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戦後

戦いは終わった。

しかしそれは、新たなる戦いの始まりだった。

鼻をさすような死臭が辺りを漂っていた。俺は鼻が曲がりそうになるのを懸命にこらえながら陣幕を片づけていた。


戦争が終わって三日目。負傷した腹の痛みはまだ引かないが人手不足のため、休む暇などない。むしろ、簡単な仕事に移されただけでも有り難く思わなければならない。




決戦時、救援に来た味方の軍勢はカドニアス地方防衛を任されたホフマン将軍の軍であった。


ホフマン将軍はいち早く敵の軍を打ち破り、交戦中のこちらへと向かって来たのだ。そして敵を打ち破ることに成功した今、俺達は残るオーレグ地方の救援へと向かうための準備を行っていた。


幕を下ろしている途中、味方の死体を運んでいる兵士が誤って死体を落とす姿が見えた。死体は俺と同世代ほどの若い男だった。それを見て心が重くなる。





この戦で亡くなった味方の数は全体の半数を越える。この軍に所属する同期のプロシード出身の者はほとんどが死に絶えた。現在生き残っているのは六十名のうち、わずか十数名とのこと。



横から誰かがこちらに向かって走って来る。赤髪からとっさにウィーカーかと思ったが、向かって来たのはサイだった。



「ライ、ライだよな?良かった、生きてたんだな」



サイは俺の肩に手を置くとポロポロと涙を流し始めた。



「お前、中央に移されただろ、あそこは戦死者多いから、俺、心配してたんだ」



久しぶりにあったサイは別れた時よりも少し大きくなった気がした。



「サイ、お前こそよく生きてたな!どこにいたんだ?」



「俺、最後まで後方にいたんだ。だから、敵とは最後交戦してなくてさ、ずっと、ずっとお前や他のやつらが心配だった」


「そうか、でもサイは運が良かったな」



サイが涙で濡れた顔を緩める。そして俺たちは再び施設の時のように他愛のない話をしあった。










(あと少しだな・・・・・・)



走らせていた馬を鎮め、兵たちに徐行をするように言い放つ。長い山間を越えるとともに、ヴィルドはオーレグ地方へと足を運んだ。


(振り返ればここまで長かった)



先の戦を思い返すと、ヴィルドは悲しみを感ぜずにはいられなかった。



新手の敵による奇襲を受けたあの時、本陣の指揮を務めていたヴィルドは本陣の守りを固め、前線の勝利の報が来るまでじっと耐え忍んでいた。


しかし、来たのはボレア将軍の討ち死にの報と前線の兵の総崩れといった凶報ばかりで、あと数分たらずで敵に挟み撃ちにあうのは明白であった。


そのため、ヴィルドは急いで兵をまとめあげ、強行突破による撤退を試みた。撤退は成功したものの、敵による追撃の被害で初めは二万だったこの部隊も今や四千余りにまで減っていた。


そのため、ヴィルドはひとまずオーレグにて現在も敵と交戦中のレイヤー将軍の兵二万と合流することにした。そうして三日の行軍の後、ようやくヴィルドはオーレグの地へとたどり着いた。




合戦地が近いというのにあたりは静まりかえっており、ゆっくりと歩く馬の蹄の音だけが耳に届くのを多少訝しみながらも再び先の合戦のことを考えた。



先の戦、兵力では圧倒的に勝っていた。たとえ、敵にとって有利な地形であっても十分に勝てる戦だった。戦の勝敗を分けたのは指揮官の技量であったのは疑う余地もない。



ボレアは個人の武力のみであれば一級の武将であったが、指揮能力は凡庸そのものであり、大軍を纏める能力に欠けていた。

対して、ロゴウは知勇に優れており、ボレアよりも戦闘経験が豊富であった。


また、ボレアが自身の力に過信していたこともあり、将であるにも関わらずロゴウと打ち合いをし、結果負けたことも敗因の一つである。ボレアが討ち取られた瞬間、味方の士気は急激に下がり、前線は敵に飲み込まれた。



もし、ボレアがもう少し部隊を纏める力があれば、あるいはもう少し先の戦で謙虚であったならば負けはしなかった。それを思うと、ヴィルドはやるせない気持ちを抑えられなかった。





(確か、この辺りでは・・・・・・)





