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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第二章◆
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61話 衝撃

「大丈夫ですか!」


 近衛兵長のアザゼル=カノミが走り寄ってくる。


「加護がうまく使えないの…。避難はすぐにはできないわ。お願い、障壁を」


「分かりました! エンティノス、賢者殿たちを背負ってすぐに退避だ! 残った全員で時間稼ぎのための障壁を張れ! 私は残る!」


 ユリカの願いを聞きとめたアザゼル兵長はエンティノス副兵長へ指示を出す。彼はここへ残ると言うが、命を散らす気はそうそう無いようだ。力強い言葉が俺たちを包み込むように発せられていく。


「はっ、畏まりました! ここの5人で行くぞ! 残り全員でとにかくなんでもいいから障壁を張って魔龍を押さえ込め! 兵長、後で戻ってまいります。ご武運を!」


 エンティノス副兵長はすぐに5人の近衛兵を選抜して俺たちを背負い走り出した。隠密たちは既に一般服を脱ぎ捨てて隠密服へはや代わりしていた。アイデインは俺たちの護衛に付いているため戦闘には加わらないが、併走しながらも近づいてくる魔龍に注視している。


「私たちも」 「残って押さえ込むよ」 「少し休んだら戦えるよユリカ」


「ここは試合に出なかった俺たちに任せて、安全なところで休むべ!」


 エアル、カルクラム、ノーレ、クマソは、どうやらその場に残って魔龍を押さえ込む役を引き受けるようだ。


「我もユリカたちについて避難するぞ。」


 トレノも走りながら付いてくる。だが近衛兵の方が足は早く、ややおいてけぼりだ。


「エンティノスさん、シスカ王たちは!?」


「大丈夫です、既に小型飛空船で脱出しました。賢者殿たちも向こうに停泊中の飛空船で退避するのです」


 ユリカの疑問に、エンティノスは満足の行く答えを出す。近衛兵の背中越しに前方を見ると、観客たちは既にかなり遠くまで逃げ切っている。しかし飛空船で逃げ出すというのは間違いだ。俺たちでなければ魔龍と戦うことはできない。あのあたりまで行けばしばらくは安全だろう。そこで血糖値が上がるまで待ち、魔龍を倒すため最前線に戻るのだ。


「申し訳ないのですが、飛空船で逃げ出すことはしません。私たちは回復後に戦います」


「…分かりました。賢者殿のご指示ならばそのように」


 近衛兵の背の上で揺られながら後ろを振り返ると、現在魔龍への対処者は隠密団12~3人、近衛兵20人、他高校の騎士団たち20人、他にも観客としてその場にいた騎士たちがそこへ加わっている。総勢50、いや60人以上と言ったところか。さすがに60人がかりなら数十分ほど押さえつけておくことも可能だろう。そして回復後、六色詠唱で魔龍を障壁ごと突き破るのだ。もう水晶の回収など考えていられない。これは魔龍を倒す為に編み出した、俺たちだけが可能な最高の技なのだ。


 魔龍はいくつもの障壁に阻まれ、完全に動きを停止している。奴には自我が無いが知能はある。もう、あれはエスタと呼んではいけないのだ。おそらく今、奴は何かを考えているのだ。奴は五色詠唱に怯えて一度逃げたが、こうやって正面からやってくるということはその対処策を思いついているということなのだろう。だが、俺たちはその一段上を行くはずの六色詠唱を編み出した。どちらが上か、おそらく力比べになるのだ。





「ここまで来れば大丈夫です、そこでしばらく体を休めていてください」


「ありがとう、近衛兵の皆さん」


「ですが、もし何かあった場合はその飛空船でお逃げください! では我々も前線へ戻ります!」


飛空船の袂へユリカと俺、アル、ミュー、マスタの5人を置いて、再び近衛兵たちが走り出していく。あれだけ走ったのに息も切らしていない。さすがは中央王家の近衛たちだ。


「頼んだよ、エンティノス、カーディス! すぐに行くから待っていてくれ! まだ拳術修行の相手をしてもらった借りを返していないからな!」


 マスタが走り去る近衛兵に声をかけると、エンティノス副兵長ともう一人近衛兵が走りながら後ろも振り返らずに右手を上げて応えた。彼らの間には信頼というものがあるのだ。マスタはそれを見届けると地面に体を投げ出して大の字に寝転んだ。


「はぁはぁ…やっと追いついたぞ…近衛たちは本当に足が早いのだな」


「大丈夫かトレノ?」


 マスタは心配そうにトレノに目を向けるが、それほど汗をかいていないようなので安心しているようだ。


「賢者殿、現在魔龍は動かずにじっとしています。障壁に囲まれているのを無理に破ろうとはしていません。動きがあったらお伝えしますから、どうぞゆっくり休んでいてください」


