82話 世界の構築
火星突入から2日後、迎賓殿の大広間に特設した会議場には、中心にある木目の美しい円卓に1人の王と14人の騎士が居並ぶ。その周りを総勢70名ほど、主要国の首長、大臣、各庁の長官、経済人が取り囲む大会議だ。咳き込むことすら許されないような物々しい雰囲気は、重くのしかかるように出席者の肩を下げさせた。
「よって以後、火星とは相互不可接触条約を締結します」
「カケル殿! パレスティカの、400万の民の苦痛をどうされるおつもりですか!?」
そう、この補償の件が残っていたのだ。カケルの言葉に、ヘブライ首長のムーゼスが食って掛かる。900万人の国民のうち、約半数を失うという途方もない損失を出した火星からの攻撃に対する補償は、これで消えてなくなるかもしれないのだから、声を荒げるのも無理はなかった。誰もがムーゼス首長に同情し、声を出せずにいた。
「その件について自分も深く考えた結果、ヤマタイ国が補償することにしました」
固く拳を握り締めて目を血走らせたムーゼス首長を、諭すように柔らかい口調でカケルが返答する。ことを荒げるつもりなど毛頭なく、まるで親族に対するかのような優しい顔が、その場の空気を和らげていく。そういった結論をカケルが出すとは誰も考えていなかったのか、どよめきが会議場に響き渡る。
「400兆ムーをどのように捻出されるのですか!?」
「ムーゼス殿。さすがに、現金で用意することは不可能です。ですから、ヘブライの民は子々孫々市民税を無税という補償の形を取りたいと思います。累積400兆ムーに到達するまでです。ただし、亡くなられた方の3親等以内の方へは一律2000万ムーを10年以内に支払います」
「ほう! それはまた、ずいぶんと現実的な……」
「この戦災を生み出した二人の男、ウイングとオロチはともに罰を受け、死亡しています。永い時間、苦痛の世界に2人の魂が囚われていきます」
「確かにそうです。民からの報復は既に成立していると考えても良いでしょう……」
「それに、早急に累積額を上げて無税状態を解除するには、ヘブライの民が繁栄すれば良いのです。つまりヤマタイは、責任をもってヘブライの民の再繁栄を進めます。精神的にも、物理的にも」
「おお、おおお……」
「この件は、これでいかがでしょうかムーゼス殿」
「文句など言いようもありません。ありがとうございます!」
慈悲深いカケルの案に、ムーゼスは拳を収めていく。その様子に、安堵の溜息があちこちから漏れる。これでヘブライは救われるのだ。
「しかし問題は、星系移動希望を表明した市民率です。シスカ殿、現在どうなっていますか?」
「ヤマタイが84%、ヘブライが81%。ここまでは良いのですが、メクスが22%、残りは軒並み10%台です。これでは5億人が地球に残ってしまいます」
「何故そのようなことになるのか、分析はできていますか?」
「故郷から離れたくないという者が最も多く、カケル殿が現れたから安心しているという意見、それから新しい星系への移動に不安を感じているという意見があります」
自分の生まれた土地からは離れたくないという気持ちは、誰しもが持つだろう。それでも、大いなる災いによってその土地が永久に失われる可能性もあるのだ。ヤマタイは4億人が既に移住経験済みなので、地球への未練は少ないかもしれない。
「分かりました。それでは取り急ぎ、希望する者から入植できるよう、ヴェガル側の大陸で大規模な魔獣征伐を行ないましょう。希望者の増加政策は、各国とも本腰を入れ始めてください」
たとえ移住が進まなかったとしても、ヴェガルに10億人分の居住できる空間は確保しておかなければならない。最後の1ヶ月で5億人が一度に移住を希望するような事態が起きる可能性だってあるのだ。
もちろん、移住しなくても地球で生き残れる可能性もある。だが、闇黒神がどのようなことを仕掛けてくるかによっては、生物群もろとも地球上を一掃されてしまうこともある。その危険性は各国の首長とともに、住民へ熱心に説明していかねばならないだろう。
「大いなる災いは、どのようなものになるかは浮動していたということです。闇黒神の間接的影響は排除できましたが、直接的なものが残ってしまいます。どのような事態が考えられるか、これから考えて行きましょう」
「カケル殿! その予測活動はこちらで行いまつ!」
「サユリ=ヤワタ緊急対策副大臣。それでは早急に各国の神官を招聘して、過去の闇黒神の活動履歴を洗ってください。おそらく過去にも何かが起きていて、各地で民間伝承になっているでしょうから」
何千年経とうとも、大きな天変地異の記憶は伝承という形で受け継がれる。それは神話のような形になったりして、長い年代を超えて伝わるのだ。それらをかき集めれば何が起きるかが分かってくるはず。
