施設での日常 (1)
施設での何気ない日常
ライにとっては唯一の安らぎ
そんな日常もだんだんと終わりが近づく
春が近づいてきた。
俺がプロシードに来て、一二年目の春。
今年で俺はここを卒業し、正規兵に登用される。
俺は一二年前、ファブル先生に拾われプロシードに入った。
ここ、ファブル・プロシードは一二年前に創設された施設であり、帝国との戦いで自国戦力の強化が必要と考えた国王が創設した訓練施設の一つである。
この施設は身よりのいない孤児などを集め、戦力になり得る兵士に育て上げることを目的とした施設で、10年近くの充実した訓練を経て生徒を一人前の兵士に育て上げる施設だ。
指導教官は10人近くおり、修業科目は剣術・槍術・弓・兵法学・道徳の五つである。
入ってすぐの五年間は基礎的なトレーニングを積み、その後の六年間は実戦的な訓練を受けた。
そして、11年の長い修業を経て、17歳となった俺は仕官を間近にに控えていた。
「テヤァァァーーー!!」
竹刀のぶつかり合う音がけたたましく辺りに響く。
午後の剣術は試合だった。
俺は次の相手となり得る者達の試合を見ていた。この試合の勝者が次の俺の相手となる。
幾分か時が経つと、攻めに耐えきれなくなった片方の男にもう片方の男が胴を決めた。
周囲から歓声が沸き上がる。
男はそれに拳を振り上げ勝利を高らかに宣言すると、次はお前だとばかりに俺を睨みつけてきた。
「次、ライ、前へ!!」
大きな声で指名してきたファブル先生に負けないくらい俺は大きな声を返すと、軽快に立ち上がり、フィールドの周りを囲む群集をかき分けて前に出た。
相手と向かい合い、一通りの作法を終える。
「始め!!」
先生による試合開始の号令が成される。
それと同時に相手が打ち込んできた。俺は動ぜずにしっかりとそれを受け止める。
『ガッ』と、竹刀のぶつかり合う音とともに『ギシリ』と木製の竹刀がきしむ。
一撃一撃が重い。しかし、その代わりに相手にいくつか隙がみられた。
俺は一度後ろに下がり、竹刀をまっすぐに構えた。
そして、相手が目一杯打ち込んできた次の瞬間、俺は相手の一撃を受け流し、そのまま一気に胴に一撃を放った。
「そこ!!」
『バチンッ』っと一つ竹刀の当たる大きな音が部屋に鳴り響いた。
数秒の後、相手が倒れ、前の試合よりも大きな歓声が沸き上がる。
「いやーー、お見事です」
小さな拍手とともに軽快な足取りで歩いてきたのはファブル先生だった。
もう51だというのに、先生は全く年を感じさせない動きをしている。
その元気は一体どこからきているかと少し心配になる。
「前よりも格段に強くなりましたね。
ここまで強くなってくれると、私も長年教えてきた甲斐があるというものです」
ファブル先生の言葉が、俺の胸に響く。俺は実戦修業が始まってから、強くなることを一心に思い、死に物狂いで特訓した。
そして、剣術だけはこの六年間、一度も首位を逃したことはなかった。
「もうそろそろ卒業ですし、わが施設の期待の星であるライ君には、ぜひ正規兵となってどんどん出世してもらいたいものです」
ファブル先生はいつもの決まり文句を言ってきた。
俺は総合成績では少し落ちるものの、剣術だけは絶対に首位を誰にも譲らなかった。それは、大将軍になるという強い決意と、この人に俺の実力を認められたい、と思ったからだ。
先生はいつも、ライ君の将来が楽しみです、と穏やかに言う。
そして、いつもそれを聞くと照れてしまう自分がいた。
俺にとってファブル先生は尊敬できる師であり、また父のような存在だった。俺の成長を温かい目で見守ってくれ、いつも夢を応援してくれた。
ファブル先生はもう二言ほどしゃべり終えた後、そろそろ、と言って審判を続けるためにフィールドに戻ろうとした。俺もそれについていき、次の試合の観察をすることにした。
剣術の修行を終えた後、俺は兵法学を学んだ。夕方にはそれも終わり、今日の修行は終了となった。自由時間になり、俺はいつものように疲れを癒すために「癒しの原っぱ」へと向かった。
「癒しの原っぱ」はプロシードから歩いて10分ほどのところにある。
そこには小高い丘があり、その上に大きな木があり周りは小さな木々に囲まれた場所だ。
ここは草も柔らかく、どこか神秘的な雰囲気がするため、睡眠をとる場所としてよく好んで自由時間にきている。
俺は大の字になって空を眺めた。赤い夕日が沈みかけていてひどく寂しい気持ちになる。
(あと一ヶ月でここも卒業か・・・・・・)
長かったようで短かった気がする。
俺が拾われたのがつい先日のように感じられる。
