その一
「さて、今日話し合う内容はわかってるわね」
そう言いながら、金髪長髪の小柄な少女こと、金糸雀響部長が壁に向けていた体を逆方向へ向ける。彼女の目の前に映るのは二つ組み合わされた長方形の机と、四人の部員だった。
「さてどうしましょうか?」
ゆっくりと椅子に腰かけて優雅に紅茶を飲んでいる茶髪長髪の女性こと、白鷺千代乃先輩が、悩んだように小首をかしげた。
「……」
何も言わずに黙りこくっているスーツにお面の女性こと、梓鴉綾目はナイフの手入れをしていた。
「じゃあ、とりあえず問題の紙を配りますね」
そう言って、机の上にプリントを配り始める多分普通の少女こと、時鳥夜菜桜。
「さてはて」
そして、配られたプリントに目を向ける俺こと、三鷹清斗は少し頭を抱えた。配られた紙にはこう書いてあった。
『あらすじ部……いろいろなあらすじを考えて、なんか色々します』
なんというか問題だらけな気がしなくもない。ちなみにこれは朝配っている部活勧誘の紙。
そして、今は放課後。
「なんで新入部員が入ってこないか、それを考えるのが今日の部活よ!」
金糸雀部長のソプラノ声が部室に響く。俺たちの部活は『あらすじ部』なんて名前だが、ぶっちゃけ何でもしているという状況だ。仕事はするけど暇つぶしが一番大事っていうのが一番かもしれない。と、そこで時鳥夜が手を上げる。
「はい、菜桜。何かしら」
金糸雀部長が指名すると、時鳥夜が立ち上がる。
「やはり、部活の内容が曖昧なのがいけないのではないでしょうか」
「そうね、確かに。じゃあ今からその内容を考えましょう」
部長がそう言うと、白鷺先輩が少し悩んだ表情を見せて、発言する。
「私たちって何してます?」
「そりゃあ、まあいろいろじゃない?」
「でも、具体的には何をしてます?」
確かにそれを言われると痛い。抽象的にはいろいろしているのだが、具体的にまとまってない。部長はすごい悩んだ顔を見せる。そして、
「はい、清斗。よろしく」
「丸投げですか?無茶ぶりすぎでしょう!」
流れ弾が直撃した。何の脈絡もなかったし、目すらあってなかったにもかかわらずだ。
「はい、あと三秒でナイフが飛ぶわよ」
「滅」
滅って梓鴉さんやる気満々すぎだろう!慌てて俺は答える。
「いや、何をしたかじゃなくて、これからすることを考えればいいんじゃないですか?」
「いいイデアね!綾目、ナイフ投げて」
「了承」
「なんで⁉」
俺は身をかがめてナイフを避けた。後ろの壁に無機質な音が響く。チッ、としたうちの音が聞こえる。いやいや、避けないと死んでたからね。
「じゃあ、これからやることを考えましょう」
「先人の知恵を借りるというのはいかがでしょうか?」
「いいアイデアね、菜桜。じゃあ、やってみましょう」
「やってみましょう、って。一体誰の?」
「もちろん――」
今日も部室ではみんなが駄弁っていた。俺の目の前では部長が幸せそうにケーキをほおばっている。全く何て癒されるんだ。俺はとりあえず部長に求婚をする。
「部長!今日も容姿端麗で素敵です。俺と結婚してください!」
「近寄らないでよ!清斗は不潔だよ」
「あらあら、せい君。なんなら私の奴隷になってもよろしくてよ」
部長に襲いかかろうとする俺に白鷺先輩が胸を腕で持ち上げて、強調しながら言ってくる。その片手には鞭が握られていた。が俺は迷うことなく飛び込んだ。これがお嬢様の引力って奴か。
