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ファブル先生

ファブル先生との決闘



ファブルはライに自分の伝えたい最後の言葉を伝える

「ファブル先生、少しいいですか?」



今日は卒業の一日前。俺は最後にファブル先生に剣の試合を申し込むために先生の書斎に上がり込んだ。



(俺はこの人に一人前と認めてもらわないとここから旅立てない・・・・・・。最後に俺の成長を見せたい。)



ファブル先生はパタン、と読んでいた本を閉じ、何ですか、と尋ねる。


「俺と剣で試合をしてください!!」


あまり意外ではなかったらしく、にっこりと笑って、いいですよ、と一言言ってくれた。


「どうせなら''癒やしの原っぱ''でしませんか?」


俺ははっと驚く。そしてそこを選んでくれたファブル先生に感謝をした。


(最初も最後も''癒やしの原っぱ''か・・・・・・。)


俺はある種の運命的なものを感ぜずにはいられなかった。



''癒やしの原っぱ''



ここは俺が初めて先生と剣の打ち合いをした場所だ。



今でも覚えている・・・・・・剣の成績がトップになったあの日、先生は俺をここにつれてきた。




「先生、ここはどこですか?」



周りをもの珍しそうに見る俺を見て先生はにっこりとほほえむ。



「ここは''癒やしの原っぱ''と呼ばれる場所です。」



小高い丘に大きな木が一本立っていて、周りは木々で囲まれている。へんぴなところのようなのになぜか神秘的な包容力がある場所だった。自然と心が落ち着く。



「ここは昔、ある将軍が戦の帰りにいつもよっていた場所です。その将軍はいつも来る前の戦でなくなった部下たちの形見をあの木の下に埋めていました。そして、休暇はいつもここで時を過ごしていたのです・・・・・・。」



ファブル先生はゆっくりと優しく俺に語りかけた。



10歳の俺には先生の言っていることがよくわからなかったがそれでも先生にとって大切な場所だということが先生の様子から感じ取れた。



しばらく話しをした後、先生は俺に向かってほほえみ、




「ライ君、剣術の成績トップでしたね。おめでとうございます。」




と言った。



俺は急な話題の転換にとまどい、何も答えられなかった。



なぜその話題を振ってきたのだろう。



俺は疑問に思った。



そんな俺をみて、先生はまた穏やかな表情をした後、そんな疑問をも忘れてしまうほど衝撃的な言葉を言い放った。




「わたしと剣の試合をしませんか?」



俺は一瞬何と言われたかわからなかった。



再度頭の中で先生の言葉を復唱した後、ようやくその言葉を理解した。



俺はかなり動揺したが、素直にその提案を受けることにした。




「そうですね、私に一太刀でも与えることができたらあなたの勝ちにしますよ。」





そう言い、先生は唐突に石ころを下から拾い上げた。




「今からこれを上へなげます。この石が地面に落ちたら開始としましょう。」




俺が持っていた竹刀を構え終えると先生は、いいですか、と一言いい、石を高く投げ上げた。



俺は先生と打ち合えることに喜びと興奮を感じていた。



石がとてもはっきりと見える。



連続写真で写したかのように落ちていく様がクリアに見えた。


ポトッという音と同時に先生に飛びかかった。



バチン、という音とともにお互いの竹刀が交差する。ファブル先生は俺の一撃を簡単に受け止めた。



「元気がいいですね。やはり子供とはいいものです。」


パチン、パチン、パチン、と竹刀の音が原っぱに響き渡る。俺が打ち込んでは先生は受け止め続けた。



(なんで・・・・・・なんで一発も・・・・・・。)



あの手この手を尽くしたが結局ファブル先生には一発も当たらないまま、俺はへたばってしまった。



俺は疲れて大の字になっていた。



情けない姿の俺の隣りにファブル先生はゆっくりと座り込んできた 。



先生は全く息を切らしていなかった。


それもそのはず、先生は一歩も元の位置から動いていないのだから。



「ライ君、剣とはどういうものだと思いますか?」



唐突に問いかけてきたファブル先生の顔は優しさ以外の何か・・・・・・何か深いものを思い出しているような表情だった。



「剣ですか?」



「ええ、剣です。」



問いかけても先生の表情は変わらなかった。先生の微笑みがいつもと違いまるで作り物のような気がする・・・・・・。



「あなたにとっての剣とは何ですか。・・・・・・面白い遊び道具の玩具。・・・・・・自分をかっこよく見せるための道具。・・・・・・強さを示すための道具。」


俺を責めているわけでもなく、語りかけるような柔らかな口調だった。



しかし、相変わらず目は俺ではなく、他のなにかを映し出しているような気がした。



「剣は人を殺し得るものです。しかし、剣の本質はそこではない。自分を、人を守るためのものです。」



少し語気が強まった。



そして急に作ったような微笑みが消えた。



「さっきライ君に話した将軍。

・・・・・・実はあれは私なんですよ。

ここは行きつけの場所でした。」


そこで視線を俺から周りの風景に移す。



「私は・・・・・・たくさんの仲間を、部下を守れませんでした。」




急に声のトーンが下がった。



そして先生は黙り込んでしまった。



俺はただ先生が振り向くの待っているだけだった。


しばらく経ち、先生はゆっくりと俺の方に首を傾けた。



「ライ君、君がもつことになる剣はとても恐ろしいものです。そして、剣には君がまだ知らない様々な使い道があります。人を殺す為に使うのもその使い道の一つ。下の者に強さを見せつける為に持つのもその一つ」



