44話 学生たちの昇格
俺たちは無事にバルハシ湖へ到達していた。他の組よりも歩く時間を多くしていたので、気がつくと全部追い越して最初に到着していたのだ。
飛空船でアルマトゥイに戻りながら、到達できなかった組を回収していく。最後の一晩は宿屋で45人の生徒たちがゆっくり休むが、全員が風伝でクレストの死亡については確認していたから、騒いだりせずに大人しく部屋に入っていった。
クレストの告別式はダイムーに帰還したその日、第一高校を挙げて講堂で行われた。クレストの遺体を納めた棺は第一高校の校庭に着陸した飛空船からすぐに運び出され、俺たちもそのまま告別式に参加した。
自分の息子が騎士としてちゃんと務めを果たしたことを、誇らしげに、しかし涙ながらに参列者へ告げる気丈な父親の声に釣られて、講堂のあちこちからすすり泣きが聞こえた。
課外授業では生徒が命を落とすことも何年かに一度はある。特に過酷なアトラタスでは講師まで一緒に組が全滅することだってあるのだ。生存学の授業に出るということは、そういうことだった。
告別式の帰り道にアルが指摘するまで、俺たちは行く先の数々の障害に頭を痛めていて、肝心のことを王都に戻るまで忘れていたことに気づいた。強い魔獣を倒した騎士団には報酬が与えられ、手に入れた虹色水晶の重さによっては昇格するのを忘れていたのだ。
「おかえり! 今日夕方4時に王城へ参内するようにとのことだぞ!」
「そうか、ありがとうトレノ。ただいま」
家に戻ると王城からお達しがあったことを、トレノが俺とユリカに告げた。少しの間留守にしていたにも関わらず家を綺麗に保っていたトレノを、俺は感謝と愛の意を込めてしっかりと抱きしめ、髪を撫でてやった。騎士ではないので枷が無いトレノは、完全に腰砕けになってしまって俺に縋っている。むう、これは艶かしい。
「ちょっとちょっと、トレノ。それ以上は結婚するまではだめよー!」
「ぶー。ちょっとぐらいなら構わないのだ」
ユリカが少し慌てながら俺とトレノを引き離した。3人で生活しているとこういう面では助かる。
今回、対象となるのは、木星団の面子のうちクマソを除いた5人と、その場に居合わせてともに戦った講師のゼルイドだ。ユリカとゼルイドは二級騎士へ、俺たちは四級騎士へ昇格した。卒業論文を発表するともう一つ上がるので、ユリカは論文を書き上げれば一級騎士が確定することになる。
報酬は魔獣の重さが12キロなので、報酬の規定によってその300倍をかけて3600万ムーを6人で分け、一人600万ムーもの巨額報酬が振り込まれた。さらに四級騎士になると毎月20万の報酬が出るので、それも特にミューには助かることだった。
王立高校を卒業すると五級から四級へ、3キロ級の魔獣を倒すと四級から三級へ、5キロ級の魔獣だと二級へ、10キロ級の魔獣を倒すと一級昇格だ。だが飛び級はできないのではるかに強い魔獣を五級騎士が倒しても四級にしか昇格はしない。
だが俺は裏では一級騎士となっていたので、今回の魔獣征伐で特級騎士となった。これで7歳のときにヤグラ師匠とサノクラ師範へ誓った約束のうち、一つは果たした。
月報酬は五級がゼロ、四級が20万、以後級が上がるごとに20万ずつ上がり、特級だけは150万だ。親父は死ぬ前にいつもあちこちへ寄付をしていたので、莫大な遺産というものは俺とおふくろに遺されなかった。
「よくやった! 賢者殿と講師以外の者も、五級の身分でも諦めず、よく戦った。余は誇りに思うぞ!」
久しぶりに訪れた王城で、シスカ王が最大級の賛辞を俺たちに述べ、それぞれに新しい騎士証を受け渡していく。シスカ王はマスタに騎士証を渡すと、その肩をバンと叩いて笑顔を向けていた。
自分の親戚が何かを成し遂げていくというのは嬉しいものだろう。そして今後の過酷な研究を励ますつもりもあったのかもしれない。
俺は公式の場に出るので、2着ほど買っておいた執事服を着てユリカに寄り添っている。ユリカも今回は自分で買った黒い衣装に身を包んでいた。
その騎士証授与の様子はいつものことながら伝聞社が多数詰め掛けており、翌日の紙伝の内容が想像できた。ユリカももう慣れたものだ。記者たちに笑みを浮かべて騎士証を掲げ、その星の数が2となったことを撮像に撮らせていた。
