その二
「誘い誘われてこその愛だわ」
「はあ」
俺は嘆息した。俺だけではなく他の部員も何言ってんだコイツみたいな視線を部長に向けていた。
「すみませんが、部長」
「何?何かあるのなら言ってごらん」
「どうしたら『竹取物語』からこんな発言が出るのでしょうか?」
俺たちは部活で『竹取物語』、つまりはかぐや姫の物語について考えていた。とりあえあらすじから考えることを始めたのだが、いつの間にかこんな発言が出るまでに至っていた。
「全く清斗は記憶力がないわね。竹取物語の基本は愛よ」
「それは、まあ納得しておきましょう」
「そしてこの話と私の経験値を重ね合わせたら当然ここに行きつくわけよ」
「あら、響に恋愛経験ありましたの?」
そこで、白鷺先輩が食いついた。確かに経験なさそうだ、この人。俺が部長の方を見ると案の定、顔を真っ赤にして反論してきた。
「あるに決まってるじゃないの!ものすごいわよ、捨てては投げ、捨てては投げを繰り返して今日という日に至っているのよ!」
捨てては投げ、ってどんな恋愛だよ。捨てて投げる時点でそれは恋愛に発展していないのでは、と思ったが白鷺先輩が面白そうな顔をしていたので言わないで置いた。
「そう、響はすごいですわ。私なんて一回もないですのに」
「年季が違うわよ。ほほほほ」
「じゃあ」
白鷺先輩が少し楽しそうな顔をした。こうなったら仕方がない。自業自得だ。
「響に恋愛についてレクチャ―してもらおうかしら」
「え、いや、それは」
「年季が違いますもの。ねえ、響先生」
「も、もちろんよ!この金糸雀先生に任せておきなさい!」
と言う事でまんまとのせられてしまった部長の恋愛レクチャーが始まった。
「はい、先生。先生が最も過激だった恋愛は何ですか?」
時鳥夜が質問する。
「それはアレね。ジョンは過激だったわ。彼はいつも私を引っ張りながら連れまわして。息が切れるまで激しくね。そして、最後は家に戻ってくるの」
なんで外人なんだ?ジョンってありきたりすぎだろう。
「はい。ジョンはどんな方でしたの?」
「そ、そうね。……じ、ジョンはとても毛深い男だったわ。力も強くて、私はいつもジョンにリードされていたわね」
ジョン、いったいどんな奴だったんだ!
「経験の説明要求」
「経験っていうのかしら。私たちは仲が良すぎたから当たり前の事だったけど。そうね。いつもキスしてたし、一緒に寝るのも毎日だったかしら。ジョンの舌づかいはとても素晴らしかったのを覚えているわね」
……何だか現実味が出ているような、出ていないような。だが、何だ。あの部長の自信ありげな顔は!まさかすべて事実なのか。次は俺の番だ。ここで化けの皮をはがした方がいいかもしれない。
「ちなみに別れ方は?」
俺がそう質問した瞬間、部長は目を伏せた。少し涙ぐんでいるように見える。そんな部長を見た全員から俺は非難を受ける。
「さすがに別れ方は聞いちゃだめですよ、先輩!」
「そうですわ。少しデリカシーに欠けてますわ」
「滅」
「いや、そんなつもりは。すいません、部長!話さなくてもいいです」
罪悪感の末、土下座並みに謝った俺に部長は涙を拭く仕草とともに微笑んだ。
「いや、いいのよ。今日の私は先生ですもの。あなたたちのためになるのならいくらでも話すわ」
「部長」
「響」
「……!」
「金糸雀部長」
皆が尊敬のまなざしを部長に向けた。すばらしい、なんて部長は素晴らしいんだ!ああ部長の後ろに後光が見える。
「そう。私とジョンはとても仲が良かったわ。家族と言えるくらいに。別れる理由なんてなかった。でも、運命は残酷なの」
「……(ゴクリッ)」
誰もが皆部長の話に意識を集中していた。
