43話 僅かな手懸り
「おいらは確かにクマソの名だけれども、曾爺さんの代から東部に住んでるべ」
「なんだそうだったのか。その方言は名前からして西のほうの訛りかと思っていたけど?」
「いや、これはムーザシの郊外の方言だべ」
「そうか、あまりムーザシには行ったことがなくてね」
「ヤマタイ王家なのにか? カケルはダイムー育ちだべ? ヤマトオロチノミコト様には会わないのか?」
「俺の家系はだいぶ離れているから傍流だ。一度も会ったことは無いな。9月以降に一度行こうという話にはなっているが。それでも木星団としての表敬訪問みたいなものだ」
「ああ、ミコト様もその会議の面子だったんだべ。おいらも会ったことはないから何考えている方なのか知らんからなあ」
アルとミューの祝福に盛り上がった朝にはその休憩場所でゆっくりと休み、夕方にはまた次の水源地を目指して歩き出していた。クマソと情報の交換をしておき、一緒に犯人を追うための会議ができるように疑惑に関する知識を引き上げるためだ。
アルとミューは仲良く並んで歩いている。その他の面子も俺とクマソの会話には入ってこないが、すぐ近くでかたまって歩いていて会話は聞いている。
ヤマタイの国府は現在、中央部にあったヤマトの地から東部のムーザシへ移転していた。ムーザシは古くはムザシと音を詰めて呼ばれていた、トネノ川とタマノハラ川に囲まれた肥沃な台地だ。
増えすぎた人口を収容できる土地がなくなり、ムーザシの巨大な平野へ何百年か前に遷都したのだが、人口増加もひと段落して経済は停滞していた。
ヤマタイ国主はオロチ=ヤマトという名だが国主なのでミコトを名前の最後につける。ヤマタイ流に言うとヤマトオロチノミコト、ダイムー流に言うとオロチ=ミコト=ヤマトだ。ダイムー側ではミコト=ヤマトとしか言わないが。
「人となりが分からないので、まだ疑惑からはずれていないのだが、どういう人なのかという話は聞いたことはないか?」
「おいらにとっては雲の上の人だからなあ、でも気難しい方らしいから、大臣が左遷させられたり、近衛の人もしょっちゅう入れ替わるべ。人使いが荒いな」
「ああ、そういう情報だけでも助かる。あまり人を大事に使っていないように感じるな」
「おいらもそう思う」
「ムーザシは発展しているか?」
「正直、停滞しているというか、衰退してるべ」
「政策がうまく行っていないのか?」
「少子化のせいだべ。人口が減って消費経済がうまく回らないべ。あと、高齢者が増えすぎて労働人口が減ってるのもその原因の一部だと思うべ」
クマソは着眼点、分析共に優れているしばっさり批評できている。訛りのせいで誰も気づかないかもしれないが相当頭が切れるぞこれは。
「ありがとう、ヤマタイの情報はだいたい分かった。作戦会議のときはその知識をもとに、俺たちと一緒に犯人探しにつながるような考察を頼むよ」
「カケルやユリカたちの手助けになるなら、おいらとしてもありがたいべ」
「うん。こちらこそありがとう、心強いな」
クマソはヤマタイに関して、重要な決め手の情報を持っているかもしれないから、仲間になってくれたのは非常にありがたかった。
「俺たちは、親父の死の原因が人為的なものだと捉えていて、その犯人を追っているのは昨日も話したとおりだ」
「うん、すごいと思うべ。おいらもおかしいなとは思っていたけど、行動には至らなかったべ」
「シスカ王もそのように考えていて、首謀者が捕まるまでに俺が即位すると命を狙われることを危惧しているので、一緒に捜査をしているんだ」
「その関係でマスタリウス殿下もいらっしゃるんだべ?」
「そうさ。私は現王族、いやそのうち旧王族になるのだが。王族を代表して次の太陽王に付き従っているのだよ。それから私のことはマスタと呼んでくれ。気兼ねはしなくていいさ!」
「分かったべ、マスタ」
一瞬だけマスタが俺たちの会話に割って入るも、すぐにまた口を閉じていた。
「それからもうひとつ俺たちがやらなければならないことがある」
「木星に行くことだべ? おいらも今からわくわくしてるべ!」
