38話 若人の力試し
大いなる災いまであと2~3年。いや、あと2年と考えておいたほうがいいだろう。あと3年と思って準備が間に合わないというのはあってはいけないからだ。もう時間が無い、だが焦ってバタバタと動き回るにはまだ早い。俺たちには、加護について利用すべき知識はまだ、半分ぐらいしか無いのだ。
5月中上旬になって、授業はやっと基礎から抜けて応用へ入ってきた。一つ一つの授業がとても濃いので、真面目にやらないとすぐに置いていかれてしまう。特に魔獣の種類や虹色水晶の重さごとの強さなど、どのように対処すれば倒せるかというのは命に関わる大事な内容だから、全員必死になって覚えていた。
騎士にならなくても、仕事で諸国を渡る際に魔獣と出会った場合、死ぬか生きるかはここでちゃんと覚えたかどうかで決まるのだから、全員が必死になるのも分かる。
遭遇の確率は低いはずだ、と高を括って授業に取り組まなかった生徒が卒業後、建築会社へ就職してエザイプトの都市開発業務に携わった際、街ごと魔獣に襲われて戦いの中で命を落としたという風伝が数年前にちょうど流れていたからだ。
魔獣学の講師を務める二級騎士はそのエザイプトの魔獣征伐を要請され、実際に無残に破壊された街の様子をその目で見たときのことを、まず最初の授業で俺たちへ衝撃の事実として鉈のように振り落としていた。エザイプトの魔獣は、もともとその地域の野生動物が強靭なために、攻撃が複雑で非常に危険なのだ。
「でも、こんなことしていて、本当にいいのかなあという思いはあるな」
「仕方ないよ、まだ私たちひよっこだもん」
ちょっとした疑問をつぶやく俺を、ユリカが慰めてくれる。
大いなる災いについてはすぐにでもいろいろ始めたいところだが、知識が足りない為に木星行きのための詠唱を思いつけずにいたし、世界中で賭け事の対象にされてしまった木星団としても、期待に応えなければならないため当面は加護戦に集中しながら、練習の中で有用な加護を身に着けようという結論が出ていた。
「で、このあたりなんだが。どうだろう?」
次元扉を使って移動するためには、一度その場所へ行って頭の中で詳細に思い描けなければならないので、最初の一回だけは火王家のマスタから了承を得て、小型飛空船を借りて向かっていた。
「周りに民家は無いね。山や林に囲まれているし、練習に適した岩がちな広い野原と、水分補給の為の小川もある」
マスタが上空から全体を確認して冷静に分析する。野外活動には最適な場所だ。ただし、ダイムー大陸には魔獣は出ないので、ここは騎士としての仕事場ではない。
「王都のはずれからも30キロ以上離れているというのも条件としては最適だろう。邪魔が入らないし、少々大きな音や光が出ても誰も気づかないだろう。うむ、ここを練習地にしよう」
アルも現地を見てやっと了承した。そうだ、確かに加護を使えば大きな音も光も出るだろう。そのことはあまり考えていなかったが、アルはそれを懸念事項としていたのだ。ここが山に囲まれた土地だったためにその条件も突破していた。
「じゃあさっそく、練習を始めよー!」
「「「「おう!」」」」
木星団ではユリカが団長なので、先導の声を務める。幅2メートル、長さ5メートルの小型飛空船は、本当は4人乗りなのだが大した荷物も無いので無理に5人乗せている。
「ではあの岩場に降下しよう。岩の横にはめこんで固定する」
「さすがだな。いずれコツを教えてくれ」
「ああ、いいともカケル」
この飛空船は小さいので突風が吹くと転がることもあるから、マスタが言うようにその経験からして岩場に固定したほうがいいのだろう。マスタは丁寧に飛空船の出力を調整して緩やかに降下し、音も無く着陸させていた。
冒険好きのマスタは、この小型飛空船で15歳の頃からあちこちへ行っていたのだ。飛空船の操作は相当うまいのだろう。星間飛空船の操作もマスタがおそらく船長として行うことになるから、頼もしい限りだ。俺も一応操作は覚えておかなければ、いざというときに困ることになるかもしれない。
「日が傾いてきたら切り上げて、マスタの所の城でおじいちゃまと会議ね」
ミューが予定を全員へ告げる。一応みんな覚えてはいるが、ミューにはいろいろな予定管理をあれこれと任せているので、確認のために言ってもらうと安心する。
荷物を飛空船の中に置いたまま、小高いところにあった岩場から小川の淵へ移動する。
「ではミュー、ここから水を」
「は~い。見ててね、アル」
アルはミューへ水の操作を促した。ミューは純粋な乙女らしいまぶしい微笑みをアルに見舞ってから、無詠唱で水の塊を小川から取り出して空中へ浮かせていた。ミューも無詠唱でいろいろできるようになってきたようだ。
一瞬だけ川の流れが止まるが、すぐにまたせせらぎの音とともに流れ出す。アルはミューのかわいらしい笑顔からすぐに小川へ目をやっているが無表情だ。アルはこんなことでは気づかないぐらい鈍いのだろう。
「じゃあ俺は川砂利と草原の土を」
