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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第一章◆
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6話 最後の校内試験

「2年生後期の期末試験も、こうして見るとなんともあっけなかったな。ユリカが全校6位とは思わなかったが」


「計画どおりっ! これでカケルにも…アハハ、まったく追いつけてないね!」


 ダイムーでは1年は前期と後期に分けられており、2月中旬から前期が、8月中旬から後期が始まる。中学生1年生から高校2年生までは、前期と後期の期末に試験を行うのだ。だから、この2年生後期の期末試験はこの高校では最後の試験だった。


 上位10名は校門の横に名前と点数が書き出されるが、主に女子生徒のお目当ては、同じように貼り出されている3年生たちの成績表だ。これは試験の成績ではなく研究の進み方が書き出されたもので、現在までに優秀な論文が書きあがりつつあると講師に評価された者が名を連ねることになる。その中にまだ婚約者を決めていない者がいるかどうかを確認しているのだ。


1・2年生の成績表には群がるほどの人もおらず、男子生徒は貼り出された成績表をちらりと確認すると、すぐに答案の返却を受けに教室へ向かう者がほとんどだ。王立高校ではほとんどの2年生女子は、3年生の五級騎士たちの心を射止めることに心血を注いでいるので、自分たちの成績なぞ、赤点さえとらなければいい程度の考えしかない。特に上位に入った3年生は、騎士となるか一流企業への就職がほとんど約束されているわけで、王立高校に進学する女子生徒は彼らに出会い恋仲に落ちることを夢見て受験したのだ。


 そのため、普通の年なら成績表に載るのは男子だけなのだが、女子生徒のユリカが王立高校に入ってから彼女自身初めて成績表に入ったのは、王立第一高校としても十数年ぶりの異常事態だろう。以前成績表に入った女子生徒は強い意志を持って騎士となり、同じ第一高校の生徒だった騎士と大恋愛の末に結婚し、夫婦で活躍をしたがすぐに子供を産んで引退した。俺がまだ小さい頃の話だが、この夫婦は女性の方が強かったようだ。その旦那は今でも彼女の尻に敷かれながら職業騎士をやっているはずだった。


 ヤマノチ先生もこの成績を見たからには、さすがに騎士は無理だと言い続けることもできないだろう。


 俺の成績はいつもどおり一番上に書かれているから、その場所を確認するだけだ。8修目800点満点の788点。計算学で90点以上取ったと推測できる、過去最高点だ。2位はあの気障ったらしいエスタの755点で、ユリカはなんと742点も取っている。上出来だ。


「よく頑張ったな。答案返してもらったら、一時戦勝祝いとしてサツタ屋で甘物三昧だな」


「さんせーい! …じゅる」


「ばっ…ユリカよだれっ」


「エヘヘヘヘ…」


 ここ数年のユリカは奔放にもほどがあるが、俺はユリカのおかげで気負わず、思いつめずに済んでいる。たった一人で騎士を目指していたら、その運命の過酷さに、とっくに押し潰されていたかもしれない。だから俺はユリカを信頼し、感謝しているだけでなく、もし晴れて2人とも騎士となった暁には、一緒に旅に出ようと言ってある。ユリカは目を瞠って俺の手を取り、喜んでいた。


 サノクラ師範の条件では、二級騎士以上でないとユリカに求婚することはできないようなので、可能な限り短期間で昇級していかなければならない。だがその前に他の男にユリカが想いを寄せたとしても、俺はユリカに執着することはない。いや、執着することができない。執着心とは陰の心だから。押し込めて、自分を騙して、諦めなければならない。ユリカの前に今後現れるであろう騎士たちよりも、ユリカに相応しい男に俺がならなければそういう結末が待っているはずだ。だから、自身への甘えは許されない。


 普通に騎士を目指す男子生徒よりも、はるかに厳しい訓練を自分に課してきた。ここ1年は休日には一人で野外活動を行って精神を研ぎ澄まし、食事も取らずに過ごす。口にしていいのは水だけ、そう自分で決めたことを遣り通してきた。草原の大岩に向かって拳を打ち、大木に蹴りを放つ。つらい、本当につらい修行だ。一日中続けていると翌日には体中が痛いのだが、それも訓練だと考えればたいしたことはない。


