その四
「さて、どうしよう」
俺は電車の中で悶々と、頭を抱えていた。
今日は日曜日だ。それがどうしたと言われたら、どうしようもないのだが。今日は矢原と食事を食べに行く日だ。先日、矢原を負ぶって山を下りたことへのお返しという名目なのだが
「よくよく考えたらデートみたいなもんだよな」
この前、学校で出会った謎の美少女に言われた一言がそういう事を意識させていた。
『学校でいつも一緒にいるのでそういう関係なのかと』
「いつも一緒、そういう関係。か」
確かにいつもいっしょだった。部活の休憩もいつもとは言わないまでも、大体は話をしていたし、クラスでも話は良くしていた。
「でも、付き合ってるなんてな」
傍から見ればそう見えてしまうのか。確かに今回のこれも内容を思い返してみると
・駅で待ち合わせて食事
・その後は買い物
といった感じになっている。
「ああ、何だ。どう見てもデートの内容だろう」
といったところで隣に座っている矢原が覗き込んできた。
「どうしたの、三鷹同輩?先程から呟いているが。何か悩み事かい?」
「い、いや!何でもない。何でも!」
しまった、と心で呟く。矢原とは同じ区域に住んでいる。要するにちょっとご近所さん。
故に、いや、もちろんと言った方がいいのだろうが、駅で遭遇する。そこでは、まあ
『やあ、三鷹同輩。偶然』
『おう、矢原。偶然だな』
みたいな事が起きるわけで。いや、偶然ではないのだろうが。
俺はちらりと矢原の方を見る。見る限り向こうも緊張していて、こちらももちろん緊張している。そうでなければ先程のような脳内暴走は起きやしない。そして、両方の緊張状態によって引き起こされる問題は
――会話が続かねぇ!
さてこういう場合は何をすればいいのか。落ち着け。落ち着け、俺。混乱する頭の中でふと一つの言葉がよみがえる。
『彼女とデートするときは服装を褒めてあげないといけませんよ』
これはどこかのファッション雑誌の言葉か何かだったはず。俺はすかさず矢原の方を見る。白のワンピースに黒のハーフパンツだろうか。頭には絵描きがしてるようなつばの短い黒の帽子をかぶっていた。何というか、女の子の服の呼称とか全く分からないので何と褒めていいかわからない。そして、とっさに出た言葉が
「清楚で溌剌な感じというか、その服よく似合ってるぞ。うん。一言で言えばすごいかわいい」
何言ってるんだ俺!と自分にツッコミを入れつつ、矢原の反応を見た。
「……ほ、ほえぇ?か、か、かわいい?」
ものすごく動転していた。これはこれですごい話しかけづらくなった気がする。ファッション雑誌のアドバイスは俺には早過ぎたのか。
「ああ、可愛い!」
ここで話を逸らすとまずいと思った俺は更に誉めたてた。そして、矢原が照れる。
結局そこからは、その応対を駅に着くまでずっと繰り返すことになった。
ようやく駅に着いた。矢原は顔を真っ赤にしてフラフラしている。モギドナールは駅のすぐ目の前にある。
「少し早いがもう中に入るか」
「う、うん。そうだね」
腕時計に目を向ける。十一時二十分。昼食には少し早いが、モギドナールは人気チェーン店だ。昼を過ぎればすぐに人が集まってくる。ならば、いまは言っておくのが良策だろう。
「おお、結構すいてるな」
予想通り席は結構空いていた。これが一時間もすればすべて埋まって、店の外には長蛇の列ができてしまう。モギドナールはレジで注文するタイプの店なので、俺たちはまっすぐレジに向かった。
「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?こちらでお召し上がりですか?」
「ここで食べます」
「では、こちらのメニューからお選びください」
レジの机に貼り付けられているメニューに目を落とす。モギバーガーという商品が目に入った。これはいわゆる目玉商品というやつだ。代表商品ともいって良い。そして、他の商品の中で最も安い商品だ。
