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施設での日常 (2)

卒業まであとわずか




平穏な一時

『パチッ』


木を弾く甲高い音が静寂を保った部屋に響きわたる。

今日の修業の三限目は“道徳”だった。

しかし、今日はファブル先生が生徒達の成績の提出と、仕官先の決定をするために都へ行ったため急遽、頭のトレーニングの一貫として遠国から伝わった将棋を行っていた。

そして俺は今リーファイの相手をしている。


「王手、・・・・・・詰みだな」


完膚なきまでに詰まされた。

これで三連敗となる。


「もう少し頭を使ったらどうだ?」


リーファイは悦に入るわけでもなく、無表情で言い放つ。その抑揚の無い言葉はかえって軽く言われたときよりもぐさりと俺の心に突き刺ささった。



「・・・・・・リーファイが強すぎるんだよ。

さっきまで俺が攻めていたのにいつの間にか負けてんだもんな」


「いや、単にライが攻めすぎてるだけだ。攻めの''手''は悪くはないんだが、王に近づくにつれ攻め急いでいる。だから逆に攻められた時にぼろぼろと崩れるんだ。

それに勢い尽くと周りが見えていない。常に冷静にしてないとな」


そうかもしれない。先程までは気づかなかったが、言われてみれば思い当たる節がいくつかある。

俺は今までのリーファイの''手''を少しずつ思い出した。守りを疎かにしているように見え、俺の退路をじわじわと塞いで、有利になり油断した所で一気に攻める。目先の戦況に酔って俺は自身の危機を気付こうとしなかった。

リーファイは悔しそうに歪ませた俺を見ると、わずかに口角を上げた。


「ふっ、俺たちはもう半月で正規兵の仲間入りだ。もっとも、新米正規兵はあと二年修業を都のはずれで積むことになるから実戦は19からか。

ライのように何も考ええずにただ剣だけを振ってるだけでは出世はできないぞ」


「なっ、何だと」


リーファイの言葉に少しむきになる。もちろんそんなことはわかっている。俺だって何も考えていないわけではない。


「だっ、だったらどうしたらいいんだ!!」


少し怒気を含めて言う。すると、リーファイは俺をじっと見つめてくる。

「お前の夢は何だ?」唐突にリーファイは尋ねてきた。長いつきあいのリーファイには俺の夢はすでに周知のはずである。

しかし、やるせない気持ちの俺は踏みとどまることはなかった。


「タラントの大将軍だ!!」


声を荒げる。リーファイは黙り込み、無言で俺にもう一戦将棋を促した。そして、顔を上げ、しっかりと俺の顔をとらえる。


「だったらまずは百人将、次に五百人将・・・・・・といった具合にそれとなるための小さな目標と計画をたてなきゃな」

「・・・・・・っ!!」

言葉に詰まる。リーファイの言葉はひどく正論である。俺はリーファイの言葉に今までの自分を考えさせられた。大将軍とはこの国の軍事を司る最高の位であり、それになれるのは当然たった一人で、その下には将軍、千人将、五百人将・・・・・・そんな具合に下に続き、ピラミッド型と同じで下に行けば行くほどその位につく人数も多い。


大将軍になるということは幾万とも知れないライバル達を蹴落としてようやくなれるのだ。


現実的に考えれば、まずすぐ上を目指すのを小事、大将軍を大事ととらえ、短期目標に目を向けなければならない。少しばかり大将軍に視線をむけすぎていて、他をみていなかったのかもしれない・・・・・・。つまり、先程の将棋と同じだ。目先の事にばかり目がいって大事な事を忘れていた。

そう考え込んでるうちにパチッ、と大きな音がした。リーファイは自分の駒を並べ終えたようだ。


「俺は別にお前の夢を否定しているわけじゃない。ただ現実的な思考も必要じゃないかと言っているだけだ。

それにそんなに焦って考え込むことはない。正規兵になってからでも考える時間はある」


パチッ、パチッと駒を置く音が響く。


リーファイは俺の分も並べ始めた。俺はぼんやりとそれを見ていることしか出来なかった。


「大事なのは夢に向かう姿勢だ。・・・・・・その面においてはお前はすでに合格だろう・・・・・・。

だが、俺はお前に目の前の事にも少しは気に少しは気にかけておいた方がいいとは思っている」言い放ったリーファイの顔はどことなく精気に溢れていた。心なしか駒をはじく音が高くなった気がした。