「そう、一昨年の冬の事だったわ。私は家に帰るとジョンが倒れていたの。私は戸惑ったわ。何が起きているのかわからなくなってパニックになって。そして、すぐに医者を呼んだの。私は倒れているジョンに近づいて、何度も声をかけたわ。でも、ジョンは一向に目を開こうとしなかった。息をしてるのはわかったけど、それも虫の息だった。そう、いうなれば寿命だったの。私たちの関係の、ね。
十分くらいして医者が来たわ。でも、医者は見た途端、ジョンの治療をあきらめた。ジョンはすでに治る状態じゃなかったの。命の限界。医者は私に言ったわ。『彼のそばにいてあげなさい』って。そして、私はジョンを看取った。―――ジョンは死んだの」
全員が言葉をなくした。気づけば俺は前が見えないほどに涙を流していた。
「でもね。死ぬ前にはジョンは私の声にこたえてくれたわ。私に一言声をかけてくれたの。とてもうれしかったわ。そして、それが最後の声だった」
とてもいい話だった。なんか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いい奴ですね、そのジョンって奴は」
「ええ、短い間だったけどね。よくなついてくれたわ」
「え?なついたって」
「ええ、あれはハチ公並みの名犬だったわ」
…………
「「いぬうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!」」
全員(梓鴉以外)が大声で叫ぶ。部長は口を押えてしまったという表情をしていた。
「かえせッ!俺の涙をかえせッ!」
ものすごく感動したのに。超泣いたのに。
「いいじゃない。事実なんだし」
「ってことは毎日寝てたっていうのも」
「ええ。いつも同じ布団に入ってたわ。ふわふわして気持ちいんだもの」
「力強くリードされてたっていうのも」
「散歩の事よ」
「毛深いっていうのも」
「まあ、犬ですもの」
「ちなみに最後に。犬っていうのは奴隷とか下僕とかの表現でなく」
「生物でいう犬ね。イヌ」
「開き直ってる!」
完全に開き直っていた。ふふんと胸を張って、堂々としている。
「恋愛レクチャーじゃなかったんですね。ってことは恋愛経験も」
全員から憐憫のまなざしが部長に向けられる。まあ、最初からこうなることはわかってたけれど。この箱入り娘的オーラを放っている部長に彼氏なんかできるわけがなかった。
むしろなぜ本気で聞き入っていたのだろう。自分で自分が恥ずかしい。
ちなみに部長は憐憫のまなざしを向けられて、泣きそうな表情になっていた。
「ああ、もう!無いわよッ!無いです!嘘つきました」
おお、白状した。そう思っていると切り替えが早いのか今度は他の部員たちに聞き出した。
「千代乃はないって言ってたから。そうね、綾目はどう」
そういって梓鴉の方を向いて質問した。
「皆無」
「まあ、そうでしょうね。出来そうなタイプに見えないから」
「……」
シュッと音がして俺の頬に紅い線が刻まれる。
「やめろッ!いくら腹立ったからって俺に当たるな」
くそ。八つ当たりが俺に向いてしまうなんて。最悪だ。
「じゃあ、菜桜はどう?」
「ありますよ」
「そうでしょうね。あなたも……」
「ありますよ。そして、進行形です」
「「ええ!」」
俺と部長の反応が合わさる。まさか、いや時鳥夜は新入部員だし。なんかすごい馴染んでいるけど、真実この部活に一か月も在籍してないしな、そう考えれば、いまこの状況は時鳥夜の素性を知るチャンスなのかもしれない。
「く、詳しく話してちょうだい」
部長が話を続けさせる。
「今現在、恋人は数人いますね」
「マジで!」
「でも大丈夫です。ばれることは一生ありませんから」
「策士なのか?お前は策士なのか?」
