情勢の打破 『改』
同盟締結
しかし、ミリタリアの崩壊など情勢は悪化するのみだった
『不足があり、改訂しました』
タラントに同盟を持ちかけた日から三日がたった。タラント国政務官らの議論が滞っていなければ今日には同盟の是非が聞けるはずである。
昼食を終えたセスはタラントで見つけた書物を読み、『その時』を静かに待っていた。
ようやく内容が中盤へと移った所でドアに小さなノックの音が鳴った。ドアを開くとギュスターが正面に立っていた。
「姫様、お呼びに参りました」
「そうか・・・・・・、では行くか」
ギュスターのくぐもった低い声に頷くとセスは書をベッドへと置き、小部屋を出る。そしてギュスターの後につき、政務の間への長い道のりを歩き出した。
「先ほどは何を読んでおられたのですか?」
歩き始めて少したった頃、ギュスターはふと思い出すかのように訪ねた。
「・・・・・・少し、赤髪族について調べていた」
「赤髪族・・・・・・。そういえば昨日も見ましたね、市で」
「ああ、少し興味が湧いてな。なにしろ皇国には存在しないからな」
「何かわかったのですか?」
「元々、タラント、ホムルン、ミストクラウンの三国の国境の間には赤髪族と呼ばれる少数民族が存在していたらしい。
数百年前、第三代タラント王は武力を持って赤髪族を屈伏させ自らの領土にした。そしてその息子がその地域を支配して赤髪族を統治したが、その孫、リーマス・ニー・ウェールがタラントに離反し、独立を宣言。そして赤髪国として国主『紅王』となった。
その後、赤髪国は三国の間で交易を通じて上手く立ち回っていたようだが、今からちょうど百年前、勢力を伸ばし始めたミストクラウンによって滅ぼされ、紅王は処刑、赤髪の人間も三国に散らばったとの事だ」
「興味深い話ですね・・・・・・。」
セスの話にギュスターは目を細めた。
「ああ、しかし調べていくうちに更に興味深い事がわかってきた」
するとセスは口角を僅かに上げた。
「何です?」
「実は当時紅王には産まれて間もない息子がいたらしく、国の滅亡と共に侍女に任せ密かにどこかへと逃したらしい。
ミストクラウンではその捜索を百年前から続けているようだが、以前紅王の嫡流は見つかっていないようだ」
「ということは紅王の血をひく者がまだいるかもしれないと?」
そこでギュスターが唸った。
「ああ、しかしここである問題が発生する。
現タラント王、リカルド・ニー・ウェールは嫡子に男子がいない。十ほどの娘はいるが、どこかの王子を婿にしない限りは跡継ぎがいないのだ。
事実、最有力候補のミリタリアへ養子へ行った甥は帝国の侵攻で既に亡くなっている。
つまり、主だった王家の血をひく者がいない以上、遠縁とはいえ紅王の嫡子も必然的に候補に含まれることになったのだ。あくまでも候補にすぎないが」
そこでセスが口を閉じる。
政務の間の扉が正面に見えてきた。その隣にに衛兵と自分らを待っているヴァンデミオンの姿を見る。
「そろそろだな。続きはこれが終わった後だ」
「そうですね」そうして二人はヴァンデミオンの下へと駆け寄った。
皇国の使者ヴァンデミオンら三人の姿をみたフォルドはその眼光を強めた。
「意見は纏まりましたでしょうか」
「うむ」
先頭のヴァンデミオンの言葉に、玉座に座るリカルド王はゆっくりと首を縦に振る。
「我々は貴国の同盟を受け入れることとした。これからは二国間の関係の向上、そして二大帝国への対抗に務めたいと思う」
その言葉にヴァンデミオンは表情を緩めた。
「ありがとうございます。この事は即座に我が王にお伝えしたいと思います。これからは我が国の事、宜しくお願いいたします」
晴れやかな笑顔と丁寧なおじぎと共にヴァンデミオンは退出しようとする。
「ヴァンデミオン殿、もう少し都に滞在しゆっくりしてはどうかね」
「いえ、王直々のお気遣い、誠に嬉しいのですが、恐縮ながら我らは先を急ぐ身。また次の機会にお願いします」