「白鷺先輩ぃ~~~ッ!」
「うふふふ。かわいいわ、せい君は。ほら、踏んづけてあげますわ」
「はははは。幸せだぁ」
とそこでナイフが飛んでた。俺はそれを転がりながら辛うじて避ける。ああ、白鷺先輩から離れてしまった。
「世界征服」
「ふふふ。さては嫉妬だな、梓鴉!それなら問題ない」
俺は梓鴉に抱き着くために、瞬時に立ち上がり、飛びかかる。
「残響○滅」
俺が梓鴉の目の前まで飛んだ時、横からハンマーが降ってくる。俺はそれにクリーンヒットして、部室の壁に大の字に突き刺さる。
「ツンデメリット」
俺は地面に崩れ落ちるが、何とか立ち上がる。こんなところで潰える俺の夢ではないわ。
「すみません、先輩。男菌がうつるので近寄らないでください。あと、ゲームに集中できませんから、心臓止めてくれませんか?」
「毒舌ッ!だが、そんな時鳥夜も好きだ!」
目の前でゲームをいじっている時鳥夜に近づく。だが、肉体的ダメージが大きすぎて、なんか俺ゾンビみたいになってる。と、そこで時鳥夜がいきなり立ち上がる。
「ひらめきました。全員男性化で、三鷹先輩は総受けです。ふっふう」
「ぎゃあー。だめだ、BLは。BLだけはっ!」
「そんな私のひらめきを否定するなんてありえないです」
「殺」
「ナイフ投げないで!」
「どう腎臓一個お安くしますよ」
「どこの誰と電話してるんですか!」
「うわーん。へんたいさんだよー」
「逃げる部長かわいいです。結婚してください!」
そこで全員が動きを止める。
「――部長」
「ええ、わかってるわよ」
まあ、何だ。全員これを知ってるわけじゃなかったから一巻をとりあえず全員読んだ。要するに結構時間を費やしておいてなんだが。更には無茶苦茶演技にのめり込んでいて何なんだが、
「これは、ないですね」
「何か失礼な気がするわ」
確かにすごい失礼な気がする。いろいろとアウトなゾーンに突入していた。
「じゃあ、次に行ってみましょうか」
そう言いながら、部長が胸を張る。
「じゃあ、いくわよ」
「ただの人間にはきょ――」
「すとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっぷ!!!」
――一時中断――
俺は額に浮いた汗をぬぐう。さっきより危なかった。
「何で止めるの、清斗」
「いや、今のはアウトですよ」
「野球でいえばレッドカード」
「フォローしてくれるのはいいけど、野球にレッドカードはないぞ。梓鴉」
「照れ」
「ナイフを投げんなって、死ぬからね。ナイフ刺さったら人間死ぬからね」
「まあ、なんとなくわかったわ。でも、これから面白いところだったのに」
「?どうなる予定だったんですか?」
「エンドレス・エ○ト」
「なんでそのチョイスなんですか!」
「じゃあ、いままでのあ○すじがOPの方で」
「すでにジャンルが違う!」
「えーと、じゃあ、」
「このネタ止めませんか」
本題がずれてきている。そろそろ終わらないと行ってはけない方向へ行ってしまう気がする。
そこで、時鳥夜が立ち上がる。
「じゃあ」
「何だ、時鳥夜?」
俺は時鳥夜が立ち上がったことに安心感を得ていた。彼女は普通だ。俺が見る限りでは超普通だ。普通のはず!
「違う方法試しませんか?」
……普通だった。いや、悪いことじゃあないんだよ。普通最高!
