その四「裏」
私は駅前をずっと見張っていた。事の発端は先日、矢原って娘と清斗の話を聞いた事だ。
「何よ、清斗ってば、デートなんて色気づいちゃって」
「到着」
「ようやく着いたわね、綾目。こちらにはまだ清斗は来てないわ」
「了解」
「全く今日集まるのが私と綾目だけだなんて」
「ストーカー」
「ストーカーじゃないわ。ただ私たちは偶然にも清斗を見かけて、それをストークするだけよ!」
そう、今日は清斗が矢原さんとデートする日。そんなこんなで部員を集めたのだけれど来たのは私こと金糸雀響と隣居る梓鴉綾目だけだった。
「休日なのにスーツなのね」
「……」
ちなみに他の部員が来ない理由はというと、
『ごめんなさいね、響。日曜日は政界関係のパーティーがあるの』
『日曜日?ああ、プリ○ュアがあるのでお断りします』
とのことだった。
「何なのよ、全く。政界のパーティーはいいけれど。プリ○ュアって。私だって見るの我慢して来たんだから」
「標的発見」
「……え!どっち?」
「同着」
「何て事!」
見ると本当に同じ時間に待ち合わせ場所に向かっていた。それにしても清斗は女の子を待ってあげているのが男子の役目だというのに何を考えているのかしら。そんな事を考えていると二人が接触した。何だか二人とも緊張しているようで動きも会話も堅い。
「何よ、出来立てカップルみたいなギクシャクして!」
見てられなくなってくる。あと、いらいらする。私が怒りを抑えていると二人は駅の中に入って行った。
「追うわよッ!」
「御意」
「何とか同じ車両に乗れたわね。しかも、向こうは緊張してこちらに気づいてないと見た」
電車の中で私たちは清斗の監視を続けていた。席は右斜め前の席に座っている。とは言え、ばれると元も子もないのでやや遠めになのだが。それにしても見た感じ会話がない。
緊張しているのはここからでも見え見えだが。とそこで清斗が動いた。何やら矢原さんの服を指さして言っている。
「綾目、なんて言ってるか聞こえる?」
「『清楚で溌剌な感じというか、その服よく似合ってるぞ。うん。一言で言えばすごいかわいい』『……ほ、ほえぇ?か、か、かわいい?』『ああ、可愛い!』」
「……綾目って声帯模写も出来るの」
「一般教養」
「……そ、そう」
たまに思うのだか綾目は本当に人間なのだろうか。どっかの悪の組織に作られた改造人間とかお尻の小さな何とやらとか三人のマッドサイエンティストに作られた人類最強とか、そんなのではないのだろうか、とか思う。途中で思考をカットする。今は清斗がどうなっているかが重要だ。再び清斗の方へ目を向ける。
「――な、何があったの!」
この一瞬で何が起こったというの。私は自分の見た光景に目を疑った。二人の半径一メートル状に誰一人存在していなかった。日曜日午前の電車に空白を創る。そんな奇跡を起こしていた原因は二人の様子を見れば一目瞭然だった。
(……何なのよ、あの空気は)
ラブラブオーラがあふれて、そこにある種の固有結界みたいなものを作り出していた。
緊張と何をしゃべっていいかわからない気持ちと元々の仲の良さが偶然に生み出してしまった状況だろう。ぶっちゃけ見てられない。暑すぎる!
