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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第三章◆
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67話 旅立ち

 まず俺たちが出発先に選んだのはヤマタイだ。人口1200万人の小さな国ながら、内需の高い経済で技術開発も旺盛、そしてとにかく真面目な民は今、主を失っていた。外務省との局長級会談では、ダイムー王国への併合が既にまとめあげられ、太陽王への忠信溢れる民が、訪問を今か今かと待っているというのだ。今日の午前には王都の東にある飛空港の物流拠点で、カノミ物流社から買い取った星間・大気圏両用飛空船を引き渡され、試運転を行うはずだった。


「でもそれは午後ってことですね」


「先に火星の方が交渉終了してしまいましたのでな」


「義父上、20時間も持続する次元扉の開放って、結構骨が折れると思うんですけど…」


「カッハッハ、今のカケル殿ならたいしたことはないでしょう。加護流が信じられないほどの強さになっておりますぞ?」


 シスカ宰相は俺の肩を叩いて、まるで何十年も連れ添った親友のように笑う。いや、既に俺はシスカ宰相の義理の息子となっているから、実の息子のように扱ってくれているんだろう。肩肘を張らなくても済むのだから心地良い。


「カケル。王としての大事な外交業務なんだから、しゃんとするのよー!」


 あれっ? 以前はユリカに言っていたような台詞を、今度は俺が言われるようになってしまったのか? 妻は強しということか。


 火星から希土類事業を取り上げてしまうと彼らは完全に没落してしまうため、反感を買って惑星間戦争となるのを防ぐためには、少々高値でもわざわざ火星から希土類を購入するという道を、シスカ宰相は深慮の上で選んだ。その結果、火星が発表した新規国『グレイ皇国』とは、相互に不可侵である条約を締結して貿易を行うことになり、グレイ皇国への居住を希望しない者はダイムー王国本土に移住することとなった。実際には居住を希望しないと言うよりは、遺伝子改変を希望しない者と言った方がいいだろう。


 外務大臣と外務省職員たちは俺の前で恐縮してしまっているようだが、その他の面子は体の力が抜けている。この、ウル郊外の空き地で開かれる午前中の行事は、外務省全員と、旧王族のシスカ宰相とシルベスタ隠密団長、それから俺とユリカ、そしてトレノだけで行うものだ。マスタリウスたちは先に飛空港で船の確認に行っている。


「これで、命がけで戦っていた隠密2人も、やっとダイムーの土を踏むことができるのう」


 シルベスタ隠密団長は、顎鬚を揉みながら、やっと帰ってこられる部下の顔を思い出しているようだった。


「それにしてもあのウイングが皇帝を僭称するとは失笑に耐えませんな、カケル殿」


「で、1200万人の民を見捨てたオロチがエコー市改めエコー王国30万人の、新しい王ですか?」


「長いこと停滞しているからヤマタイを放棄したのでしょうな? 単にオロチの政策失態だと思うのですがな」


 もう、呆れるのを通り越して失笑するしかない。民衆の誤りは為政者の誤りでしかないのに、そこから逃避した者は為政者ではない。ただの暴虐者だ。とりあえず午前中は、火星との時空連結を作る作業をしなければならない。ユリカでは20時間連続連結は不可能だと泣きつかれて、仕方なく俺がやることになった。だが詠唱はユリカの方が上手いので、トレノの発案で初の試みとして代理詠唱を行うことにした。


「カケル殿、もう代理詠唱技術は大丈夫ですかな?」


「ええ、先ほどの実験は確かにうまくいきました。いや、まさかトレノがそんなことを思いつくとは。加護を使う者と詠唱する者を分けるなんて、誰も想像が付きませんでしたよ」


「カケルのためならなんだって考えるのだ。我に不可能は無いのだ」


「賢者の称号を得られた人って頭が切れるんだよね。これでもう、トレノも確かに賢者だな」


 トレノの頭を撫でてやると、白い歯を見せて相好を崩している。実はよく考え直せば、ユリカを復活させたときにみんなから膨大な量の加護流を借りたのだから、あれがそもそも代理詠唱技術の最初の実験だったのだ。


「お? あちらから風伝が届いたぞよ。カケル殿、もう大丈夫だそうじゃ。次元扉を開くのじゃ」


 既にゼルイドから、火星の大都市・マズル市の中央公園の映像を脳から写させてもらっていたので、ユリカはまるでいつもそこに行っていたかのような気分で扉を開くことができる。俺がユリカに加護を分け与え、ユリカはその加護流を使って詠唱をする。その加護流はユリカの詠唱によって形が与えられ、次元扉へと変化する。