「そうね。得るものも、書くこともないわ」
皆それぞれ顔を俯けて無言で肯定する。何かこうやっちまった感。
「一回休憩しましょう。ていうか頭を冷やしましょう」
というわけで、部活の一時中断。
休憩の間、基本部室は空になる。理由は簡単だ。図書室の倉庫みたいな部屋より図書室の方が快適だからだ。まあ、今日はなぜか梓鴉が部室に残っていたようだが。
俺は部室を出て、気分転換をする。図書室から外に出ると矢原に遭遇した。
「よう、矢原」
「やあ、三鷹同輩。部活の途中?」
「今休憩中だけど、そっちは生徒会か?」
「ええ、なんだか困ったことがあってね」
「そっちもいろいろ大変だな。ちなみに何があったんだ?」
「いや最近部活の新入部員の入りが悪いらしくてね。でもって、ゲロウ部の新入部員が極端に多くなってるんだ」
ゲロウ部。なんか意味の分からん奴らが去年創った部活で、『Get・Load・World』部の略称。まあ何か世界征服とか考えているらしい。
「いざとなったら頼むから。生徒会には内緒で」
「ああ、俺らの部活と生徒会は仲が悪いが、俺は矢原と仲良くしたいからな」
そう俺が笑いながら返すと、矢原は少し俯きながら、小走りで生徒会へ向かった。
「で、では、三鷹同輩。さらば!」
俺は走っていく矢原の後姿を無言で見送ると、便所に寄った後で部室に戻った。
部室に戻ると部長がくるくると座っている椅子を回していた。俺が近づくと部長は足を踏ん張って勢いを止めようとした。しかし、華奢な部長の足ではピタリとは止められず、やや俺から見て右を向くように止まる。しかたなく、会長はゆっくりと足を動かして俺に向き直った。
「清斗、生徒会の視察は終わったかしら」
「視察じゃあないですよ。純粋に俺と矢原は仲がいいだけですよ」
一年の時から矢原はクラスメートだから結構仲がいいと自負している。しかし、会長は俺の答え方が気に入らないのか、視察してこなかったのが気に入らなかったのか、くるりと椅子を回してそっぽを向いてしまう。おそらくは後者、生徒会を視察しなかった事に関してだろう。
たいがい俺と矢原が話していることを知るとこうなる。ちなみにだが、生徒会は図書室から延びる廊下に沿って、しかもすぐ近くに位置しているために生徒会室の前で話していたら図書室からは見えてしまう。俺と矢原が会話するのはよく見られているので情報収集させようと思っているらしい。そういえば矢原も生徒会が同じこと考えているみたいな事を言っていたな。
とそこで部長が立ち上がった。
「清斗、早く座りなさい。部活始めるわよ」
「了解です」
皆が席に着くと、部長は胸を張ってソプラノ声を響かせる。
「私はこの時間を使って、いろいろ考えてたわ」
部員全員が曖昧な発言に困惑している。なので、俺が代表して聞くことにした。
「いろいろってなんですか?」
「それはずばり――」
ゴクリと息をのむ音が部室に響く。
「――さっき教訓を活かしましょう」
さっきの、とはあのロールプレイの事だろうか。だが、あれはたしか、部長自身が否定していたはずだ。学ぶことはない、と。
「さっきの反省って。あれから学ぶことはないんでしょう」
「ふっふっふっ。甘いわね、清斗。そんな事だからいつまでも副部長止まりなのよ!」
「それより上はあなたでしょうが!と、話がそれました。で、何を学んだんだというんですか?」
俺がそう問うと金糸雀部長は胸を張って答えた。
「ズバリ、キャラの濃さよ!」
「それをどう活かせと?」
「つまり、私たちの部活に部員が入ってこないのはアノ紙の性なんかじゃないわ。私たちの魅力をわからないからよ。というかあんまり部活の内容を固定してない私たちが勧誘の紙で他の部と勝負しようとしたのが間違いなのよ」
モノすごくいやな予感がする。さっきの二の舞になるような、そんな気が。だが、とりあえず聞かねばなるまい。部長があんなにウキウキした、超聞いてほしそうな顔をしているのだから。なので、俺は聞く。
「で、つまりはどうすれば?」
「さっきやってみて分かったけど、私たちは彼女たちを演じたわ。それはつまり、彼女らには演じるほどの個性があった。彼女らに人気があるとしたらきっとそこだわ。人間の魅力は個性によって成り立つのよ」
「要するに」
部長はそう言って、指を自分の真ん前に突きつける・
「キャラを濃くする練習するわよ!」
「具体的には?」
「そうねえ」
金糸雀部長はそう言うと顎に手を当てて、考える仕草をする。
「まず簡単なところで綾目かな」