「じゃあ、俺はモギバーガーとコーラのMで」
「私は照り焼きモギのセット、飲み物はオレンジジュースでお願いします」
「了解しました。モギ1コーラM1、照りモギのセット、オレンジジュースですね。番号札三番を持ってお待ちください」
俺は番号札を受け取り、そのまま席を探し始めた。と言っても、席はがらがらに空いているのでどこでも座れるのだが。
「奥の方に座るか?」
「そうだね」
そして、俺と矢原は一番奥の席を取る。席は二人席だったので俺と矢原は向き合うように座る。今現在、俺の頭の中では例の言葉がぐるぐると回っていて、まともに矢原の顔が見れないでいた。そして、どうしたものだろうか。話のネタが出てこない。いつもならすらすらと下らないことを話しているのに、状況が変わっただけで変化は大きい。
「えーと、今日はありがとうな」
「い、いや、問題ないよ」
……。気まずい沈黙が流れる。自分で言うのもなんだが視点が定まらない。
「「あの」」
二人の声が重なる。
「ど、どうぞ」
「三鷹同輩こそ」
再び沈黙。俺は心の中でお決まりのパターンの気まずさを嘆いた。そして、必死に頭をフル回転させる。何か話題はないか。どうにかしてこの空気をどうにかしないと。
「三鷹同輩、私が先に話をさせてもらってもいいかな?」
「問題ないぞ」
「じゃあ。昔の話なんだが、すごいお金持ちの男がいてね。その彼はとても性格が悪くて人の不幸を見るのが好きだったんだ。それとは対称にすごい貧乏な学生がいた。彼はいつも懸命に働いていたけどあまり食べ物を食べれなかったんだ。なにせ家族の食費にほとんど費やしていたから。そして、ある日、性格の悪い金持ちの話を聞いた彼は、その金持ちの目の前で倒れたふりをしたのさ。もちろん金持ちは彼に話しかけた。『どうしたんだ』とね。すると、貧乏学生の彼はこう答えたんだ。『ふと、そこの店で饅頭を見てしまったのです。私は昔饅頭をのどに詰まらせ死にかけた経験がありまして。それ以来饅頭を見ると気分が悪くなってしまうのです』と。それを聞いた金持ちはこの学生を困らせてやろうと思ったんだ。そして、金持ちは学生に住所を聞き、それから一年くらいずっと大量の饅頭を送り続けたんだ。ゲスやろ――、金持ちはそろそろ学生は倒れて大変なことになっているだろうと思って、ほくそ笑んでいたんだけど一向に学生が困っているという話を聞かない。
そこで直接金持ちが学生の家に行ってみたんだが、そこに家なんてものはなかったんだ。
見渡す限り草原が広がっていた。けれども、金持ちはずいぶん遠くに自分の家より大きな家を見つけて、そこで聞いてみることにしたんだ。そこの家のチャイムを鳴らすと出てきたのは、あの学生だった。学生は元気だったので金持ちは問い詰めたんだ。『お前は饅頭が怖いんじゃなかったのか』って。そしたら、学生は何と答えたと思う?こう答えたんだよ。『いやあ、こんなになっちまうなんて。ほんと怖いよね、饅頭って』」
「何があったああああああ!」
俺は思わず噴き出した。てっきり『饅頭怖い』かと思っていたのだが、予想外の落ちが待っていた。
「貧乏学生は金持ちが送ってきた饅頭を自分たちの食料にして、更には饅頭に改良を加えて商売したんだ。その結果、饅頭バカ売れで一気に大金持ちというわけさ。そして、オリジナルが作れるようになるまでは法律に引っかかるから情報操作をしていたってわけ」
「ずる賢いにもほどがあるだろう!」
「私が『饅頭怖い』をアレンジしたんだけど、うまくいったようだね」
矢原は笑いながら、そういった。アレンジってレベルじゃねえだろ。だが、盛大にツッコんだことである程度の緊張はほぐれた。
「いやあ、緊張で話題が思いつかなかったから、あはは」
「話題がないから、落語ってどうなんだよ」
「そういえば、三鷹同輩も何かいう事があったんじゃなかったのか?」
「そうそう、昼食食べた後どうしようかと思ってな。よかったらそこら辺回ってみないか?」
