プロローグ
この話に出てくる宗教は架空のものです。
教会が支配する世界。
見えもしない名もない“カミサマ”に毎日お祈りをする人たちの考えを、ハルには理解できない。
だからハルは今日も鳴り響く教会の朝を知らせる鐘の音に、むっつりと口を結んだ。ハルは“宗教”が大嫌いだ。
ハルは生まれつき、目も髪も黒い。この国ではとても珍しい『黒い生き物』は、聖書の中で悪魔の使いとされており、国民のほぼ全員に忌み嫌われている。無論人間も例外ではなく、ハルの両親は彼女が黒いということだけで、抱き上げることもなく『魔女』に彼女を付きだしたというのだから、本当にくだらない宗教である。
「ハル、可愛い顔が台無しよ。」
老婆は窓を眺めていた彼女を見つけると、そう言ってしわしわで温かな手で黒い髪を撫でた。この近辺で『古の魔女』と呼ばれる老婆は、神様なんて信じちゃいない。黒髪黒目のまだ赤子であったハルを快く引き取り、自分の孫のように大事に大事に育ててくれている。
本日でようやく7つを迎えたハルは不機嫌そうに尋ねる。
「おばあさま、どうして黒いと嫌われるの?カミサマに何かしちゃったの?」
老婆は少し考え、納戸からショコラーデを取り出してハルの口に突っ込んだ。ショコラーデは特別な日にだけ食べさせてもらえるハルの好物で、これを食べるとハルの機嫌は格段に良くなる。
「“正義”を作りたければ、同時に“悪”も作らないくちゃいけないものなのよ。そして人は何かを虐げて、何かを崇めないと生きていけないのよ。」
「おばあさまも?」
もごもご、と口を動かしながらハルは尋ねる。懸命に先ほどの不機嫌さを装おうとするが、既にショコラーデの甘さに口元も目元も緩んでしまっている。
「いいえ、私は魔女よ?そして貴女も今日から魔女。」
老婆はハルの前髪と退けると、魔力を纏った人差し指で額を小突いた。魔女の“洗礼”である。
「お誕生日おめでとう、ハル。」