76話 腐った議会
第一経路は火星の希土類採掘会社から、地下の研究所へ道が通じているかを調べる。ほとんど不可視化した体で行うのは、そこにいる人々が話す言葉に現れる情報の探索から始まる。
「次の仕事、もう見つかったか? 俺はだめだ」
「いやこっちもだめだ、まだなんだよ。地球に帰るわけにもいかないし、注射もまだだしな」
「俺はもう注射は終わった」
「お? で、どうなんだそれ」
「なんというか、メシ喰わなくても腹があんまり減らない」
「ほー。聞いてた話と同じだな。いいような、悪いような」
「メシはうまいんだけどな、残しちまうな」
「食費が少なくて済むならカミさん喜ぶだろ?」
「その分他にまわせるからな。ただし小遣いには回ってこない」
「おめえのカミさんは怖いからな…」
「次の職場をさっさと見つけないと小遣いがもらえねえ」
重要な施設への行き先を知っている者が、たまたまそこでそれを話すのに出くわす確率は低い。どうやらこの社員2人は、会社がもう倒産することを見越して次の仕事を探しているようだが、火星では見つからないようだ。注射という言葉が出たから、それが遺伝子改変の医療行為を表しているのだろう。
ヤマタイでは既に希土類を使わない機械生産が始まっていたが、火星とは国交を断絶しているので、既に貿易関係は支払済みの資源だけになっており、それも民間企業同士のものだけだ。その企業同士も、新しい契約は結ばない様子なので貿易は完全に止まる。だからこの採掘会社も鉱山を残して閉鎖することになるだろう。
(これはだめだ、もっと重要な人物を探すんだ)
(了解)
地球の騎士たちは方々へ散り、さらに重要な情報を持っている人物がいそうなところへ向かう。もしくはそういう人物が持っている紙情報などを盗み見るのだ。そこには兵器の情報も書かれているかもしれない。
鉱山という、地下へ直結するような事業なら、過去に掘り返した地区を研究所に転用しているかもしれない。それでこの寂れてしまった会社も対象経路に含まれていた。
第二経路、第三経路はそれぞれマズル市役所の庁舎とマズル中央病院だ。前者は遺伝子改変の順序を住民へ伝える機関、後者は実際に改変を行う施設と推測される。その他、警察署や建設会社などが経路の開始地点になっている。もしかしたらそれぞれの施設から地下へ道が伸びている可能性もあるし、まったく無いかもしれない。
ほとんどが先へ向かう経路ではなくただの情報集めに終わる可能性もあるが、情報は意思疎通詠唱によって共有できるので、12の経路のうちどれかひとつでも地下につながっているのを見つけられれば、そこに全員集合させれば良い。
俺たち太陽団は第十一経路、グレイ皇国議会議事堂への突入を行う。ここにはもしかすると、兵器がある場所へ直接行ける通路があるかもしれない。その可能性はかなり高い方だ。旧パレスティカへの攻撃決定はウイングからではなく議会から出てきた意見だ。だが今考えれば、そのとき既にオロチの悪意は火星へ浸透していた。
(アルの組は上院を頼む。カルクラムたちは下院だ。俺は地下に降りる扉がないか探す)
(ああ、任せてくれカケル)
(大丈夫) (何かあったら) (すぐ伝えるね)
対象の人物を思い描きながら意思疎通の加護を使えば、言葉を話すように考えが伝わる。風の加護が必要なので、各組には風の加護が使える者を振り分けている。
何故地下を探すのかと言えば、地球上からの観測では地上部分に一切そういった痕跡が認められなかったからだ。地下に施設を作り、そこから一時的に地上へ開放する穴を開いて攻撃したのではないか、というのがそこから出てくる推論だ。あれだけの加護量を使うのだから、大人数が必要になるはず。また、闇黒面で加護を暴れさせないように、加護を使う人たちには使用目的を明かしていない可能性がある。ただ吸い取るだけ吸い取っている、ということなのだろう。
だから施設はかなり巨大なものになるはずで、火星の地下にはそういった施設があるはずだ。だからこそ地球からは長い間発見されずにいたが、おそらく目的を伏せながら10年以上をかけて建設されてきたに違いない。
(会議室をしらみつぶしに探すぞユリカ)
(うん)
火星の議事堂は、自治市としての機能を遥かに超えた能力を持っていた。独立を見越して改修していたとしか考えようが無い。俺とユリカ、ゼルイド、アイデイン、イリスの5人が一つの組として動く。他2つ、マスタリウスとカルクラムの組が別々に動く。カルクラムの組は3人娘全員が同じ意思を持って動くので、統制がかなりいい。便宜上カルクラムを長としたが、3人が3人とも意思決定を出来る状態にある。
(ん、会議をやっているな。イリス、ここで会議の内容を聞いていてくれ。俺たちは他を探すけど、後で疎通を飛ばすから)
(はいはーい)
「地球からの情報はほとんど乏しい。風伝は既に接続を解除されていて皇国が所有する風伝板は3つほどを残して全て使えなくなった。そこで我々も風伝技術を独自に作り、市民に提供するべきだと思う」
「技術はあるのか! 市民生活に影響が出ることは予見できていたのに」
「風伝社のマズル営業所は抑えた。そこの社員を脅せばいくらでも情報は出てくる」
「風伝社は一旦、回答を保留しているようだが」
「なあに、ちょっとしたコツでそれも解決する」
「…」
議員達は情報の乏しさを嘆いているようだが、おそらく火星市民同士が連絡を取りにくくなって困っているのだろう。独立準備にはそこまでは含まれていなかったのかもしれない。これは通信戦略会議か?