「説明要求」
「梓鴉、お前結構乗り気だな」
乗り気な梓鴉に危険を感じながら、部長の説明に耳を傾ける。
「綾目はこの中で一番キャラ濃いからね。お面にスーツは変更なしとして。武器の数を増やしてみましょう。そして、何もなくても武器を暴発する危険キャラでいってみましょう。で、無口なのもそのままでよろしく」
「それって今のまんまじゃないですか!」
「御意」
「どこから出した、その武器の集団を!」
「殺」
「くそ、やられてたまるか!って、やっぱり標的は俺だけか!」
拳銃、手裏剣、ナイフ、苦無、針、黒鍵、etc、と部室に暗器の雨が降る。それを俺は机を盾にして防御する。嫌な音が机の前で響いていた。机がなければ確実に命潰えている。
「じゃあ、次は千代乃ね」
「俺は?無視ですか!ああ、鎖だと!足を持ってかれた。ここにあるナイフで断ち切れ――や、やめ、らめえええええ!」
俺が死闘を演じている間にも話は進んでいった。いや、死闘ってか、一方的に殺されかけているだけなんですけどね。部長はそれぞれに指示を出しているが、まともに耳を傾けていたら殺されるのでこちらに集中する。そこで部長に名前を呼ばれる。
「清斗は。綾目にいじめられるのがキャラだから。今日はいっそ殺されたらどうかしら?」
「どうかしら?じゃないですよ!」
もしかしてさっきの視察の件をまだ根に持っていらっしゃる?ちなみにおそらくこのままだとキャラ濃くしなくても殺される。
「知ってるかい?ナイフって人殺せるんだぜ!」
「冗談よ。というのも冗談だけど。じゃあ、これで部活やってみましょうか」
第一次キャラ改変部活が開始された。
「今日は桃太郎のあらすじについて考えてみましょうか」
「おお、久々のまともな活動ですね」
そう、俺たちはあらすじ部。名前の通りの活動もちゃんとしたり、しなかったり、しなかったりする。
「じゃあ、菜桜。とりあえずどういった内容なのか説明してみて」
「わかりました」
そういって時鳥夜が立ち上がる。俺たちのあらすじはまず普通のあらすじを頭に入れてから、アレンジを加えるという方式をとっている。
「桃太郎は基本的には鬼を退治するといったよくある勧善懲悪ものです。ある日、おばあさんが川で桃を拾い、それをおじいさんと食べようとしたところ中に赤子がいました。二人は桃から生まれたので桃太郎と名付け、育てる事にしました。桃太郎は元気に育ちますた。そんなある日に鬼の悪行を聞いた桃太郎は鬼を懲らしめようと鬼の住処、鬼が島に向かうことになったのです。桃太郎はおじいさんとおばあさんに貰ったキビ団子を使って、犬、猿、雉を味方につけることに成功しました。桃太郎一向は無事鬼が島にたどり着き、鬼を懲らしめ、宝を持ち帰ってその後裕福に暮らした。以上が桃太郎です」
「ありがとう。じゃあ、桃太郎のあらすじを考えましょうか」
さて、キャラ改変をしたのがどうかかわるか。俺はキャラ改変されてない。つまりは他人事。
個人的には白鷺先輩が一番気になる。あの人が一番キャラしっかりしてる気がするからだ。
そんなことを考えていたら、最初に白鷺先輩が手を上げる。これは期待できそうだ。
「つまりは金ですわ」
「なんで⁉」
意図がわからない。あの話のどこに金の要素があったんだ。いや、それどころかキャラが濃くなったというよりはキャラが変わってないか。いつもの白鷺先輩なら『ほほほ、ハッピーエンドは何よりですわ。もうワンちゃんかわいいです』とか言ってるのに。
「金ですわ。桃太郎は勧善懲悪を理由に鬼の財宝、つまり金を奪ったのでしょう。そして、最初におじいさん、おばあさんが桃を拾ったのも金のせいだといえますわ。金がないから拾ったものを食べる。愚民のすることですわ。拾い食いをするなんて、まさに愚民。愚民に他なりませんわ」
「おじいさん、おばあさん!!」
「桃太郎が鬼退治をするといきなり言ったのも、鬼が宝を持っていると知っての事でしょう。
そう考えるとどちらが鬼かわからないですわね」
「幼児向けの勧善懲悪ものが……」
最初からあらすじがぶち壊れた。どうすんだ、これ。すでに取り返しがつかなくなってきた。
始まった時点でライフがゼロだ。
「それは違います」
そこで時鳥夜が立ち上がる。それを聞いて俺は安心する。彼女は超普通の女の子だ。趣味は読書。普通のキャラを特化させても行きつく先は普通のはずだ。
「桃太郎の根源は人間の欲です」
「どす黒いの来た、コレ!」
なんで。どうしてこうなった!