恐ろしい女だった。まさか時鳥夜がこんなにヤバい奴だったなんて。人間見た目じゃないって事か。
「ところでどんな状況で知り合ったんだ?」
「ああ、あれですよ。演劇部作りたいとか野球チームとか。そんなんだったりします」
「ははは」
「まあピンチの時に召喚された方もいますね」
ああ、なるほど。いや、なるほどってわけではないがこうも有名なのを挙げられると俺はわかってしまう。つまりは
「その何だ。最近できた奴の名前を教えてくれるか」
「はい。最近頑張ってるのは月○の琥○さんですかね。あの人は最終ルートの上に一歩間違えたら即死亡ですからね。いや、それは全部ですか。型月さんは死亡ルートが大半を占めていますから。それに比べてKE○さんは純愛でいいですよね。私的には藤○京が好きですけど。うん、あれはなかなか。妹の好感度を上げておいて捨てるってところに修羅を感じますね。それよりAnjelb○etsはいつ商品化されるのでしょうか?結構前に発表してたはずなのに。でもやっぱり立○奏ルートは是非してみたいですね。椎○さんのルートもあればうれしいかな。あとは――」
「もういいぞ」
周りを見渡してみると皆唖然としていた。それを見てやっと時鳥夜はやってしまったという顔をする。俺はそこで時鳥夜があらすじ部に入った理由が分かった。それを確かめるために俺はちょいちょいと時鳥夜を手招きして、小さな声で聴いてみる。
「……おい、時鳥夜。お前がこの部に入った理由って」
「……ええ。美少女がいっぱいいるからです」
「……なるほど」
「……まあ、三鷹先輩がいたのは予想外でしたけど。でも、私は先輩にハーレム王の座を渡すわけにはいきませんから」
「ちょっと、何こそこそ話しているの。次の話題に移るわよ」
「はい、今行きますんで」
「……そういえば先輩は私の言ったことが分かってたんですね」
「……俺は全年齢推奨版だがな」
「……それでもこれで気兼ねなく会議に参戦できます」
「……そ、それは何よりだ」
「早く来なさい。まあ、その前に休憩しましょうか」
こうして少し時鳥夜との仲が良くなった。
休憩になったので図書室の外に出る。
「やあ、三鷹同輩」
「よお、矢原」
そして、いつも通り矢原と遭遇した。いつも生徒会と我が部の休憩時間が同じなのは何か意図があるのか、ないのか。まあ、偶然だろう。こちらはきっちりとした時間で休憩を行っているので、それくらいはあるだろう。
「そういえば、あの話。少しは進展したのか?」
「いや、微妙だね。ちなみにあの話ってのはゲロウ部の事だろう」
「ああ、そうだ」
最近異様なまでに部員が増え続けているというゲロウ部。噂によると四月前から活動が活発になっていたらしい。それまで動きがなかった謎の部活が、だ。そして、他の部活の新入部員の数が減少というよりもほとんどいなくなっている。
「それは困ったな。こちらでも調べてみようか」
「ああ、頼もしいよ。任せる」
「と言われてもまあ、多少調べてきたわけだが」
教えてもらった時点である程度は調べさせてもらっている。
「新年度になる前にここに来る学生を調べていたらしい。聞く話によると弱みを握って新入部員を入れているそうだ。上も絡んでいるらしいからな、厄介だ」
「そうか、上も絡んでいるのか。通りで生徒会にはゲロウ部の噂が来ないわけだ」
ちなみに上というのは教員の事だ。基本生徒は教員の問題に関われないようになっている。当たり前と言ったら当たり前だ。
「って事で俺らに任せてくれ」
「わかった。でも、どんなに忙しくても日曜はちゃんと奢らせてもらうからね」
「わかってるよ。どんなに忙しくったて行かせてもらうさ」
「……そっか。じゃあ、また」
「おう、またな。そろそろ休憩終わるしな」
