皇国と帝国
皇国軍と帝国軍の戦い
しかしそれは帝国側にとって大きな戦を始めるための布石に過ぎなかった
皇国領西端にリアークという地域がある。
そこは乾燥地域で木々は生えておらず固い土が足場の無人地域である。
この地にてとある二つの軍が激しくぶつかり合っていた。
西にはミストラル、レイヤー率いる四万。
東には皇国軍ロシュフェール侯爵率いる黒馬騎士団の兵四万。
互いに中央に本陣をしき、右軍左軍それぞれ四軍に分けてぶつかりあっている。
しかし、戦局はレイヤー側に大きく傾いていた。
「左軍第三軍壊滅。右軍第二軍敗走。中央軍も敵の侵攻激しく押されています」
伝令の報告にロシュフェールは青ざめた。
タラントでも名高いロゴウ将軍を苦しめたといわれる帝国のレイヤー将軍。
苦戦はするだろうと内心思ってはいたが、まさかここまで散々にやられるとは思ってもいなかった。
「ええい、本陣の兵一万のうちの三千を左軍にあてろ!
なんとしても持ちこたえるのだ」
ロシュフェールの怒気を含めた言葉に伝令は慌てて下がっていく。
都から援軍が出たのは二日前とのこと。
もう数日はここで持ちこたえなければならない。
ロシュフェールは自分を奮い立たせる為にも味方に激をとばした。
すると数分と経たずして先ほどの伝令が再びこちらへと戻ってきた。
「たっ、大変です。中央軍総崩れです。それと、敵将レイヤーがこちらに向かってきています」
その伝令の言葉にロシュフェールは絶句した。
左軍も右軍も壊滅し、残るはここだけである。
そして今まさに敵が自分の首を狙いここにこようとしているのだ。
ロシュフェールは馬の手綱を引きすぐさま逃げようとした。
しかし、その途端本陣の入り口に膝をついていた伝令を蹴り飛ばし敵の騎馬隊が突如として押し寄せてきた。
白銀の鎧を纏い、手に白銀の剣を持つ先頭の男はまさしくレイヤーであった。
「あっ、・・・・・・あっ、・・・・・・あ・・・・・・」
レイヤーの剣が自分に狙いを定めたのを見て、ロシュフェールは思わず目をつむった。
『ガギンッ』っと一際大きな音が鳴る。
しかしいつまで経っても自分に刃が当たらないことに疑問を覚えたロシュフェールは恐る恐る目を開いた。
すると、目の前には赤い鎧を纏った長身の男がレイヤーの剣を受け止めていた。
「我々は援軍です。お下がり下さい、ロシュフェール殿」
「あっ、ああ」
周りを見ると味方の兵と思しきものらが敵と交戦している。
味方が間に合ったのだとようやく気づいたロシュフェールはレイヤーと対峙する自分を救ってくれた男を多少気にしながらも静かにその場を離れた。
レイヤーは自分の剣を受け止めた男を暫く見つめた。
赤い鎧に赤い柄の矛。頭に赤い防具をかぶった自分よりも随分と背の高い男が目の前に立ちふさがっている。
レイヤーはその男から静かに離れた。
「あなたは一体何者ですか?」
「白熊騎士団副団長ハクスイ・バナードだ。ロシュフェール侯爵の援軍として参った」
強い口調で言い放つハクスイの、その堂々とした姿にレイヤーは笑みを消す。
見ると、周りが新たな敵と交戦している。
「なるほど、ならばあなたを倒させていただきます」
ここで時間を稼がれてロシュフェールを逃すわけにはいかない。
そう思ったレイヤーはハクスイに挑んだ。
レイヤーの斬撃にハクスイも自身の矛をぶつけ対応する。
レイヤーは『変則演舞』と呼ばれる、以前ロゴウに使った剣撃をハクスイに繰り出した。
ハクスイは四方八方からのレイヤーの変則敵な一撃一撃に僅かに遅れながらもしっかりとそれを受け止めていく。
(なかなか・・・・・・強いな・・・・・・ロゴウ並みか)
レイヤーは自分の斬撃を受け止めるハクスイにどこか隙がないかと探った。
しかし、ハクスイは僅かな隙も見せずレイヤーの攻撃に耐え忍んでいる。
痺れを切らしたレイヤーは『変則演舞』の斬撃を止め突きに入った。
しかし、その瞬間、ハクスイはレイヤーの剣の切っ先を矛の柄をぶつけ逸らすとその刃をレイヤーに繰り出した。
間一髪でレイヤーはそれを避けるも、その一撃は頬を掠めた。
態勢を整えるためにレイヤーはハクスイから数歩離れた。
そして頬から流れる血をレイヤーはゆっくりと手で拭った。
「ふっふっふ、顔に傷を付けられたのは久しぶりですよ」
真剣な顔つきをしていたレイヤーは手についた血を眺め、不敵な笑みを見せた。
その不気味さにハクスイは眉を潜める。
「ふっ、その程度の傷で大袈裟だな」
「ふっふっ、あなたは強い。去年のロゴウ将軍と戦ったときのような、いやそれ以上の楽しみを享受していますよ。今のこの戦いに」
そこでレイヤーは腰を落とし剣を低く構えた。
「コレを出すのは久しぶりですね」
レイヤーの構えを見た瞬間、ハクスイは首筋に汗が流れるのを感じた。
レイヤーとハクスイが互いに見つめ合う。
次の一撃がこの死合の流れを決める、そうどちらも感じ取っていた。
「レイヤー将軍!!」
不意に近くから怒声が聞こえた。
その言葉にレイヤーもハクスイも攻撃の機会を失ってしまった。
声を放った男は、レイヤーと同じく白銀の鎧をきた馬に乗った男で、その男はレイヤーの後ろへと近寄った。
「何だ、アレン」
レイヤーは振り向きもせず声を放ったアレンという男に不機嫌そうに答える。
「敵が戦況を盛り返しつつあります。一旦下がりましょう」
その言葉にレイヤーは軽く舌打ちした。
しかし、周りに目を移し、少しするとゆっくりとハクスイから離れた。
「確かにその通りのようですね。私としたことが少々暑くなりすぎて周りが見えなかったようですね」
レイヤーはそうして馬を反転させる。
「まて、逃げるか」
ハクスイの怒声にレイヤーは軽く笑みを見せた。
「ふっ、今は一時中断です。勝敗はまたの機会に。では」
あっという間に去っていったレイヤーにハクスイは歯を鳴らし拳をふるわせた。
戦が終わったその夜、レイヤーは見晴らしのよい丘の上で敵の陣形が変わったのを見て歯ぎしりをした。
「厄介ですね、本当に・・・・・・」
敵に援軍として来たのは、ギュスター率いる白熊騎士団総勢二万。
数はロシュフェールの黒馬騎士団の半分であるものの、その兵の練土は桁違いである。
敵将ギュスターは皇国一の実力者のヴァンデミオン配下でその中でも四人の筆頭配下、通称『四龍』の中の一角である。
その中でもギュスターは類い希な弓と戦の才を持ち、また数十年に渡る戦の経験を持っている。
それに先ほど戦った副団長のハクスイもいる。
暫くは迂闊に動かない方が得策、そう思ったレイヤーは副将であるアレンに守りの陣形をしかせた。
(ここで皇国軍を釘付けにすれば直に別部隊がタラントに攻める。ミストクラウンも同時に。
ふっふっ、今度こそタラントに防ぐ手だてはない)
ニヤリと不敵に笑ったレイヤーはもう一度敵の陣形を見つめた後、ゆっくりと本陣へと戻っていった。