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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第二章◆
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57話 喪失

「一旦解除だ! エスタだけをもう一度障壁に閉じ込めろ! 風伝で校長に連絡を!」


強力な捕縛障壁の中に起きた想像を絶する異変を見て、ゼルイドが叫ぶ。ミューは持っていた風伝板に急いで文字を書き込んで中央本部へ状況を伝えている。捕縛するまでのある程度の戦闘は予期していたが、捕縛後にこんなことになるとは誰も予想していなかったから、対処が遅れてしまったのだ。エスタは俺たちの目の前で父親と部下に手をかけ、講師のミグスには致命傷を与えていた。捕縛障壁の中に存在する人間は、もはやエスタとミグスのみだった。いや、エスタの方はもう人間と呼ぶことはできないだろう。


「が・・・エルメ・・・」


声は太く変化し、肩は膨れ上がり、次第に身長が大きくなっていく。発せられる加護流はもはや瘴気と呼んでも良いほどの禍々しさで俺たちに突き刺さってくる。エスタの腹の中にはもう虹色水晶が取り込まれてしまっているのだ。虹色水晶を取り込んだ生物に起こる巨大化現象が起き始めていた。もはやエスタは人間ではなく、魔獣となってしまったのだ。彼は虚空を見つめて苦悶の表情を浮かべ、次第に人間として持っていた形も、そして心も喪失していくように見えた。エスタのすぐ横に落ちた荷物の中から、体長1メートルもありそうな蜥蜴が這い出してきてのそのそと逃げていく。本当はその蜥蜴に虹色水晶を仕込むつもりだったのだろうが、虹色水晶を腹部に抱えた時間が長すぎたために、誤って取り込みが始まってしまったのだ。さらには彼を止めようとしたエスバンや部下を、虹色水晶によって得られてしまった強い力によって、意図せず傷つけすぎてしまったのだ。


「ガアアァ!」


「うぐ・・・たすけ・・・ゆるしてくれ・・・ああ、どうしてこんな・・・こ・・・」


ミグスは血の流れる腹部を右手で押さえながら俺たちに左手を伸ばす。エスタの周囲には火の障壁が何重にも張られていて、破るのには時間がかかりそうな状況だと瞬時に判断し、俺たちは行動指針を救命へ一時変更した。再度3人娘によってエスタの周りに張られた捕縛障壁は先ほどよりも強く、これならその外に横たわるミグスと、エスバンら6人の遺体をこちらに引き寄せて蘇生加護で復活させられる。気がつけばミグスも、俺たちに向かって延ばしたはずの左手を地面に落として突っ伏して動かなくなっており、すでに事切れている。だがまだ2分も経っていないから、ユリカの加護で蘇生ができるはずだ。


「ユリカ! すぐに蘇生加護の準備を! エスタが動き出さないうちに遺体をみんなで運ぶんだ!」


「大丈夫! もういつでも発動できるよ! ここに運んできて!」


全員で力を合わせて彼らを運び出し、呻きながら捕縛障壁の中でもがいているエスタから離れた、ユリカの目の前へ横たえる。


「7人とも一気に行くよ! ・・・時間を戻し給え!」


構えていたユリカが腕を振り下ろすと7人の遺体を黒い靄が覆い尽くす。気がつけば靄が消え、遺体となったはずの7人はむっくりと起き上がっていて、蘇生に成功したことにその場の全員が安堵した。だがユリカは精神力を使いすぎたのか、体を崩して俺にもたれかかる。7人もの人間を同時に蘇生したので、脳内の糖分と酸素を一気に使い果たしたのだろう。彼らは完全に時間の戻った世界にいるので、エスタがああなる前の世界からここへ来ているのかと思ったが、記憶は時間を遡らずに残っているようだった。状況を察して蘇生加護を使われたことも分かったようなので、自分たちが一度死んでしまったことに怯えて、腰が砕けてしまっていた。もう捕縛障壁は必要ないだろう。


「したら、アレをどうにかすんべ! おらぁっ! ・・・おいおい、ぜんぜん効かないべ」


クマソはもうなんと呼んで良いか分からない姿に変貌したエスタに向けて、強烈な光を放つ火の加護矢を放っていたが、エスタが作り出すどす黒い火の障壁に阻まれて攻撃が通じない。その状況に、全員が息を飲んで次の行動を導き出せず、動けなくなっていた。エスタの体表は次第に黒く変色、既に身長は15メートルを超え、強力な捕縛障壁も突き破ってしまっている。だんだんと体は細長くなり、頭蓋は爬虫類のようなものへ変形している。体表が黒く見えるのは、黒い鱗で覆われ始めているからだ。だが人間が普通に虹色水晶を取り込んだところでこんなことにはならないはずだ。これは何かがおかしい。