俺は矢原にそういって別れると部室に戻った。
部室のドアを開けると部長が目の前にいた。なんだか怒ってるっぽく見える。
「視察は終わったかしら、清斗」
「だから、視察じゃないですって」
「そうよね。日曜のデートの予定話してたものね」
「い、いや。デートじゃないから」
「いつの間にかそんな関係になってたなんて」
「話のメインはそれ以外で。それは話の五分の一くらいですから」
どうやら部長は話の五分の四をきいていないらしい。つか、聞いてるの最後だけだ。
「俺らは最近新入部員がめっきり減ったことを話していたんです」
「本当に?」
「本当です」
そう言うと部長はやや疑わしそうな顔をして自分の定位置に戻った。
「清斗。あとでその話聞かせなさいね」
「わかりました」
「じゃあ、部活を続けましょう」
部長は机をバンと叩くとソプラノ声を響かせる。
「さっきの会話から皆恋愛経験に乏しいことが分かったわ。だから、恋愛シュミレーションをしていきたいと思うの。といっても簡単にシチュエーションを決めて、それに沿って恋人役を演じてもらうだけだけど。男役は清斗だけだから我慢してね」
いきなり無茶難題を言いつける部長。これはいくらなんでも皆反対するだろう。
「皆異論はあるかしら」
「ないですわ」
「無」
「私、男役やりたいです」
「俺は反対ですよ!」
「菜桜は女の子なんだから女役しなさい」
「仕方ありません」
「俺は?俺はスルーですか?」
「じゃあ、始めるわよ」
シチュエーションはカフェで食事中という場合らしい。
「じゃあ、まずは綾目。いってみましょう」
―――梓鴉綾目の場合(カフェにて食事中)
「梓鴉。お前何食べる?」
「おにぎり」
「おにぎりはカフェにないからな」
「……」
「何が食べたい?」
「おにぎり」
「二回言っても無駄だからね!」
「……。チッ」
「おい、やめろってこんなところで武器を取り出すなって」
「滅」
「滅、じゃねえよ。いや、店がだめだから俺に向けていいって理由にはならないぞ。そこんところわかってるかj
「てへ」
「おお!初めて見る反応!……でもな、それは収めような」
「はい。ストップ」
部長の声が響く。
「はい、今回分かったことは武器を出しても許容できる男を見つけなさいと言う事よ」
「そんな男は戦国時代に行かないといませんから!」
「じゃあ、次は千代乃行ってみましょう」
―――白鷺千代乃の場合(カフェにて食事中)
「せい君、今日は何か奢ってあげますわ。何がいいかしら?」
「いや、奢って貰うなんて悪いです。俺が奢りますから」
「じゃあ、そうね。そこの会社がほしいわ」
「すみません。せめてメニューに書いてあるものにしてください」
「ふふふ。冗談ですわ。じゃあ、何にいたしましょうか?先にせい君決めてくれませんか?」
「ええ、じゃあお先に。えーと、レモンティーとコーヒーどっちにしようかな。じゃあブレンドコーヒーにします」
「じゃあ、私はレモンティーにしましょうかしら」
「じゃあ、注文しましょう」
「あッ、ねえ?せい君」
「どうかしましたか?」
「お互い飲み合いこしましょう」
「ストおおおおおおっぷ」
「うお!大声出さないで下さいよ」
「ええ、いい雰囲気でしたのに」
「い、いいのよ!今回の教訓はないわ!」
「ないんですか!」
ツッコミを入れながら、俺は心の中で安心していた。体が熱くなって仕方ない。このままでは演技と分かっていても勢いで愛の告白をしていたに違いない。深呼吸、深呼吸。
「……流石は千代乃。侮れないわ」
そんな俺の横で部長がボソッと呟いていた。何を言っていたのかは聞き取れなかったが。
「さて、次は菜桜よ。いてみましょう」
―――時鳥夜菜桜の場合(カフェにて食事中)