「桃太郎は現在に至るまでに子供向けに改良されたと言います。史実には桃から生まれたのではなく、桃を食べて若返ったおじいさんとおばあさんがS○Xをしたことにより生まれたとされています。つまりは食欲と性欲です」
しまった。こっちに特化してしまったか。つまりは、キャラの一部である知識の方を特化してしまったというわけだ。性格が普通な分、こういった事を正論として述べることができる。
恐ろしい技だ。
「それでもって、鬼を退治するといった自己顕示欲、宝を奪うという略奪欲。欲の権化です。
桃太郎とは何事も欲でできているということを訴えた物語と言う事です」
「綾目、何かある?」
部長が梓鴉に話を振る。それに合わせて梓鴉が立ち上がる。そして、
「殺」
「いきなりナイフ投げてくんなよ!キャラそのままの上たちが悪くないか?」
「ないのね。わかったわ。じゃあ、まとめ入りましょうか」
「いろいろガン無視ですか!」
終わるも何も、終わりそうなのは俺の人生。話し合い中ずっと机を盾にしないと参加できないのは切ない限りだ。ふと気づいた時には攻撃が終っていた。ようやく武器が尽きたか。俺は立ち上がる。その瞬間、俺の目の前は真っ暗になる。
「ハンマああああああああああ!」
俺は壁に突き刺さり、床にひれ伏す。さっきの演技で使ったのをまま準備してやがった。
――さっきの休憩の間なのか!
しかし、部長はそんなの無視でキッと全員を見つめる。ただし、床に死んでいる俺を除いて。
「キャラが目立ってない。つか、私のキャラが目立ってない」
「……す、すみません。俺も」
俺は床にひれ伏したまま部長に同意する。そのついでに聞きたかったことも聞いてみることにした。
「ちなみに俺と部長、梓鴉以外はどんなキャラにしたんですか?」
大体は把握しているが、微妙にわからないこともあるしな。白鷺先輩が極悪になった理由とか。時鳥夜が邪悪になった理由とか。
「千代乃は金持ちでお嬢様キャラだから、成金の外道キャラ。菜桜は普通のキャラで、ぶっちゃけ何にも言ってないわ」
「え?時鳥夜、あれ素だったの?」
俺は驚きのあまり声を漏らす。
「ええ、素ですね」
普通キャラじゃなかったのか。いや、特に普通な発言しかしてなかったから、普通キャラなんだろうけど。ああ、なんだか訳わかんなくなってきた。
「で、清斗は期待してないし、キャラあってないようなものだし」
「ひでえ!」
「冗談よ。冗談っていうのも冗談だけど」
「どっちですか!」
「まあ、いいわ。とりあえずキャラ濃度上昇作戦にも飽きたし、今日のところはこれで切り上げようかしら」
部長はそう言いながら、目線を時計にやる。俺もつられて、目線を追うと短針が六時を指していた。いつの間にかこんな時間になっていたようだ。
「もうこんな時間ですか」
「光陰矢の如し」
「では、帰りましょうか」
「そうね、みんなお疲れ様。また明日会いましょう。じゃあ、あらすじ部解散!」
物調の合図とともに皆が立ち上がり、礼をする。あらすじ部恒例行事というか、野球部とかサッカー部とかがグラウンドに向かってする礼と同じようなものだ。礼とともに皆それぞれ帰っていく。俺はそれをいつも見送っている。
全員帰った後に響が俺を覗き込んできた。
「あれ、清斗。帰らないの?」
「気にするな。ただ、今日の内容をまとめているだけだから」
「手伝おうか?」
結構気が利く人だ。こういう時はいつも声をかけてくれる。
「いえ、俺は副部長で、しかも文系だからこういうのは得意だよ」
「ここの生徒は全員文系のはずだけど」
「それもそうだった。でも、響。帰りが遅くなったら暗くなるぞ」
「それがどうしたって言うの?」
「幽霊」
一瞬、響のヒッ、と息をのむ声が聞こえた。その様子が可愛らしかったので、俺は更にからかってみた。
「お前は華奢だからな、一飲みなんじゃないか?」
「べ、べつに、ゆうれいなんか、こわ、くなんか――」
「――怨めしやぁ!」
「ひっ!」
