54話 山の中に吹き抜ける風
「それじゃあ、中へ入るのは俺、ユリカ、アル、クマソ、アイカル、それからゼルイド先生の6人だ。あとの7人は周辺の警戒を頼む」
「あいよ任せるです」 「危なくなったら逃げるんだよ」 「いざとなったらよろしくねユリカ」
3人娘はそれぞれの表情でクマソを送り出している。風の加護を持つ3人が何重にも障壁を張れば、10キロ級の魔獣と言えども簡単には手が出せないだろう。だが、さすがにそれ以上となると持ちこたえることは難しいはずだ。10キロ級を超えると、個体によっては知性を持ち、戦略的にこちらの命を奪おうとするためだ。あの大蜥蜴は知性が低かったようなので、障壁で守られたクマソたちに気を取られて俺たちに敗れた。
そして最も警戒すべきは、俺たちの後方900メートルのところに野営を張ったエスタたちの組だ。偵察の結果、今夜攻めてくるということは無さそうではあったが、それでも突然心変わりする可能性だってあるのだから、最大限の注意を常に払わなければならないだろう。
俺とクマソが中心となり、この山を穿って山体の中を調査する件をみんなに伝えても、それに乗り気だったのは6人しかいなかった。マスタリウスは是非とも行きたいと言ったが、エイルキニスが力ずくで止めていた。あまりに多くの仲間が中へ行ってしまうと、いざというときに野営地側が対処できないからだ。
「何も無ければそれに越したことは無いが、さすがに何かあるだろうしな! その時俺がいなかったってんじゃ、後で校長から大目玉だし、それだけじゃ済まなくなる」
ゼルイドはあまり気が進まないようだったが、引率講師という関係上は、未知の世界へ足を踏み出す生徒に付いて行かねばならないという責任から、探索組に加わったようだ。引率講師は生徒が死にそうになるような、危険な場面に出くわした時には、体を張って守るという責任があるのだ。だからこそサルイイシコトラウ砂漠でクマソの組の引率をした講師は、そのときクマソと同じ組だったクレストが死んだことで、拳を血が出るまで地面に打ち付けて悔しがり、責任を取ると言ってその後職業騎士を辞した。
「地の加護で野営地全体を覆ったから、どんなことをしてもエスタには分からないはずだ。だから、安全を期してゆっくり行こう」
「いざとなったらすぐに次元扉を開くから、その心構えだけはしておくよー!」
アルは慎重策を取るべきことを探索組全員に伝える。ユリカも、危険があったら次元扉を野営地の中へ開くようにしてくれるから、俺たちはかなり安全に調査ができることになる。なんせ、地球の裏側だろうと、一度行った所には簡単に開けるのだ。本人からするとそんなに簡単ではないようなのだが、俺には一瞬で開いているようにしか見えないから簡単なように見えるのだ。
「地の精霊よ、その力を貸し与え給え。この岩に穴を穿ち給え」
地の障壁が作り出す半球の土の塊は、背後の崖に埋まりこむように配置してあるので、障壁内には崖の下の方が露出している。そこへ俺が地の加護で直径3メートル、奥行き5メートルほどの穴を開けると、まだまだ岩が続きそうでこの先何回もやる必要性を感じられた。
「水脈を貫いて水が出てきてしまったときはアイカル、頼んだぞ」
「うん、任しといて」
こういう地下を掘り進めるときには必ずと言っていいほど、地下水脈に当たって水が噴き出してくるのだ。アイカルは厚手の着物の袖を捲くって力強く答える。頼れる仲間というのはありがたいものだ。
「ん? 奥が見えないぞ? 暗い・・・ここから空洞か?」
アルがその不可思議な状況に首を捻る。15メートルほど進むと、どうやら空洞に当たったようだ。空洞があるかどうかというのは、中で動いている加護流がいるからには空洞があるのだろうと予想していたのだが、こんな手前から空洞が現れるというのは予想外だ。
「・・・我のかいなに宿らせ給え」
クマソが灯火の詠唱を手に纏わせると、急激に周囲が明るくなった。灯火詠唱はこんなに明るいものだったかと驚くほどの明るさだが、クマソの力が強いからこその明るさだ。もう、ほとんど昼のようだ。