「……」
「どうした?そんなに黙りこくって」
「……ないんですよ」
「何がだ?」
「……それは」
「それは?」
「選択肢に決まってるじゃないですかッ!!!!」
「あるわけねえだろッ!」
「いや、普段は出ないけどデートイベントは特別に出るものだと」
「そんなわけねえよ」
「あああああ!どうしたらいいんですかッ!好感度の増減情報をメモって、またこのルートを通るときに参考にしようと思ってノートまで持ってきたのに」
「持ってくるなよ!いいか、デートは会話の延長線上だ。いつも通りいけばいいんだよ。ほら深呼吸してみろ」
「すーはー、すーはー」
「よし、落ち着いたか?」
「落ち着きました」
「とりあえず何か頼むか」
「お前を注文してもいいか?」
「却下だ」
「あれ?ゲームのセリフを引用したのに。これを使えばツンデレ相手の好感度はダダ上がりだったのになあ」
「誰がツンデレだ。あとその手のゲームの攻略相手は女だろ。男に使ってどうする」
「じゃあ先輩頼んでください」
「わかった。じゃあ、ブレンドコーヒーにする」
「じゃあ、店員さん呼びますね」
「お前は?」
「私は先輩のを一緒に飲むんですよ。ストローは一本でいいですよ!」
「――なッ!」
「ほう、好感度上昇ですね。メモメモっと」
「はい、ストップ」
「なかなか良かったわよ」
「いや、さっぱりでしょう」
「いや、私はいい勉強になりました」
「今回の教訓は……、げ、現実に選択肢は出てこない、かしら?」
「疑問符つけるくらいなら無しでいいよ!」
「ふふふ、じゃあ次は私ね」
皆の不安が顔に出ている。
「じゃあ、始めましょう」
―――金糸雀響の場合(カフェにて食事中)
「え、えーと。清斗、エスコートしなさい」
「部長、そんなこと言われましても」
「あとここでは部長と呼ぶのと敬語はやめなさい」
「わかったよ、響。これでいいんだな」
「う、うん。じゃあ、私たちの戦争を始めましょう」
「俺は精霊を口説かなきゃならんのか」
「ちょっとメニューとって」
「了解」
「うーん。私何にしようかな。清斗は何にするの?」
「ああ、ブレンドコーヒーにしようかな」
「私も同じのでいいや」
「そういえば最近どう。さすがに一年たったから学校にも慣れた?」
「ああ、結構な。慣れたくはないんだが」
「いいじゃない。あの、何だっけ。生徒会の矢原さんとも仲好さそうだし」
「まあ、同じクラスだしな。二年生でも同じクラスだったから長い付き合いになりそうだよ」
「そう。それは何よりだわ」
「響、表情が言ってることと異なってるぞ」
「いや、そんなことないわ。いや、長い付き合いとはいっても幼馴染の方が長いけどね」
「まあ、そうなるだろうな。でも、量より質っていうパターンもあるし」
「そ、そんな事ないわよ!量は絶対だわ」
「ま、まあな。おっとジュース来たぞ(もちろん演技なのでジュースは来ていない)」
「そんな事些細な事よ!」
「些細じゃねーよ!演技だぜ、これ」
「はい、終了ですわー」
「へえ、素の部長と清斗さんってあんな感じなんですか」
「「いや、演技だからッ!」」
俺と部長の動きがシンクロする。
「何かラブコメ見たいでしたわ」
熱いねお二人さんっていう空気になってる。その空気を打ち消すように部長が次のシチュエーションを叫ぶ。
「ああ、もう。次行くわよ!次のシチュエーションは告白よ」
「告白ですか?」
「そんな恥ずかしいことできませんわ」
「否」
さすがに今回ばかりは皆が難色を示している。告白なんて一大イベント簡単にやってしまうのは、演技でもいやだろう。しかし、部長はそんなのお構いなしのように話を続ける。
「皆わかってないわね。告白の時、どう応対するかは是でも否でも必要だわ。これは礼儀としての練習よ」