「ほら、暗くならないうちに早く帰った方がいい。お前が襲われたとなったら俺の前科が増えてしまう」
「べ、べつに怖くはないけど、まあこの仕事はあなたに任せたわ」
「お疲れ様」
「お疲れ、また明日」
響が部室を出た瞬間に廊下を走る音が聞こえた。ちょっと悪いことをしたかな。でもまあ、気を取り直して今日の活動内容をまとめますか。俺は少し頬を張って気合を入れた。
「それにしても」
視察の時の、って視察じゃないんだが。ゲロウ部の事を報告するのを忘れてたな。
図書室に出て、窓から外を見てみた。すでに日は落ちて、真っ暗とはいかないが、空が濃紺色へと変色していた。仕事が終えるのに結構時間がかかってしまった。下校時間はもう大分過ぎているだろう。と、俺は図書室の机に人影を見つけた。
「こんな時間に、誰だ?」
よく見てみるとどうやら机に突っ伏している。そして、かすかにだが寝息が聞こえた。どうやら図書室で寝たまま今に至ってしまったようだ。ゆっくりと起こさないように俺は近づく。遠くからだと不明確だった顔が明確になってくる。
「矢原?」
矢原楓だった。ぐっすり寝ているようで俺に全く気付く様子はない。でも、なんでこんなところで寝ているのだろうか。最初は生徒会の仕事か何かだろうと思っていたが、机の上に何一つ資料がないので違う事に気づいた。
「おーい、矢原」
とりあえず矢原の肩をゆすった。こんなところで長々と寝ていると風邪をひいてしまうので起こさなければならないだろう。更におそらくだが現状、学校に人はほとんど残っていない。来たとしても用務員さんか警備員の人くらいで、そうなれば親御さんが心配するのも必然だ。俺は友人がそんな目に合うのは少し嫌いだ。
「ん、ううむ。……へへ」
何かいい夢でも見てるのだろうか。少し口元が緩んでいた。ちなみに起きる気配はない。
しかしまあ、こうやって寝顔を見ているとなんだか罪悪感を感じてしまう。矢原が可愛いからというのもあるのだろうが、人の、しかも女の子の寝顔を見るというのは心臓に悪いものだ。
「おーい、矢原。風邪ひくぞ」
「むうう。……せ、せいと。むう」
「生徒がどうかしたのか?それとも生徒会長の事か?」
なんとなく返答してしまうが、相手は寝ているのだった。
「……み、たか、どう、は、い。むう」
「みたかどうはい?」
ばらばらになった文字を頭の中で再変換する。みたかどうはい=三鷹同輩、つまりは俺のことを言っているのだろうか。
「俺がどうかしたか?」
「……むう」
矢原は再びすうすうと寝息をたて始めた。
「全く起きないな。仕方ないか」
小さく呟くと俺は自分のカバンと床に置いてあった矢原のカバンを机の上に置いた。そのあとで、腰をかがめると矢原の座っている椅子の向きを変える。
「結構難しいな」
手の感触だけを頼りに何とか椅子を俺の方へと向ける。大体俺の向きを向いたところで矢原が俺の背中に落ちてくる。こうして俺は矢原を負う形になる。要するにおんぶだ。そのまま俺は立ち上がって、カバンを二人分首にかける。もちろん首が締まらないように。
俺は矢原を負う状態のまま帰ることを決意した。
山の麓にある公園で矢原をベンチに座らせた。さすがに人を背負って山を下り、それでもなお元気でいるほど俺は体を鍛えてない。更には、よく漫画などで語られる「胸が当たって」と言う事も相成って精神的体力も減少気味だった。矢原を寝たままベンチに座らせた後、俺は近くにあった自動販売機に飲むものを買いに向かった。財布から小銭を取り出して、コーヒーを買う。矢原の分は無難にオレンジジュースでいいだろうか?ゴトンと音がして缶ジュースが二つ落ちてくる。俺はそれらを抱えたまま、なんとなく公園を見渡した。遊具は一つもなく、あるのはベンチが南方と西方に一つずつ、真ん中には桜の木が一本植えられていた。ちなみに矢原が座っているのは南方のベンチだった。ちなみにこの公園は名前を書いているところが消えているため、生徒からはナナシ公園という愛称で呼ばれている。俺はジュースを手が濡れないように腕に挟んで、矢原の方へ向かう。矢原は首を下に下げて、相変わらず気持ちよさそうに寝ていた。なんだか悪戯したくなってきたので、俺はオレンジジュースだけ手の平に持ちなおして、矢原の顔に近づける。まあ、どうせ起こさないとならないのだ。俺は矢原の家がわからないため、ここからどう帰って良いのかが分からなかった。疲れたのとそれとがこの公園で休憩した理由だ。
