表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第三章◆
67/86

65話 緊急対策省発足

「サノクラ師範。いや、今日からはサノクラ大臣ですね。よろしくお願いします」


「ハッハッハ! ユリカのためなら奇跡だって起こすさ!」


 サノクラ大臣は意気揚々と王城に参内していた。


「…親馬鹿は地球を救うのだ」


 その言葉はトレノがぼそっと言い放ったものだったが正鵠を射るもので、その場を笑いの渦に巻き込んだ。緊急対策省の発足は、その名称とは正反対の船出を迎えていた。


 ユリカの熱烈な信奉者である98人の女子生徒のうち、95人が緊急対策省での勤務に呼応した。残りの3人は職業騎士を目指すつもりだったらしい。一人ひとりから得意分野を確認するための質問票を回収すると、数名ほど激しい熱意を書き連ねた者がいたので、直接サノクラ大臣が面接を行った。その中でも1人、サノクラ大臣と意気投合した女子生徒がいて、彼女は17歳にして副大臣に抜擢された。


「ユリカ様のためなら奇跡を起こしまつ!」


 この舌足らずな緊急対策副大臣・サユリ=ヤワタは、どうやらあのユリカに恋をしてしまった女子生徒だったらしい。彼女の夢は、平穏な世界を取り戻してユリカの傍に仕えることだという。確かにサノクラ大臣と意気投合するわけで、同じ言葉を恥ずかしげも無く口にしている。この強い意志と理念があれば、この困難な事業すら奇跡的になんとかしてしまうのだろう。


 発足式にはウル伝聞社の社主も出席し、門出を祝っている。シルベスタ爺様は相変わらずの情報戦略を用いることを社主に提案し、高楼の2階から11階を無料で緊急対策省に貸す代わりとして、緊急対策省の発表を行う「指定紙伝」をウル紙伝とした。場所を提供する代わりに大本営発表の独占ができるというわけだ。この発表があってからウル紙伝の契約者数はうなぎのぼりだと言う。その代わり他の紙伝の契約数が減少した場合は、政府が補填するということで紙伝業界の了承が得られた。紙伝業界に流れるお金の量は、これで最盛期に近づくかそれ以上になるので、業界全体としても喜ばしいことだった。





 発足式の後には、新しく庁舎となった高楼へ全員で入り、まずは組織作りが行われる。俺とユリカも、この大量の女性職員たちの推挙者として顔を出すことになった。


「緊急対策省の現在の仕事は5つ。1、王都周辺に仮設住宅を建設し、10万人都市を作ること。2、彼らを輸送すること。3、彼らの仕事を作ること。4、魔龍への対処。5、大いなる災いに向けて10億人移住計画を作ることだ。都市建設部は建設省と連携、輸送物流部は交通省と連携、雇用部は総務省と連携、魔龍対処部は隠密団、世界各国と連携だ。総務部はそれらの部署から発生する書類をまとめて議会へ提出、計画立案部は10億人の移住計画を立てる。時間の流れとともに部署ごとの必要人数は変わるし、新しい部署を作っていかないとならんだろう。いずれ人数が足りなくなるが、避難民も省の職員として迎えることで人数はどうとでもなる」


 さすが、世界的企業の経営者だ。もう既に数年後、移住が完了してからの状態まで頭の中で構築しているのだろう。普段のサノクラ師範からは想像できない、大臣としての、そして一級騎士として魔獣と戦っていた頃を髣髴とさせる凛々しい姿だった。


「月の避難民を移住させる計画は、木星圏への移住の試験的なものとなる。移住計画はこの1000倍の規模になるのだが、最初がうまくいけば絶対にできる。必ず成功させよう!」


 女子生徒、いや既に職員となって緊急対策省へ入省した女性たちは、次々と全体計画を伝えていくサノクラ大臣の手腕を高く評価しているようで、目を輝かせて熱心に聞きつつも自分たちがどういう仕事をしていくべきかを想像しているように見えた。