それを聞いた俺は疑問符を頭に浮かべる。
「すみません。応対って?」
「もちろん言ったとおりよ。清斗が告白をして、その応対の練習をするの」
「マジですか」
「それならやってみてもいいですわ」
「面白そうですね」
「是」
またもや皆乗り気になっていた。怪我をするのが俺だけと分かって安心しやがったな。
「俺は反対ですからね」
「じゃあ、行きましょうか。さっきと同じ順番でいいわよね。綾目よろしく」
「俺も意見は無視ですかああああああああああああああ!」
―――梓鴉綾目の場合(校舎裏にて告白)
「梓鴉、俺と付き合ってくれないか。初めて会った時から好きだった」
「照れ」
「……」
「デレ」
「……(ナイフが飛んでくるが相手の気を悪くさせないため我慢する沈黙)」
「モジモジ」
「……(ハンマーが降ってきて鳩尾に当たったため呼吸困難による沈黙)」
―――凶器にひたすら耐え続けて十分経過
「……」
「……って、早く答えてくれませんかねェ!そろそろ死ぬんだけど!」
「謝」
「そして、ふられたッ!あんだけやっといて、結局はふるのか!」
「はい、終了!」
俺は即保健室に走った。正直走れない状態だったが、それでも死に対する恐怖がそれらを凌駕した。そして、応急処置をして、部室に戻る。
「やっと戻ってきたのね」
「天国の叔父さん振り切るのに必死でしたよ」
「今回の教訓は途中で死んだら負け、ね」
「死にませんからね。ほぼ百パーセント」
「じゃあ、千代乃。次行ってみましょう」
―――白鷺千代乃の場合(校舎裏にて告白)
「白鷺先輩、俺と付き合ってください。初めて会った時から好きでした」
「あらまあ」
「返事は今でなくても――」
「いいですわ」
「えッ」
「付き合いましょう、三鷹君」
「本当ですか」
「ただし一つ条件がありますの」
「何ですか」
「実は私が決めたわけですではないんですけど、両親が恋人を作るときの条件を決めてますの」
「……」
「その、財産が一億越えというのが――」
「ごめんなさい!」
「腎臓と肺を売って、私の会社で百年無休で働けば――」
「本当に告白してごめんなさい!」
「はい。終了」
まあ、何だ。白鷺先輩みたいな美人に恋人ができないのがすごくわかった気がする。これは一高校生には無理だ。
「なかなかよかったわよ」
「よかったんですか?」
「教訓は金で愛は買えるってことだわ」
「買えませんからね」
「おそらくは百均でも買える愛はあるはずだわ」
「安い!それはおそらくパチモンですって」
「じゃあ、次始めましょう。菜桜、よろしく」
―――時鳥夜菜桜の場合(校舎裏にて告白)
「時鳥夜、俺と付き合ってくれ。初めて会った時から好きだった」
「あッ、ちょっと待ってください。セーブしますので」
「セーブできねえよ」
「あれ、念じても中断画面が出ません」
「だから、出ねえって!」
「すみません、先輩。今日は何だが調子が出ないので帰っていいですか?」
「だめだろ!っていうかいつもは出るのか。セーブ画面」
「いや、出ませんけど」
「出ねえのかよ」
「だから、仕方なく百均で愛を買ってから出直そうかと」
「売ってねえし、次もないからな」
「何と」
「それが現実だ」
「はあはあ、出ましたよ。現実現実って。いい加減にしてくださいよ。そんなんだから私にふられることになるんですよ。全く」
「ふる事前提かよ!」
「ふった後の反応とふらなかった後の反応を見るのが楽しみでしたのに」
「悪趣味だな」
「現実なんて言ってる人を見ると二次元の片道切符ほしくなりますよ」
「許可していい気がする」
「じゃあごめんなさい!さらば、諭吉ぃ!」
「そのセリフは関係ねえだろ」
