51話 最終授業
「諸君! ここまでの数々の試練、よくぞ乗り越えてここまで来た!」
アトラタスの樹海の中にぽつんとある草原の中に、5隻の飛空船が着陸し、地の加護で段を作りその上に校長や講師たちが立っていた。
「じゃが、このアトラタスの旅は重大な試練じゃ! 今後職業騎士を目指す者は、この試練を華麗に突破して見せい! 誰一人欠けることなく目標地点に到達することを期待しておるぞ!」
朝の9時に出発したのだが、飛行には7時間ほどかかったのでもう午後4時になっていた。各校の校長が引率の講師たちを脇に従えて、その中でも代表の第一高校校長、トスカン=シンク校長が生徒達に激励を放つ。トスカン校長の挨拶が終わると、第二高校の校長が試練の説明のために前に一歩踏み出した。
「第二高校の校長、アマノウチだ。これから試練の説明をする。まず1日目はここで過ごして気候に体を慣らす。その間に最大20人までの合同組を作っても良いが、必ず最低でも5人以上の組を作ること。それから講師は10人までの組には2人、それ以上の組には1人は付く」
なるほど、ということはおそらく俺たちの講師はゼルイド1人だけだ。4人の組もそこそこいるようなので、彼らは必ず合同組を作らねばならないだろう。
「合同組を結成したら、代表者は中央本部に人数と名前、高校名を申請すること。それから、風伝板を各組に一つずつ貸し出す。風伝の送信対象は固定してあるのでただ打つだけで良い」
送信対象が固定されているということは、受信対象も固定されてしまっているのだろう。世間の情報からは隔絶されることになる。まあ、騎士らしいと言えば騎士らしい。
「では明日の朝10時までは自由時間だ。10時までに合同組の申請をして、11時には各組の風伝には目標とする方角を表示させるので、そこで出発だ。地図は無い。方位磁針だけで海へ向かうのだ。制限時間は10日、それまでに海岸へ到達し、風伝で報告せよ」
む、地図は無いのか。まあ、地図を作ったとしてもそこには樹海としか書かれないわけだが、水場の位置も自分たちで探さねばならないのだな。
「魔獣と出会った際には、各人の修練用武器で対処し、明らかに強力な魔獣と出会った際は講師の指示に従って撤退せよ。万一、障壁を作るのに自信が無い組がある場合は申請せよ。優先的に障壁を作るのが得意な講師を付ける。では一旦解散」
俺たちの組は木星華之団という名称に一時的に変更して、すぐにユリカに申請を出してもらった。余計な説明をする人数をいたずらに増やしても、統制しきれないからこれで確定だ。
「この辺で障壁を張ってしまうか」
「じゃあ」 「私たちに」 「お任せ~」
この3人は三つ子なのか? いやそうではないだろうが息がぴったりだな。おそらくかなり過酷な複合詠唱の特訓をしたのだろう。しかし気に入る男まで一緒だというのはどうなんだ。
3人娘は巨大な風の障壁を作り出した。この野原は広いから場所を大きく取っても他の組には迷惑にならないのだ。障壁の中で組み手ができるほどだ。
俺は地の加護を使い、寝床を作り出した。地面を盛り上げて表面だけ固め、すぐ内側は砂にすると柔らかい寝床になった。それを12人分作り出す。ついでに、3人娘が作った風の障壁のすぐ内側に地の障壁を張り、中が見えない部屋を作り出した。
馬鹿でかい半球状の家ができあがってしまった。
「お、カケルこれいいね。毎日の野営でこれ作って欲しいー!」
「もちろんですよ、ユリカ様。ああ、この中の全員知っているんだったな。執事のフリはしなくていいんだった」
「アハハ!」
障壁も張っているし地の加護で中も見えないから外からはまったく中の様子が見えないだろう。入り口は入り組ませているので空気は風の障壁を通じて通せるように加護を組んであるし、天井にも一応穴を空けてあるが、ここでは気兼ねすることなくいられるのだ。
「ついでに言っておくと、俺とユリカは既に婚約している」
「じゃあお后様なんだね。闇の賢者と太陽王、お似合いだね」
「ハハハ、ありがとう。さて、ちょっとみんな見てくれ」
俺は荷物を置いて俺が作った寝床に腰掛ける仲間達へ、試しに作った光の詠唱を見せることにした。
「太陽王としての俺は、光の加護が使えるんだ。光の加護は公開、裏に無形・精神だというのだが、そこから推察できる詠唱を、世間でも知られている範囲外で作ってみた。まず監視者を探索する詠唱。・・・我らを見張る者を見つけ出し給え」
そう言って俺は力石を取り出してそこに詠唱を込め、白く光る水晶にコツンと衝撃を当ててみると、2つの筋が現れた。
「これを布で覆っておけば光の筋だけが布から出るし、これが光の加護とは分からない。筋は小さくなるようにしてある。それから、監視者が近づくと筋は太くなる。あまり遠く離れるとこの探索からは外れるようだな」
片方の筋は太く、もう片方は細い。てんでばらばらの方向を向いているので、おそらく太い方がエスタで、細い方は予想通りエスバンがここに来てその辺に潜んでいるのだ。
