39話 砂漠の夜
授業スケジュールを計算していたエクセルを見直すとやっぱり日付に間違いが。セルの削除で誤っていくつかずれたようです。
加護戦は5月と6月でした。大変失礼しました。
5月中旬には2回目の生存学授業がある。授業と言っても課外授業で、何もせず外で過ごすだけでいいのだ。ただし、魔獣がいるような場所で。俺たちは魔獣との戦い方を座学で覚えはしたが、実戦を乗り越えていないのだから、ひよっこもいいところだ。
生存学の授業のすぐ後に校内加護戦があり、6月からは授業らしい授業が行われなくなる。そこからはすべて巧術と生存学関連のみだ。そして6月中旬から2週間は最後の生存学授業があり、その直後の6月末に御前加護戦となるが、ほとんどの生徒は3回目の生存学授業を受けずに就職活動へ入る。
1回目の生存学授業を教室で受けて現実を知り、2回目の生存学授業で自分の限界を知り、3回目には出ないのだ。だが、3回目の授業に出る者はほとんどが職業騎士となるか、その職業騎士の援護として論文作成の研究団を全うする。つまり、今回行われるこの2回目の生存学授業をどう過ごせるかでその先が決まるのだ。
生徒全員を乗せた飛空船は王都からヤマタイ上空を超え、約4時間でヤルーシア大陸の中央部に到着する。3年生は入学時に118人いたのだが、既にこの飛空船に乗っているのは46人まで減っていた。生徒はそれぞれ必ず3人以上の組を作り、3級以上の騎士が必ずその組に誘導役・監視役として同行する。
今回は6人の組が2つ、5人の組が5つ、4人の組が2つ、3人の組が2つだ。合計11の組が出来上がったので臨時講師が2人ほど派遣されて今回の授業へ同行することになった。5人以上の7つの組は、校内加護戦にもそのままの組で参戦することになっているようだった。
「賢者殿の組を受け持つとは大変光栄だぞ! 賢者殿がいれば俺も安心だ! 魔獣が出たら頼んだぞ!」
うん、良い考え方だと思う。だけど講師が3年生に頼ってどうする。
ヤルーシア中央部のサルイイシコトラウ砂漠付近にある、アルマトゥイという町へ向かう飛空船の中で、俺たちは苦笑しながら講師のゼルイドから授業の細かい内容について説明を受ける。
俺たちの監視役は加護実践術の講師だった。3級騎士だがまだ若いから強い魔獣ともなかなか出会わず3級なだけであって、すでに能力的にはそのへんの一級騎士には見劣りしない。特に実践術で見せてくれた細やかな技術は、そのがっしりとした体格や力強い言動からは想像できないほど緻密だった。
「サルイイシコトラウ砂漠はアルマトゥイから北上する! 一週間以内にバルハシという湖へ到達できれば任務は完了だ。だが、一週間目に到達していない組は飛空船で回収されることになるから気をつけろよ!」
砂漠南部の町から、湖を目指して進み、魔獣と遭遇した場合は生き延びることを優先に行動するのがこの授業だ。
「いいかお前ら! この授業ははっきり言ってぬるいぞ! 地獄のアトラタスに比べたら、ほとんどただ歩くだけの授業だ! 効率よく食料と水分を補給して、体力を維持しながら計画通りに進むのが課題だ!」
「「「「「はい!」」」」」
そう、来月の生存学授業は、地球最後の魔境と呼ばれるアトラタスの樹海に放り込まれて、食料も3日分しか与えられずに海岸を目指して進むという授業なのだ。
それに比べたら魔獣と遭遇する確率も、出会ったとしても魔獣の強さもはるかに下だし、食料はちゃんと日数分あるのだから食料確保に時間を割かなくても良い。この授業の課題は、砂漠で体力を維持しながらも、どうやって制限日数内に湖へたどりつくかということなのだ。
見渡すと他の組も講師から説明を受けているが、ここまで熱血な講師はいないようだ。面倒なのはずっとこの講師の前では執事の真似事を続けることなのだが、そのくらいはできると思っていた。
アルマトゥイの町は人口5000人ほどの、そこそこの町だった。随分と髭の長い町長が飛空船を出迎えてくれ、さらに人数分の食料袋を町の有志たちが配ってくれた。この町長は政治的手腕に優れていたために、世界に8つある生存学授業候補地の1つに選定されていたのだ。
王立第一高校は毎年このアルマトゥイからの砂漠通過が授業内容となるのだが、他の国でも森林の通過や荒地での生活などを提案して受理され、他の高校の生徒を受け入れていた。
「五級騎士の皆さん、どうか太陽神の加護のありますように」