「しゃっ。おらーっ!」


 ちょっとちょっと。王妃がそんな荒々しい言葉を吐いちゃいけません。


 だがすぐに、想像通りの場所に次元扉が開いたことが分かる。この扉を通って8000人ほどが地球へ帰ってくるのだ。


「成功ですかな」


「うまくいきましたね。ああ、あちらも待っていたようですよ。彼がマズル市の副市長の、もう一人の方ですね?」


「ええ、確かにそうですな。では不可侵条約の締結と参りましょうか」


 地球から逃避したウイング皇帝以下、数千名はまだ火星に到着すらしていないのだ。あと3ヶ月ほどはこの第二副市長が火星の舵を取るのだろう。既にウイング皇帝の印が造られており、条約書面にはその印が押されていた。


「いやいや、我らは独立しましたが、これからも良い商売相手としてよろしく頼みますよ?」


 副市長は嫌らしい笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。外交上は穏便にせねばならないのだからと、仕方なく握手しておいた。その手に触れるとどうも、加護流が人間のものではなく、爬虫類のようだ。それにこの加護流はユウチ前宰相を晩餐会で見かけた時と同じだ。彼も遺伝子改造を既に受けた後なのだろう。


 そして彼らはまだ勘違いしている。火星と取り交わした貿易量についての協議は、価格が10倍となる希土類を、以前の1割ほど購入するというところで妥結したので、取引額は以前と同じなのだが、地球上の機械生産量は1割になると思い込んでいるのだ。残りの9割は希土類無しの機械として生産できるので、需要には速やかに応じられる供給量を保てるのだが、自分たちが地球経済を握っていると火星には思わせたままのほうがいいだろう。


 伝聞社には既に、『機械生産量が落ちた』ではなく、『希土類消費量が減った』という記事を書かせているので、火星でも受信している風伝には、彼らの目論見がうまくいっているように見せかけることができている。これはシルベスタ隠密団長の得意な情報戦略を、俺の代にも引き継いだものだった。


「では、ダイムー王国へ移住する8126人は、20時間以内にこの扉を通過させるようにお願いします」


「へへへ…」


「……」


 外交の場で「へへへ」は無いだろう? なんだこの副市長は? つまりこの条約締結は、完全に表向きのことだけなのだ。彼らは既にダイムーから、心も地勢的距離も離れてしまったということだ。


「では、予定があるので。後は何かあれば近衛に申し立てよ」


「なっ!?」


 失礼な態度には、わざと失礼な態度で返すことも外交の技だ。そちらの考えは分かったよ、という返礼でもある。つまり国主と、国主代理が出会っているのに食事も飲み物も無く、立礼だけで済ませてしまうということだ。たとえ副市長側が何か用意していたとしても、そこに興じるつもりは無いという態度で返す。もちろん副市長が驚いているのも演技だ。外交とは、演技の積み重ねなのだ。足早に背中を見せ、王妃2人を伴い火力車に乗って立ち去る演技というのも大事なことなのだ。


「カケル、あの副市長は外交向きじゃないね。最後のはあれでいいと思うよ」


「ああなんだ、分かってたのかユリカ?」


「ああやって副市長が太陽王の怒りを買ったように見せてあげることで、あとで向こうの皇帝が出てくるってのを導きだしたんでしょ? そこでは笑顔で握手するのを報道陣に撮らせる」


「ハハハ、そういうことだ!」


「我はあいつを殴りそうになったのだ」


「ああ、それでも良かったかもねー!」


「そうなってたら、太陽王はその暴力には一切関知しておりませんと告知しなきゃならないだろうね!」


「「ぶはは!」」


「……」


 無口なアイデインが操縦棹を握る火力車は、王都を東の進路へ華麗に走り抜け飛空港へ向かう。よく見るとアイデインの目元が後方確認鏡で思いっきり緩んでいるのが見えた。肩が震えているので笑いをかなり強引に堪えているのだろう。アイデイン、こういうときは声を出して笑ってもいいんだぞ? どうやらもう一押し必要なようだ。


「ついでにユリカも、攻撃詠唱を向こうにぶち込んでくれば良かったのにな。それも俺は関知していないことにしよう。太陽王より、王妃たちを怒らせたほうが危険だったってことだな」


「ブッハッハッハ! ハッ! し、失礼いたしました!」


 ああ、堪え切れなかったんだね? アイデインを笑わせる作戦は大成功だな。


「アイデインが声を出して笑った所は初めて見たのだ…」


「アハハ! カケルが冗談を言うなんてねー!」


「声を出してはいけない隠密に声を出させるなんて、カケルもやるのだ」


「おいおい、変な意味に聞こえるぞトレノ!」


「クッ…ブハッ! すみません、もう我慢でき… アハハハ!!」


 賑やかな火力車は、運河の脇を軽やかに走り抜けていく。





「えっ? 契約と違うじゃないか! いいんですか師匠!?」


「ああ、奮発したぞカケル!」


「驚いたべカケル?」


 契約が違うと言っても、憤るわけではない。むしろ契約より良い状態の飛空船が提供されているのだ。


「太陽王に売るのだからということで、うちの最高級技術も積み込ませてもらったからな! ついでに一級整備士6人も一緒に付けるぞ! 太陽王の乗る飛空船なのだから、世界一でないとならんだろう?」


