新たなる舞台
什長になったライ、紛争の地パーミムでライは名を馳せていく
「フォルド殿、少し」
王城の渡り廊下を歩いていたフォルドは突然の呼び掛けに顔をややしかめながら振り向く。
呼び掛けてきたのは外務官のベニーニであった。
「これはベニーニ殿、どうなされた?」
しかめた顔を和らげ、柔らかい口調でフォルドは問いかける。
「いや、政務の方はどうですか少し気になりましてな」
「なるほど。いや、なかなか大変です。ミストラルの侵攻で受けた傷は予想よりも深く対応は困難を強いました」
「ほほう」
「ですが、それがようやく復興してきました。
あの侵攻から一年、周辺諸国との関係や国内の治安悪化など問題はまだまだありますが・・・・・・」
フォルドの言葉にベニーニは、大変ですなあ、と一言労いの言葉を放つ。
髪が薄くなりつつある四十半ばの外務官は渡り廊下から漏れる日の光を浴びて脂汗を落としていた。
「外務はどうですか?」
「皇国とは今のところは友好関係を築きつつあります。
財政的にはきつかったのですが、依頼された駐屯所の完成も親睦を深める一因となったようです」
「ほう、それはそれは。他国はどうですか?帝国側などは・・・・・・」
「いやはや、帝国とは侵攻のこともあり、なかなか太いパイプを持てずにいます。
向こうにも穏健派はいるのですが・・・・・・上手くはいきません」そう言うとベニーニは困ったような顔を見せる。
フォルドもそれにやや慰めの言葉をかけた。
ミストラルの侵攻から一年が経った。当初は警戒されていた帝国、ホムルンからの侵攻もなく、パーミムにて小競り合いがある程度で主だった戦乱がない一年であった。
「それにしても帝国やミストラルの侵攻がなくて何よりですな」
「ええ、今はまだ紛争という形で治まっています。ですが帝国がその牙を向けない保証はありません。
幸いにも一年は平和に過ごせましたが、油断は禁物です」
フォルドの言葉にベニーニは、そうですな、と相槌を返す。そこでベニーニはふと思い出したような顔つきをした。
「そういえばロゴウ将軍はどうしていらっしゃるのですか?
彼はパーミムに派遣されたようですが」
「まだ前線にいます。まあ、もうそろそろ交代させる予定です。」
「そうですか、ロゴウ将軍の兵は数度の紛争で疲れているでしょう一度都に戻しては?」
「それもいいですね」
そこでフォルドは右の空を不意に見上げた。
「どうしたのです?」
「いえ、ミストラルの侵攻、そして紛争。将軍の兵はさぞ精錬されたことでしょう。
それに紛争は絶え間なく起こるようですから今もパーミムでは戦っているのかもしれないと思うとついパーミムのことを思ってしまいまして」
フォルドはベニーニの問いにやや口角を上げて返す。
パーミムは今どのような状態か、帝国とタラントの最前線は今なお激しい紛争を繰り広げているのだろうか、フォルドのパーミムの地への関心は尽きぬばかりだった。
「敵の歩兵隊が来た。皆、四・三・三の陣形だ」
俺の掛け声に隊員が皆速やかに動く。
陣の前衛となる場所に斧を肩にのせたモーラム、長槍を構えるサイ、鉄製の太い棍棒を両手で抱えたゴルペス、そして俺が配置につく。
敵の歩兵隊がどんどんと近づいてくる。
(あと少し、あと少し・・・・・・、来た!)
敵が剣を向けてくる。そして盛大に振りかぶる。そして勢いよく振り下ろした。
俺はそれをしっかりと受け止めると、後ろに重心をずらし、敵の剣を弾く。
そして、敵を斜めに切り裂いた。
敵は傷口をおさえたまましばしよろめくと、どっと地面に倒れる。
倒れた敵の後ろから次の兵士が現れた。
今度は敵の剣を力任せに叩き落とし、敵に勢いよく突き刺す。
そして目一杯抜き足で蹴り飛ばすと次に現れる敵へと向かう。
十人程切ったところで敵がさがり始めた。
この撤退の早さに、俺は弓隊の矢が来るのに気づいた。
「皆、背中の盾だ!
しゃがんで斜め上にかざせ!