最初の組が町長から水源地の地図を受け取り、見送られていた。それぞれの組は別々に行動し、15分ほどの時間を置いて出発する。俺たちは一番最後の組となり、約3時間後に出発することになるので先に地図は受け取らせてもらえたが、町長は最初の組を見送ると執務に戻っていった。
このアルマトゥイは標高が1600メートルと高いので、5月の気温も最高では21度程度で安定しており過ごしやすい。だが、砂漠ではそれが豹変する。最高気温31度、最低気温は4度だ。昼は暑くて体力を消耗し、夜は寒くて動きが取りづらい。
内陸の砂漠というのはそれだけ気温変化が激しく人間にとってはつらいのだが、騎士は極限状況の中で魔獣と戦って虹色水晶を手に入れなければならない。もはやそういう極限状況の世界にしか、魔獣はいないのだ。
俺たちは出発までの間、大枠でどのように進むかを決めていた。昼は体を休め、夕方から動き出し、深夜には休憩して午前中まで歩くという、夜型を選んだのはユリカだった。
暑いと水分を余計に消費するし、良い考えだと思ったのでみんな賛同している。まずは3時間後までゆっくり休み、ちょうど夕方になって歩き始めるのだから効率も良かった。
「うう、これは寒いわ・・・」
ミューがすぐに悲鳴を上げた。出発してから3時間、最初の水源地まであと僅かのところまで来たはずだが、道を照らす頼りの灯火詠唱では体が温まらない。道と言っても砂礫の丘の脇を通り続けるだけなので、道らしい道は無いのだが。
「うむ、これでは風邪をひいてしまうな。移動し続ける我々を中心の座標軸として、風の障壁を設置してみよう」
「そんなのできるの!?」
アルが提案した内容にユリカが驚くが、監視役の3級騎士、ゼルイド=クルスタスは声を上げて笑いながら頷いている。ゼルイドのことは姓を知らなかったが、出発時の説明でクルスタスだと聞いて熱血さに納得した。前宰相や熱血漢の開発副大臣と同じ姓だから、親戚か何かなんだろう。
アルは途中まで無詠唱だったようだが、高次部分は結局詠唱しながら移動障壁らしき、俺たちを取り囲む緑色光の球形を作り出した。これは灯火の詠唱がいらなくなるほど明るいではないか。
「お? 緑色の光がついてくるね。これ、アルが中心になってるの?」
「どうやらそのようだ。うまくいったな」
アルも半信半疑の答えだ。ということはぶっつけ本番で作った詠唱なのだ。アルは最近とても頼もしい。騎士としての自信に満ち溢れているが慢心は無く、常に上を目指し続けているようだ。そのかわり表情筋の動きが犠牲になっているようだった。まさに騎士そのものだ。
「さすが賢者殿の研究団だな! そして、さすが王の臣下だ!」
ん? それはどういう意味だ? ぎょっとしてゼルイド以外の全員が足を止める。
「ここまで来たら誰もいないし、障壁もあるから音も漏れないだろう。近くに加護の流れは無いので誰もいないのも分かる。私も王に臣下の誓いを立てさせていただきたい」
突然落ち着いた口調で、ゼルイドが真面目な顔をしてその場に両膝と両手を着けた。
「まずは太陽王、貴方様のお供が出来て光栄この上ない限りです。話は掃除夫の格好をした老人から聞きました」
そうか爺様、クルスタス家を調べたときにゼルイドも一緒に調べたんだな。ということはもしかしたら、結構前からこの講師は俺たちのことを知っていたのかもしれない。じゃあそれを分かっていて授業で俺を殴ったのか?
「それから、いつぞやはおみ頭を大変失礼致しました。その前に話を聞いていたのですが、手加減をしすぎる王を見て、授業という範囲から考えるとどうにも自分が抑えきれず」
なるほど、話を聞いていたから気づいたのか。だがあれは痛かったなあ。でも俺のことを思って殴ってくれたんだろうから、別に構わない。
「ゼルイド殿、あれは仕方の無いことです。すぐに手抜きと分かるやり方をしていた俺が悪いですから」
「もったいないお言葉です」
「しかし俺はまだ即位していないのだから、これからも今まで通りの態度で頼みたいのですが、ゼルイド殿。俺が何か間違ったことをしたら即座に殴るなりなんなりしてくれて構いません」
「畏まりました。王のご意思であればそのように。このゼルイド、一生を懸けて貴方様をお守りすると誓います」
「それから、まだ半信半疑かもしれないので、一応見せておきましょう」
俺が右手から4つの加護の光を出してゼルイドへ見せると、ものすごい笑顔でそれに見入っていた。