59話 贖罪
――2116年6月2日から13日にかけて行われた王立高校・アトラタス合同騎士課外授業は、死者7名となった。死亡したのは王立第一高校・詠唱学講師ミグス=アグザレノール二級騎士(38)、エスタレンティア=ユウチ五級騎士(18)、カトラエ=ネイノル五級騎士(18)、モーラント=セルビオ五級騎士(18)、デンネル=セルビオ五級騎士(18)、フォエラス=ファリス五級騎士(18)、スクアルルス=トライエル五級騎士(18)。死因は魔獣との戦闘による身体消失。
6月3日に出現した魔獣は20キログラムから30キログラム級と推測される、体長30メートルほどの基幹生物不明型魔獣で、2105年にカマチェスカ半島ナシュ火山周辺で発見された通称『魔龍』と同型となる。なお、体格・体長・体色・行動原理ともに『魔龍』と同一であるため、2105年に出現した個体と中央王家に認められた。
なお、死亡者の致命傷となった攻撃は、闇の賢者と同一種の時空加護と推測されるため、現在も明確な防御方法は確立されていない。魔龍は現在、闇の賢者ユリカ=カノミ二級騎士(一級へ昇格予定)の攻撃によって深手を負っていると思われるものの、数日から数週間ほどで回復し、再度出現する可能性が高いため、6月3日、ダイムー中央王家および太陽神殿より緊急風伝警報体制が発令された。出現時には風伝の情報に従って、速やかに退避するよう注意されたし――
「馬鹿め! この調子だと、息子どころかエスバンまで死におったわけだ。くだらぬことに心血を注ぐ、目的を見失った者の末路というものは、やはりくだらぬ。吐き気がするわ。貴様もそう思わんか?」
ダイムー王国宰相・兼火星開発大臣、コーエン=ユウチはすぐそばにいる黒衣に身を包んだ隻眼の隠密に対して吐き捨てるように言葉をぶつけるが、壁際に立ち続ける隠密は無言でコーエンからの指示を待つだけだった。コーエンは手に持っていた紙伝を丸めて隠密に投げつけ、腐臭のするような濁った目を酒瓶に向けた。
「エスバンはひょっこり出てくるかもしれんが、10日ほど待って出てこないようであれば娘はメクスの街に放り出しておけ。まだ16歳だからその気になれば体でも売って生活するだろう。ああそれから、ウィングとの会談を設定しておけ。…いい加減、貴様も俺のためにちゃんと働け。お前なら闇の賢者ぐらい、すぐにひねり殺せるだろうが」
やっと指示を得られた隠密は、すぐにその場から立ち去ると、かなり早い速度で宰相官邸を離れていった。おそらく目の肥えた騎士でなければその存在を見つけ出すことはできないだろう。一人になったコーエンは飲み物の器に手を伸ばし、瓶から果実酒を注ぎ、飲み干してはまた注いでいた。
「所詮は風王家の隠密か。誰のおかげでここまで来れたと思っているんだ。最初から隠密を何人も投入しておけば…。まったく、馬鹿らしい…」
隠密はおそらく最後の、闇の賢者を殺すという提案は受け入れないのだろうと思うと、コーエンはもはや誰もそれを聞いていないことが分かっていながらも、火星儀を小突きながら愚痴を吐き出していた――
――賢者の称号を得た少女の家で、灰衣に身を包んだ目元の美しい女性隠密は、彼の主人に向けて、初めて言葉を発していた――
「カケル様。ご連絡がございます」
「おおっ!? アイデインさん、あなたの声を聞いたのは初めてだよ」
この人は全然しゃべらない人かと思っていたけど、必要なら声は出すんだな。綺麗な声だが、その感じからして30代中盤のはずだ。それでもぜんぜん目元は若いな…。不思議な魅力を持つ人だな。一体、何歳なんだろうか? いや今はそんなことはどうでもいい。おそらくアイデインが声を発するということは重要な事柄が含まれているんだろう。
「シルベスタ様からのご連絡です。捕縛してから10日ほど経過し、エスバンからは詳細な情報を得られています。時系列があやふやなところがいくつかございますが、だいたいの組織構造が判明しました。現在、御前加護戦に向けて一斉逮捕の準備を裏で進めております」
「なるほど、これで一人も漏らさずに逮捕できればいいな」
「ええ。それから、エスバンたちは当分、隠密修行には入らず王城の地下監獄で懺悔の時を過ごすとのことです。毎晩、自分たちが殺した者が夢に出るそうで呻き声が地下から聞こえてきます。それが消えるまではそうやって罪を少しでも償うつもりのようです。また、彼らが昼間作成している力石の利益は、サルイイシコトラウ砂漠で死亡したクレスト五級騎士の遺族への恩給にあてられています」