ごりっと音を立てて河原の底から砂利の塊を掘り出し、ミューがやっているように空中へ浮かせる。同時に数十メートルほど先の草原からは土の塊が浮き上がってきた。
「無詠唱で2つ同時にか? どうやるんだそれは」
マスタが片眉を上げて小さく驚き、俺に尋ねてくる。
「無詠唱だからこそできる。2つの絵を同時進行で脳内に描き出すとこうなるんだが、右手と左手を別々に動かすのと同じだ。だから3つは俺にもまだ無理だ、1つは形にならない。みんなもすぐできるはずだ」
「む、それは全員覚えたほうがいいな」
もう3年も加護流を扱ってきた俺には、二次以上の詠唱ができるようになると同時にこれもできたのだが、まだ他のみんなは加護を得てから時間が経っていないから、少し練習しなければいけないだろう。
「さて、合わせるぞ」
校内の加護戦で使われる標的は縦・横・高さとも3メートルの立方体だ。水と石と土を合わせて火の加護で冷やして凍らせ、さらにその周りに簡単な風の障壁を作って保冷するのだ。4つの加護をあわせた物体だから、4人がかりで作り出す。
毎年加護戦の応援に行くと見られる大きな物体が俺たちの前に出来上がっていた。一応、続けて練習できるように10個ほど作っておき、一つずつ草原へ持っていって練習を始めることにした。
まずはそれぞれが加護を使って、この標的を崩せるかどうかを実験的に行う。マスタの火の加護はきちんと想像ができているようで、風の障壁を突き破って氷を溶かしていた。
「まだ抑えているのでもっと強くできる。うまくやればおそらく向こう側まで繋がるような穴を開けられるだろう」
次にミューが解けて地面へ吸い込まれてしまった水を地面から引っ張り出した。崩れた砂利土は俺が操作して、ミューが物体に水を押し付けたところで、水を取り囲んで砂利土で封じ込めた。だが、もともと標的に使われていた量以上を標的に合体させて増量するのは反則だ。
「うん、修復できるな。アル、ちょっと風で破壊してみてくれ」
「うむ。風の精霊よ、その力を我に貸し与え、果てしなき強風をあの塊にぶつけ、八つに切り裂き、細かき粉にし給え」
物騒な詠唱を使うものだ。四次を一次へ短縮しているからかなり発動が早い。しかもすごい早口だ。だが驚きはそんなことではない。
ドオンと大きな破裂音がすると、一瞬で標的が粉々になったのを見て、アルの想像力の強さを全員が始めて認識した。
「普通その詠唱は、表面を削っていくだけよ~!? すごいわ、アル」
ミューは自分のことのように喜び、驚き、そして胸に手を当てて切ない顔でアルを見つめている。ユリカとマスタもミューとアルを交互に見ているのでどうやらミューの気持ちに気づいているようだ。
「うむ・・・」
アルはミューの声に顔を向けることすらせず、粉々に吹き飛んだ標的の残骸を見つめて、加護の成果に満足しているようだった。これは重症だ。俺もこんな感じだったのだろうか、今思うとちょっと恥ずかしいものだ。
「しゃー! 消えろー!」
ユリカの加護は圧巻だった。力石が加護を発現させているときのようなブウンという音を立てながら、直径5メートルほどの巨大な黒い闇が標的を包み込んで、地面ごと標的を消し去っていた。
だがこの詠唱は別の次元へ移動するだけなので、もう一度無傷で取り出すことができるから、何度でも練習できた。
だがやはり、加護を操作するのが少々時間がかかるようで、ユリカが構えてから15秒ほど経ってからやっと加護流が手から標的へ伸びた。
詠唱はできても加護流を放って包み込む必要があるので、その操作がただの想像と違って手間なのだ。
しかしその掛け声はどうなんだ。どうやら頭の中で五次ぐらいの詠唱を二次に区切っているようだが、「しゃー」で力の概要を決め、「消えろ」で発動させているようだ。
もはやそれが詠唱かと思うぐらいのひどさだ。こんな無茶苦茶なやり方で強烈な加護を出すのだから信じられない。
「ユリカちゃん・・・荒々しくてとっても男らしいね・・・」
「激しいものだな」
「女子生徒たちが熱狂するだろうな」
「いやあ、これは見事だね」
「え!? ちょっとちょっと、そんな男らしいとかそんな!? 華麗に乙女らしくやってるつもりなのにー!」
加護の効果が強すぎて、どう見てもごり押しにしか見えない最後の必殺技という感じなのだから、荒々しく見えても仕方が無いだろうにユリカは自覚していないようだった。ぷっくりと頬を膨らせるユリカが可愛らしかったので、頭を撫でてやったら機嫌を戻したようだった。
これならきっと、最後の決勝戦でも賭けてくれた人たちにも報いることができるだろう。だがどんな相手が目の前に現れるか分からないし、まずは校内戦を突破しなければならないのだから、浮かれるのは無しだ。
俺たちは加護を使いすぎて体がだるくなっても、拳術での肉体的攻防と加護での標的攻防を組み合わせて連携の練習を続け、ミューが予定時刻になったことを告げるまで時間を忘れて体を動かしていた。
授業スケジュール表を誤ってつけていたので時間軸がずれておりました。