75話 突入
1月12日。ヨシス叔父さんと食事をしようと言うのをだいぶ先延ばしにしてしまった俺は、既に経済都市だった王都・ウルをさらに越える経済の都・ムサシの管理庁長官となっていたサノクラ大臣を自宅に呼んでいた。
もう一人、やっと引っ越してきてくれたおふくろも含め、同士の食事という久しぶりの行事に舌鼓を打っていた。
「これ何トレノ? 魚か? すごく旨いぞ」
「山羊の乳を固めたものを魚にかけて蒸してみたのだ。赤身の魚は臭みがでたから、白身で挑戦してみたらこれがうまくいったのだ」
「カケル、いいお嫁さんをもらったわね。それも2人も」
「お母様が想像以上に綺麗な人なのでびっくりしました! カケルとそっくり!」
「あら、ありがとうユリカちゃん」
本来なら執筆活動に励んでいる頃なのだが、ダイムーは国家として継続できておらず、世界の経済構造が一気に変化してしまい、高校生たちの生活は断裂した。ヴェガル移住も含め、数年は学業もままならないだろう。だが、太陽王がいると噂されるヤマタイの施策に乗っていれば、おそらくヴェガル星系での生活が軌道に乗った後に高等教育が復活するはずなのだ。
もちろん、そういう噂を世界中へ流しているのはアイデインが団長を務めるようになった太陽王の隠密団だ。あれから世界中へ密かに視察に行き、世界各国に次元扉を開けるようになったから、隠密団の行動力も以前よりはるかに増している。
「ヨシス叔父さん、なかなか都合が付かなくて、ここまで遅くなってしまってすいません」
「いや、カケルも忙しいだろう。こうしてサノクラ殿と酒が飲める日が来たことに感謝するよ」
「ヨシス殿を見ていると、タケルと飲んだ酒を思い出します」
「ハハハ。顔は双子のようだと言われましたからな」
「確かにそっくりだ。タケルが歳を取ったらこうなったのだなと、感慨深いものです」
「これからは親戚として、よろしくお願いしますよ。そう、今日来ていただいたのはタケルのことなんです」
「ふむ、何やら私も聞いていなかったことをヨシス殿が知っているとか」
「順を追ってお話しましょう。カケルも、よく聞きなさい」
「はい」
「タケルは、15歳のときに謎の発光体と出会いました。そのときは私もそこにいたのですが、まったく見えませんでした」
「その発光体は太陽王の…」
「そう。タケルは太陽王だったのです」
「うすうす、そうではないかと思っていました…」
「じゃあ俺は本来、太陽王になるはずじゃなかったんですか?」
「おそらくそうだ」
「でも生まれる時に、既に光を受けていたとおふくろが言っていましたが」
「そうね。カケルが生まれるとき、謎の発光体を私も見たわ」
「そのときから、タケルが不慮の事故に遭ってしまってもなんとかなるように、太陽神が準備していたのでは?」
「親父が危険に巻き込まれるのが規定路線だったとしたら、太陽神はそうするだろうね」
「その後タケルは突然加護が使えるようになっていました。しかも、4色の加護です。膨大な量の加護に危険を感じた私は、それを封印できないかと提案したのです」
「封印?」
「はい。何故か分からないのですが、封印しなければいけない気がしたのです」
「何かに指示された感覚が?」
「確かに。何かがそう言うように、私に伝えてきたような感覚はありますが、そのときはそういう考えには至りません。今思えば、という感じですよ」
「やがてタケルは地の加護だけを使うようになっていました。何かを成し遂げた後でないと、4色の加護を表に出すことはできない、という強迫観念はタケルにも襲い掛かっていました」
「因果律に操作されている、という言い方はそれに合致しそうですか?」
「まさにそう。運命がそうしようとしているのだから、従うという感覚です。やがてタケルは陰謀の糸端を見つけたんです」