仕官することへの喜びは感じているが、ここを離れることに寂しさと言いようのない不安を感じている。十一年間ここで過ごしてきた。俺の人生の大半がここでの生活だった。
これからそれを捨て、この先に広がる大海原へと身を投げ出すことになる。
夕日が小さくなるにつれ、俺の心はどんどんと悲しみを増していった。
しばらくして、不意に大きな影が俺を覆っていた。
見上げると上には目つきの鋭い男が立っていた。
「リーファイ・・・・・・か」
そこには俺と同じ孤児で、一緒に拾われた親友のリーファイが立っていた。
リーファイは我がファブル・プロシードでの総合1位の天才。武術面での剣術、槍術、弓ではトップ手前で兵法学はダントツのトップといった、かなりのハイスペックを持つ男だった。寡黙な男で、愛想が無いため他人からは敬遠されがちだが、長い付き合いの俺にはこいつは人間関係を必要以上に築きたがらない男だというのを知っている。
常に自分の確固たる意志を持ち、相手の考えや言葉を鵜呑みにしない。
そして、自分が失敗した時の醜態をさらしたくない。
そういったプライド意識が人一倍強い男だった。
そのために自分を理解しうる人間を作りたがらず、必ず一定の距離を置きたがる。
俺はこいつをこう推測しているが実際はもっとこいつの表層心理は複雑なのかもしれない。
少し経って、リーファイはすっと俺の隣に座った。そして遠くをぼんやりと向きながら、
「ここを離れるのが不安か?」
と、ぶしつけに尋ねてきた。
不思議だ。俺はいつもこいつを頭では食えない奴と評しながらも一緒にいるととても満ち足りた気分になる。
リーファイもそれは同じようで顔をくるりと向け、すがすがしい微笑をむけてきた。
「ああ」
だからいつも素直に答えてしまう。
「お前がそう考えるのもわからなくはない。
悩むときは悩んでいたほうがいい。
卒業までに答えを見つければいいんだ」
「そう・・・・・・だな」
なぜか自分の考えがすべて読まれたのに悪い気がしなかった。むしろ気持ちが楽になった。誰かに理解されるのを心の底では待っていたのかもしれない。
「ライ!!リーファイ!!」
そんなとき下から俺たちを呼ぶ声がした。
下を見るとサイとエルスが丘に登ってきた。
サイは俺と同学年で俺とリーファイと同時期に拾われた男で、髪を七三に分け、ぱっちりとした目が特徴的な外見をしている。
明るい性格をしているが、思ったことをすぐ口にだしてしまうきらいがあった。
「暗いやつらが二人して夕方に原っぱで語り合うなんざ気色悪いな」
「悪いかよ」サイはおどけた口調で言ってきた。
俺はすかさず反論を言う。
サイとは冗談を言い合う仲で俺の数少ない友人の一人だった。
そんなサイをみて、リーファイは呆れた口調で
「おまえは・・・・・・、何も考えなさそうだな」
と、やれやれといった口調で呟く。
「なんだ、リーファイ。何かはわからんが随分失礼だな」
「いや、ただもう少し繊細なやつだったらなと思ってな」
「何だと、この根暗男!」
リーファイとサイはよく口論を言い合う仲だ。傍目から見ると、かなりいがみ合っているようだが二人はこのやりとりをとても楽しんでいる。現にリーファイはさっきよりも随分変化に富んだ明るい顔をしている。
「また、始まりましたね」
ボソッ、とエルスは俺に囁いてきた。
エルスは俺の一つ下の後輩であり、とても明るい性格をした男である。
しかし、なかなかしたたかな部分があり、場の雰囲気を読み自分をいいポジションへと置くことでうまく立ち回っている。
今日も二人の邪魔をしないようにと俺と同じく傍観の立場に回っている。この行動は適切で、あの二人の口論はなかなか決着がつかず、第三者を巻き込む傾向があった。
「今日も遅くなりそうだな」
「そうですね」
プロシードは自由時間は3時間と定められている。
前日と同じく、今日も門限には間に合いそうもなかった。
(まあ、・・・・・・いいかもな)
成績はすでに付け終えているのでもう下がることはない。少ししてエルスが帰った後、俺も口論に加わり、三人で一緒に日が沈むまで語り合った。
(卒業したらおそらくは二人とは別々の部隊に配属されるかもしれない・・・・・・)
帰る途中、ふと思った。
帰り道は少し雲がかかった満月が照らしてくれ、難なく進むことができた。
エルスやファブル先生と会うこともないだろう。しかし、最後に楽しい思いでがなかったら絶対に後悔する。
そんな気がした。
(最後まではここでの生活を楽しむとするか)
そう思い、足を進める。
今日の足取りはいつもよりも軽快な気がした。
満月はすでに雲がなく、俺達は無事プロシードへと帰ることができた。