「ひゃあッ!?」
オレンジジュースが矢原の頬にあたった瞬間に矢原は可愛らしい声を上げて飛び跳ねた。
「おはよう」
「ッ!何をするの!せい……いや、三鷹同輩!」
「さて、ようやく起きたか」
俺が笑いながらそういうと、一瞬怪訝な顔をしたがすぐさま辺りを見渡し始める。
「ここ、どこ?」
「ナナシ公園だよ」
「何で?私は図書室にいたはずなのに」
「どうやっての間違いじゃないのか?」
寝起きだからなのかあたふたしている。このまま黙っていたらそれはそれで矢原が可愛いから良いのだが、実際見ていたら罪悪感が湧いてきたので経緯を話すことにした。といっても大した経緯はないので一分くらいで説明が終わってしまった。
「……つまり私は三鷹同輩におんぶされてここまで来たと言う事?」
「そういう事になるわけだ」
瞬間、矢原は顔を真っ赤にして、頭を抱えた。ああ、とか呻きながら何か呟いている。知らない間におんぶされていたのだ。羞恥にしゃがみこむのは仕方ないような気がした。
「まあ、これでも飲んで落ちつけよ」
少し申し訳ない気持になりながら、俺はさっき買ったジュースを差し出す。
「……う、うん。ありがと」
矢原は差し出したオレンジジュースを手に取ると缶を開けて、ゆっくりと飲み始める。
俺もそれを見てから、自分の缶コーヒーを飲み始める。今更だが矢原は門限などは大丈夫なのだろうかと心配になった。もうすっかり辺りは暗い。俺の親は基本仕事が忙しく、帰ってくるのが夜遅い上に基本的に自由主義だ。ただ自由主義といえども度が過ぎれば死刑が待っているわけだが。ちなみに時間は中学生なら補導される時間だ。
「そういえば矢原。お前は時間とか大丈夫なのか?」
そういうと、矢原はカバンから携帯電話を取り出して、時間を確認した。徐々に顔が青ざめていくのが分かった。どうやらアウトらしい。
「ど、どうしよう」
「何なら俺が一緒に謝ってやろうか?」
「なんで?」
「まあ、俺にも責任がないわけではない」
早めに仕事を切り上げていたら矢原に気づけたわけだし、図書室で起こして早めに連絡させる事も出来た。やろうと思えばやれることはあったがしなかったのは俺だ。つまり俺にも責任がないわけではない。
「何なら友人の家に泊まるとかいって、俺の家来るか?」
「―――――ッ!」
矢原の顔が一気に赤く染めあがる。途端に俺は失言に気づいて、狼狽する。
「いや、そういうわけじゃなくて、だな」
「――――わ、わかってる」
落ち着くために俺は一気にコーヒーを飲み干す。矢原もゆっくりオレンジジュースを飲んで落ち着こうとしていた。これからは失言に気を付けよう。とりあえず話題を変えようと思い、少し疑問に思っていたことを聞いた。
「そ、そういえば、どうして矢原は図書室にいたんだ?見た感じ、生徒会の仕事ってわけではなさそうだったが」
そういうと再び矢原の顔が赤くなる。また失言してしまったのだろうか、と不安になっているところで矢原がボソボソと呟いた。
「………三鷹同同輩と一緒に帰りたかったから」
「悪い、聞こえなかったんだが」
「いや、なんでもない。それはいつか話すよ。……それより」
「それより、何だ?」
矢原は顔を上げる。まだほのかに頬の赤が残っていた。
「お、お礼をしないといけないね」
「いや、そんなのいらないぞ。言ったじゃないか。俺にも責任はある」
「そうはいかない。恩はきっちり返さないと」