「おい、これは・・・・」
「こいつぁ驚きだべ」
掘り進んだその先には、大量の壁画が掘り込まれた、丁寧に削られてできた石壁が、クマソの明るい灯火詠唱に照らされ、静かに俺たちへ威圧感を与えていた。
「おーい、壁画があったぞ。この山は人工物かもしれない」
「・・・えー? すごいね! アタシたちにも後で教えてね」
アルが風の加護を使って野営地に残った仲間へ声を伝える。大声を出せば届くような距離だが、風の加護を使えば聞き取りにくいということは無いのだ。はっきりとすぐそばにいるかのようにエイルキニスの声が聞こえてくる。
「ユリカ、この文字はなんだろうな?」
「うーん、全然読めないよ。ゼルイド先生は分かりますか?」
「いいや! こんなものは見たことがないな!」
俺たちにはまったく読めない、象形文字のようなものが壁画に混じって彫り込まれている。見たことの無い文字体系なので、内容については完全に分からない。もしかしたら、職業騎士として経験を積んでいるゼルイドなら、と思ったが、クマソ、アル、アイカルと一緒になって首を振っている。
「仕方が無い、絵だけで内容を推察してみよう。どうやら、これを作った民族の生活を描いているようだな」
「家畜がいるね。これは、馬?」
「これはどうやら山猫のようだな。山猫を飼いならしたのか、骨が折れただろうな」
洗濯をする女性、食事を取る家族、穀物を収穫する農民たちなど、その生活は多彩で、500年ぐらい前にダイムーで見られた日常生活と何も変わりなかった。ダイムーでも、かつて加護の無い者はこういう生活をしていたのだ。
「加護について類推できる絵がまったく無いな。彼らは加護を知らなかったのかな?」
「さすがに黒水晶が無ければ、加護は一般的ではなかったんだべ」
「あ、これがそうじゃない? 手から線が出てる。加護矢かな。戦争で使ったのか・・・」
石で出来た回廊を、加護流の見える奥の方に向かって進むと、人々が武器で殺しあう図が現れた。槍、剣、盾、そして牛に乗って指揮をする者、その者の手から伸びる5本の筋は、敵を射抜いていて戦いの勝利の瞬間を表しているようだった。
「特徴的な冠をつけているね。これが彼らの支配者だったのかもしれないよ。それにしてもこれはいったい、何年ぐらい前のこと?」
「こんな文明がアトラタスにあったなんて、初代太陽王からの4000年の歴史の中では、一度も語られたことはない・・・アトラタスは人間の住めない地域だというのは5000年前からの話だ」
アイカルの疑問に答えたゼルイドの言葉に、俺たちは戦慄した。つまり彼らは一度、5000年以上昔に滅んだのだ。このような古代文明が、神話時代よりも前にあったなどということは、誰もが知らない世紀の大発見だ。
「これは、おいそれと発表できる内容じゃないな。何故、ここまで社会性の発達した文明が滅んだのか・・・その理由によってはとても発表できなくなってしまうな」
「そうだろうな。何らかの災いがあったんだべ」
俺はこの文明が滅んだ理由を必ず見つけ出さなければならないと考えていた。ある程度発達した文明が滅亡するということは、大いなる災いへのつながりもあるかもしれないからだ。その内容によっては、この壁画は公表できるようなものではなくなってしまう可能性があった。
「ねえみんな! これ見て! これ、太陽王じゃない!?」
鼻息を荒くして目を輝かせるユリカが指し示した先には、先ほど牛に乗っていた指揮官と同じ冠をつけた者が、民衆に囲まれて右手を挙げ、5つの球体を頭の上に漂わせていた。つまり地、水、火、風、光の五属性を表した球体なのだろう。取り囲む民衆はほとんど跪き、中には手を合わせている者すらいた。つまり、彼が王となった瞬間のことだ。
「なるほど、加護の力で戦争に打ち勝って、王となったようだな。だが初代太陽王とも二代目太陽王とも、即位までの流れが違うぞ。初代は加護の力にものを言わせたわけじゃなく、政治の良さとその人間的魅力で王になったのだしな」