なるほど、彼らも殺人を犯してしまったわけだから、そんな事になってもおかしくはないだろう。普通なら彼らは死刑、そんな悩みを抱えずに死ぬはずだったが、彼らにはやるべきことが見つかった。だから身も心も軽くしてその仕事に入れるように、贖罪は贖罪として行うということか。それはつらいことだろうが、11年前の特級騎士殺害、先月の生徒殺害、そして2回の闇の賢者暗殺未遂という重い罪を背負った人間が、高尚な意義を持つ中央王家隠密になど、すぐになれるはずもないという自覚があったのだ。
元生徒たち5人や元詠唱学講師のミグスはその罪の意識もエスバンに比べれば軽いだろうから、先に監獄から出てくるのは彼ら6人だろう。下手をすると、エスバンは一生監獄の中にいるつもりかもしれない。だが彼はそのつらい道を、誰に言われなくても自分から選んだのだ。そして彼らは一度、エスタに殺された記憶を持っている。その瞬間は想像を絶する苦痛だったろう。
つまり彼らは一度既に、死刑に遭っているのとほとんど同じなのだ。死刑を執行された後に、懲役刑を自ら望んだようなものなのだから、彼らの反省は常識を超えた厳しさの中にあるだろう。そして監獄から出た後は、おそらく最も危険な隠密業務を遂行できるように厳しい修行を受け、その修行が終わっても、命の危険が常に身の周りにある隠密業を行うのだ。そこまでいけば、筋金入りの強力な隠密になると想像できる。
もし隠密を抜けたとしてもで戸籍は無く、姿を旧知の人間に見せれば逆に命を狙われるため、一生を孤独とともに過ごすしかない、まさにこの世の地獄と呼べるほどの過酷な罰なのだ。
「エルメスについての情報です。エルメスは今年16歳になるようですが、1年半前から学校へ通っていないことが分かりました。その頃に拉致されたとエスバンの証言もありました。しかしまだ彼女は見つかっていません。現在あたりをつけているのは火星、王都、ヤマタイ、メクスでユウチ家が所有する建築物内です。それぞれ黒衣を身につけた隠密がいるようで、救出することはかないませんため、解放されるのを現在周囲で待機しています。ご連絡は以上です」
アイデインはそこまで告げるとすぐに床から飛び上がり、天井に地の加護で穴を開けてその中へ飛び込み、跡形も無く天井を修復して天井裏に隠れていく。なるほど、そうやって消えていたのか。
「カケルはアイデインの声を聞くのは初めてだの? 顔も布で隠してあるので見たことがないかもしれぬが、恐ろしいほどの美人だぞ? 旦那が羨ましいほどのな。だが我にはあまり羨ましくないな。あの手刀ほど恐ろしいものはなぎゃふっ…。ほれ、これだからのう。いてて」
「アハハ、アイデインさんは神出鬼没だねー!」
アイデインのことについて配慮にかける言葉を出すとそうなるのだ。すぐにまたトレノの横に現れたアイデインは、トレノの肩に手刀を一発打ち込むとすぐにまた天井へ戻っていった。これは俺もうかうかしているとやられるな。言動には気をつけよう。おそらくこれは躾なんだ。だが、余計な口を出さずにいることが素晴らしいと思っている。何故手刀を受けたのかを自分で考えなければいけないからだ。間違っていればまた喰らうことになるのだから、必死で考えなければいけない。
そしてそういった教育方法は、少々きついかもしれないが考える力を強くさせていた。だからトレノもここまで料理がすぐにうまくなったのだし、既に俺もユリカも適わないほどの腕前になっているのだ。家事はほとんど完璧、というよりも失点が見当たらない。ついこの間まで箱入り娘で家事もしたことがなかったトレノがここまでになるとは、俺もユリカも想像できなかったのだ。アイデインが優秀な教育係だったというだけでなく、トレノも元々、相当優れた女性だったということなのだろう。
「では行こうか!」
マスタリウスは明るく声を張り上げる。
アトラタスでの死の行軍が終わった後は、毎年恒例の御前加護戦が行われる。八つの王立高校から勝ち抜いた組が王家へ技を修めるのだ。
前日から場所取りをする市民達がいると、紙伝には載っていたがこれも毎年恒例だ。会場は王都の第四郭南街区から少し南へ行ったところにある、ウル湾とウルガ河に挟まれた広大な湿地だ。観客は指定された場所の中へ入らなければどこで試合を見ても良いが、一番人気があるのはシスカ王たち王族が観覧するための小高い丘で、ここからだと遠くまでよく見えるのだ。
御前加護戦は校内戦より遥かに規模が大きく、準備する側も忙しくなる。もちろん戦闘の規模も大きくなる。標的は校内戦で3メートルの高さだったものが、15メートルと一気に5倍、体積では225倍になる。ここまで大きいのは10キロ級の魔獣に見立てているためだ。そんな標的をいくつも作るというのは大変な作業なので、勝ち抜くまでの区分勝利数は2に抑えられている。つまり最大でも3本勝負だ。
