80話 最後の要素
ばさり、ばさりとと大きな音を立てながら黒色の鱗に包まれた巨体がすぐ側までやってくる。強靭な4本の足には光沢のある爪が、背にした擬似太陽の光を反射する。まともな攻撃では敵わないと直感できるのは、その巨体を雷光が包んでいたからだ。おそらくあちらがその気ならば、俺たちはすぐに全滅する。だから別に、俺たちに攻撃をするのはいつでもいいのだという余裕がそこにはあった。
何か奇妙な感覚が俺たちを支配していた。このまま放っておいても何かが進みそうな、何をしてもそれに沿って進まざるを得ないような、そういう感覚だった。あの八首の龍に攻撃を仕掛けなければならない。そして力尽きてここで全滅するというのが俺たちに課せられたものだった。
だがそれはオロチの考え出した破滅的未来でしかなく、その未来に抗って別の行動をすればその結末とは別の未来が待っているはずだ。
「全員、攻撃はせず後方で待機! 俺の後ろに移動するんだ! それも、少し離れていてくれ!」
「どういうことだべカケル!?」
俺の指示に驚いたクマソが、目を見開いて「正気か」とでも言いたげな顔をする。もちろん正気だ。
「大丈夫だ! 戦闘開始になるときはきちんと声をかける! 一旦待機だ!」
そこにいた全ての騎士が、頭の中に因果律への反抗という文字が浮かび始めたようで、俺の指示どおりに陣形を崩していく。その瞬間、攻撃をしなければならないという感覚はふっと消え、オロチが狼狽している感覚に上書きされた。その直後、オロチは建物の上へ着地し、こちらの様子を窺っている。俺のいる建物の屋上から100メートルほど離れているだろうか。
「皇帝オロチよ! ダイムー正当継承者のカケル=ヤマトだ! 外交をしに来たぞ! 出迎えを感謝する!」
「外交!? カケル、何か考えがあるの?」
すぐ後ろでユリカが、俺の言葉に対する驚きを口に出す。それはそうだ、大量破壊兵器の無力化をしにきたのに、俺が外交をしようと言い出したのだから。
「すべて、反対を行く。ちょっと見ていてくれ。それと体の中の感覚も。どうやらオロチは自分が因果律接続者だと気づいていないかもしれない」
「う、うん分かったよ」
「ほら、向こうも訳が分からなくなって魔獣化を解いて行くぞ」
「…なんだか攻撃しようとしていたのが馬鹿らしくなってきた」
「あっちもそうなんだろう。呆れてるんじゃないか」
オロチは意図せずに魔獣化してしまったエスタとは違い、研究の末に調整された魔獣化を行っているためか、簡単に人の姿へ戻れるようだ。人の姿に戻ったオロチの側には、どこかから付き人がやってきて控えている。どうやらあちら側の隠密のようだ。その隠密は親指を立てて彼らの後方へ来るように促す仕草をしている。
「どうやらあっちで話をしようということのようだな」
「罠…という感覚はしないね」
「そんな準備、向こうにもできていないんだろう。みんな! 陣形を保ったまま俺の後ろについてきてくれ! 会談を開始する!」
ずいぶんとよぼよぼだ、というのがオロチの第一印象だ。身に纏う衣服は随分と立派だが、徳の無い人間にありがちな、他人は信じられないものだと強く思い込んでいる目をしていた。要するに疑いの目をこちらに向けている。そのせいか、因果律はまだ定まっていない。
誘導されてやってきたのは広場のようなところで、すぐそばには地上にあったものより大きな城があった。おそらくこちらを皇城として使用しているのだろう。
「やあオロチ殿、初めまして」
「…うむ。それにしても少々派手な登場の仕方ではないかな、カケル殿」
「魔龍が暴れていたのでね。アレが地上部にあった城へ特攻したようで、大穴を開けていたようだが」
「なるほど、それで理解した。地上部には強い結界を張っていたつもりだったが、魔龍はそれにぶつかって消滅したのかもしれぬ。攻撃をされているかと思って迎撃に出てしまったぞ」
「ずいぶんと深い穴ができていたので降りてみただけだ。それで今日は話し合いをしにきた」
「ほう。大人数で物騒なことだ。で、どのようなことで?」
「あの擬似太陽は大量破壊兵器だな」
「…まあ、そういうことにも転用は可能だ」
「それでお互い腹を割って話し合おうかと。まずこちらはあの兵器を使って欲しくないというのが本音だが、最終的には…」
「ハッハッハ、そのような戯言は承諾せぬぞ」
「いや、最終的には別にいくらでもぶっ放してもらって構わんが」
「…は?」
「好きなだけぶっ放してくれていいんだけど」
「何を企んでいる?」
「そちらこそ、地球を攻撃できる状態を保って何を考えている? そんなことをしたら報復でグレイ皇国の全域を消滅させるような地球側からの攻撃を招くだけでは」
「なっ!? そ、それは…」
「別に脅しなどというようなことではなく、当たり前の帰結として起き得ること。俺が一切預かり知らぬところで、勝手に起きるだろう?」
「……確かに」
「こちらは10億人、そちらは200万人足らず。どちらが最後まで残るだろうね。だから別に、ぶっ放してもらっても構わないんだよ。市民がいなくなったら国としても意味が無いだろう」
「むう…」
「それで、ヘブライからは400兆ムーの請求先がグレイ皇国に変わってるけど」