先生は少しずつ言葉を言うのが早くなってきた。そして一言一言に言いようもない力がこもっていた。



「人によって剣の価値は違います。さっき私の言ったことも私の中の剣の真価。しかし、君はまた違った価値を剣に見いだすかもしれません・・・・・・。私の時は・・・・・・。」



不意に先生は次に言おうとしていたことを止めた。



口に手を当て、俺を見て少し困惑したような表情をした。



先生はしばらく黙った。


(何だろう・・・・・・。何か言いにくいことかな。)



しばらくして、先生は俺をまっすぐに捉えた。その眼はもはや完全に俺を映していた。




「ライ君。これからは君にとっての剣を見つけられるように頑張ってください。そして今の話しは忘れないようにしてください」




最後にようやくいつもの表情に戻った。



「はい。」俺は少しほっとし、戸惑いながら返事をした。その日の帰路の先生はいつもよりも穏やかだった。





「私に一撃でも加えれば勝ちでいいですよ」



あの試合から7年が経った。しかし、あの時と全く変わっていない。このやりとりも・・・・・・、この原っぱの情景も・・・・・・、そして、先生との試合の前のこの高揚感も・・・・・・。



静寂が辺りを包み込む。


先生は俺に向き合い、にっこりと微笑む。次にでる言葉が容易に想像できた。しかし、俺は無性にそれを確認したい衝動に駆られた。



「ちなみに俺の敗北条件は何ですか。」



すると、先生は小さく笑って、



「ライ君が動けなくなるまでです。」


と穏やかに言った。俺もつられて笑った。先生は腰をおとし、適当な大きさの石を拾う。俺が構えるまで待つ。



「もう説明はいりませんね。・・・・・・では、始めましょう。」



先生は高く石を投げ上げた。



(いよいよだ。)


この試合がここでの生活との決別であり、これからの始まりなのだということを感じた。気持ちが高ぶる。



俺は石が落ちると同時にあの時のように先生に飛びかかった。



一際大きな音が原っぱの草を震わした。



俺の手が衝撃でピリピリと震える。先生と俺の交差しあった竹刀は月の光に照らされなんとも幻想的な光を放っていた。



「ふん!!」



少しして先生は竹刀の角度を変え、はじき返した。俺は後ろに大きく下がる。



「やっぱりあの時とはまるで違います。私に飛びかかってくるスピード・・・・・・、一撃への重心の移動・・・・・・、力・・・・・・。私に教わったものを完璧にマスターし、さらに自分でアレンジを加えている・・・・・・」



先生は一方的に語りかけている。しかし、話している先生には隙が全く見当たらない。



「やっぱり君は他のどの生徒よりも群を抜いて剣の腕前はいいようです。そして私の予想以上に成長してくれました。」


先生は一気に近づいてきた。竹刀をスッと横にやり、胴を放ってくる。



「っ・・・・・・!!」



俺はすぐさま竹刀を移動させ、先生の一撃を受け止めた。



「ぐっ・・・・・・」



その衝撃で少し身体が斜めに傾く。すぐさま先生は二撃を肩口へと放ってきた。



(速い・・・・・・!!)



俺は後ろの足を動かし、避ける。そして先生の腕へと竹刀を打ち込む。先生もその動きを察し、竹刀で受け止めた。


そして再びつばぜり合いが始まった。


風で辺りがざわめく。


交差した竹刀は前後へと小刻みに動き、空気を震わせる。どちらも一歩も譲らない。


俺は重心をずらし、押してきた先生をそのまま弾き飛ばした。先生は先程の俺のように大きく後退する。



「やりますね。」



先生は小さく笑った。


風が吹いてきた。月に影がさし、先生の姿が薄暗くなった。そして先生の顔は急に無表情へと変わった。



「このままでは少し失礼ですね。少し本気を出させてもらいます。」



先生の雰囲気が一転して、殺気だったものになった。何か見えざるものが俺の体を圧迫しているような錯覚に陥る。


(このプレッシャーは・・・・・・。)


手に汗が滲んだ。そしてそのプレッシャーが一際大きくなる。


(っ・・・・・・、来る!!)


一瞬の後、先生は驚くべき速さで懐へと入り込んできた。


「っ・・・・・・。」


すんでの所で先生の振り上げた竹刀を避ける。しかし、先生はすぐさま体勢を整え、二撃をわき腹へと打ち込んできた。



(早い!!)