「それが魔龍へつながると?」
「そうです。私もここに至るまで、これを誰にも話そうとは思いませんでした。ところがカケルが王位を委譲してから、何かその枷がはずれたんです」
「やはりそうだ。世界にはびこる因果律の枷は、カケルの判断ではずれたんだ」
「ヨシス叔父さんにも影響があったとは…」
「そして次の枷が」
「え?」
「新しい枷が生まれたんだ」
「…そういう感覚があると?」
「ああ。シルベスタ様から聞いた12000年前の災厄と、今回の災厄。どうも今回の災厄については、どうにかなりそうだという状況へ変わった」
「ええ、もし今、俺たちが死んだとしてもどうにかなるでしょう」
「でもそれはずらしただけ。12000年後に」
「え? これで終わりじゃない?」
「自分が何かの歯車に乗っているような感覚があるんだ。以前もそうだったが、一度枷がはずれたことで気づいたことだ。はるか遠い未来に向かって、何かの歯車が動き出した感覚が生まれたんだ…」
「…もう確実に俺たちが手を下せる時代じゃあない。それが因果律のやり方ですか」
「そこは分からない。カケルの子孫が再び12000年後に活躍するのかもしれない」
「そういうことですか。つまり俺たちは、必ず火星から帰ってこなければいけない」
「そういうことだ…。必ず勝て。…飯が冷えるぞ」
「……はい。ありがとうヨシス叔父さん」
オロチが因果子を使ってくるようなら相打ちでもいいや、そう考えていた俺は、その愚かな思考を改めた。人類の未来のためには、まだやることがあるようだ。
だが他の誰かに攻撃を頼み、自分は地球で待っている、などということはしない。それに誰も止める者はいない。そもそも大量破壊兵器を使用不能にできるかどうか、ギリギリのところへ踏み込むのだ。太陽王の力がなければおそらく難しいことは、皆分かっていた。
襲撃計画は3段構えで行うことになった。第一段階は次元扉で今日から数日間、火星のあちこちを探索する。これは針の穴のような小ささで空けた窓から、周囲を覗って記憶することで、少し先へ次元扉を開けるようにするという段階的手法だった。これならマズル市中央公園から始めて、あちこちへ移動でき、攻撃目標の算段がつけられるようになる。
第二段階は次元扉で見つけた目ぼしい襲撃開始箇所から、霧の加護で肉体を加護子化して突入する。加護子化できる上限ぎりぎりの1時間は、ほぼ完全な透明の状態で攻撃目標へ向かう。できれば1時間の間に攻撃目標を制圧するのが望ましいが、おそらく第一段階で見つけられるだけの情報では、大量破壊兵器へ行き着かない。
そして第三段階。おそらく障壁詠唱で護られている大量破壊兵器を、6色詠唱で破壊。そのときオロチと戦闘になるかどうかが、この作戦の成否を決める。因果律接続者と予想されるオロチに見つかったら、敗北する可能性がある。
「カケル殿! ついにカケル殿に使っていただける武器ができましたよ!」
「おおっ! すごい業物ですね!?」
飛空船の整備士たち6人は金属精錬にも精通していて、鍛冶を行うことができたのだ。それも騎士用の武器を作れる一級鍛冶だ。
刀身は濡れているようで、鈍い光を放っている。鎬、さらには庵にまで虹色水晶が埋め込まれているから特別な剣だ。この剣は異常だ。まるでこの剣自体に命が塗り込められているかのような脈動感を感じる。組成されている鋼に、整備士の加護が含まれているのだろう。
「天へ振れば宙を斬り、地へ振れば海を斬り、敵を切れば千里の草を薙ぎましょう」
「少ない力で無茶苦茶な威力が出そうだな。ではこの剣は…草薙と名づけましょうか。ノウル整備士、ありがとうございます!」
「命を懸けて創り出した業物です。どうぞ思う存分に使ってください。もう徹夜でボロボロなので…これで失礼します」
「ゆっくり休んでください。給金は起きたら口座を見ておいてくださいね!」
