オーレグの死闘
将と将の一騎打ち
そして歩兵には歩兵の戦いがある
「大丈夫か、ウィーカー」
「ああ、なんとかな」
倒れているウィーカーの手をとり、ウィーカーを起きあがらせる。
陣形の変形中、敵の騎馬隊が俺達を襲った。
俺達は運良く避けられたものの、騎馬隊が通過した所には死傷者が数多く存在し、味方の侵攻が滞っていた。
「ライ、ウィーカー、そこにいたのか!!」
聞き慣れた野太い声と共にワグナー、ホルズ、モーラムが姿を現す。
「伍長!!無事だったんですね!!」
伍の全員が無事だとわかり、俺は安堵の息をもらす。
「一体どうなっているんですか、ワグナー伍長」
「わからん。だがひとまず待機だ。敵の騎馬隊は新たな通達が来るまで放っておけ!
とりあえず味方の包囲がか・・・・・・んっ?」
ワグナーの言葉の途中、左前方にて敵の包囲中だった味方の歩兵が突如吹き飛んだ。
「うわーー、何だ何だ?」
「いきなり柵が出てきた?」
歩兵の進行が止まる。前方には高さ二メートルあまりの柵が敵の三方に突然姿を現した。
「伍長、あれは一体?」
すると、敵が急に後方へと反転し、撤退を始めた。
「まずいぞ、あれはただの時間稼ぎだ。すぐに追わなければ」
「全軍に通達!!一から十八列までの歩兵隊は撤退する敵を追撃せよ。
残りは反転して内部に進入した敵を討て!!」
ワグナーの言葉と共に本陣からの早馬が来た。
「よし、俺達も行くぞ!
だが、まわり込んで追撃するには時間がかかりすぎる。
モーラム!柵を破るぞ!」
「まかせろ」
モーラムは人ほどの大きさの自慢の斧を取り出すと、目一杯二回振り下ろし柵に切れ目をつけた。
「今だ!ライ、ウィーカー、突っ込むぞ!!」
「はい!」 「へい!」
俺やワグナー、ウィーカーの体当たりに、『ドスン』と一つ大きな音を立て柵が倒れた。
「よし、俺に続けーー!!」
そして、ワグナーの甲高い叫びと共に、俺達は走り出した。
「カフカ、前線の指揮を任せる。敵はすぐにここまで来る。できるだけ前線の兵をこちらに呼び戻してくれ。
俺が敵をくい止める間に敵の退路断つ!」
ロゴウの言葉にカフカは頷くとすぐさま前線へと馬を走らせていった。
(敵の狙いはここの直接攻撃か!
だが、俺はそう簡単には討てんぞ、レイヤー!)
敵の姿が見えてきた。
先頭を走るは白銀の鎧を纏い、剣を片手に握りしめた男。おそらくはあれがレイヤーであろう。
ロゴウは愛用の薙刀を握りしめると、白銀の男、レイヤーに向かい馬を走らせた。
剣と薙刀、二つの刃が交わる。鈍い大きな金属音とともに両者の力のせめぎ合いが始まった。ロゴウが更なる力を込め、押し込もうとした途端、レイヤーの握る両手剣がロゴウの薙刀をいなし、その刃がロゴウの頭部へと襲いかかる。
ロゴウはそれに、崩れた体勢のまま薙刀の柄の部分を無理やり自分の前へと滑り込ませその一撃を受け止めた。そしてすぐさま薙刀を振り、レイヤーを遠ざける。
五、六歩後退したレイヤーは体勢を立て直したロゴウを見ると静かに笑い始める。
「ふふふ、私のこの一撃が受け止められたのは久しぶりですね。
やはりロゴウ将軍、あなたは私の期待を裏切らない人だ。なら、これならどうですか」
すると、レイヤーは剣を変幻自在に動かし、あらゆる方向から刃を繰り出す。
ロゴウはその攻撃に柄で受け止めるのがやっとであった。
