50話 昨日の敵は
背中に背負えるだけの荷物しか持たない28人が、校庭で飛空船が降り立つのを待っていた。ここから西方の空へ飛び立ち、地球のほとんど反対側、正反対に位置するのはエザイプト大陸だがその北西にあるアトラタス島へ向かうのだ。
島と言ってもダイムー大陸の半分ほどの大きさがあり、ダイムーの南にあるアボリジニたちが住むアボリグ大島とほとんど同じ大きさがある。
暖かな気候でとても過ごしやすく、豊かな自然と肥沃な大地が広がるのだが、街はいっさい無い。なぜならそこは魔獣たちの楽園で、人間が住もうものなら一夜にして命を失うからだ。
しかし騎士は別だ。大なり小なりの虹色水晶を核として持つ魔獣は、みな騎士たちの手にかかって倒れる。自然から逸脱した生物は、土に還してやらねばならないのだ。ほとんどの魔獣は3キロ級未満だが、3キロ、5キロ級も散見される状態だ。
5キロ級に出会ったら障壁を張って逃げるというのは重要な行動規則だった。3キロ級でも無理だと思ったら即座に逃げるべきで、通常の五級騎士にとってはアトラタスはまるで死の行軍だった。
はなから無理なものは既にここには立っていない。だが、ここまで到達した組は、ほとんどが論文執筆にも入る。その中から職業騎士を選ぶのは、ほぼ各組の長に限られる。普通の年ならアトラタスへ行くのは一つの高校から2~3組だ。
いつもなら約20組、100人強がアトラタスへ臨むのだが、今年は第一高校だけは5組もいて、総勢118人となっていたようだった。ドラグセン騎士が第一高校のアトラタス出席者を見て「多い」とたまげたのはそのせいだ。
飛空船はブウンと低い音を立てて校庭上空から降下していた。第一高校、第二高校、第三高校の生徒が合同でアトラタス中央部へ向かうので、このあと飛空船は第二と第三高校の校庭にも降り立って生徒をその中へ引き入れる予定なのだ。
「すぐに搭乗しろ!」
予定が詰まっているので、俺たちは講師たちの声に従って、急いで飛空船へ乗り込む。あわただしいものだが、王家の予算を使って稼動させているのだから可能な限り手短にいろいろと済ませるのは礼儀だ。
「ユリカちゃん、話があるのよ」
「おはよー! イリスちゃん!」
飛空船の中に入って奥の方へ荷物を下ろすと、ユリカを呼び止めて、華之団の生徒たちが俺たちに話しかけてきた。どうやら温泉宿でユリカやミューたちと一緒に行動していたらしい。もともと第一高校の生徒だった者も2人ほどいるのだから、打ち解けるのは早かった。
校内戦の話をずっとしていたようなのだが、話の流れで、マスタとクマソがまだ婚約者を見つけていないことを知り、華之団の数名が興味を持ったようだった。さぞやマスタに群がるのかと思いきや、人気があるのはクマソだった。
女性慣れしていそうなマスタより、実直で正義感溢れ、力強い言動のクマソの方が頼れる男らしい。いや、確かに男の俺から見ても惚れ惚れするような騎士ぶりだ。
「・・・ということなのよ!」
「どういうわけだべ!? おいらは女性から恋文をもらったのすら初めてなんだべ? いきなりそんなこと言われてもどうしたらいいか分からんべ。すまんな」
ユリカから軽く説明を受けるとクマソは困惑していた。マスタがお目当ての生徒は一人だけだったようなので、マスタは少し話をしてみると言ってその子と2人で話し込み始めた。
「クマソ、この際だからさっさと嫁さんをこの中から見つけろよ。観念しろ。相手も騎士なんてのは滅多に無い幸運だぞ」
「やっぱりそういう結論になるべか? アルのことを見て、だいたいは愛が加護に関する意味が分かったべ。俺もそろそろちゃんと嫁さん探さないとならんべ」