報告で知った合戦地についたが、辺りには何もない。前方に小高い丘が見えた。ヴィルドは目の前にある丘を登り、下を見下ろす。





「・・・・・・!!」





その光景を見た途端、ヴィルドの体が固まった。


丘の下には万を超える無惨な死体によって地が埋め尽くされている。

そして、その死体のほとんどが敵兵だった。

遠くに味方の軍勢と思われる軍の陣が見えた。




(まさか、こんなことが・・・・・・)




ヴィルドには前方の軍が味方であるにも関わらず、ひどく恐ろしいものに思えた。









「お初にお目にかかります。ボレア将軍が副将、ヴィルドであります。我が軍は敵将ロゴウにより、主将、ボレア将軍は討ち死にし、壊滅状態に陥りました。ですので助けを求め、ここまで参りました」



陣の中央に座った第三軍を仕切るレイヤー将軍は、歳は三十の中頃、わずかに生えた口ひげと彫りの深い目が特徴的な端正な顔立ちの男だった。



(この男がレイヤー将軍・・・・・・。


パーミム城奪取第一の功と称された男か。

先程の敵の死体といい、随分な策士のようだな。しかし、なすすべもなくこの男に頼るしかないとは、ひどく惨めなものだな)



ヴィルドは悔しさに手を震わせた。その様子を見て、レイヤーはヴィルドに近づくと肩に優しく手をのせた。



「立ち上がって下さい、ヴィルド副将。私はあなたが来てくださって助かりました。これで今後の戦も楽になる」




「・・・・・・すみません、レイヤー将軍。ひとまずここでの状況を説明してもらえませんか」



「そうですね。私はパーミム城での戦いの後、一週間ほど前にこの地につき、敵将ボイズンと交戦しました。そして、つい先日、敵将ボイズンを討つことができました」



「・・・・・・味方の被害がほとんど出てないようですが」



「ここは高配のある丘が多く、策を弄すにはうってつけの場所です。敵将、ボイズンは勇猛な将軍でしたがそれゆえ時々周りを見失うきらいがあった。少しずつ分断し、各個撃破を繰り返しました。」




「・・・・・・それで三万もの兵を全滅させたのですか」「それだけではないですが、他はまた次の機会に順をおって説明しましょう」



レイヤーの言葉にヴィルドは驚きを隠しきれなかった。簡単に言っているが、三万もの軍勢をほとんど犠牲もなしに壊滅させるなどとは聞いたこともない。



「それで、これからどうするおてもりですか。このままですと、敵が来ますが」



「ひとまず、この地を捨て、パーミム城へと撤退します」



「なぜこの地を捨てるのです」


「味方の侵攻軍が二つも壊滅した以上、ここの占拠は戦略上なんら意味を成さない。

元々我々の第一目標はミストクラウンがミリタリアを滅ぼすまで時を稼ぐこと。一度、パーミムに戻り、籠城したほうが得策ではないですか?」



「・・・・・・ですが、侵略的目的も多分にあったはず。ならば策を弄しやすいこの地で敵に待ちかまえる方が良いのでは」



「・・・・・・仮に撃てたとしてもその後の侵攻は不可能です。それにこの地に向かうロゴウ、ホフマンはいずれも名のしれた猛将。第一目標の達成を優先したいのですが」



「わかりました。レイヤー将軍の通りにします」


そこまで聞くとヴィルドは素直に引き下がった。自分は副将であり、レイヤーに逆らえないということもあったがヴィルド自身、レイヤーの言葉が正論であることに気づいたのである。そのことにヴィルドは内心舌をまいた。



「ところで、ヴィルド副将には将軍として麾下四千に加え、我が軍二万のうち一万二千の指揮をとり、これからパーミム城へと向かってもらいたいのですが」



その言葉にヴィルドは自分の耳を疑った。



「どういうことですか、レイヤー将軍」



「いえ、私は一度この地方に留まり、ロゴウ将軍と一戦交えたくなっただけです。終わり次第すぐそちらへと向かいます」


その時のレイヤーは容姿とは不釣り合いのひどく不気味な顔をしていた。あまりの異常さにヴィルドは反対の言葉すら出なかった。



「・・・・・・わかりました。そちらも早めに済ませてください」


ヴィルドは断ることができず、渋々と承諾した。

その言葉に満足したのかレイヤーの顔が少し緩む。



(この男、・・・・・・一体何者なんだ)



後ろを向いたレイヤーを見つめ、ヴィルドはレイヤーに対し、危惧の念を抱いた。

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