「え、いいの?」
「ああ、別に構わないよ。滅多にこういった都会じみたところには来ないからな。しかも、飯だけ食ってさようならだったら寂しいだろ」
「……そ、そう、だね。何かそう言ってもらえるとうれしいな」
矢原がとてもうれしそうな表情を見せる。女性は買い物が大好きだというが、矢原も例外でないらしい。どうにか空気を取り成すことができた。
「三番の番号札でお待ちの方」
そこで店員に呼ばれて、俺は立ち上がる。
「俺が取ってくるよ」
「ありがとう」
レジまで行って、トレイの上に乗ったハンバーガーを手に取る。と、不意にがしゃんと後ろで音が響いた。後ろの方でどこかの客が物を落としてしまったようだ。俺はなんとなく音の方向を振りむいた。が、しかし、
「あれ?誰もいない」
音の方向には何一つ物が落ちたような痕跡が残っていなかった。店員さんも向かった先に誰もいなかったので怪訝な表情を浮かべてったが、何もなかったのだろうと表情してレジに帰って行った。俺もハンバーガーを持って、席に戻ることにした。
「よお、おまたせ」
「やあ、待たされたよ」
そんな応対をして席に着いた。トレイからそれぞれハンバーガーとジュースを自分の机側に置く。俺は包装紙を丁寧に開けながら、ジュースをストローで一口飲んで口を開いた。
「ああ、そういえば」
「何?」
俺もジュースで口を潤してから答えた。
「この前、朝練の邪魔したことがあっただろ。んで、あの時いた女の人にまた会ってな。その時にその人が矢原に礼を言っといてくれってな」
「そんな、私は何もできなかったよ」
「それでも朝練の邪魔して、探すのも手伝ってくれただろ。しかも、話だと俺たちがどっか行った後朝練切り上げて探してくれたらしいじゃないか」
「何故それを?誰にも見られていなかったと思うんだが」
「さあ?偶然見かけたんじゃないか?」
「むう。まあそういう事にしておくよ」
ひとまず話を止めると、それぞれハンバーガーを食べることに集中する。そういえば俺と矢原は食事中は会話とかしないよな。俺は昔から家がそんな感じだったから癖みたいなところがある。それでもまあ、そういう人間も少なくはないだろう。そんな事を考えながら矢原を見ていたら、こちらの視線に気づいた矢原がむせていた。俺はすぐに飲み物を差し出す。矢原はそれを受け取って、一気に半分くらい飲み干すと、思い切り息を吐いた。
なんだか見ていて申し訳ない気持でいっぱいだ。
「大丈夫か?」
「――ああ。大丈夫だよ」
矢原はそう言うと再びストローをくわえた。俺も残ったハンバーガーを口に放り込む。
一通り食べ終わって、ジュースだけが残る。そこで矢原が少し気まずそうな顔をして聞いてきた。
「あの、このタイミングで聴くのも何なんだけど……」
「いや、聞くタイミングなんてないだろ」
「んー。じゃあ、聞くよ」
「バッチこいだ」
大きなことを言いながら、俺はちゃっかりジュースを口に含んでのどを潤そうとした。
改めて聞いていいかと聞かれるとすごい緊張する。俺も案外小心者だ。
「三鷹同輩、金糸雀先輩とは付き合ってるの?仲が良いみたいだし」
「「ぶほッ!!」」
俺は思わず噴き出した。緊張して顔を逸らしていたからか、誰にもかからずに済んだのが幸いだった。
「お客様!」
店員の声が聞こえる。どうやら濡らしたところの処理に来たようだ。と思ったらこちらではなくどこか違う方向に行ってしまった。おかげで俺は自分で床を拭く羽目に。一口分だけだったので大して床は濡れてはいなかった。さっさと拭き終えると俺は矢原にしっかりと説明する。
「いいか、矢原。最近他の人にも同じようなことを聞かれたが、俺は誰とも付き合ったなんかいない。『三鷹のここ、空いてますよ』状態だ。仲良く見えるのは、まあ同じ部活だからというのもある」
「なるほど。三鷹同輩はフリーなわけか。いやあ、噴出させて悪かったね」
「なんとなくそのセリフに悪意を感じるんだが」