俺は困惑するクマソを笑いながら試練へ突き落としてみたが、クマソもそろそろきちんと考えなければならないことを分かっていた。
騎士にならなかった同級生たちはとっくに結婚しているという者が多いのだ。ダイムーでは、いやヤマタイでもだいたいが18歳か19歳で結婚をする。五級騎士になった生徒も、ときにはアルたちのように在学中に結婚式を挙げるのだ。
「多いな」
「多いね~」
「多すぎだな」
クマソに群がるのは3人、多すぎる。3人に囲まれたクマソは、休日の趣味などを聞かれて「世界経済動向の確認だべ」とか無茶な返答をしている。女子生徒たちは訛りは気にならないようで、むしろ下手に都会かぶれしていないクマソが実直である証と思って好意的に捉えているようだった。
その間、俺たちは既に婚約者を決めているという華之団の団長イリスともう一人の生徒アイカルと話をしていた。彼女たちの婚約者は一般人、というより幼馴染で、既に卒業して一般企業に勤めているという。
「ユリカちゃんたちの攻撃力はかなりすごいと思う。でも私たちの攻撃は、対魔獣にはちょっと難しいかもしれなくて」
「合同組を作るという意図か?」
「イリスちゃんたちの守備力なら是非とも力を貸して欲しいよー!」
アトラタスは危険なため、現地で1日過ごす間に合同組を作ることが許される。ただし、最大20名となるような制限がある。だから、ほとんどの組は合同組を作るのだ。木星団と華之団を合わせて12人、この面子の攻撃力・守備力はともに群を抜いて高いだろう。
「あとで、離れて話をしている6人も含めて彼らの話がひと段落したら全員に意思確認をしよう」
「それでいいわね」「じゃあそれで」
アルは決済するのを後回しにするよう提案、イリスとアイカルもそれに乗った。
「ちょっと教えてほしい。華之団で、火星出身者はいるか?」
俺は、この中に陰謀の関係者がいないかどうかを念のため確認しないとならないと思っていたので、まずは火星出身者かどうかを聞いた。
「いないわ。私はオガ=サワラ、他は王都生まれだから全員ダイムー出身よ。どうしてそんなことを聞くの?」
「ああ、ちょっと複雑な事情があってね。悪いがミュー、校長に確認してきてくれないか」
ダイムー出身者ならほぼ大丈夫だろう。一応、校長が何か調べているかもしれないから聞いておいてもらおう。
「分かったわ~。アル、ちょっと行ってくるわね」
「悪い、頼む」 「行ってらっしゃい、ミュー」
「で、その複雑な事情って?」
「ごめんねイリスちゃん、ミューが校長に確認して戻ってくるまでは、話せないほどのことなの」
「そんなに大事なことがあったの? どんなことだろう、想像がつかないわ・・・」
ユリカの深刻な顔を見て、イリスもアイカルも困惑している。
「ただいま~。大丈夫だって」
「そうか、ミューありがとう」
「ちょっとこれ、一旦みんな集める?」
ユリカが全員集合を提案してきた。そうだな、合同組を作るなら一度集めて話をしないといけないな。
「そうだな。マスタ! クマソ! 話の途中で悪いが一旦全員集まってくれ!」
「なんだ、どうした?」 「なんだべ?」
「アル、すまんが音を遮断してくれ」
「了解した」
第二高校の校庭へ着陸して、飛空船の中には第二高校の生徒たちが乗り込んできていた。彼らと挨拶もしたいところだが、アルはすぐに障壁を張って俺たちの声が漏れないようにした。
「さて、ここから俺が話すから、みんなは聞いていてくれ」
「はいよー!」「うむ」
「まずはイリスから合同組の提案があった。賛同者は手を挙げてくれ」
「お? そういう話だべか。賛成だべ」
予測どおり、両組の全員が手をあげた。