俺と違い、リーファイはより現実的に夢の大きさと夢に到達する計画をたてているのかもしれない、そう思うと、駒を持つリーファイの手がいつもより大きく見えた。






昼下がりになると、槍術の修業が始まった。

後期は実戦練習なので生徒はそれぞれ適当な相手を見つけて打ち合う。

実戦練習では赤に統一された細長い棒を用い相手に有効打を与えるまで続ける。


施設での訓練も終わりに近づいてきたので、俺は槍術で最も実力のあるサイに試合を挑んだ。


サイは棒をまるで自らの手足のように扱う事ができる。

開始早々、いきなりの俺の突にサイは難なく下から弾くと棒の尾部を俺に打ち込んだ。すんでのところでかわすと俺は僅かに距離をとった。


力押しも柳のごとく流される。ならば隙を作らせればよい、と俺は打ち込む早さを早める。

数十回と数えることも出来ぬほど打ち込むも、サイは隙といった隙も全く見せず、ときたまの反撃に、かえってこちらが危うくなる。俺は体勢を整えようと後ろに下がろうとしたが、サイはここぞとばかりに攻め立て、それを許さない。さらに一撃が重くなる。


もう幾ばくも保たない。

道は一つしかない、そう思った俺は覚悟を決め、視覚に全神経を集中させた。棒を打ち込みおえた時に見せる一瞬の隙を狙う。今、俺の目には、よりサイの動きがクリアに見えた。


(今だ!!!)


サイが横に棒をたたきつけてきた。とっさに下に屈み、一瞬のすきをついて思いっきり棒を突き出した。


決まった、その瞬間、俺はそう思った。

しかし、俺の棒は人に当たった感触がしなかった。


(消えた!?)


一瞬、頭が混乱する。


(どこに?)


そう思うのもつかの間、上を向くとサイがいた。

そして、次の瞬間、俺は意識を失った。


「う・・・・・・ん」


気が付くと、俺は木の下で寝そべっていた。体が重い。横をチラリと向くと棒で打ち合っている生徒が何人もいる。どうやらまだ修業は終わっていないようだ。




腰が痛い。




どうやらサイの棒は腰に直撃したらしい。あの体勢から飛び上がって、後ろから体勢を崩さずに打ち込んだのだろうか・・・・・・サイは。

やはりサイはすごい、槍術トップの成績をほこるだけはある、そう思うと俺はため息をついた。


しばらく空をぼんやりと眺めていると木の反対側に誰かが走ってきた。よく見るとそれはエルスだった。確かエルスの学年はいま剣の修業だったはず・・・・・・。


「何やってんだ、こんな所で」


わりと穏やかな口調で尋ねる。俺に気づいたエルスは笑いながら、


「実は剣の修業をサボってきました」と言った。


またか・・・・・・。



やれやれと思ってしまう。エルスは剣・槍術の修業をよくサボる。そして、それはいつも外で行われ、先生が付かない打ち込み練習のときを狙ってだ。


エルス曰わく、地道な反復練習は苦手とのこと。しかし、だからといってエルスは怠惰な人間というわけではなかった。エルスは弓では学年を問わずトップに位置する。エルスは弓をするときだけは真剣そのものだった。

エルスが弓の修業を受けているところをたびたび目にすることがある。


エルスは一度弓をつがえると人が変わるのだ。


周りのものをまったく視界に入れず、ただ的を一点に見つめ、一本一本を丁寧に撃ち、修業が終わるまで終止口を開かない。


(こいつが正規兵になったら弓兵一部隊は率いるかもしれないな・・・・・・。)


ふとそう思った。


そんなエルスは手で扇ぎ、冬はまたこないですかねー、といつものように軽い口調でいっている。

天才と怠惰な人間は紙一重か・・・・・・。人間はやはりうまいこと作られている。全体のバランスを整えるため一方のスキルがずば抜けて高いともう一方はずば抜けて悪く作られるようだ。


ふっ、と笑い、俺はゆっくりと立ち上がった。もう腰の痛みはない。


「どうせだったら俺と槍で打ち合わないか?」


エルスはあからさまに嫌そうな顔をして不平をいうが、別段嫌がってはいないようだ。


あと半月もない。



(エルスとももうそろそろお別れか・・・・・・。)



ふとそんなことを思う。また腰が痛みだしてきた。現金なものだと思いながらゆっくりと歩き出した。

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