(こいつ、強い・・・・・・。ボレアのような単純な力任せではなく、剛と柔を適度に使い分けている)
「馬上では長物が絶対に有利ではないのですよ。懐に入れば逆にリーチの長さが動きを鈍らせる」
レイヤーの刃がロゴウの頬をかすめた。
「あっはっはっは、動きが遅くなってますよ」
勢いにのったレイヤーは更なる連撃を繰り出す。しかし、剣の刃が柄に当たった瞬間、剣が弾かれ、薙刀の尾部がレイヤーの腹部を強打した。
「ごふっ・・・・・・」
「もらった!!」
腹を抱えたレイヤーにロゴウは薙刀を振り下ろす。すんでのところでそれを避けたレイヤーは馬を後退させた。
「さすがは、タラントでも名高いロゴウ将軍・・・・・・ごほっ、・・・・・・一筋縄ではいきませんね。
それにまさか十数度の打ち合いでここまで対応されるとは・・・・・・んっ?」
「ロゴウ将軍ーーー!!」
後方から歩兵の集団がこちらに向かってくるのを見ると、レイヤーは軽く舌打ちをした。
そして、ロゴウに笑いかけ、
「それでは、またの機会に」
と言い残すと、四面楚歌のこの包囲の中、手勢二千と共に左へと突撃し難なく包囲を破り撤退していった。
「将軍、ご無事で」
「ああ、大丈夫だ。追撃はせずともよい。どうせ止められはせんし、被害を増やすだけだ」
カフカの問いに少し表情を緩め、答える。
「それにしてもレイヤーは侮れん。策士なだけではなく、個の武も相当なものだ」
「それにしてもこの戦は一体何が目的だったのでしょうか」
「まだ何とも言えん・・・・・・将の俺を倒せなかったにも関わらずあの爽快な撤退ぶり、・・・・・・もしかしたら単に俺との一騎打ちをしたかっただけかもしれん」
ロゴウは先ほどの打ち合いを思い出し、かすかに表情を歪ませる。
「カフカ、残りの歩兵隊の追撃は中止だ。深追いする必要はない」
ロゴウはカフカを下がらせると、レイヤーの去った方向を静かに見つめた。
「のけえぇぇーーーー!!!」
ワグナーの叫びと共に敵が斬られる。
俺も近づいてきた敵を斬り裂いた。
反転して来た兵はおよそ三百。追撃軍本体は俺達左軍千を残して逃げた敵部隊の追撃へと向かった。
「ウィーカー後ろだ!」
ウィーカーに向かってきた敵に剣を突き刺す。わずかな悲鳴と共に敵はぐったりと倒れた。剣を抜きさると正面から槍を持った敵が向かってきた。俺は横にずれ、槍の刃をかわすと、一気に上から切り裂く。
すると切り裂いた敵の後ろからもう一人、剣を片手に現れた。
「しまっ・・・・・・」
斬られる、っと思った瞬間、敵が無言で倒れた。
「ライ、離れろ、敵の勢いが増してきた」
「よし、皆“あの”陣形だ、一つにまとまれ!!」
ホルズとワグナーの言葉に後ろへ下がるとワグナーを先頭に五角形の陣形へと形を変えた。この形は前衛、中衛、後衛のバランスが保たれており、また、背後を襲われる心配もなく野戦向きと言える陣形だ。
「後方はホルズ、ウィーカーが前方を支援。
前方はライ、モーラム、そして俺」
ホルズの弓とウィーカーの槍の支援も的確で俺は向かってくる敵を次々と斬り倒した。
もう十数人は斬っただろうか、そんな時前線で悲鳴が上がった。
「うわーーー!助けてくれーーーー!!!」
「ぎゃあぁぁぁーーー!!!」
味方の断末魔と共に二メートルはありそうな大男が『ドスドス』と足音をたててこちらへ近づいてきた。
「我こそはミストラルが百将、バラガン!!