 親父の死の謎を追っている過程で必ず出くわすであろう、魔龍との戦いはこんなものじゃないはずだ。もっと、もっと自分を追い込まねばならない。たとえ精神が疲れ果てて壊れてでも、親父の無念を晴らすのだ。そのとき討伐に向かった仲間が全員斃れても一人で魔龍と戦い、討ち取れるようにならなければならない。


「カケル?」


「ん」


「大丈夫、私がついてるよ!」


「ああ、ありがとうユリカ…」


 何故かいつも、ユリカは俺の考えを見透かしているかのように俺を励ましてくれる。俺の顔が険しいからだろう。そうだ、最後に残るのは俺一人だけじゃない、そこにはきっとユリカもいてくれるのだ。





 教室にはもうほとんどの生徒が揃って、担任が分厚い答案用紙の束を持って現れるのを待っている。成績表に載っていない者にとっては、これからやっと点数が分かるのだから、ソワソワと落ち着かないのも分かる。


 王立高校である程度の成績ならば、総合試験でも相当上位に入れるのだが、当落線上の者にとっては太陽神に祈るばかりだろう。総合試験の突破点、つまり加護適正試験へ歩みを進められるのはだいたい毎年600点を超えたところだ。期末試験で人体学だったものが体力測定に変わるが、この期末試験でも600点を超えないようでは総合試験突破は難しい。


 気がつくと、全員雑談もせずいつのまにか席についていた。それは、前の方を見るとヤマノチ先生が重そうな答案の束を持ってヨタヨタと教室に入ってきていたからだった。


「全員揃っているみたいだな。それじゃ、出席番号順に取りに来なさい」


 ガタッと椅子を引いて出席番号1番の生徒、アルケイオスが教壇に向かう。その表情でだいたいの点数は分かったようなものだ。涼しい顔をしているから手ごたえがあったんだろうな。いや、確かアルケイオスは成績表にいつもどおり載っていたから、成績も分かっているのだ。他の成績表に載っていなかった生徒は緊張した顔で教壇へ向かっている。


 出席番号が最後の俺は、教壇の前に列なる数人の男子生徒の後ろについた。既に席へ戻っていた男子生徒が背中をトントンと軽く叩いてきたが、こいつは今回の試験で全校3位だったアルケイオス=ソクラテスだ。


 ヤルーシア大陸西部出身で銀髪碧眼の、男から見れば嫌になるほど形の整った男らしい顔つきなだけでなく高身長、さらには騎士志望なのだから女子生徒にモテて当然なのだが、アルケイオスも孤高のタイプだから女子生徒を近づけない凄みがある。ヤルーシア西部生まれだと普通はパレスティカにある第七高校へ通うのだが、アルケイオスの家は資産があるので王都で最新の学術を学ぶだけでなく、生活や文化も学べるように親が配慮してくれたのだと言う。


 パレスティカよりも王都・ウルの方が大都会だし、世界中の情報が集まるのだから学生にとってはもっとも刺激的な都市だ。パレスティカでも最近、天に届くかと言うような巨大な塔を建設中だが、都市の大きさではまったくウルに適わない。


「788とは驚いたよカケル。あとでいくつ満点取ったか教えてくれ」


「おう、ありがとう。アルの答案もあとで見せてくれよ?」


「エスタに追い抜かれたのが少し癪に障るが、彼よりも私の努力が足りなかっただけだな。さらなる努力をあと2ヶ月は続けよう」


 アルは俺に親しくしてくれるのだが、お互い精神を絞って己を高めようとする人間なのだから、気心も知れるというものだ。アルケイオスという名は長くて呼びにくいと言ったら、アルと略していいということだった。