「エイライ殿、この会議はどうかとさすがに思うんじゃがのう。こんなものは政治ではない」
「ヨルムンデ殿、声が大きいぞ…。まあ、金を持っているだけで無能なやつらまで議員になっているんだから仕方が無い。我らが導いてやらねばな」
「まったく、あんな阿呆が議長とはのう。なんじゃ、力づくで拷問でもするというのか」
「同感だが、権力には勝てないものよ」
数名ごとにぼそぼそと、議長らしき議員には聞こえないように話をしている。どうやら議長の愚かさを嘆いているようでもある。この国の政治は腐っているようだ。
(カケル殿、残り時間は3時間45分じゃ)
(ありがとう爺様、こちらは議事堂への潜入に成功、会議をやっているところに入って情報収集中。各経路の動きはどうなっていますか?)
(まだ各経路とも目立った情報はないのう。採掘会社は閉鎖するようで、人が少ないようじゃな)
(分かりました、引き続き統制をお願いします)
(うむ!)
地球にいる爺様から疎通加護が届く。この加護が異常であることはその伝達速度を考えれば分かる。光速を超えてほとんど一瞬で情報が到達するということだ。これは加護子が光速を超えることができるという実証的現象なのだ。
(アル、そっちはどうだ)
(議会は開催されていないね。下院議員の詰所を回るつもりだ)
(了解…カルクラムはどうだ)
(こっちは議会やってるよ) (議題は新産業育成予算) (火星もジリ貧ね)
いくら新進気鋭の者たちが集まる火星と言えど、国主がオロチとなってしまっては危うい。オロチは火星ならやり直せると思っているのかもしれないが、統率力の無い国主ではいずれ衰退することは明らかだ。まだ、その事実を認めようとはしないかもしれないが。
(イリス、話に進展はあるか)
(地下都市って言ってる。地下都市に新しく風伝基地を建設するって)
(都市!? 地下に都市を作っているのか!)
(機材の搬入口が狭いのをどうするかって。搬入口がどこにあるかはまだ誰も言わない)
(分かった)
重要な情報が手に入った。火星には地下都市が建設されているのだ。研究施設などという段階ではないということだ。
(爺様、一つ情報があります)
(む!? どうしたのじゃ)
(火星の地下には、地下都市があるようです。想定より大きな状態の可能性が高いですね。地下都市への入り口はまだ不明です)
(うむ、分かった。各経路担当者へ伝えよう!)
爺様と会話しながらいくつかの会議室に出たり入ったりしていると、下の階に降りる階段を発見した。その階段はかなり下まで通じていそうなもので、地下へ繋がる道のようにも見えた。3階分ほど降りたが、まだ先がある。
(イリス、切り上げて奥に来てくれ。下へ行けそうな階段がある。第五会議室の奥だ。…アル、カルクラム、下に向かう階段を見つけた)
(はいはーい、ここには特に情報は無いね)
(ああ分かった。こっちも話に進展が無い。議員にやる気が無いのかもしれない。なんというか、議員のほとんどが腐ってる感じだ。汚職がひどそうだ)
(こちらも同じだね) (展望が暗い) (というか覇気がない)
(オロチの治世というのは本当に駄目なんだな、勢いのあった火星がここまでひどくなるとは)
(オロチは相当頭が悪いのでは?)
(馬鹿というか) (阿呆というか) (ただの愚者)
だがそこで、突然爺様からの疎通が入った。
(カケル殿! 十二経路から連絡が!)
(爺様、こちらは今、下に向かう階段らしきものを見つけました)
(うむ、彼らも見つけたようじゃが待ち伏せされていたんじゃ!)
(かなり透明に近いのに見つかったんですか? でも攻撃は受けないでしょう?)
(それが、攻撃を受けている。戦闘に入ったようじゃ!)
(なんででしょう!? ということはここも…。爺様、これ以上進むとこちらも戦闘になりそうです。隠密がいますね)
そこまで疎通で話したところで、数階分下のところに隠密らしき加護流が階段を通して透けて見えた。あちらはまだ気づいていないようだ。第十二経路はエスバンたちが向かったオロチ皇帝の住む城だ。
(これ以上下には降りず、城へ援護に向かいます)
(うむ、分かった。他の経路担当者も城への急行を促しておくぞい)
火星との合の日にあわせて、彼らも襲撃を予想していた可能性がある。だが何故、不干渉化した加護子体への攻撃ができるのか? 人間同士の加護による戦いは俺たちにとって初づくめの戦闘。隠密として修行を受けた者ならば想定の範囲にあるが、騎士にはその技術が無い。苦戦を強いられる可能性があるな。
(みんな! エスバン隊が城で襲撃されている! この階段の下には敵がいるようだから、先へ進まず、城へ救援に行くぞ。外へ出よう!)
(((了解!)))
「おー!」
(馬鹿っ、ユリカ、声! 声!)
(ご、ごめんなさい!)
「上だ! 既に来ているぞ!」
(気づかれた! 下から来るぞ! 急げ!)
「見つけ次第加護子攻撃!」
「「「了解!」」」
えーと、ユリカ。ここでそそっかしいのが復活するのか? 勘弁してくれ…。わらわらと20人ほどの加護流が階段を上がってくるのが見える。重力軽減の加護をみんなに適用して風のように上がるが、彼らも相当な速さだ。だが声を出しているということはどうやら隠密ではない。
加護子攻撃と言ったか彼らは? ということは加護による攻撃とは少し違うのだろうか。地球とは違う攻撃方法を持っているのか。
(残り、3時間30分じゃ!)
議事堂の廊下を走りぬける俺たちの頭の中には、残り時間を告げる爺様の疎通が鳴り響いていた。
しょうもない人々が多いと話がなんかコメディー色を帯びてきますな…。
なんかほっといても火星は潰れるような気がしますね(´Д`;)
そうは言っても大量破壊兵器の脅威は拭い去らねばなりませんです、はい。