 果敢にも報道を続けるウル伝聞社の腕章をつけた記者たち3人が、撮像機の光学拡大晶を覗きながら、しかし遠巻きのこの場所で得た情報を世界へ発信していく。映像撮像機も戦いの様子、そして俺たちが回復のために休む様子を交互に撮影している。この戦いは世界へ発信されるのだ。


「今は回復だけを考えよう。体を動かすな。少しでも早く回復するんだ。それが戦いだ」


 アルは冷静に、自分たちの回復こそこの戦いの重要施策であるということを口にする。


「そうね~。こうなったら回復加護だって効かないからね。もちろん、私も今加護が使えないから試すこともできないけど~」


 ミューは夫であるアルケイオスの意見に同調しているが、残念ながら回復加護の範囲外である疲労状態を悔しがっているようだった。


「賢者殿、少し動きがあります。魔龍が口から黒いものを出しています。…ですが障壁は少し内側のものが破れただけで、また張りなおされていますね。あ、また魔龍は沈黙しました」


「分かりました。ありがとう記者さん!」


「いえいえ、少しでもお役に立てれば…」


 その言葉に遠く1kmは離れた前線の様子を見ようとするが、あまりにも遠くて様子が良く分からない。記者は必死の形相で光学拡大晶を覗き続ける。彼も自分のために仕事をしているわけではない。世界へこの事実を伝えることが使命だと感じているのだ。そうでなければこのような危険なところにいつまでもいるはずがない。彼らは今、騎士たちと10キロ級以上の魔獣との戦いを、史上初の映像に収めているのだ。こういった強い使命感を持つ記者こそ、ウル伝聞社撮像賞を取るに相応しい。間違いなく今年の撮像賞は彼ら3人だ。





「ああっ! 魔龍が暴れ始めました! 障壁を食い破って…体内に取り込んでいるように見えます。加護流を体の中へ取り入れて、強大化しようとしているのでしょうか!? 何度も障壁を張りなおしているので、まだまだ魔龍は閉じ込められています」


 記者は急変した前線の様子を正確に伝えてきてくれる。


「体内に取り込むとはどういうことだ? 回復はしてきたが、まだ体がうまく動かないな。でも待つしかない」


「もしかして、加護を食べているの?」


 俺の疑問にユリカがとんでもない言葉を返してくる。そんなことをされたら俺たちも対処できないぞ?


「いや、他人の加護を取り込むことはできないはずだよ? 口で破壊しているだけだろう」


「そ、そうだよね。ふう、びっくりー!」


 いやびっくりしたのはこっちだ。ユリカはマスタの答えに胸を撫で下ろしている。


「あっ! 口の中から加護流を吐き出して障壁にぶつけています。齧った障壁の加護流を攻撃に利用しているようですね」


「なるほど、そういうことか。自分の加護流を使わずに温存しているんだな。さらに騎士たちの消耗を狙っているのか? これはもたないかもしれんな、まずいぞ」


 記者の報告に対して、アルが微妙に恐ろしい分析結果を出した。それは危険だ。ということは俺たちが回復しようとしていることをきちんと認識し、その前になんとかしようという考えを奴が持っていることになる。知能はどうやら本当に高いようだ。それもそうだ、もともと校内2位の成績を持つエスタが基幹生物となっているのだ。エスタには知恵がなかったが、余計な自我の無い魔龍は知恵も回るのかもしれない。


「俺たちが回復しきらないうちに動き出すのが早いか、魔龍が騎士たちを消耗させるのが早いか。時間との勝負か?」


「ううっ、我も何かしたいのだが何も出来ない」


 トレノがうずうずしているが、加護は無いのだから戦うこともできないだろう。


「魔龍が何かを作り始めています! 大きな黒い塊を口から吐き出しましたよ! 大きな塊です。直径15メートルほどはありそうです。あっ! 魔龍が塊の中へ入りました! ああっ!? 消えた!」


「カケル! 後ろよ! 逃げて!」


「なんだとっ!? うわあっ!」


 とうとう、魔龍は次元扉を作り出してしまったのだ。前線からここまで瞬間移動した魔龍は、閉じ込められていた鬱憤を、体当たりして飛空船に向けて放つ。瞬間的に飛空船は細かい部品まで分解されて、大きな音と共に砕け散った。これで逃走手段は奪われてしまった。危険だ。危険すぎる。


「くっ、体がまだ重い…」


「戦うのよ、生きる為に」


 体はまだまだ重いが、ミューが水の加護で筋力を増強させる。俺は地の加護を全員にかけ、素早い動きが可能なようにする。武器は無い。素手で戦うのだ。


「トレノ! 記者さんたちは逃げて!」


「分かったのだ!」


「はっ! はいっ!!」


 ユリカの言葉に、トレノがすぐに走り出す。報道記者たちはそれでも撮像機を放さず、後ろを向いて走り出した。だが撮像機の正面はこちらに向けたままだ。


 魔龍はニタリと笑っている。爬虫類のような顔をしているが笑うことはできるようだ。してやったりという顔をして、散開する俺たちを無視して、ユリカを追い続ける。どうやら魔龍の目には、魔獣化した当時のエスタの戦闘目標であるユリカしか見えていないようだ。


