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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第三章◆
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68話 虹色の湖

「カケル=ラー=ミコト=ヤマト陛下のご訪問を機に、ヤマタイ1228万人の民は永遠の忠誠を奉げることを誓います」


 あれ? 中王名が増えてる? ラーの称号だけじゃなくミコトの称号までもらってしまったのか。まあもともとはヤマタイを統べるヤマト家の32代前、イザナギ=ミコト=ヤマトの末裔である俺も、ミコトを名乗る資格はあるのだろう。


 銀色に輝く飛空船は音速を超えて衝撃波を撒き散らしてしまったようだ。加速詠唱の実証実験により、たった12分でヤマタイに到着した俺たちはすぐに、ムーザシの国主殿に移動して合併の調印を行っていたのだ。今日以降、この国主殿は市庁舎となる。


「ではたった今より、ヤマタイ国はヤマタイ市となり、ヤマタイ国民はすべてダイムー所属となります。で、ダイムーの国民となったからには、俺のことを陛下とか様付けで呼ぶのは禁止しますので…ダイムー憲法第91条、尊称禁止令に違反した場合は罰金刑です」


「…はっ!?」


 元ヤマタイ内務大臣たちとの和やかな儀式は、一瞬にして凍りつく。世界を統べる王が、「陛下と呼ぶな」というのは想定外だったに違いない。4日前から先にヤマタイへ来ていたシルス副宰相は、ヤマタイ出身の妻とともに、必死で笑いを堪えている。彼らは暖かくヤマタイに迎えられ、そして縋られた。国主が民を捨てて逃亡するという一大事は、国家を運営する上でも想定してはいけないことなのだ。何も準備はできていなかった島国ヤマタイの閣僚たちは慌て、嘆き、ダイムーへ助けを求めた。


「尊称禁止令に違反した場合の罰金は、1ムーです」


「…!? 1ム…」


 そう、たったの1ムーだ。そんな小貨なら集めに行くほうがお金がかかるから、結局集金はしないわけで、つまり罰金なんてものは存在しないも同じだ。人間というものは、脳が理解を拒絶すると口が開くようだ。視線まで俺を見るのではなく俺のはるか後ろを見ているようで焦点が合っていないから、おそらく今、彼の脳は睡眠時のように完全に停止しているのだ。瞬きすることすら忘れている。


「ではムザシノスケ=カグツチ元内政大臣には、ヤマタイ市長をやってもらいましょうか。まずは定年制度の廃止と55歳以上の労働層開発だけを対処してください。国民たちが70歳まで楽しく働ける社会を早急に作るんですよ。あとは元閣僚のみんなでワイワイやって、うまくできたら報告してください」


 前ヤマタイ国主のオロチ=ヤマトからぞんざいな扱いを受けていた、このムザシノスケ新市長には、本来高い志と内政能力があったが、オロチの不当な扱いによって発揮しきれないでいただけなのだ。彼らにはしっかりと考えがあり、国政を執行できるだけの行動力だってあった。高齢化社会となっていたヤマタイへ高齢者向けの雇用状況を作ろうとしていたのだが、老人が働く社会など考えられないと言って、オロチがすべて却下して潰したのだ。


 彼は3度ほどオロチへ諫言を出しては、その度に監獄へ幽閉された。だが彼の政治的手腕が無いと経済の下降が激しかったため、持ち直させるためにまた内政大臣を務めていた。それを3回ほど繰り返しているうちに、ヤマタイ経済はもう50年前には戻れないほどに傷を受けていた。これがオロチの最大の失政だった。


「…我々に任せていただけるのですか!?」


「ええもちろん。何かあったら、相談は全てシルス=ダブス副宰相にしてみてください。大丈夫、あなたたちの本当の能力を、自分は知っています。ムザシノスケ市長、あなたにしかできない仕事なんです」


「ありがとうございます…そんなことを言っていただいたことは、今までに一度も無かった…」


「それから、大いなる災いに関連して、ヤマタイ諸島すべての民を移住させる段階に突入することが、おそらく近いうちにあります。そのときは市長が先頭に立って、民を救ってください。自分は過去の、あなたのすべての仕事に目を通しました。だからこそあなたを信じています」


