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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第二章◆
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34話 騎士の壁

 その授業は陰惨だった。


 月に1度ずつだけの3回の授業で、俺たちは生存学を学ぶ。1回目は座学で1日だけ、2回目は1週間ヤルーシア大陸の中央部へ行き、3回目は地球最後の魔境・アトラタス大陸で2週間過ごす。なぜ陰惨なのかと言うと、騎士が生存する上で重要な、魔獣との戦いの間とその戦いの後、負傷した騎士を介抱するための、現実的な学問だからだ。必要となるのは致命傷を負った味方を切り捨て、まだ助かりそうな味方を回復させるという合理的な判断だ。つまり、自分が死ぬことが確定的だと思ったら、生き延びるために努力すべきことをすべて放棄するのだ。


 だが、一生をともにしようと誓った仲間の、その命が消えようとしているなかで、それを切り捨てることは精神が許さない。それでもその強い葛藤に打ち克てなければ、騎士団は全滅するのだ。


「…特に身体幹への攻撃により、血液が多量に失われている場合や、欠損部位が多すぎる場合は優先度を下げるべき事態となる。躊躇してはならない。そうでなければ、回復させようとする者も危険になる。お互いにそれを理解するのが騎士というものだ」


 可能な限り生を追求するなら、怪我を負わないことが重要だが、もし負ってしまった場合も考えなければならない。あまりにも残酷な現実にやっと気づいた者達は、翌日から職業騎士を諦めてなんらかの研究に没頭したり、翌年のために一般企業を廻って就職活動を行ったりし始める。


 これが、3年生が最後まで職業騎士を目指すことの少ない理由だった。過酷な現実には、本当に数少ない者しか立ち向かえない。だからこそ、王族は黒水晶の間でその精神力を見抜き、可能性のある者だけを選んでいた。


 今まで女性には無理だと、王族ですら考えていたし、受験する側だってそういう考えだったのだから、強い精神力を王族に対して表明できる女性はあまりいなかった。何年かに一度だけ現れる、強い意志を持った女性もいたが、男性の騎士と大恋愛をして結婚・出産し、子供のために引退するという道が普通だった。そう、アイデインのように。それでもアイデインはその働きを王族に認められて隠密となって今でも加護を生かした職業を続けている。


 本来なら女性騎士が現れるたびに、期待されると言うよりは、微笑ましい話題として紙伝に載ることは俺も分かっていた。俺たちがまだ子供の頃、紙伝に何度も紹介されていたアイデインの話は、時々その前に現れた女性騎士たちの歴史についても言及していたからだ。それほど珍しいことなのだ。だから、女性騎士が多く現れた今年、俺は変化の度合いを大きく見誤っていた。


「この撮像は魔獣との戦闘で命を落とした騎士だ。出血性の血中酸素濃度低下症により…」


 あらゆる授業の結果はどうみても、男子生徒の方が負けているというか、女子生徒の方が男らしいのだ。生存学は血の苦手な女性は正視できないと思っていた撮像もあるのに、眩暈を起こして教室から出て行ったのは男子生徒だけ、女子生徒はむしろ一番前で熱心に授業を受けていた。出て行った男子生徒は、残念ながら明日から高校へ来ないか、職業騎士を諦めるかのどちらかだろう。幸いにしてアルもミューも淡々と授業を受けている。ユリカは大事なことだからと、最前列へ行ってしまった。


 それにおそらく王立第一高校、いや他の7校すべてをひっくるめても、ユリカほど授業の中の試練を華麗に、そして想像を超える強さで突破していく者はいないだろう。つまり、俺にとっては最高の嫁だ。もしかしたら人類史上最高の女性かもしれない。ということはむしろ俺の方がユリカを支えるために頑張らねばならない。そうでなければ、気がつくと見捨てられていたなんてことになりかねない。もちろんそんなことは無いのだが。


 イリスという少女。身長は高く170センチはあるだろうか。髪は茶色で動きやすいようにまとめあげ、肌の色は少し濃く、俺と同じ黄色人種のようだが、顔が細長いのでアズダカの血だろう。この子は火5の加護で、第一高校の中でユリカとミューを除く6人の少女たちの中で、長をやっているようだ。