「これで、初代の前にも人類には太陽王が現れていたことが分かったわね。これはもう王族だけにしか伝えるべきじゃない、極秘内容だよ!?」
そこで壁画は終わっていた。その先には暗く長い回廊が、ずっと真っ直ぐ加護流に向かって続いている。あと200メートルほどでその加護流の正体を見極めることができる。
「カケル、私にも見えてきたよ。たしかに動いて・・・あれは人の形をしていないよ? あと200メートルぐらいだね」
「うえええ、いったい何だべ!?」
つまりユリカは、200メートルほど先の加護流までしか見えないということだ。俺は500メートルだったから、ユリカの2.5倍の加護量を持っているのだろう。黒水晶から25メートルでも加護は発現したかもしれないな。俺の正確な加護量はどうやら、250量前後なのだろう。
「おーいみんな、目標地点まであと200メートルの所まで来たよ。この遺跡はどうやら5000年以上前のもののようだ」
「5000年!? 神話時代より前って、大発見じゃない・・・でも気をつけてね。こっちは今マスタとエイルとミューが見張りをしてるよ」
アルがこの遺跡の概要を伝えると、すぐにイリスから返答があった。
「さすがカケルとユリカ」 「常識をぶち壊す発見は」 「常にどの時代も太陽王と賢者」
3人娘が俺の発見を讃えてくれる。そうか、やっと俺も既成概念を破壊できるようになったのだろうか。いや、まだまだ足りないだろう。もっと、そうもっとだ。これからやらなければならないことの方が、この程度の発見よりも重いことなのだ。
「ここから、ゆっくり進むぞ。妙な音や、罠が無いかどうか探りながら進もう。障壁を張るぞ」
「ここまで罠が無かったってことは、ずっと無いかもねー。でもあの加護流がなんだか分からないし、慎重に行こうか」
アルの慎重な声に、ユリカは至極まともな意見を返すが、それもそうだ。侵入者を除外する罠を仕掛けるのなら、もっと手前で俺たちは串刺しになっていただろう。アルはそれもそうだと笑いながら、一応障壁を二重に張る。
「俺にも加護流が見えてきたべ。あれは、鳥だべか?」
「鳥だな。ずいぶん大きいが」
残り50メートルほどになって、近づいたおかげで加護流の形がかなりはっきり見えるようになってきた。そこには、歩き回る鳥の形をした加護が見えた。こちらにも気づいているようで動きは止まった。
「敵意は無いようだな。加護流が穏やかだ。扉が見えてきたな、あの向こうだ。それにしても落ち着く加護だな」
ゼルイドの声は緊張からはほど遠いほど落ち着いた調子になっていた。その加護流は優しい風として俺たちの間を吹き抜け、暖め、包んでくれているようだった。まるで母親のように・・・。
その扉は、華麗な装飾に包まれていた。人々、そして植物と動物が踊り狂い、星々が散りばめられ、中央には太陽の巨大な炎がゆらめいている壁画が扉に装飾されている。これがこの文明の世界観なのだろう。だが、加護で掘り込んだものではなく、手で加工して作った物らしいことは、その表面が滑らかでないことによりすぐに分かった。
その両隣には、見たことの無い服装と鎧を着けた石像が二体立っており、その手に武器と盾を持っていることからも、これが近衛兵を模していることが分かる。
「綺麗だね、この扉」
ユリカはうっとりとその装飾を眺めていた。その刻み込まれた太陽の姿は、まるでアイラの頂上で見た日の出のように雄々しく、そして優しかった。俺にもこの装飾の美しさが分かる。人の手で加工したのならおそらく、長い時間が必要だっただろうに、それでも可能な限り丁寧に彫り込まれている。この中には、おそらく重要なものがある。そういう感覚はこの装飾を見ているだけでも分かった。
この先にあるものは、いったい何か。それを考えてその場にいる全員が、固唾を呑む。
「さあ、開けるべ」
クマソが扉に手をかけ、勢いよく扉を開くと、俺たちを出迎えたのはクマソの灯火詠唱より明るい光だった。
加筆修正計画を実行中です。2010年9月17日現在、進行率は3%といったところです。
完了後に、またあとがきに書こうと思います。