「せっかくですから解析庁を設立しましょう。サユリ=ヤワタ副大臣が、その解析庁の長官ということではいかがでしょうか」
「えっ……。私がでつかー!?」
サノクラ大臣が、よくできた部下をひとり立ちさせる案を突然ぶち上げた。ダイムー大陸からヤマタイ諸島へ4億人が移住することに成功したのは、サノクラ大臣だけでなく優秀なサユリ副大臣がいたからなのだろう。
「異議なし!」
「それでいきましょう!」
「問題ありません!」
イーノルス神官主まで喜んでその案に賛意を唱えている。各国の神官を取りまとめるという難しい作業は、緊急対策省でサユリ副大臣が発揮していたような調整能力が必要なのだ。イーノルス神官主本人でも難しいと踏んだのだろう。
「ではお願いできますか、サユリ長官」
「はいっ! 精一杯頑張りまつ!」
「残された時間は1年と11ヶ月。それまでに可能な限り多くの人をヴェガルへ移住させましょう!」
カケルの最後の呼びかけに、大広間は熱意を帯びていた。
「さーて、今日からじっくりと魔獣狩りをしなけりゃならんべ」
クマソは大薙刀の柄を地面に差し込んで固定した後、大薙刀から手を離し指を組んで頭上へ上げ、大きく伸びをした。
太陽騎士団の15人と、火星突入に協力した約90人の騎士たちが惑星ヴェガルに降り立つ。これから、世界を作るという作業が待っているのだ。
「各国を飛び回って移住の説明もしなきゃならないしねー!」
「そうだなユリカ。とりあえずこの、ヴェガル側の拠点を広げよう。移住はすぐにでも開始できる体制を考えておかなければ。俺は魔獣狩りと各国回りを交互にやることにする」
「じゃあ今日のところは、簡易的な市街地作成ね? 私たちがこっち側で生活できるようにしておかないとねー」
「街を作ったら、その周りに魔獣を防ぐ障壁も作っておかないとな」
見渡す限り、森が広がっている。ミューが測量を続けた結果、拠点を作った大陸には平地が多いことが分かっていた。一部、大規模な火山口のようなものがあったが、その火山活動は数億年前に停止しているようで、この大陸は安定地塊だと判断できた。
火山口はクマソがアソノウチと名づけていたが、そこは広々としていてなかなかに人が住みやすい街が作れそうだったが、外輪山があるために閉鎖的なものになってしまう。そういう面では湖の多い北方が、主要都市を作成するのにはちょうどよかった。この北方湖地帯は、クマソがトレノの名を使ってトレノールという地名をつけた。
東部には丘陵地帯が広がっており、ここも川が多く、水が豊富だ。都市を作り上げるにはやはり、水のあるところでなければならない。クマソはこの丘陵地帯に、やはり、ユリカから取った形でユリカルと名づけていた。
その命名感覚は皆が賛同しており、地名はクマソに全部任せてしまえばいいということになった。主な都市は水の豊富なトレノール、ユリカル、アソノウチの三箇所に絞る。それぞれ、3億、2億、1億の人間が住める都市を作り上げる。だがそれも一旦作るだけで、人々は長い年月をかけて次第に分散していくはずだ。魔獣をしっかりと狩りつくせば、新しい都市を後世の民が作り上げていくだろう。
あとは細かく都市を作っていけば、10億人を収容できるはずだ。
「でも問題が」
アイカルが眉を潜めながら言う。
「次元扉が閉じると、加護が使えなくなるのよ。ヴェガルに存在する虹色水晶と黒水晶を見つけないと、こちらでの生活に問題がでてくるのよね」
「そうだな、それも課題だ」
10億人が生活できるというのは、加護があるというのが前提条件だ。作物は水の加護で生育させなければ、結実までに時間がかかりすぎる。人口を維持するには加護が絶対に必要だった。
次元扉を閉じると何故、加護が使えなくなるのか。それはヴェガルと地球の距離が関係していると思われた。地球側の太陽は、ヴェガルの領域まで加護を分け与えないのだ。次元扉があれば空間的につながるために加護は使えるのだが、閉じてしまえばそれが届かなくなるということだ。
この広い惑星のどこに虹色水晶と黒水晶があるのか、それは一切不明だが、ある程度のあたりはつけられる。遺跡があるところをくまなく探せば、12000年前の民が使っていたものがあるかもしれないからだ。そして、彼らが何故文明を失ったのかも判明するかもしれない。それに、運が良ければ、生き残っている人々と出会える可能性もある。
「騎士の皆さん! 魔獣狩りと水晶探しを、並行してやっていかなければなりませんが、どうぞよろしくお願いします!」
おう、と大きな声を張り上げた騎士たちは、ユリカの作った気圧調整用障壁を飛び越えるための次元扉を、次々とくぐって行った。
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黎明編と異世編をつなぐ、第四章開始です(`・ω・´)