?なんで?母様じゃないの?」

「最後の戦いの時まで廉香様が生きておられるか分かりません。きっともう、水夢様が姫の力を受け継いでいらっしゃると思いますよ。」

「あら。私はその戦いの時まで生きているつもりだけど?」

2人の居る部屋の扉の所に、廉香が立っていた。

「母様!どうしたの?この部屋に来るなんて珍しいね。」

廉香はいつも自室にこもっていた。外に出るのは元々あまり好きではなかったし、氷の民しかいない村とはいえ、町はすぐそこ。いつ変装した王の軍が入ってくるかは分からないからだ。

「廉香様。水夢様はただでさえ緊張感がないのですから、少し脅しておくぐらいで良いんですよ。」

笑って言う秋に廉香が噴き出した。

「あ、なにそれ!!脅しだったの?」

くすくすと笑う秋を見て、水夢が頬をふくらます。

「もう知らないんだから。私、大牙と遊びに行ってくる!!」

そう言って水夢は小走りに部屋を出て行く。

水夢が出て行くのを見て秋が口を開く。

「実際の所はどうなんですか?」

「え?」

廉香は笑ったまま秋を見る。

「あなた様の寿命です。夢では後どれくらいなのですか?」

「さあ。予知夢は漠然とした情景が見えるだけだから、正確な時は分からないわ。でも、もうすぐだと思う。」

「戦いがあるのですか?」

「これ以上は話せないわ。私の予知夢は自分のこと以外他の者には話さない。そう、前王と約束したのよ。」

「前王はもういないのですよ?至蓬様にだけでもお話ししては?」

「嫌。」

「頑固ですね。」

「意志が強いって言って。」

廉香と秋は微笑み合う。

「こんな戯れの会話ができるのもあと少しだわ。」

「それでわざわざここまで来られたのですか?」

「ええ。最後くらい楽しまなきゃ。」

そう言って廉香は出ていった。



水夢はいつも自室で大牙と遊んだ。

水夢の部屋は広い。大きなベッドに高い天井。いつでも綺麗にしてくれる掃除婦がいた。

それでも水夢はあまり部屋にはは居なかった。

いつも部屋で本を読んだりしている廉香とは違い、水夢はとても外向的で氷の民の子供たちとよく外で遊んだ。しかし彼らを部屋に入れることはなかった。

そういう意味で大牙は特別だった。

彼は至蓬に水夢の遊び相手また護衛として選ばれ、幼い頃は今以上に共に過ごしていた。

実際、水夢が過ごすほとんどの時間は大牙か秋と一緒だった。

「お前、髪伸びたな。」

「え?」

急に大牙が言った。

「そんなに長いの久しぶりに見た。」

背中の真ん中のあたりまで伸びた水夢の髪。

「そんなに長くて、面倒くさくねえの?水夢。」

大牙は至蓬と廉香以外で、唯一水夢に敬語を使わない。同い年で、小さい頃から一緒にいるせいだ。

「んー、私も切りたいんだけどね。母様が女の子なんだから、伸ばしなさいって。」

「ふうん。秋も長いよなあ。俺、あんなに長いのぜってえ無理。」

「うん、大牙には無理。絶対手入れかしなさそうだし。」

「うっせ。お前だってしないだろうが。」

「私はお姫様だから、他の人にしてもらえるもん。」

大牙はため息をつく。

「お前、それだけ自分のこと人にしてもらえるってのは凄い責任が自分にあるって事なんだぞ。」

水夢はきょとんと首をかしげる。

「人がお前に尽くすのは、お前に期待してるからだ。水夢は今姫の立場を利用していろんな事を人にしてもらってるんだから、将来その立場でいろんな事を人にしてあげなきゃなんないってこと。」