矢原がじっと俺の目を見つめる。これは何を言って意見を曲げないときの目だ。それが分かってしまったら、どうしようもない。だてに一年同じクラスだったわけじゃない。
「わかった」
俺は諦めて、話を聞くことにした。承諾を得ると矢原はほっとした顔になり、表情から硬さを消した。さて、お礼と言われてもどうしたらいいものか。正直大層な事もしていないのにお礼をされるというのはどうもむず痒い。
「さあ、三鷹同輩。遠慮はしなくていいよ」
「うーん、そうだな。……そうだ!飯おごってくれ。ジュースでもいいけど」
我ながら妥当な線だと思う。学校の食堂の飯は学生価格、つまりは安い。それくらいなら別に問題はないだろう。
「食事か。昼食でいいの?」
「ああ。だが、一番安いのでいいからな」
「安いと言われてもね。どこの店がいいのかな?」
「?」
どこの店?俺は矢原に質問する。
「どこの店って。学校には食堂しかないだろう」
その質問に対して、なぜか矢原は顔を赤くしてあたふたして答えた。
「い、いや。その、そうあれ!学校の食事じゃあなんだか悪いから。どっかの店で奢った方が私的にも釣り合いが取れるというか」
「だが、外の店というのはやりすぎだろう」
「そんなことない!」
その矢原の気迫に俺はたじろぐ。飯屋で奢って貰うのは流石に悪い気がする。だが、断言されたらそれはそれで断りにくい。
「じゃあ、そうだな」
こうなったら自分の中で相手の意見との合致点を見つけるしかない。しかし、俺の頭の中の情報量が乏しすぎる。
「じゃあ、南大新堂駅前のモギドナールでどうだ?」
すぐさま思いついたのがこれだった。南大新堂駅は俺の家から最寄りの駅から二駅、電車に乗ったところにある。矢原も俺と同じ区域に住んでいると聞いた事があるから場所的には問題ないと思う。ちなみにモギドナールはファーストフードの店だ。
「日時は今週の日曜、午前十一時でどうだ?」
なんだが一方的に交渉に入ってしまったが、矢原は気分を害していないだろうか。心配になった俺は矢原の顔を覗き込む。俯いているためか顔の表情が分かりにくい。と、すぐさま矢原は顔を上げた。
「うん!問題ないよ」
いきなり顔を上げられたので驚いてしまったが、どうやら問題ないようだ。しかも、なんだかすごい顔が輝いているように見える。まあ、南大新堂はかなり都会っぽいからな。
女の子がわくわくするのも無理はない。いざとなったら矢原の買い物に付き合ってやるのもいいだろう。むしろ、これくらいしないと釣り合いが取れない気がする。
「じゃあ、今日はもう遅いから帰るか」
「うん」
「そういえば、親は大丈夫なのか?」
嬉しそうな顔が一瞬で青ざめた。コロコロ表情が変わるのは見ていて面白いというか可愛いというか、
「さっきも言った一緒に謝ろうか?」
矢原は少し考えるような仕草をする。だが、すぐにそれを断った。
「それはいけないかな。さっきと同じような理由だけど『こんな時間まで異性といた』なんて誤解を受けやすいからね」
なるほど正論だ。
「確かに俺の事を知らない親御さんから見たら、へんな風に思われかねないからな」
「……いや、逆に知ってるから問題っていうか」
俺がそういった後に矢原がボソッと呟いていたが、よく聞き取れなかった。が、しかし確かに俺がここででしゃばるのは良策ではないだろう。
「でも、責めて家までは送らせてくれ」
良策ではないと知ってながらも、こんな夜遅くに女の子を一人帰らせるのはどうしても出来なかった。
「いや、でもそれは」
「大丈夫。矢原の親御さんに会わないように家の前まで送ったら速攻帰るから」
「うん、それなら」
「あと、一年以上付き合ってる友人の家も知らないのはどうかと思うしな。おんなじ区域に住んでるらしいし」
「じゃあ、よろしくね」
「夜の警護は任せとけ」
そうして、俺と矢原は談笑しながら帰宅した。
結局、無事に矢原の親御さんに見つかる事もなかったわけで、多少波乱はあったものの今日はこうして終了した。