 その隣にはアイカル。背はものすごく低く、140センチぐらいしか無いだろう。イリスの隣にいると身長差が際立つが、金髪で肌の色が濃い褐色なので存在感が強く、背の低さを感じさせない。その存在感は静かな佇まいから醸し出される騎士としての圧倒感でもある。おそらくアボリジニの血が強く出ているのだろうこの少女は、水7という強力な加護を持っている。


 ミューの隣に並んで座っている3人はエアル、カルクラム、ノーレで、背も同じだし髪の色も黒いので、まるで三つ子のように見えるが顔つきが少し違う。カルクラムとノーレは元々第一高校の生徒だったのを覚えているので、よく似ているエアルを見つけて3人の仲良し友達となったのだろう。彼女たち3人が似ているのは顔だけではなく、加護も同じ風5なのだ。世の中、似た人間が3人はいるという話を聞いたことがあるが、その3人ともが同じところにいるのだから驚きだ。


 そして6人目はエイルキニス。授業中でも周囲の状況を怠らないように、最前列だが窓際に陣取って、今は講師のすぐ前にいる少女たちの様子を見ている。気分が悪そうな生徒がいるとすぐに立ち上がって声をかけるのはこのエイルキニスなので、どうやらこの教室の状況全てを常に把握しているのだ。髪の色は赤く肌の色は白いので、おそらくヤルーシア西部の生まれだろう。おそらく頭がものすごく切れるのだろう、時々講師に鋭い質問を投げかけては、その答えになるほどと頷いている。加護は水4だ。


「大丈夫かい? 無理はしないほうが良いよ。もし後で戻って来たくなったら、誰かに授業の内容を教えてもらえばいいんだから。ほら、顔色が悪いじゃないか、ねぇ」


 あっ、またエイルキニスに一人連れ出されていったな。講師はエイルキニスが助手のように動いてくれているので授業へ集中できている。彼女が戻るとそのたびに目礼をして感謝を伝えていた。それにしてもこの光景は信じがたいものだ。美少女8人が最前列で講師の話に熱く耳を傾け、後方では男子生徒が頭を抱えている。この美少女が8人とも騎士なのだということを、街の人たちが見たとして誰が信じられるだろうか? その8人からは、いずれ結婚後に出産してもその後、騎士として働き続けるだろう、というぐらいの意気込みを感じた。





 翌日、12人の男子生徒が欠席した。3年生の授業はある程度出席していれば、理由によってはちゃんと卒業できるのだ。だがそれまで休みがちだった者には卒業資格は無く、騎士の証は剥奪され、かわりに2年生の時点で卒業したことにして卒業証書が手渡されるのだ。残っている者のうちにも数名が、顔の表情に力が無い。おそらく完全に職業騎士への道の困難さに打ち負けてしまっているが、授業は有益なので出続けようとしているのだろう。そのため、彼らは2回目の生存学授業には出ないと予想できた。


 今日の授業は加護操作学、講師は実践学と同じゼルイド騎士だ。掛け持ちしているということは、この講師はどうやら想像以上に優秀らしい。加護操作学は身体内の加護流の操作から始まり、力石の作成を加護の操作によって高速化することや、細かい意識が必要な詠唱についての総合的な基幹技術を学ぶ授業だ。


 力石の作成方法については、町内会などで加護を使える者が若者へ伝えていくのが主流だ。だが、五級騎士である3年生には、町内会では得られない複雑な力石の作成方法が伝授される。それは、加護矢を力石に向かって打ち出すことで遠隔充填することや、力石の加護容量・密度を変更する技術、さらには複数の力石を一つに融合させることなどだった。


 特に重要なのが、力石への加護充填速度を速める方法で、これを知っていればダラダラと充填に時間をかけることなく、ほとんど一瞬で加護を込められるのだ。ただし難易度は高く、失敗すれば力石が耐え切れずに破裂する。