「綾目、違う両に移動しましょう」
「賛成」
電車が早く目的地に着くこと願いながら、その場を後にした。
場所は移ってハンバーガー店『モギドナール』。当然同時に入店するわけのもいかないので向こうが注文を入れてから店に入った。
「照り温玉セットとほっとチリセットをお願いします。飲み物は両方ウーロン茶で」
注文を終え、五番札をもらうと席を探す。席選びは重要。さすがにばれては元も子もないのでぎりぎり目視できる席を選んで座る。ここならばれずに見張ることができる。
「どう、綾目ここでも大丈夫」
「無問題」
見た感じ、矢原さんが一方的に話をしているみたいだ。
「何て言ってるかわかる?」
「『じゃあ、昔の話なんだが――(以下略)』
「落語なのっ⁉」
しかも、この話で緊張が解けたみたいだ。やるわね、矢原さん。すると清斗が立ち上がる。どうやら番号が呼ばれたらしい。
「五番札でお待ちのお客様」
「やばいわ。このままだと清斗と鉢合わせになる」
どうにかしないと。こうなったら清斗が取るのを待ってからすぐ取って帰るしかないわ。
「綾目、いざとなったらフォロー任せたわ」
「御意」
清斗が取った瞬間にこちらもトレイを受け取った。そして、そのまま華麗にターンを、
「あ」
誰かの足に躓いた。持っているトレイと体が宙に浮く。やばい、これは確実にこける。
映る映像がスローになる。床にゆっくりとトレイが落ちて音が響く。瞬間、体が浮遊感に包まれ、トレイが目の前から消えた。いきなりの事だったので思わず目を瞑ってしまった。次に目を開けた瞬間、席に座っていた。
「あれ?何が起こったの?」
目の前には綾目が座っている。机の上にあるトレイの上の物は無事だった。おそらくなのだが、いや確実に綾目が助けてくれたのだろう。
「綾目、ありがとう」
「どういたしまして」
いや、本当に綾目は人間なのだろうか。ここに戻るまでにおそらく○歩とか瞬間移動とか使っているに違いない。
「それより気づかれてないかしら」
「無問題」
ふう、と一息つく。とりあえず昼食をとる事にする。目の前の包装紙を開けながら、飲み物を口に含む。少しのどを潤してからハンバーガーを食べた。綾目も黙々とホットドッグを食べていた。私は清斗の様子が気になるのですぐにハンバーガーを口に頬張ってウーロン茶で飲み干す。綾目もいつの間にか食べ終えていた。少し残った飲み物をストローですすりながら綾目に目配せして、向こうの話の内容を聞いた。
「『三鷹同輩、金糸雀先輩とは付き合ってるの?仲が良いみたいだし』」
「「ぶほッ!!」」
私は口から思い切りウーロン茶を噴き出した。そして、見事に綾目のスーツにかかる。
「ご、ごめん!綾目大丈夫?」
「無問題」
すぐに店員は来た。
「大丈夫ですか?お客様」
そういって床を拭き始める。えっと、どうすればいいんだっけ。こういった状況は初めてなので私はあたふたしていた。
「あ、ええと、あれ、右?左?」
「お客様大丈夫なので落ち着きください」
と、右肩に荷重がかかる。見てみると綾目が私の右肩に手をのせていた。
「標的移動」
「しまった。追うわよ」
私は清斗と矢原さんの方を向いた。すると、矢原さんと目があった。
「え」
次の瞬間、矢原さんの顔に笑みが浮かんだ気がした。
(……ばれてる?)
いや、この距離でばれるなんて。だが、考えたところで後を追うのに変わりはない。
「行くわよ、綾目」
「御意」
「お、お客様⁉」
私たちは後を追って店を出た。
二人が入って行ったのは大型デパートだった。食事だけじゃなかったの?と私は少し顔を膨らませた。全く勢いとは言えこれでは思い切りデートじゃない。二人の後を追うと洋服屋に到着した。
「とりあえず近くに喫茶店みたいなところないかしら?」
「右斜め十メートル」
綾目に言われた方向をみると、ちょうどいい喫茶店があった。あの店なら監視しながらお茶できて都合がいい。
「じゃあ、私はあそこにいるけど。そうね、せっかくだから綾目、着替えてくれば?」
「是」
「じゃあ、またここで会いましょう」
私がそういうとシュタという音と共に綾目は姿を消した。もうなんかこの程度の事では驚かなくなったわね。そのまま私は綾目が見つけてくれた喫茶店に入る。とりあえず紅茶を頼んで、窓際の席に座る。
「さてと」
一息ついた。ぶっちゃけ暇ね。外を見てみるがどうも中から出てくる様子がない。といっても基本女子の買いものは長いものだから、早く終わるなんて思ってないけど。それはさて置いて。
(……これが清斗の初デートになるのかしら)