王の制止にヴァンデミオンは笑みを見せ二人の同伴者を連れ退出していった。
「ふむ、残念じゃのう」
王は自身の髭を弄くりながら退出を惜しむような表情を見せる。そして、ふうっ、一つ大きく息を吐き出し、大臣らにも解散を命じた。
すると、フォルドは大臣の列からいち早く抜け出し、政務の間を出た。そして小道へと出ると誰もいないのを急に立ち止まる。
「ローム」「はっ」
フォルドの後ろには黒服を纏った若い男が突如として現れた。
「任務ご苦労。それと今後は皇国に潜入し、皇国の動向を逐一伝えてくれ」
「はっ、・・・・・・それとよろしかったのですか、あのまま帰して」
「ふん、確かに奴ら程の大人物をほふれば皇国はかなりの痛手を負うだろうが、二大帝国の脅威がある以上我が国だけではこの脅威に対抗するのは無理だ。
皇国との同盟も受け入れるが得策。
お前を今日配置したのは単に奴らが変な行動を起こした際の保険だ。何事もなかったから良いが、皇国という国はまだ信用できん。皇国の動向を探る必要がある」
「わかりました。それにしてもまさかこれほどの事態になるとは」
「ああ、ミリタリアにも隠密隊を潜らせているが、未だ情報が入ってこない。それにわずか一ヶ月足らずでミリタリアを壊滅に追い込んだハンゲルグ。
奴がここタラントに牙を向ける日もそう遅くはないだろう。やはり皇国の後ろ盾は必要となるな」
フォルドは壁にもたれると眉間の皺を一層深めた。
今後の各国の動向。
帝国との戦いの日がそう遠くないのを感じ、フォルドは静かに目を瞑った。
遠くに見える炎の放つ赤い光が夜の暗闇の中で一層際立っていた。その光を見たロゴウは苦虫を潰したような顔をする。
「間に合わなかったか・・・・・・」
タラントからミリタリアへ入り山二つを越えたところでまだ遠くにある都バーヘルムが火に包まれているのが見えた。ロゴウはひとまず部隊を待機させ、斥候を出したがおそらくすでに都は墜ちているだろう。バーヘルムが火に包まれているというということはまだ墜ちていないにしろ、前線はすでに抜かれたという事だ。たかだか一万の兵でいったとしても逆にこちらが壊滅することとなる。
「ミリタリアもこれまでか・・・・・・」
ロゴウは誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、目を細める。
建国から二百年、そして帝国の台頭と共に百余年に渡って同盟関係を維持してきた国、それがミリタリアだった。思えば一二年前、ミリタリアの援軍がなければ、タラントも今のミリタリアと同じ状況に至ったであろう。
救援に向かいたいが今から向かったとしても早くて三日。すでに都が燃えている以上、もはや手遅れであろう。
ロゴウの手が震える。
「将軍、情報が入り次第ご指示を」
「・・・・・・わかっている」
ロゴウは横に来たカフカを一瞥すると、再び炎へと視線を移す。
「カフカ、・・・・・・何も出来ないというのは辛いな」
「ええっ、・・・・・・気持ちだけでは仕方ありません。戦には力がないと何もできません。
そして、我々はこの事態を把握するのが遅かった。状況の整理が遅れ、そして情報の察知において敵にしてやられました。
これは我々に力がなかったからです」
すると、ロゴウは馬を二、三歩歩かせた。そして持っていた薙刀を燃えている都へ向け凄まじい勢いで地面に振り下ろした。
けたたましい音とともに地面に深い跡が残る。
「このまま奴らの好きにはさせん。今回はしくじったが、必ずタラントは墜とさせはせんぞ!」
ロゴウのその行動と尋常ならざる表情にカフカは静かに頷く。
「ええ、奴らの思い通りにはさせません。必ず・・・・・・」
そして、カフカはロゴウへと近づくと険しい表情で闇夜に映る赤い炎を見つめた。
任官や昇進、また正式な編成を行う兵令所。ここでの任官は主に下級兵士を担当する場所で、将軍等は王城にて行っている。
