進撃・動乱
平和が崩れ再び争いが始まる。
夕方になるとミストラルの侵攻によって荒んだアイム砦は昼間よりもいくらか活気ずいて見えた。
元々この町は訪問者も流れ商人もめったに来なく、商店の主な活躍が夕方からのようで夕方になるとぞろぞろと町の人たちが食料の調達のために姿を現しはじめた。
俺はガヤガヤと流れる人の波に肩に載せた桶を揺らしながらその光景に少し驚いた。
「どうしたの?」
前を歩くミナは俺の様子を見て不安そうに尋ねる。
「いや、こんなに人いたんだなあって思ってさ」
「夕方はこんなもんだよ。もしかして今まで見てなかったの?」
俺はミナの問いに照れくさい思いを感じながら首を縦に振る。
ミナと出会う前は朝の門番をしたあと少し仮眠をして夜は居酒屋でサイやウィーカー達と一杯。
ミナと合った後もミナと過ごした後は兵舎へと行く生活だったので夕方の商店を訪れる機会は俺には全くなかった。
今日も夕方までミナといて、ミナの家まで運ぶような機会がなければ商店街など通らなかっただろう。
商店街を渡り、暫く歩くとミナは立ち止まった。
「ここが私の居候してる家」
ミナの視線を辿るとそこにはこじんまりとした家が一つあった。
灰色に塗られた木の家。
この街のどこにでも並んでそうな小さい家だった。
「ありがとう、ライ。それにしてもごめんね、今日は家までつき合わせちゃって」
「いや、いいよ。もとはといえば今日は話し過ぎちゃった俺の責任だし・・・・・・いっつもミナの仕事遅らせてるから」
「ううん、これは夕方までなら大丈夫なの。それに少しは水の蓄えがあるし」
「そうか、でも今度からはもう少し気をつけるよ。じゃあ」
俺は手を降ってミナと別れた。
ミナと別れた後、俺は兵舎へと向かった。
兵舎へとつき部屋に入ると隊員は誰もいなかった。
おそらくはまた居酒屋へと飲みにいったのだろう。
俺は近くの自分のベッドへと、ごろん、と横になった。
気分が高ぶってるのが自分でもわかる。
ミナといることは楽しい。
数週間前に戦をしていた時がずっと昔のようにさえ思えてくる。
自分が自分でないかのようだ。
こんなことではいけないと思っている。
こんな体たらくな生活をしててはいけない、そんなことは俺も知っている。
しかし今だけは、こんな平和な時も続いて欲しい。
俺はそんな甘いことを考えながら静かに眠りについた。
「ふぁーーあ」
パーミム城の最上階、その一室の窓から差し込む日の光を浴びながら寝転んでいたロゴウは一つ大きなあくびをした。
最後の紛争から一カ月が過ぎた。
ミストラルも今のところ不穏な動きは見せていないためロゴウは暇を持て余していた。
バタバタと階段を上る音がする。
部屋の扉を開け、副官であるカフカは山のような書類を手に携えて部屋へと入ってきた。
「将軍、これにサインを」
カフカがどかりと机に書類を置く。
書類の量を見てロゴウは顔をにがめた。
パーミムの統治を任されることとなったロゴウにとってこれは今最も頭を悩ませている仕事の一つだった。
「久しぶりに来ないと思っとったら、今度はこの量か・・・・・・。何度も何度もこんな紙に名前を書いて判を押すばかりのこの仕事」
ロゴウは眉をひそめてカフカを睨みつける。
「だいたい、別に俺で無くてもよいではないか!
俺は武官だぞ、俺がここを統治する意味がわからん。文官を派遣すれば良いだろう」
「それがそうともいかんのです。ミストラルがいつ攻めてくるかわからぬ以上、実質的に力を持つ我々にこの地方の実権を与えれば防衛も上手く運べ、あちらとしても何かと楽でしょうし・・・・・・」
そう言いながらカフカは申し訳なさそうな顔をする。
「ふん、お前を責めたところで何にもならんのはわかっている。だがあちらの都合で振り回されるのはどうもな・・・・・・」
「ですが、平和であるのは何よりです。直に我々もこの場から解放されるでしょう」
カフカの言葉にロゴウは、そうだな、と力なく答えると深くため息をつきうなだれる。
いっそ、戦争でもおこれば、そんな不謹慎なことさえも頭に浮かんでくる。
するとバタバタとまた上へ上がっくる音がした。
慌てた様子で将軍つきの伝令が入ってきた。
「たっ、大変です。ミストラルが大軍を率いてこちらに向かってきます」
その言葉に『ガタン』とロゴウは机を叩き、椅子から立ち上がった。
カフカも伝令の言葉に眉を潜めた。
「して、規模は」
「はっ、おおよそ六万の大軍です」
伝令の言葉にロゴウは『ガギリ』と歯を鳴らす。
自分が思ったことがまさか現実に起こるとは思いもしていなかった。それもこのタイミングで。
ロゴウは軽い気持ちで思っていた自分に腹が立った。
「防衛準備急げ!他の砦にもすぐさま伝えろ!」
はっ、と声を上げ伝令は下がる。
ロゴウはカフカにちらりと目をやった。
「カフカ、敵はようやく本腰を入れてきたな」
それにカフカはゆっくりと頷く。
(退屈な時間も今思えば悪くはなかったな)
ロゴウは一度笑みをこぼすと再び顔を引き締めた。
そしてカフカに向かい、行くぞ、と一言口にすると静かに部屋を後にした。
リアーク西端、ミストラルと皇国軍が現在交戦している地では両軍が膠着状態にあった。
「ギュスター様、我々がここを動かずに既に一週間が経ちましたがよろしいのですか?」
副団長であるハクスイは本陣にて椅子に腰をおろしたまま微動だにしない騎士団長ギュスターに問いかける。
椅子に座るギュスターはヘルメットごしに僅かに伺える目をハクスイと合わせるとゆっくりと頷いた。
「下手に動けば我々も痛手をおう。敵将、レイヤーはなかなかのもの。我々は今のところはこのままでいい」
「ですが、敵が攻めてこずにただ守りの陣をしいているのは侵攻軍にはあらぬ行為。早くうたなければ敵の援軍が来るのでは?」
「その必要はない。敵に援軍は来ない。敵の目的は陽動。恐らくは敵はこの間にタラントのパーミムを狙うつもりだろう。一年前と同じ手口だ」
ギュスターの言葉にハクスイは目を丸くした。
そしてさらにギュスターへと詰め寄る。
「でしたら、ますます早く討つ必要があります。タラントはミストクラウン帝国と皇国を遮るいわば緩衝国です。タラントが討たれれば二大帝国が我らと隣り合います」
「その必要はない。既にヴァンデミオン様は援軍をタラントは向かわせた」
「なっ!?そっ、それは?」
「四龍の一人、ゲイルだ」
ハクスイはその言葉に目を見開いた。
「あの、『鉄壁のゲイル』ですか・・・・・・。ですが、そのような大物を援軍に派遣するなど」
「いや、タラントには帝国も侵攻してくる。おそらくはあのハンゲルグがな。
その場合、パーミムにいるロゴウでは防ぎきれんだろう。だが中途半端な将を派遣したところで結果は同じだ。
今タラントがやられたら困るからな、こちらは」
ギュスターの言葉にハクスイは小さく唸った。
タラントに危機が迫っている。
それも大陸随一の将ハンゲルグを大将にした帝国軍が。
ハクスイは再び唸る。
タラントは持ちこたえられるだろうか、ハクスイはただタラントの勝利を願うのみだった。