「気のせいだよ」
そう言った矢原がチラリと横目で入口の方を見た気がした。が、その方向を見ても店員がいるだけなので気のせいだと思うことにした。
「じゃあ」
矢原が立ち上がる。
「飲み物も飲んだし、三鷹同輩も噴き出した事だし、店から出ようか」
「そうだな。慣れたとはいえ、周りの視線が気にならないわけじゃないからな」
トレイを返すと矢原が腕を組むようにして、出口へと引っ張ってきた。
「いきなりなんだ⁉」
たじろぐ俺の顔を覗き込むようにして矢原は薄く微笑んだ。
「ところで三鷹同輩、覚えておくといいよ。女の子は狡猾なんだ」
「なんかどこでも聞くようなセリフだな」
俺は矢原に引っ張られながら店を後にした。
「ところで三鷹同輩。先の話なんだけど」
「先の話ってなんだ?」
今現在、でかいデパートの洋服店で矢原が試着中である。着替える間とか暇なのでいろいろ話をしていたりする。
「三鷹同輩が『どこでも聞くような話だな』って言ったところかな」
「ああ、店を出るときの話か」
「三鷹同輩はどこでも聞くような話って信じる?」
「どこでも聞くような話か」
どこでも聞くような話普段どのように考えているのだろうか。
「俺は信じる気がするな」
「そうだよね。でも、信憑性はあるけど信頼性はないとは思わない?」
「どういう事だ?」
というよりも信頼と信憑の違いがよくわからない。なんとなくはわかるんだが。
「よく言われるという事は事実の集まりだから本当だと思う。つまり、信憑性はあるんだよ。
ところがよく言われる事を言われると、ああまたその事か、とか思わない?つまり聞きすぎて、頭に入れない。その事を聞き流してしまう。まともに信じて聞き入れようとしない。それは信頼性が無いことだと思うんだよ」
「なるほど、そういう事か」
信憑性、つまり真実だと言う事はわかっていても、信頼性から、それを信じるような行動は起きないと言う事。正しいからといって人は正しい行動を起こすわけではない。正しいからそれを行うと言う事じゃあなくなるわけだ。ちょっとした矛盾が起きる。
「面白いな」
「まあ、詭弁だけどね」
と、そこでカーテンが開き、着替えた矢原が出てくる。
「どう、似合ってる?」
柄付のTシャツの上にジージャンを合わせ、下は七分くらいのパンツを合わせていた。
今日着てきた服の感じが清純なら今は溌剌と言った感じだ。今日の私服はいつもと違うイメージが出ていい感じだったが、これも矢原っぽさみたいなのが強調されていいと思う。
「すごい似合ってるぞ」
「えへへ。ありがとう」
矢原は元気に笑った後に、
「じゃあ、次着替えるね」
「……ああ」
ここに来て思うのもなんだが、女子の買い物って長い。かれこれ一時間はこんな状況だ。
女性の買い物が長いというのはよく聞くセリフなのだが。さっきのセリフじゃあないが、実際こんなに長いとは思ってもなかった。やはり信憑性は信頼に値すると思う。そんな中ふと店の外に見たことのある影が映った気がしたので、矢原に一言告げて店の外に出る。
店の外の廊下にいたのは、
「……あれは」
ゲロウ部の数人と一人は知らない男子だった。ただゲロウ部もその男の子も草紙学園の紋章をつけている。知らない男の子は見た感じ俺より年下。新入生とみて間違いはないだろう。どうやら現場に居合わせたようだ。例の噂が本当だったら後に行動が起こせる。そう思って俺はばれないように近づいた。そして、虚空に向かって声をかける。
「――あれ、持って来てるか?」
「常時装備」
虚空に存在が生まれた。なんてかっこいい表現するまでもなく梓鴉が現れる。
「お前、私服にも面なのか」
「……」
「まて、ナイフを俺の首に突きつけるな。騒げないからな」
「御意」
首元からナイフが離れる。首のあたりが少し熱いのは気のせいだと言う事にしておこう。
「あいつらが居るところの天井にそれ付けれるか?」
「是」