「ああ、とても楽しみだな! だけれども話は少し複雑なんだ。そろそろ王族が巷に噂話として流し始めると思うが、大いなる災いがもう間もなく訪れる」
「なんだって!?」
「あと2~3年程度しかないようだ。つまり、普通ならもう間に合わない」
「な、なんてことだべ・・・災いはどんなものなんだべ? 人類が滅亡する予知なのは変わらないのか?」
「それはまだ分かっていないみたいだ。だが予知はもともと人類が滅亡するのではなく、文明が滅亡すると出ていたから、まだやれることはあるはずだ。それで木星なんだ」
「星の賢者みたいに、火星ではなく木星で生活できるようにするんだべ? でも開発と移動の時間がぜんぜん足りないべ。100年は必要だべ」
「そこをなんとかしようというのが、俺たちの目標でもある」
「無茶なことをするべ! だけどおいらはそれを聞いて消沈するような男ではないべ! おいらも手伝わせてくれ!」
「ああ、ありがたい! 一緒に人類を救おう」
「任せるべ。おいらはやると思い立ったことは必ずやりきるべ」
「よろしくな!」 「みんなで頑張ろうー!」 「これからいろいろ頼むわよ~」
頼もしい仲間が増えたことは素直に嬉しい。皆、口々にクマソを信頼する言葉を発していた。クマソの言からも分かる。クマソがとても頼もしい男だということが。
だいぶ暗く、涼しくなってきた砂礫の丘々を乗り越えながらも、周囲に不審な魔獣などの加護流が無いかを警戒して歩く。次の水源地には、方向を間違えなければ夜半には着くだろう。
「ところでみんな、あの大蜥蜴はおかしいとは思わないか? 数十年ぶりだとは言えどうして俺たちが来たその日に、あそこまでの魔獣が現れた?」
「カケル、私は人為的なものと考えている。偶然というのはあるだろうが、あれは人の手が加わった必然だろう」
「アルもそう思うか。一応校長へ、大蜥蜴の遺骸に不審な点が無いかどうか注意するように風伝で誰か伝えてくれないか」
「もう昨日それは打っておいたよ~。それでごめん、さっき見たら、返信が来てた」
「早いなミュー。返信にはなんて?」
「指紋が出たって。今朝は自分たちのことで盛り上がっちゃって、風伝はぜんぜん見てなかったからさっき気がついたのよ~。ごめんね」
「いや、慶事は慶事で喜ぶのはいいことだから。俺もクマソと情報の共有をしてからこの話をし始めようと思っていたし。いやあ、指紋か。一気に核心へ迫れる可能性があるな」
「これで直接手を下した犯人が分かるかもしれないねー! あとはそこから芋づる式に首謀者まで引っ張れれば」
ユリカの言うとおり、一気に事が進む可能性があるが、相手もそれを考えて手下にやらせているだろうし、そこまで簡単な話ではないはずだ。
「いや、そう簡単には行かないだろう。実行者を捕まえたところで、そいつが見切られて捨てられるだけだ。指紋の照合結果が出てから次の動きを考えないとな」
「ダイムーに戻れば王族の照合機を使えるからね。早ければ一週間で直接実行者が分かるよ」
マスタは指紋照合完了の時期がおそらく早いという情報を持っていた。
「それにしても、犯人も詰めが甘いな。おかげで助かったが」
おそらく手下の質はあまりよくないのだろう、短絡的な人物の可能性がある。それならばこちらもいろいろと作戦を立てやすい。
「戻ったらすぐにおじいちゃまと作戦会議だね!」
暗くなってきた夜空と同じように深い藍色が透き通るようなユリカの瞳を見て、そうだな、と俺は笑顔を隠しもせずに頷いた。
だが危惧すべきことがある。太陽王としての俺が狙われたのか、巷を賑わす闇の賢者であるユリカが狙われたのか。おそらくユリカだろう。この子が狙われるようになるというのは俺にとってつらいことだ。
ユリカはそうなることも分かっていて囮を引き受けたのだ。俺のために。だからこそ、これだけ強大な加護を得られるのだろう。ユリカは愛のために力を振るうのだから、加護本流からしても最適の加護者だ。
俺はユリカの髪を梳いてから頭を撫で、感謝の意味を込めてその小さな頭を少しだけ片手で抱きしめ、歩行の邪魔にならないようすぐに戻した。アルが作った移動障壁の光に照らされながら、ユリカは美しい笑顔を俺に向けていた。