「何それぇ。大牙まで秋みたいな事言う。」

「お前が自覚しないからだろ?ま、俺はお前に期待してないからお前に尽くしたりしないけどな。」

「うわ、むかつく。」

水夢は大牙に枕を投げつける。

大牙はひょいとそれをよけ、枕が勢いよく壁にぶつかった。

水夢はそれを見てため息をつく。

「でも、あんたみたいなのもいないと疲れちゃうかな。」

「ん?」

「みんなに期待されるのって凄い息苦しいもん。まして私に何ができるわけでもないのにさ。大牙みたいに、普通に私と接してくれる人も必要かなって。」

「おお、俺って頼りにされてる。」

「それでも私は期待してる母様や秋の方が、大牙より何倍も好きだけどね。」

そう言って水夢はべえと舌を出す。

何だそれ、と言って、大牙は部屋を出て行く。

「え、帰っちゃうの?」

「大好きな秋にお勉強でも教えてもらったら?」

憎々しげに笑って、ばたんとドアを閉めた。



夜風呂から上がった水夢の髪をとくのは、いつも廉香だった。

「ほら、じっとして。」

落ち着きのない水夢に言う。

「女の子なんだから、もっと綺麗に伸ばさなきゃ。」

「もうめんどくさい。」

「このくらい我慢しなさい。1回ぐらい秋くらいに伸ばしてみなさいよ。」

傍らにいる秋を見て言った。

秋は水夢の養育係兼護衛として選ばれたため、同じ護衛である大牙が水夢と共にいない時はだいたい一緒にいる。

「秋は何でそんなに伸ばしてんのぉ?」

不服そうに言う水夢を見て笑う。

「伸ばせる時にいっぱい伸ばしておいた方が良いですよ。」

「?どういう意味?」

「いいえ。何でもありません。」

廉香はちらりと秋の方を見て、また水夢の髪をとく。

少しの間沈黙があって、廉香は言った。

「はい。終わり。」

それを聞くと水夢はぴょんと跳びはねるようにして、お休みなさい、とだけ言って自室へ走って行った。

「余計なことは言わないで。秋。」

廉香はいつもより少し厳しい口調で言った。

「申し訳ありません。私も失礼します。」

一礼して、秋も部屋を出て言った。



秋がベッドに座っている水夢の横に座る。

「水夢様。」

「ん?」

「野の民のことをお話ししたのは覚えておられますか?」

「野の姫が束ねる民で、確か町のはずれにすんでる国王軍の一部。」

「よく覚えておられましたね。」

水夢はへへ、と照れくさそうに笑った。

「もし、この氷の民の村が王に攻められることがあれば、おそらく王は野の民を使います。」

「なんで?」

「ここと野の民のすみかである佳宋(かそう)という町は極めて近いからです。」

「ふうん。でも、王にここの場所はばれてないんでしょう?」

「分かりません。しかし王も馬鹿ではありません。我々は王にとって忌むべき逆賊ですからね。戦いの準備はできていなくとも、居場所ぐらいは突き止めているでしょう。

「え・・、それって結構危ないんじゃないの?攻められちゃうじゃん。」

「はい。」

「場所、変えればいいのに。」

「至蓬様はどうしても氷の民にふさわしいこの土地が良い様ですからね。」

「それだけの理由で危ない綱渡りしてるなんて、父様も意志が強いね。」

『意志が強い、か。』

秋はふと、今日廉香とした会話を思い出してほくそ笑む。

「でもなんで急にそんな話するの?」

首をかしげる水夢に、秋は顔を引き締めて答える。

「水夢様。戦いの時は近づいています。こんな事を私が勝手に話してよいのか分かりませんが、私は水夢様に心の準備をしておいていただきたい。廉香様の予知夢の能力で、戦いがもうすぐ起こることが分かっています。そして廉香様は・・・・・・・・・・・・・」

「何?」

「・・・・・いえ。ですから心の準備をしておいてください。では、お休みなさい。」

「?お休み。」

“そして廉香様はその戦いで亡くなられます。”

秋は言葉の続きを敢えて言わなかった。

一体誰が、母親の死ぬことに心の準備などできるだろう。




〈作者コメンツ〉


ここは本編の続きではありませんので、読み飛ばしてくださって構いません。


ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

第一部分が長くてうんざりした方もおられると思います。すいません。

「1章 旅」はまだ続きます。

是非お付き合いください。

えー、前置きはこれくらいにして・・・

私これ初投稿なんですけどまあまあ長くなると思いますね。

設定がよく分からんっつー人もたぶんいると思うんですが、あんまり解説をだらだらするのは好きじゃないので会話から読み取ってください。

『姫君の国』っていうのは物語の名前です。もう少し語呂を良くしたかったんですが無理でした(汗

できるだけ読者さんがこの話の存在を忘れないうちに続きを書きたいと思います。

あと、何か感想やご意見、質問などがある方はどしどしください!

そこの欄が寂しいので。

酷評でも良いです。よろしくお願いします!!!

ではまた。








   

  

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