「お父様、さすがねー!」


「グヘヘ…」


 この、ユリカといると顔が崩れるのさえなければ最高なのだが。


「集まってくれた皆さん、本当にありがとう! 学期の途中での就職なので、総合試験は免除です。また、個別に加護適正試験は行いますので、後日召集された人から順に受験してください。皆さんには期待していますよー!」


 職員の女性たちへ、ユリカが特例の状況を伝えると彼女たちから歓声と拍手が沸き起こる。苦労して総合試験を受けるまでもなく、一級公務員となって、さらに加護適正試験まで受けられるのだからユリカに付いてきた甲斐があるというものだろう。しかもそれは、一介の職業騎士からの一言という訳ではなく、太陽王妃からの正式許可となるのだ。


「サノクラ大臣、これはきっと、彼女たちをいかにうまく動かすかということが重要ですね。男性だけの省庁より、よっぽど大変ですよ?」


「…それは想定外だった…。サーシャにも手伝ってもらうか…」


「それがよさそうですね…」


 女性比率100%の省庁、それをまとめるのは至難の業に違いない。100人近い女性たちに囲まれた俺とサノクラ大臣の2人は、ユリカに聞こえないように小声で相談していた。だが、サノクラ大臣はすぐにいろいろと対策を打ち出して、健全な省庁運営をしていくのだろう。


「私のお給料はみんなと同じでお願いしまつ! 大臣の補助がたまたまできるだけでつから、みんなとやることは同じでつ。みんな、さっそく計画を練るでつ」


 サユリも副大臣としての業務をしっかりと理解しているようだった。そう、彼女はあくまでもみんなのまとめ役なのだ。だからそこに高飛車な態度はなく、女性職員たちも気持ちよく働けるだろう。それに、サユリのユリカへの想いは全員に伝わっていたため、サユリへの共感性が非常に高かったから、職員同士の間で身分の問題など起きようも無いのだ。ユリカに恋をしていると言い放つサユリには、誰もが好感を持っていた。だからサノクラ大臣の人選は成功したと言えるだろう。





 魔龍はその後、まだ見つかっていない。だがエスタの義妹であるエルメスはメクスの街で、ユウチ家所有の建物から目隠しして連れ出され、街中に放置されたところを監視していた中央王家の隠密によって保護された。すぐに王都の中でも最も安全な王城内へ連れて行き、心の傷を癒すために侍従をつけた。体力は順調に回復しているものの、いまだに言葉を発することができていないでいるようだ。


 ユリカ、トレノとともに住んでいた家は引き払い、王城の中心地である王閣へ引越しを済ませた。侍従たちに囲まれる生活となったが、食事はすべてトレノの手作りであるというのは変わらない。かつてトレノに料理を教えた侍従は、今では逆にトレノから料理を教わっているような状態だ。


 そして俺たちの仕事は、集められた情報を元に国政に携わることではなく、大いなる災いへの対処となった。災いがひと段落するまでの国政については、シスカ前王に一任したのだ。


「さて、ヤグラ師匠に飛空船引渡日を7月10日に変更してもらったから、7月からは遺跡を回ろう。北アズダカ以外の遺跡予想候補地点は、ヤマタイ、デガノ北部の山岳地帯、パレスティカ南部、南アズダカ西部の山岳地帯、アボリグ大陸中心部、エザイプト大陸の大地溝帯にある湖周辺だな。少し違うとしてもその近くだろう。それぞれ、地理的には大陸移動理論に関係する地域だ」


「おそらくそうだべ。ひとつひとつ回るたびに、巫女の言葉をしっかり反芻していくべ?7月いっぱいは地球のあちこちを表敬訪問だな。ついでに時空加護も実験しながら飛行すればいいべ」


 クマソは頷きながら、俺の言葉の後ろを続けた。


「カケル、木星軌道なんだけど、出発日を8月前半にすれば距離的に最短になるよ。8月の賢者会議が終わったらすぐに出発でいいよね?」


 イリスは7月の遺跡探索が終わった直後の出発を提案する。そこから論文発表までは6ヶ月の猶予があるから、それでいいだろう。8月には太陽、地球、木星が一直線に並ぶ「衝」という状態になるのだ。


