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DVDを見始めれば

作者: 竹仲法順

     *

 普段ずっと家にいて、家事をしている。炊事、掃除、洗濯……、毎日大変だ。だけど、そんな専業主婦のあたしにも楽しみがあった。お昼過ぎに再放送の二時間ドラマを見る代わりに、海外ドラマのDVDを見ているのだ。それが実に好きな時間なのだった。

 昼間、夫の昭則(あきのり)は会社に出勤している。あたしも結婚する以前、専業主婦になるまではずっと会社で仕事をしてきた。雑用ばかりだったのを覚えている。三十代後半であるあたしの世代は就職氷河期があり、望んだ仕事に就けなかった。今の若者と違って。

 子供はいなかったのだが、夫との夜の営みは続いている。別に子供が出来なくてもいいから、昭則に抱かれていたかった。入浴した後、午後十一時ぐらいまで性交し、ベッドに潜る。心の穴を埋めてもらいたかった。昼間感じる、柄にも言えぬ満たされなさを。

摂子(せつこ)

「何?」

「昼間、家事の合間にDVD見てるんだろ?」

「ええ。……それがどうかしたの?」

「いや。君のこと、ずっと一人にしておきたくないからな。せめて家にいる時、何してるのかぐらい訊いてもいいだろ?」

「うん。別に差支えないわ」

 頷き、ベッドのサイドテーブルに置いていたアルコールフリーのビール缶を手に取った。そして口を付け、飲む。元々お酒は弱い方だ。だからアルコールフリーにしている。ノンアルコールだと、健康にもほとんど影響が出ないのだし……。

 夫はあたしの作った水割りを飲みながら、急に眠くなったらしく、

「俺、もう寝るよ。明日も早いから。お休み」

 と言ってベッドに寝転がる。あたしもセックスで心の中が九割九部満たされたので、眠った。暑さで疲れていたのだし、かなり体力を消耗している。枕に顔を埋め、ゆっくりと眠りに就いた。

     *

 翌朝、午前七時過ぎに起き出すと、すでに昭則が起き出していて、

「摂子、コーヒー飲む?」

 と訊いてきた。

「ええ。いただくわ」

 そう返し、氷の浮かんだアイスコーヒーのグラスを受け取って口を付けた。すでに夫は上下ともスーツに着替えている。あたしも部屋着のまま、キッチンに立ち、朝食を作り始めた。昭則はスマホでネットニュースを見ている。うちは新聞を取ってないから、情報は全部ネットだ。今はそういった世帯も多い。

 一通り食事を用意し、テーブルに皿を並べると、

「君も腹減ってるだろ?一緒に食べようよ」

 と言ってきた。頷き、

「ええ。あたしもあなたと結婚してから、朝はちゃんと食べるようになったわ。独身時代は朝食食べなかったりしたけど」

 と言い、野菜サラダに箸を付ける。キャベツとレタスにカットしたハムを乗せ、上からドレッシングで味付けしただけなのだが、美味しい。この季節でも、生野菜はちゃんと食べられる。学生時代、バイト先で長時間食事を取れないこともあったから、一食抜いたりするぐらい平気なのだった。

「今日も家事の後、DVD見るの?」

「うん。続きが楽しみだから」

「俺なんか、この数年間ドラマ全然見てないよ。テレビがあっても付けてないしな」

「あなたは仕事の方が忙しいから、パソコン使う時間が長いんでしょ?」

「ああ。最近のうちの社の若いヤツらが、仕事でタブレット端末使い始めやがったよ。慣れてるんだってさ。タッチ式に」

「付いていけないわね」

「まあな。俺もパソコンは未だにマウス使ってるからね」

 昭則がそう言って立ち上がり、カバンを右手に持って、

「じゃあ行ってくるな。今夜はクライアントとの打ち合わせが入ってて遅くなりそうだから、先に寝てて」

 と言葉を重ね、歩き出す。玄関先まで行って見送り、

「気を付けてね。お盆明けだから、休みボケしてると思うし」

 と言って送り出した。夫もちょうどお盆休みが終わった後で、社に出勤するにしても、いつもとは違うはずだ。心配な面もあった。外は蒸し暑いからである。あたしも分かるのだ。すでに八月半ばが終わり、下旬に差し掛かっているのだが、昭則が夏バテしてるんじゃないかと思えてきた。玄関口を閉めた後、扉にロックを掛け、家事を始める。

     *

 部屋に掃除機を掛けながら、3LDKのこのマンションも夫婦二人で住むには幾分広すぎると思えていた。だけど、あたしももう子供が出来ないんじゃないかと思っている。結婚当初から不妊治療はしてきたのだが、それが実を結ぶことはなく、三十代後半になっていたのだ。

 だけど、テレビとかネットがあれば退屈しない。ブログを持っていたのだし、ツイッターもやっていた。面白い番組がない時はネットをしていたのだが、別に気にしてない。年齢相応になってきたのだ。主婦など、家事労働の合間は大いに楽しむ権利を持っている。それを使わない手立てはなかった。

 午後三時過ぎからドラマのDVDを見始める。昨日の続きだ。テレビの前の座椅子に座り、ゆっくりと見続けていた。変化はない。いつもと同じだ。午後五時ぐらいから夕食の支度をすればいいと思っていた。

 刺激というものに事欠く。週に二度、自転車に乗って近くのスーパーに買い出しに行くのだが、これも主婦の生活感覚とマッチしていた。確かにマンション住まいだと、業者から商品の配達などをしてもらってもいいのだが、あたしの場合、そういったサービスは一切利用しなかった。

 その日は午後五時から食事の支度をし、夫が帰ってくるのが遅いと分かっていたので、作った彼の分の料理の皿にラップを掛けた。そして自分一人で食べながら、ゆっくりしている。何も焦ることはない。時間は淡々と流れていくのだが、気にしてなかった。今夜は独りで眠るのだと思い……。夏の夜はまだ蒸し暑さが続くのだが、いずれ季節も変わるから、安心していた。これから訪れる秋冬は幾分こもりがちになるなとも感じていて……。

 あたしの毎日の楽しみは、実に海外ドラマのDVDを見ることだった。これは年中変化がない。昼間、昭則がいない時はずっと見続けている。一人の部屋で何を言うこともなしに……。

                            (了)


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