 ムザシノスケ新市長は、目に涙を浮かべながら強く頷いていた。


「カケル殿、そろそろ民にも何か声をかけてくださいよ?」


 シルス副宰相は俺の肩にぽんと手をかけて、民への言葉を促した。義叔父なので、もう彼は親戚なのだ。それに年齢もそれほど離れていないので、兄のような存在だ。


「ええ、そうでしたね。アル、拡声詠唱を頼むよ」


「うむ!」


 アルケイオスの右手から発せられた緑光は、いくつもの糸のようになってムーザシ一帯へ伸びていく。


「いいぞカケル」


 準備が終わったアルが声をかけると同時に、俺はアルに笑顔で頷いて感謝を伝える。


「ヤマタイの皆さーん、こんにちは~! 本日より皆さんの国主となりました、カケル=ラー=ミコト=ヤマトです!」


 国主殿に詰め掛けていた民衆の膝は、一斉に力なく折れる。ちょっと肩の力を抜きすぎたかな?


「皆さんが明るく楽しく生活できるように、ムザシノスケ新市長と、シルス副宰相とともに頑張っていきましょう! 心配することはありません。ヤマタイが持つ工学技術や農業技術は、王都・ウルや、月面研究都市より高いものだってあるんですから、皆さんは素晴らしいんです。この太陽王が保証します、自信を持ってください! 皆さんは大切な国民です!」


 その日、その言葉によってヤマタイの民衆は、完全に太陽王を受け入れた。





「グレイ皇国はダイムーを舐めきっています」


 調印式の後で、シルス副宰相は憤っていた。


「まあ、そりゃそうでしょう。逮捕状を取り下げるかわりに8000人の人質、ダイムー帰還希望者を返すっていう、元手無しの外交政策がうまくいったんでしょうから」


 午前中にマズル市の副市長と条約を調印した後、グレイ皇国の国主であるウイング=ダブス皇帝が、火星へ向かう飛空船の中から王城へ声明を発していた。外交上、国主に対して逮捕状を出し続けるのはどうかということで、取り下げなければダイムー帰還希望者を返還せずに、以後火星で奴隷として扱うという内容だった。火星にとって見れば、なんの元手も必要なく切り札を切れたのだ。


 形式上は、国民の返還と逮捕状取り下げを引き換えにしたことにはなるが、実際には元々彼らは何も失うものは無く、ダイムー側だけが不利な状態だったのだ。


「してやられましたね。まあ、国民が戻ってくるならそれ以上のことはありませんけどね。俺にはそっちのほうが大事です。大切な仲間ですから」


「8000人の民にはその言葉、一字一句間違えなく伝えましょう」


「では、できる限り少人数の集団ごとに伝えて、そのときの集団反応をしっかり見ていてください。怪しい者には隠密をつけるようにしてもらったほうがいいでしょう」


「なるほど、敵も混じっている可能性がありますな。何せ、味方の隠密も市民に紛れておりますからな」


「ええ、そういうことです」


 実際、火星側の隠密が王都に入り込むには絶好の機会だった。だが王都の隠密たちだってそんなに甘いものではないから、うまく紛れ込んだとしても活動はさせない。敵の隠密以外にも火星出身者は王都に多く、遺伝子改変を受けた者は相当数いるはずだ。いずれ、火星への移住を希望する者を集め、送り出さなければいけないだろう。


「カケル、お祖父様から風伝で魔龍の情報が入ったのだ」


「どんな内容だトレノ!?」


「月周回軌道で魔龍が発見されたのだ。でもそのまま月から遠ざかったそうだぞ?」


「大気圏外で活動できるのか? 何をしているんだろうな」


「火星へ行こうとしているんじゃ…」


「……」


 それはつまり、エルメスを探しているということだ。エスタとエスバンはともに、エルメスが火星に監禁されていると思い込んでいた。魔龍の意識の中には、火星にエルメスを探しに行くという考えが充満しているのだろう。その行き着く先には、魔龍による火星の蹂躙があるのかもしれない。だがそうなれば簡単に火星は滅亡する。


「…魔龍が火星を襲うのなら自業自得だが…。一応、ウイングには伝えてやるか」


「伝えたところで止められるものでは無いしな」


「じゃあ火星への軍事援助は、火星と敵対関係に陥らないようにするための、切り札にしておこう」


 魔龍に対処できるのはおそらく太陽王である俺か、闇の賢者のユリカぐらいしかいないはずなのだ。魔龍は既に、外交上の凶器と化していた。だがその小剣はウイングが天へ放り投げたもので、行き着く先はウイングの手元だ。結局のところ手を傷つけるのは俺ではなく、ウイングとなる。