「7月、8月についてはそれでいいかな。もし遺跡探索開始までに理論形成が難しかった場合は8月も理論作りと実験を継続しよう。その後についてはどうなるかまだ決められないが、9月には木星圏に到達できるという目論見でいよう」


 アルは、もしもの時の案も欠かさずに考えているようだ。


 王城内にある宿泊殿には、太陽団と改称した俺たちの騎士団全員とも、太陽王特別研究騎士団として仮住まいすることにしたので、毎日好きなだけ時空理論形成のための会議を行うことができるのだ。既に騎士団員全員が既婚者となっていて、イリスとアイカルの夫は一般人だが特別に王城から通勤してもらうことにした。


 イリスの夫はウル伝聞社に新卒入社した優しそうな男だった。既にイリスの尻に敷かれていたが、彼もイリスも幸せそうだった。アイカルの夫はダイムー飛空送社の経営者一家であるノア家の長男で、飛空船を大量に所有する大富豪だった。これなら木星圏への10億人移住時にも彼らの協力が得られやすいはずだ。


「じゃあ全体的な計画はそういうところで。さてさて、それじゃ時空理論を完成させていきましょー!」


 議論は、時空加護を使うのに手間がかかる俺の主導ではなく、もともと楽に使えているユリカ主導で進めた。その中で持ち上がったのは、時空理論を形作るためには、どうしても重力子の挙動を正確に把握する必要があるということだった。宇宙空間で同じように時空が歪む現象は、大重力星や銀河などの高度重力源で発見されていたからだ。また黒星のように、光すら完全に捉えてしまうような物体も時空が歪んでいるからだという結論に達した。空間を直進する光が、曲がっているように見えるという現象は、どうやら光が曲がっているのではなく空間が曲がっているということなのだ。つまり時空加護は重力加護と関連性があるということが発見された。


「じゃあさ、重力加護をとことんまで圧縮すると時空加護が生まれるという考えでいいかい?」


「ただしその圧縮には火も水も風も使うってことだべ」


 マスタが導き出したのが答えで、クマソの言葉はそれに追加される補助的なものだ。つまり4属性を均等に圧縮するのでは理論通りではなく効率が悪い。だからユリカを復活させたときの圧縮は無駄も多かったはずだ。実際にはもっと楽に時空加護が使えることになる。そうは言ってもあの時は緊急事態だったのだから、少々無駄だったとしても成功したから良いのだ。


「だから俺の圧縮は効率が悪かったんだな。次はうまくできるかな。いや、次が無いほうがいいんだけどな」


「うーん、もう二度と死にたくないよね…寿命で死ぬのは別として」


「ユリカ、その理論式は頭の中にあるかしらねえ? アタシには思い浮かばないよ」


「エヘヘ…私もぜーんぜん」


「ハッハッハ、時間、空間、重力をひとつに構成する式だろう? 概念の構成要素自体がもともと難しいからな。どこに等符号が置かれるのか、まったく分からないな」


「まずは時間の概念を数式にしていこう」


「それだけですら」 「混乱するね」 「前途多難だよこれ」


「この後、シスカ宰相との打ち合わせがあるから、とりあえず今日はここでいったん区切ろう。明日は朝食時から集まって、食べながらでも話し合うかね」


「そうだねー!」


 食事を取りながらでも、夜が更けても結論の出ない会議を何日も続ける必要があった。そうして理論を形成して、次に詠唱化するのだ。そうやって生まれる加護は、星の賢者が作り出した多重空間加護を越える強さを持つはずだった。それさえできれば土星にだって行けるような強さだ。しかし今の俺たちでは多重空間加護の再現すらできないのだから、木星どころか火星まで行くことすら困難だ。