「遺伝子改造を受けているから・・・11年前と同じだ・・・」


「おい! 何をしたか分かってるのか!? 最悪の状況を2回も生み出した罪は重いぞ!」


エスバンが震えながらぼそりと呟いた言葉に、マスタが食ってかかる。そう、そこにいるのはあの「魔龍」と呼ばれた魔獣と瓜二つの生物だった。11年前に親父が遭遇したのは、遺伝子改造を受けて虹色水晶を取り込んだ、人間から魔獣へ変化した生物だったのだ。そして今の言葉から分かるように、そのときにもエスバンがそこにいたということなのだ。


だが今は陰謀の詮索など、どうでも良いことだった。エスタが現在どういう意志を持っているのか確認が取れない状況では、魔龍との戦闘を考慮に入れた準備が必要となる。気を抜けばせっかく生き返った7人を含め、全員が命を落とすことにもなりかねない。3人娘とアルが次々と俺たちの周囲に何重もの障壁を張っていく。これだけ張れば十分ということはなく、ほんの少しの時間稼ぎにしかならないだろう。





「そろそろアレが来るぞ! ユリカ、蘇生加護で疲れているところすまんが、避難用の次元扉をすぐに!」


「ああっ! そうね、王城の中に開くからこの7人は放り込んじゃって!」


ユリカが次元扉を王城へと接続すると、そこには驚いた王妃と侍従がいたが、緊急事態だとすぐに気づいて隠密を呼んでくれたので、犯罪者の7人を引き渡すことができた。俺たちも全員避難しなければと考えたのだが、魔龍となってしまったエスタを放置すれば、世界中を襲い始める可能性もあった。残念なことだが、彼はもう人間には戻れない。土に還してやらなければいけないのだ。


王城を危険に晒すわけには行かないので一旦次元扉を閉じ、再度エスタと対峙する。彼はうずくまって動かなくなっており、お互い障壁の中でにらみ合うことで時間が流れていく。俺の周りを12人の騎士が取り囲み、神術の武器を構えて護ってくれている。ユリカは念のため、王都の近くで俺たちが加護戦の練習をしていたあの場所に、人間だけが通れる大きさの次元扉を開いていた。エスタまで一緒にくぐってこられては避難にはならないからだ。そうやって開いておいておけば、危なくなった者から順に逃げ出すことができるだろう。


「エスタ! 聞こえるか!?」


「グル・・・ガアアアァァ!」


障壁を突き抜けさせた風の伝達詠唱を使ってアルがエスタとの間に言葉をやりとりしようとするが、反応は人間の言葉ではない。知性はあるようだが自我を失ってしまったようで、俺たちの声には敵意しか返してこない。もう、エスタという人間は完全に地上から失われてしまった。なんという馬鹿なことをしたのだ。だが11年前に現れた魔龍は今、どこにいるのだろうか。そしてそれは誰だったのだろうか。


「おい! もうやめるんだ! おとなしく逮捕されるんだ!」


「グルルルル・・・」


「だめだなこれは、意思がちゃんと通じない。カケル、戦うか?」


そう言うとアルは伝達のために作り出した緑光の筒状加護を閉じて、俺に向き直る。


「どうやって?」 「アレは30キロ級」 「常識を超えた魔獣だよ」


「だけど放置したら大変なことになるよー!」


エアル、カルクラム、ノーレの3人は戦闘を行うことに懐疑的だが、ユリカはあれを野放しにしたときに起きる懸念を重要視していた。


「やるしかないんだろうねえ。カケルには最悪の場合、一人ででも逃げてもらわないと。ねえ殿下?」


エイルキニスは諦めたように溜息をつきながら戦闘を行うことを渋々賛成するが、最悪の場合は太陽王である俺だけを逃がそうという考えなのだろう。だが俺は、そんなことは許さない。全員が生還できなければ意味が無いのだ。


「だめだ、撤退するときは全員一緒にだ! おい、来たぞ! 全員散開しよう!」


エスタは体の構造が安定するまで動けないようだったが、体長が30メートルを超えた状態になってそれも終わると、俺たちの障壁に攻撃を開始した。あれだけ張った障壁も、わずか10秒しかもたなかったがそれでも十分だ。エスタは俺たちの障壁をすべて取り去ると、身を一旦引いてから猛烈に突進してくる。ものすごい速度だが、俺たちだって同じように動けるのだからたいしたことはない。


固まっているより散らばったほうがエスタは攻撃がしづらく、俺たちはエスタへ攻撃しやすい。全員素早い動きができているので、これならすぐに命を失うようなことはない。まるで何十年も共に戦ってきた仲間同士のように連携が取れている13人は、四方から取り囲んでエスタに武器を振るう。


「うわあっ、これはやばい! みんな、加護流を相当濃くしないと切れないぞ!」


神術を行使してもエスタの鱗には通らずはじかれる。体表すべてが加護流によって覆われ、障壁のようになっているようだ。俺たちはまだ神術を覚えて間もないので、うまくできているとは言いがたい。ここで頼りになるのはゼルイドだった。金属製の武器を持っているのはこの場ではゼルイドのみで、俺たちは木でできている武器だから、思いっきり振り下ろしているうちに数人が武器を折ってしまっていた。