「よろしくお願いいたします、太陽王殿!」


「皆さん、ありがとうございます」


 俺たちが購入したはずの大型飛空船の仕様をはるかに超える、最大級の飛空船だ。それも最新型の軽鉄鋼耐壁で覆われている、まさに太陽系を渡るために整備された新品の飛空船なのだ。それに整備士が6人も付くということは、彼らも騎士団の一員となるということだ。機械の知識が豊富で、さらに力石へ加護を込めることもできる者が一級整備士として認証されている。


「中を見ても!?」


「もちろん! 存分に見てくれ。中はまた驚くぞ?」


 確かにヤグラ師匠の言う通り、中に入って驚いた。加速度の強烈な荷重に耐えられるように冗長的に内部装甲が張り巡らされ、風呂場も洗面所も最新型のものが据え付けられている。


「下水と上水は完全に分かれているが、イリス殿との協議で下水槽には加護線を引いた。これで分子完全分解が常に行われることになるので、臭いもしなければ水だって無くならないぞ? 分子分解が終わった後の水分はここのろ過装置を一応通ることになるが、イリス殿の実験では純水しか通らなかった」


「残ったアミノ酸がこれですか?」


「そう。これは家畜が食べることになる。毎朝新鮮な卵が食べられることになるわけだ。ついでにこれの肥料になる。船内農場だ。加護で生育が早いからすぐに食べられるぞ」


「この飛空船で10年生きられますね?」


「そんなもんじゃないわカケル。100年だっていけるわよ?」


「イリスも既成概念を超えたか…」


 対地速度計測器や惑星間位置情報演算機などが所狭しと置かれた機械室は、床に大量の加護線が引かれて不思議な円陣のようになっていた。ここから船外の力石に加速加護や重力加護、推進加護を流す部屋なのだ。別の小さな円陣がその横に描かれ、そこには障壁用と文字が刻まれていたから、イリスが使う円陣なのだろう。


「この円の組み合わせはどういう意味が?」


「こうすると加護の流れに無駄がないことが分かったべ。出来上がってみれば、ただの整流技術だべ?」


 イリスとクマソはしばらくの間、カノミ物流社と飛空船の調整に行っている間にこんなことをしていたのだ。俺を驚かせようとして今まで黙っていたのだろう。だがこういう驚きなら大歓迎だ。


「アッハッハ、今、すごいことをあっさり言い放ったな? どうやってそれを見つけたんだ?」


「簡単なことだべ。もともと太陽系の力を借りてるんだから、円陣を太陽系に見せかけて作ってみたら効率が良かっただけだべ」


「なるほど、すごいなクマソ。それも論文にするか。ミュー、これも書きとめてるのか?」


「ええ、もちろんよカケル~。すぐに論文にできるから心配しないでね~」


 俺たちの研究で、既に論文が8つほどは書ける状態となっていた。そのうち、公開できそうなのは6つだ。次元扉形成理論、物質力場統一理論、時空歪曲型加速理論、高次元並行世界理論、宇宙空間生存技術論、そして加護整流理論だ。一つの騎士団で8つもの論文を公開したことは今までに無く、あったとしてもせいぜい2本ぐらいだった。これは、執筆作業が大変なことになる。だが、残り2つの人体蘇生理論と古代文明論は非公開論文となるだろう。


「さあ、王には時間がないんだからさっさと行くのだ!」


「じゃあさっそくやるか。ゼルイド先生! 荷重軽減の加護を頼みます! 加速度が上がっても内部には加重がいっさいかからないように。それがないと俺たち潰れちゃいますから」


「ハッハッハ! もう練習しすぎで、いつでも出来る状態だ! アイデインの手刀を食らってもまったく加速度がかからない状態にまでなっているからな! ぐっほぅ! ほら見ろこれだ~~~……!」


 アイデインに手刀を入れられ、まるで紙のように船内の奥のほうへ吹き飛んでいくゼルイドの声は、次第に小さくなっていく。船体すべてを重力加護で軽化させ、ほぼ無重力とすることで荷重はほぼ零となる。アザゼル近衛兵長が言っていた強大な加速度への懸念は、このゼルイドの発案で既に解決されていた。


 夏の熱い日差しが飛空港の地面を照らしつける。蝉たちが大きな声を上げ続ける中、1万人ものダイムーの民衆に見送られ、俺たちは荷重加護と時空歪曲型加速加護の実証実験を兼ねて、空へ舞い上がった。

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