「ほい。ヤマト。頑張れよ」


「ありがとうございます、先生」


 唐突にバサッと8枚の紙を渡され驚いた俺が、ヤマノチ先生の顔を見上げるとニヤリと笑っていた。これなら騎士になれるだろうという考えをしているのだろう、不敵な笑みだ。同じヤマタイ出身で、父親の事故の後も騎士への道を諦めず、やるべきことをやり抜いて着実に歩を進めている俺の姿は、先生が同世代の頃に苛まれた葛藤と同じかそれ以上の苦悩にも心を曲げず貫き通す俺が、自分の昔の姿を重ねるように感じたのだろう。それでも先生は安定的な職業を選んだ、という違いはあったが。


「必ず、先生の期待に沿えるような成果を出してみせます」


 同じように俺もニヤリと笑って、自分の席へ戻っていった。





 俺が席へ戻るとすぐに、アルが答案を持ってやってきた。


「カケル、見せてくれ」


「ああ」


 だいたいどこが間違っているかは答え合わせをしたときに分かっていたので、計算学の答案に92と赤い字で書かれているのを確認すると、すぐにお互いの答案を交換した。


「む、この問題、理論式まで一緒に書いたのか?」


「重力理論は複雑だから、一応書いておいただけなんだが、式を書いて解答の数値を証明することが重要だったみたいだな」


「私はそこまで気がつかなかったな」


「いや、解答枠が微妙に大きかったから、ひっかけかと思ってね」


「そうだったのか」


 物理の先生の性格を考えると、そうしておいて良かったと思えたが、ほとんどの生徒が数値だけ書いて終わらせたのだろう。かなり意地の悪い先生なのだ。


「6教科満点って…すごいじゃんカケル!」


「ハハハ、ありがとユリカ。そっちはどうだった?」


 既に答案を返却され、アルの後ろから俺の答案用紙を覗き込んでいたユリカは、ふくれっ面をして渋々俺の机に紙を広げた。歴史・地理を含む社会学1教科だけが満点で、あとはすべて90点台だ。計算学は俺より高い96点だから優秀なものだ。


「歴史学の勉強の甲斐があったな。満点取れたじゃないか。おめでとう」


「むーーーーん。1個だけとは…ひっかけ問題に全部やられた!」


「そそっかしい…いや、可憐な乙女だからな」


「可憐な乙女だけど、そそっかしいのは見逃してよー!」


「ハハハ、もっと大局を見て行動したら、それも直るさ。それにしても90点以下がひとつも無いんだからすごいぞこれ」


「エヘヘ…」


 ニヘラと頬を緩めるユリカをよそに、アルもユリカの点数に感心している。


「ユリカついにここまで成績を伸ばして来たんだね。私もうかうかしていると、総合試験は追い抜かれてしまうね」


「アルにはやっと追いつきそうだけど、追い抜くのはちょっときつそうだよ」


「いやいや、私もユリカに負けないように努力しなければ」


「休みの間に気合入れなおさなきゃね。あと2ヶ月で人生決まっちゃうから」


「そうだな。ああ、配り終えたみたいだから席に戻った方がいいぞアル」


「む。では戻るぞ。カケル、ありがとう」


「あわっ! ほんとだ!」


 自分の答案を取り戻して、担任が返却終了を伝える声を聞くと、下校路の途中にある、甘物を提供する店、サツタ屋に向かうために俺たちはすぐに席を立った。女性には大人気の店で、人気の品はうかうかしていると売切れてしまうのだ。





 12月後半の期末試験の後は、学生たちには約2ヶ月の長い冬休みが訪れる。2年生は総合試験対策のかたわら、就職活動を開始するのだが、騎士志望の生徒は加護適正試験をにらんで精神修行に入る。1月初旬からは、世界中から高校生たちがこの王都に集まってくる。その数、約1400万人。信じられない量の人の移動が敢行され、交通機関はもちろん大混乱に陥るのだが、この大移動は絶対にやめられない。


 むしろこれがあるから、世界各地で一気に経済が爆発的に上昇するのだ。所得の少ない家庭や苦学生には、旅費と王都滞在中の生活費が完全支給される太っ腹政策だ。公金から捻出されるそれらの費用も、結局はほとんどすべて消費に回されるので、王都政府にとっては痛手ではまったくないから、一種の公共事業なのだ。