すでに、タラントの百将を三人斬った。ほかに命の惜しくないものは俺の前に出てこい!!」
バラガンの怒声に周りの兵は皆、後尻去る。
すると、バラガンは自身と同じ大きさの巨大な斧を持ち上げると一振りで三人もの兵士を斬り飛ばした。
「ふん、雑魚どもが」
その後もバラガンは斧を振り回し、雑草を刈るが如く味方を虐殺していく。
「貴様ーーー、それ以上はやめろーー!!」
怒声とともにモーラムが愛用の斧を持ち、バラガンへと向かっていく。モーラムの耳元での怒声によって固まっていた俺もはっと正気に戻った。
モーラムの懇親の一撃。しかし、バラガンはそれを易々と受け止める。
「ほう、なかなかやる・・・・・・だがまだまだ甘い」
その言葉と共にモーラムの斧は弾き飛ばされ、斧の尾部でモーラムは打ち飛ばされる。
「いかん、皆いくぞ!!」
ワグナーを先頭に俺達はバラガンへと走った。
「雑魚が群れた所で!!」
バラガンの一振りをワグナーが受け止めるも、自身の斧が折れ、後方へと吹き飛ぶ。
「伍長ーー!!ぐえっ」
ウィーカーも斧の尾部で突かれ、倒れた。
圧倒的なバラガンの力を前に俺は足が動かなかった。一歩一歩近づいてくる。歯をカチカチとならし、足が震える。
「ライ、立ち止まるな!!死ぬぞ!!」
一瞬、誰の声か分からなかった。それは初めて聞くホルズの大声だった。その声が俺を正気にさせた。
(そうだ・・・・・・俺はこんなところで・・・・・・)
負けられない、その思いが再び俺を動かした。俺は剣を構えると、静かに戦闘態勢をとる。
「ふっふっふっ、立ち直ったか、だが、貴様のようなガキにやられる俺ではないわーー!!」
バラガンの一振りが地を震わせた。すんでのところで避けた俺は目一杯バラガンの腹を切り裂く。
「ぐぬっ」 「やった!」
しかし、バラガンは再び斧を持ち上げると、横へと振り抜いた。俺はとっさに剣で受け止めるもその衝撃に耐えきれず後ろへと飛ばされた。
「踏み込みが甘いわ、小僧。だが、惜しかったな」
「ぐっ・・・・・・はっ!」
気づくと倒れている俺の前にホルズが剣を片手に立っていた。
「ライ、逃げろ。このバケモンには勝てん。
ここは俺がくい・・・・・・」
『ズシャャーー』
不快感を誘う肉の裂ける音。そして血の噴水と共に、ホルズは二つへと別れ、肉塊となった。
「・・・・・・ホルズさん」
ホルズ“だった”ものはもはやピクリとも動かない。
「ふふ、なんともろい
残りは貴様のみだな」
ペロリと舌で返り血を舐めたバラガンはゆっくりと斧を振り上げる。目の前の戦友の死、そしてその仇がその死をあざ笑っているのを見て俺の中の何かが弾けた。
「貴様ーーーー!!!」
斧が振り下ろされた瞬間、俺は体を回転させそれを避けると目の前のバラガンの足を横に切り裂く。
「ぬおおぉー」
バランスを崩したバラガンがこちらへと倒れてくる。その光景が俺にはよりクリアに、そしてゆっくりと見えた。
そして次にはバラガンの無防備な首へと剣を突き刺した。
倒れる勢いも相重なり、バラガンの首には深々と剣が突き刺さった。
「ハァ、ハァ、ハァ、・・・・・・どうだ」
立ち上がるとバラガンの姿を確認する。すでに虫の息だった。
「ごふっ、・・・・・・ふっふっふっ、見事だ・・・・・・小僧・・・・・・ごふっ、・・・・・・だが所詮この俺も・・・・・・蜥蜴の・・・・・・しっ・・・ぽ・・・・・・お・・・れの死は・・・それ・・・・・・ほ・・・・・・」
そこでバラガンは息絶えた。俺はホルズへと目を移す。自分をかばったことで死なせてしまった。悔しさに涙を流す。
俺は改めて自分の無力さを痛感した。