矢の嵐がくる、急げ!!」
すると、いち早く後ろから補給担当のマイクが近づいてきた。
マイクは俺とサイに盾を手渡す。
前衛の中でも機動力を武器とした俺とサイは重しとなる盾を身につけていない。そのため、必要に応じて、こうしてマイクの世話になるのだ。
俺もサイも皆から少し遅れて盾をかざす。
そして数秒の後、矢の雨が降ってきた。
矢は次々と薄い鉄の盾へと突き刺さっていく。
『ガッ』『ガッ』『ガッ』
と金属通しの衝突音と体を震わす強い振動が俺を襲う。
しばらくした後、矢の雨はやんだ。
盾を下ろすと敵歩兵が再びこちらへと向かってくるのが見えた。
「前衛は隣との感覚をあけろ!中衛は数歩前へ!後衛は矢の援護を、来るぞ!!」
敵がなだれ込む。敵の勢いが増してきている。
俺が正面の兵を斬ると左右から二人切りかかってきた。
そこにすぐさま後ろのウィーカー、エルスの援護が入る。
二人の牽制によって動きの止まった二人のうち一人を切り裂く。血飛沫を吹かせながら敵は倒れた。
もうひとりはウィーカーが倒したようだ。
その後も二人の援護を受けながら敵を倒していくと正面に一際大きな男が現れた。
「随分と勢いがあるじゃねえか。俺は百将ドノバンだ。貴様が隊長だな、悪いが死んでもらう」
肩に太刀をのせた大男は俺へと切りかかる。
俺はそれを受け止める。
しかし百将、ドノバンの力は強く徐々にに俺の剣が押され、俺へと迫ってきた。
「ガッハッハッ、その剣ごと叩き切ってくれるわ」
どんどんと自重をかけて俺を押し切ろうとするドノバン。
そしてドノバンの顔がすぐ近くまで来たとき、俺は横へと体をひね、太刀を流すとその勢いを利用してドノバンに肘うちを顔面に喰らわせた。
「ぬおっ!?」
痛みで体をよろめかすドノバン。
その隙を見逃さず、俺はドノバンの首に勢いよく剣を突き刺した。
「ぐっ・・・・・・」
ドノバンは突き刺された後もしばらく呻いていたが、やがて静かになりどっと倒れた。
「百将、ドノバン討ち取ったり!!他に相手となる奴はいるか!!」
すると、指揮官を討たれたと知った雑兵の大半が逃げ出していく。
それはこの戦いの勝利を示していた。
戦が終わった日の夜、俺の什隊はまきにつけた火を中心に円上に座って酒と肉を食らった。
「いやぁーー、今回も楽勝だったぜ、敵もあっけなかったしな」
骨付き肉を豪快にほうばりながら皆に笑いかける隊一番の長身の男、ゴルペス。
それに隣にいたウィーカーも意気揚々と笑う。
「ほんと、ミストラルなんざたいしたこたねえよ。俺たちに負けはねえ」
ウィーカーの言葉に皆が豪快に笑った。
「今日で何勝目だ?」
「六勝ですかね?私もよく数えてはいませんが」
酒を片手にほろ酔い状態のモーラムが、隣のリーズに尋ねると、リーズはやや考える素振りを見せる。
「六勝で合ってる。正確には七戦六勝一分けだ」
リーズの隣のナハトは何度も酒を口にしているが、酔った様子もなくハッキリとした口調で話す。
ナハトの隣のマイクは泥酔しており、腹を出して眠りこけている。
「そうかそうか、いやあ愉快愉快。初戦以外は全て勝ってるな、ナッハッハッハッ!」
ナハトの言葉にゴルペスは気を良くし、酒をグビグビと飲み干す。
俺はその様子を見て持っていた酒を口に含むと歯を剥き出しにして笑った。
「おい!ロシ!!全然飲んでねえじゃねえかよ、どうしたぁ?」
ゴルペスの大声に俺の隣の小柄な男、ロシはびくりと体を揺らし、慌てふためく。
「ボッ、ボク、こんなの飲めないよぉ、苦いし、美味しくないし・・・・・・」
「そんなんだから何時までもお子ちゃまなんだぞ。
お前、パッと見まだ十二、十三くれえじゃねえか」
ゴルペスの笑いを含めたからかいにロシは涙を見せると俺に縋りよってくる。
「ふぐっ・・・・・・ふぇーーん。隊長、ゴルペスがいじめるよぉ」
ロシの涙ながらの懇願に突き放すわけにもいかずさりとて大々的に庇うわけにもいかず困惑する。
「ロシ、少し落ち着け、ロシの気持ちもわかるがゴルペスの言葉ももっともだ。ロシも少しは気概を」
「隊長までそんなこと言わないでよ」
泣きつくロシに俺は味方を探す。ふと、ロシと同い年のエルスが目に止まった。