アトラタスを乗り越えた五級騎士たちが繰り広げる戦いは、壮観の一言につきる。大地が形を変え、空が色を変える御前加護戦は、世界中の人々が観覧ついでに観光を目的としてやってくるという、王都としても稼ぎ時となる。商人たちは王都のそこかしこに出店を構え、食べ物や飲み物を売っている。会場まで行かなくても、風伝社とクルスタス機械工業が合同開発し、7年前から王都のあちこちの広場に据え付けられた高さ10メートル、幅17メートルの巨大映像機が戦いの様子を伝えてくれる。普段は映像風伝で世界の出来事を伝えているこの映像機ができる前は、会場に人が集まりすぎてひどいことになっていたらしい。
世界中の人々が楽しみにしているのは戦いだけではなく、賭け事についてもそうだ。牛競争などと違い、御前加護戦だけは大っぴらに賭けても誰も後ろ指を差さないので、恐妻家の男たちも妻と一緒になって楽しむことができるのだ。得票率は木星団が98%となってしまい、俺たち木星団が優勝すると1.0倍の元返しとなるのだが、賭けを主催しているダイムー観光社は大赤字だそうで、あまりにもその状況がひどいため10日前に賭けが締め切られた。乗り遅れた人々は最初のうちは憤慨したが、観光収入と完全に相殺になるほどの赤字額を見て口を噤んだ。誰もが、主催社であろうとも木星団が優勝することを疑っていないということなのだ。
火王城に集合した木星華之団の面子は、御前加護戦に出場するため火力車で向かう。20人乗りの大きな火力車なのだが、乗っているのは運転手とトレノを含めて14人だ。ゼルイドは少し遅れてくるということなので火王城の前で火力車に乗って待つ。華之団の6人は既に研究団としては正式に合同化したことを届け出ていたため、今日のように一緒に活動していてもおかしくはない。だが加護戦に登録したのは木星団の6人なので、試合に出るのは俺たちだけだ。
今日の運転手はいつぞやのシルベスタ先王ではなく、何故かアイデインだ。移動手段については火王城に行けば迎えが来るから、心配することは無いとトレノが言っていたが、こういうことだったのか。今日は隠密の格好をせず、人前に出てもおかしくない黒っぽい正装だ。布で隠れていない素顔を初めて見たが、トレノの言っていたとおり、ものすごい美女だ。いつもは目元しか見えないから若く見えていた気もしたが、素顔を見てもぜんぜん若いのだ。
そう、アイデインの年齢はどう見ても20代にしか見えない。アイデインが結婚する前に、女性騎士をやっていて紙伝に載っていたのが今から15年ぐらい前だから、アイデインの実年齢についてはだいたい35歳前後と予想がついていた。しかしその異常な若さには、そこにいた女性全員が驚きの目を向ける。どうやってその若さを保っているのかを探ろうとするがそれは謎のままだ。アイカルが質問してもアイデインは答えずに無言で微笑み、頷くだけだった。
「あれっ!? な、なんで…ア…アイちゃんがここにいるんぎゃふっ!?」
遅れて火王城に到着し、後から火力車に乗ってきたゼルイドは、寡黙に運転を続けるアイデインに、親しげに、いや恐ろしげに尋ねる。どうやら知り合い、いや、知り合い以上のようだ。アイちゃんと呼ばれたアイデインは片手で操縦桿を握りつつも視線を前方からはずさず、ぷるぷると震えているゼルイドに手刀を見舞っている。来るのが遅いという意味か?
「ゼルイド先生、アイデインさんと知り合いなんですか?」
イリスは、あまりにも仲の良いように見える2人の関係に疑問をぶつけざるを得なかった。
「つ…」
「つ…?」
「妻ですが…」
「……」
何故か妻を紹介するだけなのに、ゼルイドは体を縮めて凄まじく恐縮している。アイデインは前方を見ながら、目元だけで笑っている。ゼルイドは恐妻家だったのか。
そうだ思い出した。世間を賑わせた女性騎士が壮絶な大恋愛の末に結ばれたのは、クルスタス機械工業の御曹司だった。じゃあゼルイドはクルスタスの次期社長なのか? 皆それに気づいて、いくつかの意味で絶句している。平然としているのは最初から知っていたマスタとトレノだけだ。静か過ぎる乗客たちを乗せ、クルスタス機械工業製の大型火力車は力強い機関音を立てて会場へ向かうのだった。
尻に敷かれる旦那というのはゼルイドだったのだ。ゼルイドが前向きな考えを持ち続けていた謎が今やっと俺にも分かった気がする。