「むううう! だめだ、私一人では魔龍を抑えきれない。連発すれば体は動かなくなるからすぐに打ち止めになる。カケル! どうしたらいい!?」


 アルが作り出す強力な障壁も、数枚程度では魔龍を止めることはできていない。魔龍が瞬間移動したことに、前線にいた騎士たちはすぐに気づいて走ってくるがまだ遠いところにいる。彼らが到着する前に魔龍は最大攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。魔龍は口から黒い加護を吐き出してきている。それは加護矢のようなもので、当たれば命は無い。だがその攻撃はすべてユリカに向けられている。


「ユリカ! 次元扉はもう開けるか!?」


「ぎりぎり、1回しかできないと思う! やってみる!」


「この野郎ぉ! くそ、硬いな!」


 ユリカが次元扉を準備している間に陽動が必要だろうと思い、飛び上がって魔龍の頭に回し蹴りを喰らわせるが鱗の障壁が硬く、負傷させることは適わない。魔龍は激しく加護矢を口から連発し始めた。これは対処しきれないぞ!?


「ユリカ! 危ない!」


「きゃぁっ!」


「そんな! ユリカ!!!」


 ミューが叫んだ次の瞬間、次元扉を開くために一瞬だけ立ち止まったユリカを、アルが展開した障壁もろとも、黒い矢の衝撃が貫いていく。その瞬間、まるで世界が止まった。ユリカが力を失って崩れ落ちていく、その信じられない光景に全員とも動けなくなっていた。ニタリと笑う魔龍は、目的を達すると成層圏へ向けて上昇していく。こんな終わり方なんて、そんな…。


「ユリカ! ユリカぁー! いやああ!」


 トレノは悲痛な叫び声を上げながらユリカに走り寄って、ユリカを介抱する。


 胸を貫かれたユリカは、その細い体を地面に仰向けに横たえた。全員ともすぐに駆け寄るが、ミューの回復加護はどうやら効いていない。魔龍は既に遠く空へ飛び去っている。戦闘は終了したのだ。完全敗北だった。


「カケル、トレノ…私もうだめみたい」


「馬鹿を言うでない! すぐに騎士たちが駆け寄ってきてくれるから、回復するのだ! そうだユリカ、蘇生加護は使えないのか!?」


「ううん、これは無理よ…自分には蘇生はかけ…られないの」


 トレノが蘇生加護をユリカに促すが、ユリカは蘇生加護の制約を初めて明かす。


「なんだって!?」


「そんな…」


「はぁはぁ、待たせたね! ああっ、ユリカ! 水の加護を持つ人はすぐに回復を!」


 最初の戦闘区域から走ってきた騎士たちがやっと俺たちのところへ到着した。エイルキニスはユリカの様子に愕然としながらも、すぐに強力な青い光を右手から発し、ユリカに注ぎ込む。


「なんでこんな…もっと回復加護を!」


 悲壮な叫びがその場に充満する。俺はユリカの手を取って、トレノと共にユリカの体を温める。ユリカの腹に空いた大きな穴は、とても回復加護で修復できるようなものではないことに気づいた。もう、駄目なのか…。だが諦めたくはない。諦めたくないのだが現実は認識しなければならない。


「カケル…愛してるよ…」


 ユリカは左腕を俺の首に回して俺の髪を触る。


「ああ! 俺も愛している! ユリカ頼む、逝かないでくれ!」


「我もユリカを愛しているぞ!」


「カケル…。トレノ…」


 ユリカの唇に、そっと自分の唇を重ねる。逝くならせめて、愛を感じながら…。


「やっと口付けしてくれたね…ありがとうカケル…」


「ユリカ…」


 涙が止まらない。愛する者と離れることの辛さがこれほどのものだったとは…。胸が痛い。まるで自分の心臓を握りつぶされたかのような、そんな苦しみなのだ。ユリカ、ああユリカ。もっと俺の力が強ければ…。分かったよユリカ、俺は今から時空加護を使えるか、試さねばならないんだな。もう太陽王であることを隠すなんてどうでもいい。俺は今から五段階目の力の解放を必ず成し遂げる。もう、形振り構っていられるか! 待っているんだユリカ!


 報道記者たちは戻ってきて咽びながら撮像機を俺たちに向けているが、それも構わない。彼らにはこれから起こることを世界へ伝える役目があるのだ。その場の誰もが目に涙を貯めつつ見守る中、ユリカは俺の首に回していた左手から力を失い、地に落とした。加護で飛ばされていた雲が上空を覆い始め、まるで天が涙を流しているかのように、しとしとと雨が降り始めていた。


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