 騎士団円卓会議の後は、宰相となったシスカ=ダブス前王との打ち合わせだ。本来なら俺がやらねばならないことを、かなりの部分任せてしまっているので、すり合わせをしておかなければならない。


「分権するものは現在法律化するための決議に入っています。決済書類の量はこれで大幅に減少しますのでご安心ください」


「助かります。その後、火星からは?」


「希土類の価格についての交渉が始まりました。まだ、希土類が不要であるということは明かしていません。どうも相当な暴利を得ようとしているので、交渉は長引かせる予定です。ただ、どうも妙なことが起きています」


 シスカ宰相は怪訝な顔をして、まだ推測でしかない不思議な出来事を語り始めた。


「どうやら彼らは、食料問題を解決しているようなのです。こちらから食料についての話題を出すと、それはもう不要なのでということでした」


「どうやって解決したんでしょう? まだ穀物の遺伝子改良は進んでいないはずですよね?」


「彼らは、食物の遺伝子を改良するのではなく、自分たちの遺伝子を改良してしまったようです…」


「代謝量を抑える遺伝子操作ですか? それで爬虫類か…。ヘビやトカゲの遺伝子を人間に封入させたわけですね。それでエスタのようなことになったのですか」


「どうやらそのようです。彼らは既に、地球人とは違う遺伝子を持っていると考えねばなりません」


「ということは、それを拒否した市民は近いうち、火星を追放されるわけですね」


「火星を離れる者が多ければ多いほどいいのでしょうが、そうするとサノクラ大臣の仕事がまた増えてしまいますな」


「では、交渉が進む中で追放者が出るかどうかも探ってみてください。場合によっては追放者を次元扉で地球へ迎える中で、2人の隠密も紛れ込ませられると思いますし」


「では、そうしてみましょう」


 この様子だと緊急対策省は100人じゃ足りなくなるな。関係省庁からも増援を頼まないといけないかもしれない。女性職員たちはかなりの数が1~2年のうちに婚姻もするだろうから、出産育児休暇制度も充実させねばならないだろう。女性参加型社会の模範組織としても試されているのだ。その前に、女性職員たちの婚姻相手を積極的に紹介していく制度を作る必要もあるかもしれない。男女比が半々になれば、職場結婚も増えるだろう。


「カケル殿、もう夜も遅いですので、王妃の寝所へ行かねばならないのでは?」


「そうでしたね…」


 ギクリと心臓が反応する。ああそういえば、今日の夜のことを忘れていた。今夜から毎日、王妃たちの寝所で過ごすのだ。今日はユリカ、明日はトレノだ。ある意味、これも重要な国体としての仕事なのだ。世継ぎ懐妊の報が世間に出るまで、民衆は首を長くしてそれを待っているのだから怠けるわけには行かない。


 しかしお腹が大きくなってしまってからでは、冒険もくそも無いのではないか。それはそのときに考えるべきか。





「さあ! 観念するのだカケル」


「分かってるって…ぐぁっ! トレノ、力強いな…」


 ユリカの部屋の前で気持ちの整理をしていた俺は、トレノに背中を張り叩かれた。いざとなると踏ん切りがつかないというか、どういう顔で入っていけばいいのか分からないのだ。ずっと恋焦がれていたユリカと、やっと夜を共にできる日が来てみれば、心臓が破裂しそうで身動きが取れないという情けない状況なのだ。


「早く入らないとカケルの背中が痣だらけなるのだ」


「ぐほあっ! 分かった、分かったから!」


 トレノに追い込まれ、逃げるように部屋に入った俺を待っていてくれたのは、腹を抱えて笑うユリカだった。妻の尻に敷かれないようにするのは、俺にも無理だと悟って一緒になって笑う。破裂しそうな心臓を押さえ込みながら王妃を抱きしめると、お互いの強大な加護流が交じり合う感覚に襲われた。欠けていた月は、いずれ満ちるものだ。2つの加護流の欠片は、2人の頭上で一つになった。


 その翌朝、締め切られた窓布から零れる光が、俺にはとても眩しかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