「賢者殿! 何か一言!」
「は、はい! この成果もここにいる仲間たちのおかげです。私一人でできたことではありません。それから今まで私を支えてくれた人たちのおかげでもあります。だから私は、これからもいっそう皆さんのために働くつもりです」
「木星行きについてはどこまで進んでいますか?」
「喫緊の課題としては加護戦がありますので、現在はそちらを優先していますが、空間加護による基礎的な詠唱の概念は完成しました。あとはどのようにしてその概念から新しい詠唱を作り出し、実際に木星に行くかが研究の課題です」
10キロ級の魔獣が倒されたのは、今年王立第一高校で体術の講師を務める予定の一級騎士が3年前に成し遂げて以来だから、明日の紙伝は特に大きな事件が起きなければ一面は確定だろう。
「トスカン校長とアルマトゥイの町長から、すぐに虹色水晶が届いていたので指紋分析を開始していたのじゃが、犯行者はやはりユウチの家の者じゃった」
その夜は久しぶりに連絡係のシルベスタ爺様を交えてユリカ家で作戦会議だ。予想していた通りだったが、ある意味予想通りすぎて力が抜ける。
「そこまで予想通りだと逆に怪しいが、指紋を拭わなかったことからも分かるように、手をかけたその男は頭が弱いのかもしれないな」
アルが俺の意見を代弁してくれた。まあ、相当頭が弱いのだろう。実は頭が良くて点数が取れても、馬鹿なのは別なのだ。それは知恵というもので、いくら成績が良くても知恵が回らなければそのようになるのだ。
「実行者の名前は、エスバン=ユウチ。第一高校の生徒、エスタ=ユウチの父親じゃ。だが火星の住居に姿が見えず、行方は分からんのじゃ」
「エスタの父親だったのですか? エスタ自身はこれに関与しているのでしょうか?」
ユリカが残念そうに爺様へ確認する。
「もう三つ四つ、確認できない指紋があった。戸籍を持たずにいる者か、その者が19歳になっていないということじゃ。エスバンの家は星の賢者の家系ということになっておるが、彼の直系子孫ではない。星の賢者の親戚の子孫ということじゃな」
「なるほど、そうだったのですか。エスタの騎士団も関わっていると考えたほうがいいだろうな」
19歳になると男女を問わず書類上は戸籍を分けるため、戸籍登録には指紋をつけるのだ。そのため、19歳以上の人間のほとんどの指紋が分かっているのだが、役所では指紋を出せず、読み出せるのは王族だけということになっている。
「残念ながら、エスタがユリカを殺そうとしたことに、手を貸したことはほぼ確定的だろう。俺たちの2つ前の組だったから、間に挟まれたクマソの組が犠牲になってしまった」
「くそうっ! クレストが報われねえ・・・」
「落ち着くんだクマソ。私も悔しいが、憎しみを抱いては闇黒面に堕ちるよ」
「く・・・すまねえマスタ」
クマソが固く握った拳から血が滴り落ちていた。
「まずはエスバンの足取りを追うことなのじゃが、カケル王たちが魔獣を倒したその日の夕方にアルマトゥイを発った飛空船の乗客名簿に、エスバンの名があったがウルに到着したその先が不明じゃ」
「なるほど、失敗したと分かってすぐに首謀者へ報告に行ったのか」
その行動に、俺はすぐに首謀者の存在が確かなものであると分かった。
「これ以上泳がせると今度はユリカが危険だ。なんとかならないかね。カケルと結婚する前に大変なことになってしまってはいけない」
マスタが言うとおり、ユリカをこれ以上の危険に晒すのはやりきれない思いだ。なんとかしたい。
「シスカが闇の賢者の情報を大量に流しているので、太陽王の情報が入ってこないがため、闇の賢者を抹殺しようという計画なのじゃろうな」
「んじゃ、太陽王の情報を少し流すべか?」
「何を流す? 神官主から少しずつ流してもらおう」
「そうだべ、年齢と地域だけでも分かったと言って流せば、その地域を奴らは必死になって調べるべ。したら多少はユリカから目を離すべ」
「うむ、それでいこう。年齢は18歳、地域は王都、これだけでも相当な数の人間がいるから、探すのに力を割く必要があるだろう」
「いいと思う。賛成だ」 「私も賛成~」 「いいじゃろう」
クマソの提案にアルがすぐにその先を接いだので、客観的に見ても良い考えなのだろう。俺たちも賛成を告げた。