「次に考えたのが精神詠唱。まずは精神を穏やかにして、興奮した頭も冷静になる詠唱だ。それから罪の意識を消して精神を浄化する詠唱、これはうまくいくかどうか分からない。両方とも無詠唱が可能だ。どうやら光の加護は、なんらかの精神的な事象に対しての影響を持つようだ。探索加護も対象の精神に反応するから発現するみたいだ」
「うーん、すごい・・・」
イリスは生まれて初めて光の加護を見て感動しているようだ。
「それから、サルイイシコトラウ砂漠で魔獣と戦っている間に完成させた詠唱として、五色詠唱がある」
「五色詠唱!?」
「あれはすごかったべ!」
「5属性それぞれの加護矢を上空から対象に向かって打ち下ろす攻撃詠唱と、5属性合わせた力で障壁を張る防御詠唱だ」
「それはすごいわ。随分派手な光が出そうね」
「障壁のほうはただの白い壁だったよ。矢の方は虹みたいで綺麗だったけどね。神が舞い降りたかのような光景だったな」
マスタがそのときのことを思い出して呟いていた。
「虹? じゃあ虹色水晶って4色が混ざっているから虹色に見えるのね」
アイカルが虹色水晶の本質に気づいたようだ。
「ああ、そうだろう。4属性混ざっているんだ。それから、これは4属性使える俺の感覚なんだが、これらはもともと一つの力だったようで、それが分離して見えているだけだ」
「加護はもともと一つなの?」 「それは言われてみると」 「なんとなく分かるね」
風の加護3人娘のエアル、カルクラム、ノーレが言葉を繋げて言う。そういえばクマソはこの中から一人選ぶのだろうか? ずっと飛空船の中で話し込んでいたので結果が出たか知りたいものだ。
「ところでクマソ、この3人と話してみてどうだったんだ?」
「ああ、3人ともすごく心が綺麗で尊敬できる女性だったべ。この中から一人選べと言われても、離れてしまうのは3人が嫌がることが分かったべ」
「じゃあ今回は諦めるのか?」
「いや、じっくり話し合ったんだが、3人とも俺の嫁になりたいと言ってくれたべ。なので3人とも娶るべ」
「「「「えええええ!?」」」」
ダイムーでは一夫多妻は珍しいのだが、ヤマタイでは確かに、たまにあることだ。俺の常識を当てはめてはいけないのだろう。
「おいらはまだ五級だけど、4人で力を合わせて稼ぐべ。心配するな、ヤマタイでは一夫多妻もよくあることだ。おいらは堕落なんかしないべ」
「そういうこと」 「3人はいつも一緒」 「これからは4人一緒だね」
俺の側室についてもみんな呆れ顔だったが、今回はそれに輪を掛けて呆れざるを得ない。この3人も胆が据わっているようでクマソが尻に敷かれそうな未来が簡単に予想できた。1人だけでも大変なのに、嫁さんが3人とは大変そうだな。
「ハッハッハ、仲が良さそうで良かった。マスタとエイルキニスの方はちゃんと話ができたのか?」
アルは、マスタと、マスタに興味があると言っていた女の子、エイルキニスについての状況を確認した。
「ああ! そう言えばエイルも冒険が好きだということで、ほとんど私が行った場所のことばかり話していて肝心のことはまったくさ!」
「殿下って面白い人だったってことが分かったよ。アタシも旅が好きでよく家族に連れて行ってもらってたけど、殿下の話ほど面白い旅は無かったよ。アタシも一緒に行ってみたいねえ」
エイルキニスは加護戦の際に参謀を務めていた女の子だ。言葉ぶりからして少々姐御肌なのか。
「エイルはテラ家の次女なんだ」
「なんだ、交通大臣の娘だったのか!? じゃあマーテル火王も喜ぶんじゃないか」
「ハハハ、なんだかもう、話が決まっているような口ぶりだねカケル。うん。自分も心を開いて話ができる女性にはあまり会ったことがなかったので、話し込んでしまったのだしね」
「殿下とならってアタシも思えるねえ。ずっと付いて行きたいさ」
そう言って2人は見詰め合っているので、これはもう決まりでいいだろう。早く求婚しちまえ。でもマスタもなんとなく尻に敷かれそうだな。
「それから、ユリカちゃんと話し合ったんだけどもう一つ提案があってね」
「何何~?」
イリスが話を変えるが、ミューがそれを促した。
「ユリカちゃんたちは木星行きを研究してるよね。私たちも地球外活動についての研究をしたいんだけど、資金の問題で飛空船が手に入らなくてね、それで」
「共同研究か!?」
「いいじゃないか、夫婦も2組できることだし」
「アタシと殿下はまだだよ」
「決まったようなもんじゃねえべか」
「賛成賛成!」 「一緒に木星に行こう!」 「旦那様と一緒だね!」
随分と賑やかな旅になりそうだ。だが、それは陰謀を退けてからでないと無理かもしれない。
「とりあえずは明日からの旅のために、体を癒しておこうか。ミュー、風呂を作ろう」
「おお~ そうだ、野外でもお風呂作れるかもね~! やろうかカケル!」
俺は広い部屋の中にもう一つ地の加護で囲いを作り、固めて湯槽を作り出した。地下水をミューが引き出し、さらに火の加護を俺が使って水を温める。そこに火の力石を保温のために入れれば、かなり広い風呂のできあがりだ。
「じゃあ女性全員先に入ってくれ。俺たちは後だ」
「ありがとうカケル、ミュー! じゃあお先にー!」
広い場所があれば、野営と言えども快適な休憩が取れるだろう。だが樹海の中ではどうか分からない。魔獣にも気をつけなければならないから、課題は多かった。