狂気
「ワルド千人将から通達、我が歩兵隊は右軍第二軍と交戦中の敵を叩く、皆突撃!!」
部隊長の叫びが聞こえると共に俺は走った。
敵兵三百は第二軍千に攻撃をしかけてきた。
敵が何故このような無作為な紛争を仕掛けるかはわからない。
いや、わかる必要がない。俺はまだただの什長だ。
それを考えるのはもう少し位を上げてからだ。
今はただ目の前の敵に集中するのみだ。
皆はきちんとついてきている。
部隊での行動で一番恐ろしいのは隊列が崩れやすい全軍突撃の際だが何度かの戦でさほど問題にならなくなった。
味方と交戦中の敵が見える。
だんだんとその姿が大きくなっていく。
敵と刃を交える距離が近づいている。
(後少し、後少し、来た!)
「でやぁぁぁーー」
俺は叫んだ。目一杯叫び敵を切り裂く。
敵が血飛沫を噴かせ倒れると次の敵を捉える。
次々と敵を切り裂いた。
時たま来るエルス、ロシの矢の援護も的確で敵はバッタバッタと倒れていく。
剣が血でぬかり、切れなくなるとナハトが前衛を変わり、マイクの手を借りて剣を変える。
そしてサイと交代し、また敵を切り裂く。
第一軍の俺たちから横っ腹を疲れた敵は抵抗らしい抵抗を出来ずにいた。
そして瞬く間に敵は逃げ出していった。
戦が終わった後の恒例の宴会はいつもとなく盛り上がっていた。
ゴルペスはいつも以上にうるさく、ウィーカーも上機嫌に歌を歌っていた。
マイクは酒に弱いのかまたもや腹を出して寝ている。
俺はそんな皆を眺めがら酒を飲み、少し席を外した。
煩わしかった訳ではなく今日の俺は皆の雰囲気に余りに乗り気になれなかったからだ。
今回の戦があまりに呆気なかったからだろうか、戦の勝利に俺はあまり感動していなかった。
寧ろ事務的に済ませたような感じがした。
俺はどかりとそこらにある剥き出しの岩に腰を下ろし腰につけた水の入れ物をあけ、水を飲んだ。
少し酔って変な気分になっているのだろう。
直ぐに醒まそう。
水を飲み終え、うなだれていると不意に肩を叩かれた。
見上げるとそこにいたのはワグナーだった。
「よお、ライ、久しぶりだな。どおした、こんな所で」
ワグナーは宴会の後だと伺える赤ら顔を見せながら屈託のない笑顔をむけてきた。
「二ヶ月ぶりですね、ワグナーさん。久しぶりです」
「どうした?なんか元気ないぞ、なんでも言ってみろ」
ワグナーの言葉に俺は思わず口元を緩めてしまった。
その笑顔が眩しすぎて俺は思っていたことを全てはいた。
初めは笑ったいたワグナーも次第に真剣な顔つきへと変わっていった。
「それはあれだな。戦をなんども経験することで誰もがなるやつだ。
まあ、今回が呆気なさすぎたがお前は少し狂気にとりつかれている」
ぴんっ、と人差し指を俺に向け、ワグナーは俺に答えた。
「人を殺しすぎたな。まあ、でも大丈夫だ。聞いた話じゃあ、俺たち数日後には移動だ。
町の警備やらに移るようだからすぐ治るさ」
「はあ、そんなもんなんですか?」
「ああ、まあ、狂気は言い過ぎかもしれん。
単に慣れたんだろう。
新米兵と違ってお前は経験も積み強くなったからな。
緊張が薄れてんだろ」
そう言ってワグナーはケラケラ笑った。
酒が入っているため、何時もよりワグナーは上機嫌だった。
「全くワグナーさんは酒が入るとこんなに変わるとは知りませんでしたよ」
「いや、悪い。お前らといた時はやや量を控えていたんだ。なんせ、部隊ができた頃だったからな。一升も飲めば少しは変わるさ」
「一升ですか!?」
俺は驚きで目を丸くした。
ワグナーはこれほど酒乱だったのかと思うと今まで気骨のある武人として尊敬していた気持ちが薄れていくような気がした。
「一年前に『隊を率いるとはそんなことではない』って俺に啖呵をきった時の姿とは大違いですね」
すると、ワグナーは目つきを細めた。
「ああ、まあ、あれは本心からだからな。ついきつい言い方になった。
だが、よく此処まで成長したな、初めは最初の戦で討ち死にするかもしれんと思っていたが・・・・・・」
「まあ、でも大変でした、此処まで」
俺はしんみりとした気持ちになる。
皆と戦った戦が思い出される。
(そうだ、俺はそれら全てに・・・・・・)
勝利一つ一つに感動を覚えていた。
となると今日の気分が生み出した錯覚かもしれない。狂気ではないかもしれない。
俺はふと、ワグナーを見た。
戦に長年従事していた猛者もこのように悩んできたのだろう。
「ワグナーさん、またいつか試合してくれませんか?」
「おう、いいぞ」
ワグナーが笑って答える。
俺もつられて笑った。
まだ戦える。俺はふとそう思った。