「では次に、合同組を結成するために必要な要件である、情報の共有に入る。単刀直入に華之団全員に聞く。ユウチ家や風王家に汲みする者は即刻この中から出て行ってもらいたい」
突然俺が放った直球の言葉に、華之団は誰も反応を示さず、意味不明だと首を捻っていた。
「よし、この中に敵はいないようだ。ここから先、とても重要なことを明かすが、表情を変えたり、体を動かしたりしないでくれ」
全員、黙って頷く。
「順を追って話そう。俺が7歳の時、俺の親父であるタケル=ヤマトは魔龍との戦いで命を落とした。その際不審な点がいくつかあって、先日も俺たちの前に現れた10キロ級の魔獣は、暗殺のためだったという証拠が手に入った。親父も暗殺されたのだとほぼ確実に推測できる」
特級騎士の暗殺という情報に、華之団の6人は額に冷や汗をかきだした。まさかそんなことがという目をしているが、俺の忠告どおり表情を大きく変えないでいてくれた。
「次に、俺は14歳の時に太陽王の力を発現した。既に王族にも承認されている。即位は、暗殺者たちを捕縛してからでないと、今度は俺が暗殺されてしまうから遅らせてある。世間に流れているのは俺たちが意図的に流している情報だけだ」
太陽王という言葉を聴いて、びくりと体を動かしてしまっていたがそれは仕方が無いだろう。華之団は全員怪訝な顔をしている。
「ご、ごめんちょっとまって、そんなの急に言われても信じられないわ」
「ああ、そうだな。全員俺を取り囲んで周りから見えないようにしてくれ」
マスタと話をしていた女子が話を止めるが、それも当然だろう。自分が太陽王と言うなんて、怪しんでもおかしくはない。全員が壁を作って周りから見えないようにした後、俺はその中央で光を含めた5属性の加護流を右手から浮かび上がらせた。
「ほ、本物・・・」
女子生徒たちの冷や汗が玉のようになってきていた。ぶわっという音が聞こえそうなほど、顔が汗だくになってしまっている。
「ああ、壁はもういいよ。それから俺に跪いたり、敬語を使ったりしないでくれ。ユリカの執事とか、同じ生徒同士として取り扱って欲しい。まだ力を隠さねばならないんだ」
「それから次に重要なことは、囮のためにユリカを闇の賢者として世間の注目を集めさせて、俺に探りを入れる者の目をはずすことだった。案の定、俺は暗殺者たちから見逃されたが、今度はユリカの情報が巷を騒がせるようになってしまい、暗殺者たちは苛立ちはじめた」
彼女たちもそろそろ、この後のアトラタスに通じる話の流れが掴めてきたようだ。
「そこでユリカを暗殺するため、10キロ級の魔獣をサルイイシコトラウで放ったが、俺たちが倒してしまった為、暗殺者には予想外の虹色水晶を回収が発生した。だがそれを考えていなかったらしく、そこには指紋がべったりと。エスタ=ユウチの父親、エスバン=ユウチの指紋と、そのほか数名のおそらく18歳以下の人間の指紋がついていた」
彼女達の顔が苦虫を噛み潰したように歪む。おそらくエスタが関わっていることが想像でき、その醜い事実を許せないのだろう。
「太陽王の情報は小出しに流すようにしてみたが、まだユリカは狙われて続けていると考えてもおかしくない。つまり、アトラタスで再び10キロ級の魔獣と戦う可能性がある。10キロ級以上の可能性もある。下手を打つと死ぬかもしれない。それでもついてくるか?」
「やるわ!」「当たり前でしょ!」「許せないよそんなの!」
さきほどクマソと話をしていた風の加護を使う3人娘が、憤慨して言葉を繋げていた。よく息が合う3人だな。だからこそあの複合詠唱ができるのだろう。
「それでも合同組を続けたいという者は、再度手を挙げてくれ」
木星団の面子より早く、華之団の6人が力強く天井に向けてその細い腕々をまっすぐに伸ばしていた。