「さて、ヤマタイには遺跡の流れでまた来ることになるかもしれないが、一旦はこれでいいだろう。北アズダカへ向かおう」


「ああ、黄石噴火口だな」


「世界最大の噴火痕跡だべ」





 北緯44度、西経110度にある黄石噴火口は約60万年前に地球規模の大噴火を起こした。このとき、人類は滅亡寸前になったことが、世界中に住む人々の遺伝子解析から判明した。遺伝子の変化具合から、だいたい60万年前の人口がやけに少なかったことが分かるのだ。その数はたったの2000万人。その2000万人が、今の10億人の祖先たちだった。


 泉が沸騰し、間を置いて高く吹き上がることから「間欠泉」と呼ばれるものがところどころにあり、またあちこちに温泉もあって、いまだに火山活動の爪痕が残っていることを人類へ知らしめる。それでも、しばらくは噴火しないことが地熱研究によって分かっていた。次に噴火するのは推定で24万年後だ。


 アトラタスの遺跡にあった彫刻地図が指し示していたのは、この黄石噴火口の西側だった。そのあたりを探索すれば、また遺跡が見つかるはずだ。


「ウルからヤマタイまで12分、ヤマタイから北アズダカへは34分だったね~」


 実証の数値はミューがしっかりと書き残してくれている。


「減速もうまくいったね。完全に同じ時間だけ逆方向へ加速詠唱を使えば、減速詠唱ということになるのね」


 イリスは甲板の手すりにつかまりながら、眩しそうに太陽を見上げる。


「さて、上空から見て遺跡を探さねばならんべ。ああ、でも間違いなくここだべ?」


 クマソが甲板から下を覗くと、目を丸くしてここが当然その場所であるという意思を持って頷き、俺の顔を見る。そう、ここまではっきりと太陽王に関係しそうな状況なら、ここしかない。


 そこには異様な光景が広がっていた。ほとんど円形となった湖からは白い蒸気が立ち上り、その湖が高温であることが分かる。高温だからこそ微生物が棲息できないために真っ青になり、湖岸は黄、赤、緑に縁取られている。それぞれがやはり微生物や金属化合物のの作り出す色なのだ。これが黄石噴火口の特異地点、大虹色円湖だ。その色は地水火風光の5色と同じだった。


挿絵(By みてみん)

Yellow Stone : Grand prismatic spring : Photo by Jim Peaco, National Park Service.


「見事に5色だねぇ。誰かが絵の具を溢したのかねぇ?」


「ハハハ、面白いことを言うね、エイルキニス。だとしたら溢したのは太陽神かな」


「あっ、カケル! その右の山って、三角形だよね?」


「そこだな! ごめんマスタ、そこへ着陸を…」


「もちろんさ! 任せてくれ」


 誰よりも着陸技術の高いマスタリウスに任せるなら安心だ。以前は俺も覚えなければと思っていたのだが、何でも自分一人でできるようになろうとするよりも、人に頼んだほうが正しい道だということに俺は気づいた。何もかも一人でできる代わりに、全てが中途半端となるからだ。それよりは長所のある仲間に任せたほうが、騎士団として正しいのだ。


 大虹色円湖のほとりにふうわりと最新型飛空船が着陸すると、整備士たちはまだ1時間も飛行していないというのに整備にとりかかり始めた。これまでの常識では考えられない速度で飛行したため、荷重軽減加護の薄いところにはかなり大きな荷重がかかっているからだ。もちろん、ゼルイドの腕前ならそんなムラは発生しないとは分かっていても、もしものことを考えて整備を怠ってはいけないのだ。


「整備士の皆さん、少ししたら戻ります。それまで異常が無いか点検をお願いしますね!」


「もちろんですともカケル様! あっいやっ、カケル殿!! タハハ、罰金1ムーですね」


「ハハハ、働くことで返してください。もちろん給料は奮発しますからね」


 整備士を残し、遺跡と思しき山へ向かう。そこにはやはり、加護流が山内にうごめいていた。だが今度は優しい加護流ではない。厳しい母親のような加護流だ。おそらく、かなり厳しい現実が伝えられるのだろう。だがその加護の形状は、見た瞬間に心臓がドキリとした。


「我にもここから見えるのだ。あれは、魔龍なのだ」


 まさに魔龍と同じ大きさと形の加護流が、山内に蠢いていた。

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