 高速充填は、力石の本質を理解することから始まる。なぜ石英の結晶ごときが加護を貯蓄できるのかというのは、騎士ではない者には理屈でしか理解できない。水晶というものは石英という物質が綺麗に並んで重なった結晶であり、その構成は珪素原子1に対して酸素原子が2という量だ。重要なのは、珪素分子に対する意識の持ち方だ。


 我々生物は炭素系生物であり、炭素原子を中心とした物体の塊なのだが、水晶も、実は生物である。こう言うと変な考えなのだが、珪素系生物なのだ。つまり水晶は生きている。だが炭素系生物として考えられるような生命反応は無い。単に、一つ一つの水晶に、意思が宿っているという言い方の方が、より説明としては合っているだろう。騎士は水晶と語り合って意思を確認し、加護を大量に流すことを承諾してもらってから流すのだ。だから、水晶側でも受け入れる準備ができており、一気に流しても破裂しない。


 だが、ただの透明な石くれに意思を感じるようになど、そう簡単にできるわけがない。ユリカ以外は。


「…肌を若く保ちたまえ! …エヘヘ、美肌美肌」


 不穏な詠唱を勝手に考えて、力石に詠唱と加護の力を込めているユリカは、あっという間に高速充填を会得していた。美肌加護など、初代ですら考え付かなかっただろうに。


「…ユリカ様、それは効くのですか?」


「これは蘇生加護とは違って、真皮内の動物繊維構造が水分を多く保てるように空間の隙間を作る必要があるの。そのためには水晶との語り合いだけじゃなくて、加護流そのものと語り合う必要があって、一粒一粒の加護流をすべて擬似的な生命体と認識して、それを…」


 うはあ、そんな難しいことをしていたのか。何故そこまで考え至れるんだ? もうユリカが遥か遠い所へ行ってしまった気がするな…。かつて俺が教えていたはずの知識をさらに昇華させて、いろいろと結びつけて一つの結論を導きだしたのだ。


「おいおまえら、賢者殿の講義をしっかり聴いておけよ! おそらく二度と聴けない重要なご講義だぞ!」


 ゼルイド騎士、あなたの前向きさはもう一級品です。ユリカによる授業破壊はこれで何度目だ? もう講師はユリカみたいなもんじゃないか。


「加護流を生命体と認識するっていうのは新しい概念じゃないか。すごいなユリカ、今の話を聞いただけで、加護流の操作が段違いに良くなる気がするぞ」


 驚きを隠さないアルに同調して、周りの者も頷いている。


「うん、そうすれば加護流自体が個別の意識体として勝手に動き出してくれるので、その操作に大脳前頭部の意識領域をそれほど割かずに済むのね。そうしているうちに区分けした別の加護流に語りかけて別のことをさせれば、二重化、三重化ができるし、他にも別作業ができて、そんでそんで、これを…」


 もはやゼルイド騎士まで一緒になってユリカの話を聴いている。この簡易講義だけでも、最新加護理論の新しい論文を書くのに匹敵するほどのものだ。いや、これだけで論文が一つ書けてしまうぞ?


 ユリカの話を聴いていると分かることがある。虹色水晶も黒水晶も、高次元の意識を持っているということだ。虹色水晶の巨大な塊である知識の泉は、まさに知識を持っていて、太陽から得られる莫大な力を持っているのだった。


 それとは別に黒水晶は、その知識の泉から知識を取り出す方法を知っている。だからこそ、誤った方向へ力を使うと、つまり闇黒面へその身を堕とすと、知識の泉がそれに対して拒否を起こし、使用した者の身を滅ぼそうとするのだ。


 4000年の間に研究されてきた知識の泉の、本当の姿がやっと、授業を受ける中で見えてきたのだった。俺一人でセコセコと加護をいじくっていても絶対に気づかなかったことだ。つまり太陽王とは、知識の泉とは関係なく加護の本流を掴んでおり、なおかつ知識の泉の力も得られ、それをきちんと理解できる者なのだ。それはつまり、この太陽系の力そのものを持っているに等しい。