梓鴉は首で天井の方を向けと合図する。俺がその方向を見ると、盗聴録音器はぶら下がらない程度の長さで天井に引っ付いていた。引っ付いていたというよりはナイフで止められていた。もちろんゲロウ部の頭上にだ。
「仕事が早いな」
「てれ」
「よし、じゃあ隠れるか」
「……」
「というよりも、あれ任せていいか?今矢原と一緒にいるんだ」
「了」
「待て。行動と言動が一致してないぞ」
去ろうとした俺の足元にナイフが刺さる。
「……チッ」
「何故、舌打ち!外したことを悔いているのか⁉」
「是」
「肯定すんなよ!」
「おい!あれ、あらすじ部じゃね?」
「チッ」
さすがに騒いでいるとばれた。だが、盗聴をしていたことはばれてなかったらしい。
「おい、またアイツ、ナイフ投げられてるぜ」
「こんなところに来てまで、ウケるな」
やめてくれ。こんなところに来てまで、憐みの目を。って、俺はいつもそういう目で見られていたのか。なんだか凹んだ。
「じゃあ、あとはよろしく頼んだぞ」
「御意」
そして、俺は少し寄り道して、矢原のもとに帰った。
何もしてないって。そんなことは思わないのさ。
帰ってみると矢原は長椅子に座っていた。手には小さいが紙袋が握られている。何か気に入ったものがあったのだろう。
矢原は俺に気づくと手を挙げて、少し振るような仕草をした。
「やあ、おかえり。少し奮発したよ」
「ただいま。気に入ったものがあったのは何よりだ」
そう言うと、俺は矢原の隣に座る。結構立ちっぱなしだったから矢原も疲れたのだろう。
時計を見てみると、三時を指していた。まあ、正直俺もゆっくり休みたいと思っている。
だから、
「今からどっかでカフェ的なものをしないか?」
と提案した。
「三時おやつってことだね。賛成」
「この中にそういう店あったよな」
「おそらくね」
早速店を探しに立ち上がり、探し始める。案外デパートは大きいので時間がかかるかと思ったが、難なく見つかった。
「ここでいいか?」
「もちろん」
店に入る。そして、目に入ったのは、
「響?」
「せ、清斗!」
「金糸雀先輩こんにちは」
金糸雀響の姿だった。優雅に飲んでいた紅茶が気管に入ってむせていた。
「どうして、とは言わないでおこうか」
「――べ、別に、あ、後なんか追ってないんだからね」
「そうですね。なら金糸雀先輩は放って置いて。奥の方行こうか、三鷹同輩」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「なんですか?」
「どうせなら、あ、相席してあげなくもなくなくなくないわよ」
「それは相席したくないと言う事ですね」
「そ、そんな事」
「三鷹同輩、飲み物は何にしますか?」
「あ、相席しましょう!」
「いやです」
「そ、そんな……」
「矢原、お前そんなキャラだったけ」
「失礼、すこし我を忘れて楽しんでました。良いですよ、相席しましょう」
俺と矢原は響と向かい合うように座ろうとした。
「ちょっと待ちなさい。清斗はこっちに座りなさい」
そう言って、自分の隣の席を指さす。すかさず矢原が反論した。
「金糸雀先輩に席指定する権利はないはずはですよ」
「いいのよ。部長命令だから」
「そうはいきません。そういう事ができるのは校内だけです」
視線の間に火花が散る。焼き鳥焼けそうだ。絶対腹下すけど。そんな事を考えていたら二人からにらまれた。
「三鷹同輩は――」「清斗は――」
「「――どっちがいいの!」」
俺はたじろいだ。どっちをとってもなんか空気が変になる気がする。つか、ぶっちゃけどっちでもいい。この二人が一緒にいるの自体初めて見るのだが、こんなに仲が悪かったのか、というのにも驚きだ。
そして、俺は迷った末に決断した。
「これでどうだあああああ!」
結果。俺に向かい合うように矢原、響という形になった。
「……」
「……」
「……」
沈黙に冷や汗が頬を伝う。あれれ?何かすごい間違いましたかあ!頭の中でいろいろ言い訳をしてみるがどう考えても俺が悪いオーラが出ている。
