対峙
オーレグ地方には、オーレグ平原と呼ばれる広い平原が存在する。
この地は辺り一面の草々が動物の餌に最適で移牧の要所となっている。
また、夕日に映える黄金の草々はタラントの絶景の地としても認知されており、タラント国内では有名な地である。
そんなオーレグ平原に、数万を超える大軍と数千の軍勢が互いに睨みをきかせて、今にも開戦しようとしていた。
(ここは足場がいいな、前の時とは大違いだ)
配置につき終え、突撃の合図が来るのを待つ途中、俺は足を踏みしめる感触がごつごつした石や砂の混じったフィリピスの地と違うのに気づいた。
短草を踏む感触が心地良く、走りやすそうに感じる。前方には敵が見える。
敵の数はおよそ五千余り。
こちらは一万二千であるから数の差は倍以上。
フィリピスの時とは逆の状況となった。
こちらの陣構えは鶴翼といい、交戦時に鳥の翼が折り曲がるように陣形が変形することによって、多勢をもって少数の敵を包囲、殲滅するのに最適な陣構えだということだ。
俺の伍は翼を折り曲げる関節となる部分に配置された。
「もうそろそろだな」
「ああ!!」
隣りのウィーカーの微笑みに微笑み返す。
殺伐とした空気の中、一瞬、風が強く吹いた。
そして次の瞬間、ロゴウの号令と共に俺たちは走り出した。
敵の陣形が整ったのを確認すると、レイヤーは不適な笑みを浮かべた。
(予想通りの陣構えですね)
レイヤーは兵に正方形の形をした方陣と呼ばれる陣形を構えさせると、東西南北の各方面を担当する副将を呼びつける。
「昨晩お話した通り、敵が翼を折り曲げる瞬間、陣形が乱れる関節部の左側に私が率いる精兵二千の騎馬隊が突撃します。
その瞬間、敵全体もわずかに乱れ、攻撃が緩まります。
そして、私達二千が去った後、あなた達は昨日仕掛けたトラップを仕掛けてください。
さすればうまく後退できるでしょう」
その言葉に各人が頷く。
「よし、それでは各人持ち場につきなさい!!」
「「「「おう!!」」」」
副将達が配置についたレイヤーは静かにその時を待った。
半時が経過すると、敵歩兵の突撃が始まり、敵がなだれ込む。
そして、次には敵が大きく陣を変えた。
「今だ、突撃ーー!!」
レイヤーを先頭に、二万から選び抜かれた二千の精兵が左前方へとなだれ込む。
タラントの一兵卒らにこれをくい止められるわけもなく、まるで無人の野を駆るが如くレイヤーは前えと進む。
(ロゴウ、もうすぐ御対面ですね)
レイヤーの突撃により戦場は混戦となった。
オーレグ平原には所々に高地が存在する。高地の斜面は緩やかなものもあれば急なものもあり、また、その高さも様々であった。
激戦を繰り広げているオーレグ平原から遠く離れた所にオーレグタワーと呼ばれる平原に存在する数々の高地の中でも最大級の高地がある。
そのオーレグタワーにて、一人の女がタラント、ミストラルの戦場を観察していた。
その女はセミロングの金色の髪を風にたなびかせながら、タラントとミストラルの二つの動向を注意深く見つめていた。
風が変わるのを感じた瞬間、女は誰かが近づいてきたのに気づき、後ろを振り向いた。
近づいてきた者の姿を見ると、女は静かに微笑みを浮かべた。
「姫様、御命令通り辺りを探りましたが、タラント・ミストラルの兵と思われる者は潜んでおりません」
「ご苦労、それとギュス、何度も言うが姫様はやめろ。
私をそのように呼ぶ必要はない」
「いえ、自分にとっては姫様は姫様であります」
ギュスと呼ばれた者は全身を鎧で覆っており、頭部にも目が見えるだけの線上の隙間があるヘルメットをかぶっている。
女はその者に戦場の方へと向くように指を指す。
「この戦い、現役の軍人、ギュスター将軍としてはどう見る?」
鎧の者、ギュスターはその言葉に戦場をしばらく眺めた。
「・・・・・・そう、ですね。今は突撃しているミストラルが有利ですね。
あの勢いだと、タラントの本陣にいるロゴウ将軍にまで届くでしょう」
「そうだな」
「ですが、あのままですと残してきた部隊が全滅します。
・・・・・・何か考えがあってのことでしょうが」
その言葉に女は口角を上げ、楽しそうにしている。
「他に言えるとしたら、この戦は短期間で終わるということだけですね。
本体は籠城するようですし、補給の面からも多く見積もって数日の戦でしょう」
「・・・・・・それなら、この戦が終わったら一度ヴァンデミオン様に報告するか」
女はそう言い終えるとギュスターに辺りを警戒するように言い、静かに戦場を見つめた。