大きな音とともに俺は横へと飛ばされた。ギリギリの所で自分の竹刀を割り込ませ、直撃は避けられたがそれも気休めでしかなかった。



地面に背中を預けた姿勢の俺の視界に先生が映る。先生は竹刀を振り上げ、今にもそれを振り下ろそうとしていた。



(っ・・・・・・、まずい)



俺は身体を転がして間一髪でそれを避けた。そしてすぐに起き上がり、すぐさま距離をとった。


「ハァ、ハァ・・・・・・。」

気づいたら息があがっていた。



(この人は格が違う。)



汗で眼がしみる。視界が揺らいできた。



(何か・・・・・・、何か・・・・・・。)



すると、先生の動きに一つ妙な点があった。ほんのわずかだが、先生の左足が右足と比べて足取りが遅かった。



(もしかして・・・・・・。)


確証はなかったが、この状況で試す価値はあった。俺は竹刀を低くし、下段の構えをとる。



(チャンスは一度だけだ。)


月は雲が去り、先生を明るく照らした。



(今だ。)


俺は目一杯に足を蹴り上げ、先生に接近した。ある程度まで近づき、左足でターンし、右へと回る。


「っ・・・・・・。」



先生が左足を動かし体勢を変えてきた。しかし、その動きはやはり少し遅い。先生が竹刀を横にして、俺へと打ち込んでくる。俺はギリギリの所でかわし、左側の懐へと潜り込んだ。



「っ・・・・・・。」


「ウオオォーー。」



俺は竹刀を思いっきり上へと振り上げた。




(決まった!!)



俺はそう確信した。しかし、わずかな感触とともに先生の姿が視界から消えた。



「え!?」



俺は目を見張った。不意に足に大きな衝撃が伝わった。一度宙に浮き、重力に沿って背中を地面へと打ち付けた。気づくと先生の竹刀が喉元へと向けられていた。


「まだ・・・・・・、しますか?」



先生は無表情で問いかけてきた。その顔には微かな動きも許さない威圧感があった。



「俺の・・・・・・、俺の負けです。」



ギリッと歯ぎしりをした。しかし、この状態では何もできない。俺は素直に諦めることにした。





あの時、先生は俺の一撃をとっさに左足を滑らして体を落として避けたのだ。その左足の動きが今までよりも格段に速かったため、その動きを予測できず、あたかも消えたかのような錯覚をおこした。そしてそのまま左腕で足を払われた。




今思えばあの不自然な足の動きはフェイクだったのかもしれない・・・・・・。



「はは・・・・・・。」



俺は笑いが込み上げできた。完全に騙されたことを知って、自分の短絡さに情けなくなってしまっていた。



先生は竹刀をしまい、そっと手を差しのべてくれた。



「ありがとうございます。」



俺はその手をとり立ち上がる。先生はいつものようににこやかな表情をしていた。


「先生にはやられましたよ。左足が・・・・・・実は囮だったなんて気づきませんでした。」



俺は少し顔を苦ませて先生に話しかけた。すると先生は少し顔を歪ませた。



「気付かれてましたか・・・・・・。実は別に囮でもなんでもないんですよ。昔、左足を痛めましてね・・・・・・。」



えっ、と俺は思わず声をだした。


先生の動きはわざとではなかったのか・・・・・・。



「どうして足を痛めたのですか。」


「それは・・・・・・。」



先生は言いよどんだ。何かを言うのをためらっているようだった。しばらくして先生は小さな声で言った。



「昔、・・・・・・戦場でやられました。」



先生の声はひどく重みのある声だった。



「そう・・・・・・ですか」


これは触れてはいけない話題なのかもしれない。

俺はしばらく黙っていた。沈黙がこの場を支配した。


そして、先生は一通り笑い終えると急に真剣な顔で俺を見つめてきた。



「ライ君。一つ忠告があります。よく聞いて下さい。」



先生の声に重苦しさを感じる。



「君の夢を叶えるにはいずれ君は自分自身の手で、剣で人を殺すでしょう。それも数え切れないほどたくさんの・・・・・・。しかし、決して剣を人を殺すための道具にしないで下さい。いずれ自分の剣に迷いを持つ日がくるでしょう。そのときには私の言った言葉を思いだし、よく考えて下さい。」


先生はゆっくりと威厳を持って話す。


「そして、夢を決して諦めないで下さい。戦場であなたが斬る相手はその人なりの夢があります。しかし、それを奪ったあなたには自分の夢を実現する義務がある。でないと斬った相手が無駄死にになります。そうやって、いくつもの夢を奪った先に大将軍というものはあるのです。このことを忘れないで下さい。そして自分を見失いかけた時には必ずこれを思い出して下さい。」



俺は空いた口が塞がらなかった。先生の言葉は俺の小さな頭ではおさまりきれないきれないほど大きかった。


「いいですか。」


「は、はい。」


緊張で噛んでしまった。


俺は先生の言葉に言葉以上の多くの意味が込められていることに気づいた。恐らくは過去に先生は何かあったのだろう。しかし、俺はそれを敢えて詮索はしなかった。



先生はにっこりと微笑み、



「帰りますよ。」



と一言言った。



月の光は試合の前よりも一層明るく、道を照らしている。帰路、先生は終止穏やかだった。

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