ウィーカーと市へ行った翌日、俺やウィーカー、モーラム、ワグナー、そしてその他ロゴウ配下の百数名はここ兵令所への出頭命令が下った。兵舎から歩いて三十分ほど、兵令所の大門へとついた。
思えば俺がここへ来るのもこれで二度目となる。正規兵の任官の際に初めてこの地を訪れてから二か月が過ぎた。
この二か月、色々な事が起こった。ミストラルの侵攻、それにつぐフィリピス、そしてオーレグの戦。思い返せばそれらが全て昨日の出来事だったとさえ思える。そして、ホルズの死。ウィーカーのおかげで立ち直りつつあるが、それは未だに深く俺の心に根付いていた。
大門が開き、兵令所に入り少し歩くと任官室へと来た。正面には政務官のフォルド。皆が入室したのを見計らったフォルドは堅く閉じたその口を静かに開いた。
「皆、出頭ご苦労。さて、ここに皆を呼んだのは他でもない。君らはロゴウ将軍直属として先の二つの戦いで生き残った者らの中でも特に功績を挙げた者達だ。よって諸君等を昇進致す。では、まず・・・・・・」
そうしてフォルドは次々と名と位を読み上げる。何十人が呼んだ後、ようやく俺の伍へとまわってきた。
ワグナーは什長。モーラムは伍長。ウィーカーも伍長。
「次にライ、百将バラガン討ち取りの功により什長へと昇進いたす」
フォルドの言葉に少し驚いた。一兵卒から什長。二段階昇進となる。しかし俺は何とも形容しがたい複雑な気持ちとなった。
「・・・・・・、以上だ。皆、誠にご苦労だった。しっかりと今は休養してもらいたいのだが、情勢が情勢だけにすぐにも諸君らを動かすこととなるやもしれん。今この国は大変な危機に陥っている。是非とも諸君らには国の為に、今後とも頑張ってもらいたい。」
静かにフォルドは解散を告げる。皆が退出していく。そんな中、俺は一人立ち止まっていた。
「よう、ライ、凄えな!什長だなんてよ」
駆け寄ってきたウィーカーに、俺は一言、ああ、とだけ相づちをした。
夜もふけたころ、俺は兵舎から出た。ウィーカーに待ち人がいると告げられ、こんな時間に一体誰だと訝しみながらも渋々と承諾した。
辺りを見渡す。すると左前方に懐かしい顔ぶれが二つ。それを見て俺は目を丸くした。
「よう、ライ」
「久しぶりですね、先輩」
「サイに、・・・・・・エルス!?
サイはわかるがなんでエルスがここに?」
松明を持っているエルスはその言葉に少し笑みを見せた。
「実は情勢が情勢なだけに臨時徴集としてプロシードでは僕を含め十数名が昨日ここに派遣されたんですよ。
おそらくは僕と同期の他の施設出身の者も合わせて五百ほどロゴウ将軍の麾下に組み込まれると思いますよ」
「そうだったのか・・・・・・」
「ところで、俺達が揃ってお前の所に来たのはこれだけじゃ無いんだぜ」
ニヤニヤとしながら詰め寄るサイに、何だと、問いかける。
「正式発表は明日だが、実は俺とエルスはお前の什隊に入るらしい。まあ、今後ともよろしくな、ライ什長さん」
「なっ!?・・・・・・それ、本当か?」
「本当みたいですよ」
エルスのその言葉に俺は表情を緩めた。そしてようやく自分が什長になったのだという実感が湧いた。
「それにしても驚きましたよ。先輩が什長だなんて」
「しかも二か月でだしな」
「はははっ、そうだな。俺もびっくりだよ」
その後、俺とサイとエルスは施設での思い出、戦場での事、そしてまだ戦地にいるリーファイの事を話した。そして頃合いになると、エルスはどこかへ、サイは兵舎の自室へと戻った。
俺は一人、兵舎へは戻らず、壁へともたれていた。空は月が隠れ闇夜の中、ふぅー、と一つ深い息を吐く。
二人が自分の配下になる。
一瞬、ホルズがバラガンに肉塊にされた光景が脳裏に映った。
それに俺は拳を強く握り締める。そして次には目一杯壁を叩いた。木製の壁は、『ドゴン!!』と物々しい音をたてる。
「させねぇ、・・・・・・今度は絶対・・・・・・」
しばらくそのままでいると、雲から現れた月の光で俺はようやく自身の手から血がしたたるのを気付いた。