 交通庁のマクスウェル=テラ大臣は毎年苦心して生徒の輸送計画を立てる。その緻密さからは、彼の王家への忠誠心が伺い知れる。王都での通常の交通をなるべく阻害しないようにしながらも、なんとか学生全員を運びきる計画を細かいところまで立てるのだ。それも厳しい予算内にきっちり収めてくるのだから、本当に素晴らしい大臣だと俺は思っている。


 1400万人のうち1100万人は他の大陸や火星などから訪れるため長期滞在を必要とするが、250万人はダイムー大陸内の学生たちなので、短期的な滞在となる。残る50万人は、この人口4000万人の巨大都市・ウルでもともと生活している学生たちなので、宿泊施設は必要ない。第四堀の外側の広大な専用敷地の草原には、毎年この季節のための臨時仮設宿泊施設が多数設置されるので、宿が足りなくなることは無いのだ。


 1月後半までにはすべての学生が王都に到着し、1月30日の一斉総合試験に臨む。即日、試験結果は学生のもとに届き、2月1日からは1日あたり50万人の総合試験突破者が、黒水晶の間へ通される。24時間ぶっ続けで休み無く行われるので、立ち会う王族も何回も交代する。とにかく受験者の数が多いのだ。王家の執政は議会の承認行為のみなので、一般人にとって、王族とはほぼこの立会いのために存在しているくらいの考えしかない。そして黒水晶の前で一定以上の加護を得て、騎士志望の意を唱えた者が、2月11日の太陽節の祭典に出席できる。人類にとって、2月とはお祭りの月なのだ。





「お祭りは楽しみだけど、2ヶ月の修行の方が気が重いよー。んー、うまうま」


「これまでの修行とは一線を画しているからな。ユリカ。ところでほおばりすぎだぞ」


「うまうま」


「ぜんぜん聞いてないな」


 甘い物は頭の回転を早めるのに効果的だ。女性に言わせれば、甘いものは普段と違う胃が消化するらしい。そのような胃は生物学的に存在しえないのだが、ユリカの様子を見ていると虚数空間に次々と甘物を放り込んでいるようにしか見えないから、おそらく別腹というのは存在するのかもしれない。俺も甘い物に目が無い。しかし、他の男たちはどうしてこんなに旨いものを女の食べ物だからと蔑むのか理解できない。この果物を綺麗に盛った甘物は、芸術的ですらある。感動の食べ物なのだ。


 色とりどりの新鮮な果物が丁寧に切り盛られ、その上から蜂蜜と山羊の乳を捏ねたものがかけられている。60代の女性、コロカテル=サツタが発明した、女性の、女性による、女性のための甘物だった。最近は次々と新商品を作り出し、王都の女性たちはその魅惑的な味に舌鼓を打つ。しかしやはり、店内には男性がおらず、若い女性しかいないようだ。さっきからチラチラと奇異の目で見られているのが、少し悲しい。


「別に男が食べたっていいじゃないか」


「いや、カケル。多分見られてるのは、カケルが女の子なのか男の子なのか一見よく分からないからだと思うけど…」


「ブッ。なんてことだ…」


「髪の短い女の子だと思ったのに男の子の制服を着てるから、驚いてるんだよ」


「そ、そうだったのか…」


 衝撃的だ。俺は女だと思われていたのか。その衝撃は相当なものだ。食べていた手を止め、周りを見渡すと女性客たちが俺に注目していた。「きゃー」「かわいいー」と声を上げているのを聞いて、俺はなんだか眩暈がした。


「エヘヘ、カケルってなんだかかわいいもんね。あぁー 堪能したぁー」


「この新商品、うまかったな。だが適正試験が終わるまで、これでお預けだ」


「そうだね。頑張ろうか」


 明日からの修行は、長期間であるのに師匠から直々に行っていただけるという話を聞いていたので、気分を切り替えていかなければ。だが甘い物は勉学に励むときでも脳にとって重要な栄養分となるので、家で勉強中に食べればいい。


「ぐぁんばあるぞぉ~!」


 だからユリカ、いきなり立ち上がって店内で大声出すなって。余計に注目されているがそれは無視して、決意を新たにして店を出た。


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