「無理だ! 体表の鱗はどうやら障壁だぞ!」


「みんなー! 離れてー!」


ユリカが詠唱を終えて、その右手に3つの次元扉を用意していた。俺はその補助のためにエスタの体数箇所を障壁で固めて身動きが取れないようにする。だがユリカの腕から放たれた次元扉は、エスタが作り出した障壁に飲み込まれてしまった。


「カケル、これは私には無理よー!」


つまりエスタの加護量がとんでもない量になってしまっているのだということだ。ならば5色詠唱はどうだ。


「任せろ! 火よ、水よ、風よ、地よ、光よ!! その力の本流を見せよ! 一つの力を顕わせ! 百の矢となれ! 百之光矢を魔龍に降り注げ!!」


以前に大蜥蜴と戦ったときの10倍の矢が天から降り注ぐ。この技は遠くからも他の生徒たちに見えるだろうが、複合詠唱を行ったとか、ごまかせばいいので心配はしていない。障壁を突き抜けてエスタの体をいくつもの5色の矢が貫いていく。その体には次々と穴が空いていくが、肝心の核がある胸部の周囲だけはうまく貫けない。


「グォアァァァ!」


これならば連発すればいけると思ったが、エスタはすぐに束縛していた障壁を破壊して上空へ逃げ出していく。一旦退避したのではなく、5色詠唱を見て怯えたのか、そのままおぞましい叫び声を上げながら遠ざかっていく。


「あれー!? 逃げちゃった? カケル、もう一回撃てる?」


「火よ、水よ・・・ぐっ、だめだ、精神力が」


「もう大丈夫」 「カケルは少し」 「休んでて」


俺も5色詠唱で精神力を大きく損なってしまったので、どうやら連発はできない。逃げ出すエスタをただ眺めていることしかできないうちに彼の叫び声は次第に小さく、やがて聞こえなくなり、姿も見えなくなってしまった。以前現れた魔龍と同じように、飛行できるようになっているようだ。


「戦闘はこれだけで終了・・・か? エスタは完全に人間をやめちまったな」


「魔龍とは、禁断の行為を続けた人間の、成れの果てだったのか・・・」


あまりのあっけなさに全員呆然としているが、魔龍と遭遇して全員が生還できたことが重要だ。前回は死者5名だったのだから今回は上出来だ。だが、一応あのエスタ配下の騎士団は全滅したことにしておいてもらうということになった。彼らにはこれから事情聴取が待っているのだが、彼らを捕らえたことを陰謀の主へ伝えることはできない。


だがここでエスタを逃がしたことは、後々問題となるかもしれない。いつ彼に襲われるか分からない日々を過ごすのは、精神的にもきついことだ。あの飛行能力を考えれば、地球上のどこにいても心の休まる日は訪れないだろう。彼が体を癒して再び襲ってくるのは、いつのことになるのか、どこになるのか。そしてどこまで俺たちとの戦闘を学習して強くなってくるのか。それは危険な問題として発生してしまったが、魔龍との戦闘を一切考えていなかった俺たちには、仕方の無いことだった。


さらには、捕縛した7人の事情聴取をどうするかという問題もある。それについては後で歩きながら、次元扉を王城に再び開いて、シスカ王も交えて全員で会議をしようということになった。アトラタスの森を歩きながら地球の裏側の人と会議をするなんてことは、ユリカにしかできない反則技だ。





「なんと! では、詠唱学講師のミグス他、彼らの組は全員死亡か!?」


「ええ、俺たちがここへ到着したときには、魔龍に襲われているところでした。魔龍の加護で骨も残さずに・・・ほら、あそこに彼らの荷物が・・・」


「馬鹿な、なんということだ・・・方向も間違えて進んでいて、さらに命も落とすとは・・・」


飛空船で中央本部からやってきた講師や校長たちががっくりと肩を落とす。だが、俺たちが生還したことには驚きだったようだ。戦闘の様子は接近中の飛空船の上で遠目から見ていて、彼らも魔龍が成層圏へ逃亡するのを目にしていた。5色詠唱もやはり目についたようだったが、複合詠唱ということにしておいた。中央本部には俺たちの放った加護や、上空に逃げ出す魔龍の目撃情報が他の組の生徒たちから大量に入っていて、そのやり取りに忙しいようだった。後ほど、トスカン校長にはこっそりと真実を伝えなければ。


「試練は・・・やはり続けるかね?」


「ええ、彼らが亡くなったことは悲しいですが、試練は続けます。いえ、続けなければいけません」


ユリカは悲しげな表情で第三高校の校長へ継続の意思を表明した。彼らは死亡したことになっている生徒と講師たちの荷物を回収して、飛空船へ戻っていく。また魔龍が現れたときにはすぐに逃げることを約束し、俺たちは一休みしてから再び北北西へ進路を向けた。



やっとボスキャラ登場です。さようならエスタ・・・

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