「エルス、命令だ、ロシを優しく慰めろ」
「先輩、いえ、ライ什長殿、ロシは隊長に慰めて貰いたいのです。ですのでワタクシ堅く辞退させて頂きます」
かしこまった口調で十字をきるエルスに俺とロシを除いた皆が笑う。
俺は苦々しい顔をしながらただ泣くロシを腕に抱えた。
夜が更けていき、一人、また一人と隊員が酔いつぶれていった。
ロシも隣で寝ている。
俺はゆっくりと眠っている隊員を眺めた。
俺の什隊のメンバーはモーラム、ウィーカー、ゴルペスを除けば皆、プロシードやその他の施設出身の新米兵で構成されている。
ここに来て僅か1ヶ月後にミストラルの分隊三百が襲いかかってきた。
この時、敵と当たったのが俺の什隊を含む右軍第一軍の総勢千の部隊だった。
この戦いで連携の取れていなかった俺の隊はバラバラになった。
敵が撤退したころに俺の近くにいたのはウィーカー、モーラムの二人だけだった。
慌てて探すも奇跡的にみなは無事だったが、この戦いで連携を強める必要性を強く痛感する事となった。
そして俺はすぐさま行動に出た。
まずはワグナーにいわれたように隊員をよく見ることからはじめた。
訓練の様子から、その人物は何が秀でているか、長所と短所を見極める必要があった。
まず、伍長であり、隊一番の力持ちであるモーラムは明らかに前衛向きであり、重装歩兵として必要に応じて中衛、後衛を守る盾の役割を命じ、俺の左隣へと置いた
。
もう一人の伍長であるウィーカーは連携が上手く、また広い視野を持つことから中衛として俺の後ろにつかせた。
サイは隊の中では一番の槍使いであるので前衛として俺の左隣へと置いた。
ゴルペスもモーラム程ではないにしろ、力持ちであり、隊一番の長身であることから重装歩兵としてモーラムの隣を任せた。
一番の弓使いエルスは後衛にて矢による援護をさせている。
ロシは力が弱く、まともに扱えるのは弓のみなので必然的に後衛となった。
隊の中で最も冷静な男、ナハトはウィーカーと同じく広い視野をもち、状況判断能力に長けていることから中衛にした。
剣・槍・弓、どれも同等に扱えるバランス型のリーズは明らかに中衛向きといえた。
そして不足事態への対応を潤滑に行うため、補給係りとして隊一番の足をもち、機転の利くマイクが後衛を務める。
このような四・三・三陣形をベースとして戦うことを義務づけしきりに訓練を重ねた。
そして、二戦目となる敵兵五百による右軍第一、第二軍強襲の際、俺の部隊は目覚ましい活躍をした。
モーラム、ゴルペスの怪力で敵が吹き飛ぶ。
サイの鮮やかな突きで敵が一人、また一人と倒れる。
エルスは俺や他の前衛が態勢を崩したり、敵の勢いが強いとき、的確な弓の援護で敵を牽制、撃破した。
ウィーカーもナハトもリーズも前衛の援護は完璧だった。
後衛の矢が尽きたとき、または敵の矢の反撃の際にはマイクが動いた。
ロシは・・・・・・取りあえず足手纏いにはならなかったとは言おう。
俺の隊の奮戦により敵は大打撃を喰らった。
敵が撤退する頃には、俺は伍長三人と什長二人、そして百将一人、サイも伍長二人、モーラムも什長二人を討ち取っていた。
その後も一、二ヶ月に一度敵は攻撃を仕掛けるもその度に俺の隊は勝利をおさめた。
そして今に至るのだ。
俺はふと月が目の前に来ているの気づいた。
随分と時が経ったようだ。
周りにはスヤスヤと眠るロシ、ごーごー、と耳障りないびきをたてるゴルペスやウィーカー、そしてその他の隊員が寝ている。
俺はゆっくりと立ち上がると、皆に近くにあった毛布を取って掛ける。
火は既にきえかかっている。
最後にサイにかけ終えたとき、俺はふとこれからのことについて考えた。
(一年か、・・・・・・意外とあっという間だったな、この地にいるのももうそろそろかな)
隊員らと戦った一年間の数々の戦いが一つ一つ鮮明に思い出される。
それらは今から思えば皆と心を通わせた強い思い出となっていた。
こいつらとずっといられればいいなあ、そう思いながら俺は毛布を片手に寝っ転がった。
毛布を体にかけ静かに目を瞑る。
これから起こること、それはまだ予期できないがこいつらとなら必ず乗り越えられる。
そう半ば確信をもちながら俺は深い眠りへと堕ちていった。