ノウル整備士は右手を上げて俺に応え、フラフラと整備工場へ戻っていく。最後の仕上げは何日か寝ないで作ったのだろう。体内の加護まで剣に吸われてしまったかのようだ。
「天斬とかじゃないのがカケルっぽいね」
「その力は想像に任せます、っていう感じか」
「あの、カケル殿」
「あ、他の武器もできてるんですね」
「ノウルのはとんでもない武器になっちまいましたが、他の方のもちゃんとできてますよ」
もう一人の整備士並べられた武器を指し示す。それも、そろいも揃って業物が光る。円卓の騎士が所望する通りに作られた武器が合計14枝、そこにあった。
「これで大量破壊兵器をずばっと、やっちまってください」
戦いの準備は整った。憂いは無い。
「真合まであと2時間4分! 事前観測どおり、火星は太陽の北側を通過します。間もなく相対理論領域に突入!」
「火星が相対理論領域に突入するまで、あと10分! 合が抜けるまであと4時間14分!」
近衛兵たちは、太陽・火星観測状況を正確に伝達してくれる。この声は俺たちが突入後も次元扉を通じて耳に届くよう、新しい詠唱をアルケイオスが開発した。これで一斉攻撃の機会を時間的に計る。
相対理論領域とは、太陽の重力によって時空が大きく曲がり、大量破壊兵器が発射できなくなる領域のことだ。地球、太陽、火星が一直線になってその位置関係になっている間は、火星からは攻撃ができなくなる。その間に兵器を制圧するのだ。
さらに、攻撃陣それぞれの意思は遺跡の巫女が発現させていた、無音疎通詠唱を模倣することに成功し、伝達が可能になっていた。
「有志の騎士によりムサシ上空に障壁発動します! メクス、バーグダードにも同時発動!」
攻撃に参加しない騎士たちは都市上空に、もしものときに大量破壊兵器を防ぐための障壁を張る係りとなっていた。だが、ただの障壁では心もとない。障壁が突破されない保障は、無いに等しかった。
火星攻撃に参加騎士するは合計114名。全て、自分たちの意思で手を挙げた有志たちだ。このうち何人が帰ってこれるのかは分からない。だがその先頭を行くのは、エスバン率いる決死隊だった。地下牢で地獄を見た彼らは隠密の修行を受け、全員とも生還した。
エスバンは覚悟の目で「どうか死に場所を私にください」と俺に訴えた。彼は太陽王を殺害した最初で最後の一人だったが、その太陽王の息子のために命を散らす、最初で最後の一人になるために先陣を希望した。その目は死に逝く者のものではなく、生を燃やす者の目だった。もちろん俺は許諾した。
この面子で、なんとか見つけ出した攻撃目標らしきものへ突入していく。第一段階で発見できた攻撃目標は12箇所。そのうちのどれか1つが兵器へ通じる道だ。
「相対理論領域突入まであと1分!」
待機施設の壁には、クルスタス機械工業製の投射機によって投射されている太陽と火星の図が、次第に近づいていく。残り時間もそこに投射されているのだ。
「みんな! 一つだけお願いしたいことがある!」
俺の声に皆、静かになる。
「命を粗末にしないでほしい! どうしても駄目だという時は、太陽神の力を請うんだ! 必ず力を貸してくれるはずだ! だが、それでも駄目なときは…」
拳を握り締め、天に突き上げて叫ぶ。
「運命が変わることを祈れ! そうやって因果律を破壊しろ!!」
「「「「オオオオオ!!!!」」」」
「相対理論領域突入まであと10秒! 霧の加護発動!」
「さあ行くぞ! ここからは声を立てるな!」
114人の精鋭は静かに、火星マズル市の裏路地へ降り立った。
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作者はさらにパワーアップいたします(`・ω・´)
そうすると、続きがさらに面白く変化するかもしれません…?