 あの加護量の増加は、他人をいたわる愛という正道の精神を手に入れた俺に、知識の泉、いやおそらく太陽そのものが、その力を分け与えるに足る者だと判断したからなのだろう。この力を使えば、木星圏の衛星を一気に地球化することも可能なのではないか? 火星でも可能かもしれない。さらには、今はユリカにしか使えない闇の時空加護も、使えるようになるかもしれない。ただし、それは時空加護を正しく理解しなければならない。そうでなければ太陽は俺に力を貸し与えないだろう。ユリカのように、その目的が人類を救うためでなければ。ユリカが闇の加護を得たのは、おそらくユリカの考えに知識の泉が共感したからなのだろう。


 俺にも、必ずできる日が来る。心から人類を救いたいと思ったとき、五段階目の力の開放が現れるだろうと予想していた。





「じゃあ今日も頑張って特訓だよー!」


 カノミ社の社屋内にある道場で、修練着に着替えたユリカが俺たちに声をかける。今日はサノクラ師範もいるので、師範3人体制だ。


「「「しゃす!」」」


 門下生たちがユリカへ頭を下げる。マスタ、アル、ミューもだいぶ修練着に慣れてきて、着るものに着られていた状態だったのがやっと似合い始めていた。


 本当は3年生にとって重要なのは、武器と拳術と加護を組み合わせた巧術なのだが、加護戦までは拳術を集中して訓練する。武器は加護戦に持ち込めないし、加護を使って生徒に攻撃したら即刻試合を止められる。


 とりあえず3ヶ月は拳術を集中して覚えようということで全員かなり真剣に取り組んでいたから、上達も早かった。マスタの上達が、特に異常とも思えるような状態だった。


 攻撃を司るという意気込みから、その真剣さが伺える。マスタは火王家の城へ帰っても毎日自分で修練を課しているようで、拳にたこができていた。


「アハハ、私のところには近衛がいるから、彼らに構ってもらってるのさ」


「わ~。それはいい訓練になるね~」


 そう答えるミューも、素晴らしい上達具合だ。この子は攻めが苦手なようだが、防御はその身の柔らかさを活かして流れるような体捌きを見せている。そろそろ返し技を教えてやるか。


「ミュー、いい防御体制だ。だが攻撃術に乏しいと考えていないか?」


「そ、そうなのよ~。でも自分から殴りかかりにいくのはどうもだめで…」


「返し技というのがあるから、それを覚えてくれ。多分ミューが得意とする攻撃手段になるだろう」


「そんなのがあるのね、やった~! カケル君どうやるのか教えて~」


「防御は攻撃と一体なんだ。つまり、防御するから次の攻撃が生まれる。アル! ちょっと俺にかかってきてくれ」


「む? 分かった。手加減はしなくていいのだったな。遠慮なく行かせてもらう」


 アルが華麗な身のこなしで体を回転させながら蹴りを撃ってきた。これは胴回しだな。いつの間に覚えたんだ、遠慮しなさすぎだぞ。


 だが俺は落ち着いて、向かってくるアルの右足に左の手のひらを添えると、そのまま右前方、つまりアルの側方へ向かって体をひねり、アルの脚を捻って地面へ押さえつけた。


「ぐっ! これは痛い。すごいなそれは!」


 アルが地面にへばりつきながら感心している。


「そう、こうやって相手の力を利用して、それを相手に不利益な方向へ、その流れのままに持っていってしまえばいい」


「それが返し技なのね!? 防御と攻撃を一緒にやるのか~」


「そう、まずは突きをかわせるようになれば、次第にいろいろな攻撃に対処できるようになる。じゃあアルが攻撃して、ミューが防御で。続けてみてくれ」


「うむ、これはいい修練になるな!」


「やってみるよ~!」


 そうしてアルがミューに、寸止めで突きを打ち始めた。それにしても、この2人はいい雰囲気だな。ユリカの方を見ると、マスタと強烈な組み手をしており門下生たちがその攻防を見守っていた。


 マスタは強くなるな…さすがは王族だと俺は感心していた。


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