今まで清斗が女の子と付き合ったのを見たことはない。まあ、清斗はデートと思ってないんだろうけど。いやなら、これは初デートと言う事にはならないはず。それなら私にもチャンスが……、って何を考えているのだろう。
「……別に何とも、思ってないんだから」
「お客様、紅茶をお持ちしました」
「――ひゃ!」
「お勘定はこちらに置いておきますので」
顔が熱い。顔を隠すように私は紅茶をすすった。深呼吸、深呼吸。再び外を見る。特に変化はない。
「仕方ないわね。たまにはゆっくりしましょうか」
約一時間半が経過した。しかし、なんの音沙汰もない。綾目も帰ってこないし。
「暇だわ」
そう呟いた時だった。目の前に清斗と矢原さんが現れた。
「響?」
「せ、清斗!」
思わず飲んでいた紅茶をむせてしまう。
「金糸雀先輩こんにちは」
しまった、と思った。完全に油断していたわ。
「どうして、とは言わないでおこうか」
どうにかして誤魔化さないと。
「――べ、別に、あ、後なんか追ってないんだからね」
これじゃあ完全にツンデレじゃない!そんな私に矢原さんが追い打ちをかけてくる。
「そうですね。なら金糸雀先輩は放って置いて。奥の方行こうか、三鷹同輩」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
思わず口に出していた。ばらばらになった方が違和感ないというのに。
「なんですか?」
「どうせなら、あ、相席してあげなくもなくなくなくないわよ」
噛んだ。
「それは相席したくないと言う事ですね」
「そ、そんな事」
この女、私が噛んだことを知っていて。さっきのモギドナールの件もそうだけど中々油断ならない。
「三鷹同輩、飲み物は何にしますか?」
「あ、相席しましょう!」
「いやです」
「……そ、そんな」
断られた。いや、別にこの女に断られても傷つかないんだからね!
「矢原、お前そんなキャラだったけ」
「失礼、すこし我を忘れて楽しんでました。良いですよ、相席しましょう」
清斗と矢原さんが私と向かい合うように座ろうとした。
「ちょっと待ちなさい。清斗はこっちに座りなさい」
そう言って、私は隣の席を指さす。すかさず矢原さんが反論する。
「金糸雀先輩に席指定する権利はないはずはですよ」
「いいのよ。部長命令だから」
これは譲らないわ。ぶ、部長としての意地がこっちにはある。
「そうはいきません。そういう事ができるのは校内だけです」
私と矢原さんの視線の間に火花が散る。いや、こうなったのも元はと言えばしっかりしてない清斗のせいだ。私は清斗を詰め寄るように見つめた。
「三鷹同輩は――」「清斗は――」
「「――どっちがいいの!」」
結果。私と矢原さんが隣同士。その向かいに清斗という配置になった。
「……」
「……」
「……」
全く死ねばいいのに。
「……あ、あの」
「何です、三鷹同輩」
「何よ、清斗」
このボンクラは何を考えているのか。まあ妥当な判断だけど。女子としてこれはないわ。
とそこで聞いた事のある声が聞こえた。
「発見、再見」
「梓鴉うう!」
ようやく綾目は着いたのね。ちゃんと私服も買ったみたいだし。あとでお金渡しておかないとね。
「……」
そして、綾目は堂々と近づいてきて、清斗の隣に座った。
「お前は何がしたいんだあああ!」
何も言えない!あれほど席を取り合っていたのに綾目が堂々と座るだけで何も言えなくなった。
「……なんか綾目には勝てる気がしないのは何故!」
「……オーラが異様だ」
私と矢原さんの張り合っていた空気が壊された。
「これが無口オーラの力だと!」
あ、と思った。余計なこと言ったわね。綾目が即座にハンマーを取りだした。そして、思い切り清斗の後頭部に振り下ろす。
「滅」
「ああ、清斗」
「三鷹同輩!」
目の前で清斗がきれいにでこから机に突っ込んでいく。
「お客様!」
机は揺れたが、机の上の者はこぼれていない。綾目も人間離れしてると思うけど、清斗もどんどん人間離れは慣れしてくわね。特に耐久力。
「大丈夫です」
私は店員さんにそういって帰って貰う。そのまま矢原さんの方へ向き直る。
「清斗はとりあえずここの外のベンチで休ませた方がいいわよ」
「わかりました。では」
「綾目、清斗を向こうのベンチまで運んでくれる?」
「御意」
目の前の三人が店から出ていくのを見届けて、私は席について再び紅茶を口に含んだ。
「さて、そろそろ帰ろうかな」
私は綾目が返ってくると、会計を済まして帰宅路についた。