「そんな大金払えるわけがない」
「…ということで、交渉。あの大量破壊兵器の銃身をだね」
「壊せというのか。そんなもの、いくらでも作れるが?」
「いいや、あの銃身の擬似太陽側の根元に、俺が長期間持続する時空加護を開いておくから二度と銃身が作れなくなる。それでヘブライが請求を取り下げるようにダイムーが取り計らう」
「結局無力化しようということではないか。いやだと言ったら?」
「地球からここへ向けて、ここの大量破壊兵器の100倍の強さの光が発射されないとも限らないよね。オロチ殿は死なないかもしれないけど市民は絶望だよね。そもそも、そんな強い力を持って何をするつもりだったの?」
「はっ!? …何をするつもりだったか!?」
「もしかして、何も考えてなかったのかな?」
「……」
「別にもうさ、地球は火星とは関わらないから。適当にやっててよ」
「…ワシは戦いたかった」
「それは国として? 個人として?」
「…分からぬ。だが個人としてワシは、カケル殿と…戦うつもりでいた」
「戦って勝ちたいの?」
「…そうだ」
「勝ったらどうなるの?」
「さあ?」
「いいよ別に戦っても」
「なぬっ!?」
「多分死ぬよ、そちらが。老い先短いのにさらに短くしてどうするの?」
「そんなことはあるまい!?」
「そちらの持ってる加護技術水準はこちらにもある。正直、それ以上のものがある」
「…信用できんな」
「じゃあ、やって見せよう。それが本物だったら、あの擬似太陽から伸びる銃身は使えなくさせてもらうし、以後地球は一切火星と関わらない。それでいい?」
「ハッハッハ、できるものならやってみよ」
「じゃあちょっと時間をもらえる? 1時間ほどしたらまたここに来てくれるかな」
「いいだろう。では1時間後に」
俺のやり方に反論も無かったオロチは、すごすごと城へ引き上げて行く。あっという間に交渉をまとめた俺が後ろを振り返ると、屈強の騎士たちは全員とも口を開けていた。アハハ、完全に因果律を断ち切ったな。
「カケル、あんたすごいねぇ」
「そうかエイル? なんか逆へ逆へと進んだら、予想以上の所へ着地しただけだ」
「思いつきもしなかったよ。脅迫するなんてさぁ」
「脅迫じゃなくて、オロチの考え及ばないところを導き出すことでオロチが因果律に接続するのをぶった切ったんだよ。やっぱりあいつ分かってなかっただろ」
「た、確かに…」
「さてそれじゃあ、1時間したら高次加護を披露しないといけないんだけどさ。理論を組み立てようか」
「え!? カケルの中ではできあがってるんじゃないのかい!?」
「あと一つだけ分からないものがあるんだよ。それが無いと無理」
「はああ、よくあそこまで言い切ったわねえ」
エイルキニスはその場で力なく崩れ落ちた。それに釣られて全員とも膝が折れる。
「じゃあ、考えをまとめようか。」
俺たちの次元は、1・空間線次元、2・空間面次元、3・空間立体次元、4・時間線次元の合計4次元で構成されている。だがそれは4次元である肉体が感じるものでしかない虚像で、俺たちはただそう感じているだけの世界なのだ。その上の次元について考案しなければならない。
「重力波はもともと、5次元以上の次元に作用するもの。加護子も同様。推定5次元目の時間面次元が平行世界を生み出すもので、トレノの霧の加護はここに作用している」
「うん、そうだねカケル」
草地に座りながらエイルキニスが微笑みながら頷く。元々華之団で参謀を務めていたくらいだから、頭の回転がおそらくこの中でも一番いい。エイルキニスと会話をしながらならば、何かが生み出せそうだった。
「推定6次元目は要素だけは分かる。時間立体次元だ。それがどういう世界なのかはおそらく、平行世界がさらにその場で、別の宇宙も折り重なっているということだろう」
「その先が問題。7から9次元、10から12次元の要素は?」
「加護次元が7、8、9次元。因果次元が10、11、12次元だ。今俺たちは11次元の因果面次元に作用を及ぼしたから因果律を断ち切れた」
「つまり加護は、7次元の物質を利用したもの? 決まりきった運命は因果線次元の10次元、切り開くなら因果面次元の11次元ね」
「そう、そういうことだ。おそらく、精神体が6次元までの物質と同じ位置に留まれるのは、次元が違うからだ。ということは、トレノの詠唱による加護子化は9次元までの力を利用している。それを打ち砕けるということは高次加護は因果を使う」
「精神を超えたもの?」
「本来俺たちの魂はしっかりと9次元にいる。だがその入れ物の肉体は4次元から抜け出せない。それでも肉体を超える作用を起こせるのが、精神体同士の感応。4次元にいながら9次元で対話ができる」
「心の共有ね!?」
「ああ、そうか心の共有か…最後の要素はそれだ。共同、共有…。なんだろう、13次元から先は何と呼べばいいんだ…」
「カケル! 分かったよ!」
「どうしたユリカ!?」
「愛でしょ! きっとそうだよ!」
その言葉を聞いた俺の中で、何かがガッチリと嵌まっていた。
いやあ、生み出すのに時間がずいぶんとかかりました。
重要なストーリーなので慎重に書いていました。
是非、ご評価お願いします!(`・ω・´)
感想お待ちしておりますよー!