「……あ、あの」
「何です、三鷹同輩」
「何よ、清斗」
あー、何も言えねェ!飲み物持ってきた店員さんも尋常じゃない空気にそそくさと去って行った。メーデーメーデー。救難信号求む。
「発見、再見」
「梓鴉うう!」
救難信号が届いたことに俺は感動する。さっき手汗を拭こうとズボンを触った時に空メールを梓鴉に送っておいたのだ。梓鴉なら恐らくは発信位置を逆探知して、居場所を知るなどという事が出来ると思ったがどうやらどうにかなったようだ。まあ、そんな警察じみた。いやそれ以上のプライバシー一切無視の事が出来たのかは聞かないでおこう。
「……」
そして、梓鴉は堂々と近づいてきて、俺の隣に座った。
「お前は何がしたいんだあああ!」
「……なんか綾目には勝てる気がしないのは何故!」
「……オーラが異様だ」
空気が落ち着いた。
「これが無口オーラの力だと!」
「滅」
「ああ、清斗」
「三鷹同輩!」
意識の外で二人の声が聞こえる。
「お客様!」
なんだか頭が熱いな。そう思った途端、意識は途絶えた。
気づくとさっき座っていた長椅子の上だった。
「……何が、どうなった」
「あれ、三鷹同輩、目が覚めたんだね」
矢原が覗き込むように俺を見てくる。俺はゆっくりと頭を起こした。
「いててて」
動いたら頭痛がする。痛みがあるところに触れると少し腫れている。これはハンマーで殴られたんだろう。いつも殴られているからわかる。あの時、梓鴉に。
「そういえばあいつらは?」
「梓鴉同輩と金糸雀先輩だね。彼女たちは帰ったよ」
「そうか」
寝ている間に嵐は去ったらしい。
「そういえば今何時だ?」
ふと時間が気になったので尋ねてみる。自分はどれだけ寝ていたのだろうか。俺が聞くと矢原は携帯電話を取り出して、時間を確認した。
「どうやら四時らしいね」
「なるほど」
寝ていた時間は一時間といったところか。一時間も面倒を見させてしまったなんて悪い事をしてしまった。
「悪かったな。こんな所にまで来て面倒かけたな」
「いや、そんな事ないよ」
さて、と言って矢原が立ち上がる。それに合わせて俺も立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか」
「早いな。もういいのか?」
「うん。十分に楽しんだからね」
「そうか。だったら――」
ゆっくり歩きはじめる矢原を俺は引き留めた。そして、ズボンのポケットに手を入れて、小さな紙袋を取り出す。
「今日飯おごって貰った礼というか、まあ何だ。記念のプレゼントだ」
「――え?」
矢原に近づいて、手に紙袋を握らせる。矢原は驚いた表情であたふたしている。
「え、え?こんなのいつ買ったの?ていうか申し訳ないんだけど」
「一回服屋から出た時にちょっとな。それにもう買ってしまったんだ。俺のためだと思って受け取ってくれ」
「う、うん」
「じゃあ、帰るか」
「うん。え、えっと三鷹同輩。これ、ここで開けさせてもらってもいいかな?」
「いいぞ」
中身が気になるのだろう。中には別に開けて困るようなものは入れてないから別に俺は問題ない。矢原が袋を開ける様子を眺める。正直勝手に買ったもんだから、気に入らないものだったらどうしようかとドキドキもする。
「これは」
矢原が紙袋から髪留めを取り出した。鳥の模様で装飾された小型の髪留めだ・
「この前髪が目にかかるって愚痴ってただろ」
「あ、ありがとっ!」
「気に入ってくれたか?」
「うん。もちろん!今からでもつけるよ」
そういって矢原は髪留めをつける。
「似合ってる、かな?」
「ああ、すごい似合ってる」
「これのお礼は」
「いや、いいって・今回は俺の勝手だから」
「ううん。また今度奢るから」
「いや別に――」
「絶対奢るよ!」
強く睨まれたので断れないな、これは。
「じゃあ、よろしく頼むわ。今回も楽しかったからな」
「うん!」
こうして今日のデート?は幕を閉じた。