「はい、しゅーりょー」
「いやあ、楽しかったですね。三鷹先輩」
「俺は精神力をすり減らしたがな」
「じゃあ、今回の教訓ってのは、もう飽きたので次行きましょう」
「次は部長ですね」
「清斗、口調はさっきと同じでいいからね」
「了解しました」
―――金糸雀響の場合(校舎裏にて告白)
「響、付き合ってくれ。初めて会った時から好きだった」
「そ、そんな事」
「どうなんだ?お前は俺の事をどう思っているんだ?」
「……もう一回」
「何だ。聞こえなかった」
「もう一回聞かせて頂戴」
「わかった。――響、付き合ってくれ。初めて会った時から好きだった」
「……(カチリと何かを押した音)」
「何押した?」
「ふふふ!聞きたい?」
「聞きたい」
「録音機よッ!」
「なんでだよッ!」
「……ふふふ、ふふふふふ」
「おーい。聞いてますか?」
「……清斗の告白ボイス。ふふふふ、あははは」
「アブねえ!」
「ふふふ、返事がないただの屍よ」
「自己主張!これで無駄なプレイ時間が減るぜ!ってちげえよ!」
「ふふふふふふふふふ」
「しゅーりょー!終了ですよ、止めてください。誰か、誰か助けてください!!!!」
部室の中心で俺が哀を叫んだことでどうにか演技は終了した。結局結果が出ないまま終わった。部長はいまだにふふふと部室の隅で呟いている。チャイムが鳴る。時計を見てみると五時四十五分を指していた。
「おっと、もうこんな時間か。部長があんな感じなんで俺が礼のやつしてもいいですか?」
そう言うと皆が部長の姿を一回見てからオーケーの合図として、親指をグッと立てた。
「皆さん、お疲れ様でした。また明日会いましょう。それではあらすじ部解散」
そして、いつも通り皆が立ち上がり礼をする。
「じゃあ、皆さん。また明日」
俺はだんだん減っていく人影を見送って、部室を出ようとした。しかし、そうはいかなかった。部屋の隅に部長がいるのを忘れていた。
「……ふふふ、って誰もいない!」
「ようやく気づいたか。皆ならとっくに帰ったぞ」
時計は六時半を指している。とりあえずどう接していいかわからなかったので放っておいたら約一時間経ってしまっていた。
「なんで教えてくれないの!」
「いや、話しかけづらいオーラを醸していたからな」
「そんな、こわ――じゃなくて、暗くて帰れないじゃにゃい」
「噛んだな」
見る見る響の顔が赤くなっていく。それを見て笑いを堪える俺に怒るように話を変えた。
「そういえば、あの話聞いてなかったわね」
「あの話?」
「ゲロウ部の話よ」
「ああ、あれか」
俺は響に斯く斯く云々と事情を話した。響はうんうん頷きながら真面目な顔になっていく。
「今年初めの仕事が私たちの問題にも合致するなんて、ツいてるわ」
「まあ。そうだな」
とは言いつつ、今日の部活でこの事件は俺たちには関係ないんじゃないかと思い始めてきた。おそらく我が部に部員が入らない理由の陰には違う黒幕がいるはずだ。いや、かなり確率は高いはずだ。ポンジュースの果汁ぐらいの確立だ。
「……ところで」
「何だ?」
「……えっと」
「はっきり言わないなんてお前らしくもない」
「……一緒に帰って」
「すまん。聞こえなかった」
「一緒に帰って、っていったの!」
いきなりおお声を出されたので俺は驚いて、後ろに飛び退く。
「答えなさい。いや、むしろ頷いてくれないと――」
「ど、どうなるんだ」
「――泣くわッ!」
「それは困るッ!よし、一緒に帰ろう」
「それでよし」
まあ、今日はノートにまとめるのもしなくても良いような内容だったら問題ないだろう。
それより、響に泣かれてしまう方が困る。
「よし、帰るか」
「それ私のセリフ!」
今日も平和に一日は終わっていく。